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初のCanna×はらだ。衝撃の禁断愛、ついに解禁…。
niicyan
まず、扱っているテーマ的に、賛否両論あるとは思う。
だけどわたしは、すごく心が動かされた。
ネタバレしない程度で書くね。
何て言えばいいのかな、単純に「エッチなお兄さんが幼い男の子に手を出しちゃいました」っていう程度の話じゃないんだよね。
レビュー読んでると、結構批判的なのがあったりして、感じ方は人それぞれだから批判するのも全然アリだと思うし、大人が子どもに手を出すって性犯罪だからさ、
批判するのは間違ってはいないんだけど、この作品の本質はそこじゃなくてさ。
誰でも絶対に持ってる「誰かに受け入れてもらいたい」っていう欲求とか、
(それは、肉体的にも、精神的にも)
子どもの為にと良かれと思って「普通の価値観」を押し付ける親ごころとか、
自分をかまってくれる人をつい好きになってしまうっていう自然な気持ちとか、
人に言えない秘密を持っているからこそ他人の秘密にも寛容になれるっていうこととか、
理解し合えないなって人種(例えば家族とか)を簡単に切り捨てられる人とそうじゃない人がいるとかさ、
そいういう人間が持ってる色んな感情がめちゃくちゃ深ぼりされてて、それがBLになってるって所がこの作品のすごいことだと私は思うんだ。
しかもさ、女キャラがまたいい味を出してるんだな(笑)
ナイスキャラなんだわ(笑)
で、最初こそ、幼児に手を出した「にいちゃん」に嫌悪感を抱いたけど、読み終わると、不思議なことに、ここに出てくる人で誰一人として嫌いな人がいなくなるんだよね。
むしろ、そのにいちゃんすら愛おしく思えてくる。
きっとそれは、登場人物に色んな感情の幅があるから、その中のどれかと自分の感情がリンクする部分があるからなんだと思う。
言ってしまえば、心の感情の幅があったり、人生で色んな経験をしてきた人ほど、心動かされる作品なんじゃないかな。
(自画自賛してるわけじゃないけど)
逆に、経験してきた感情の幅が浅い人ほど、腫れものを扱うみたいに「これは犯罪!」って嫌悪感を示す作品なんじゃないかなと思う。
どっちが偉いとダメとかそういうんじゃなくて、読み手を選ぶなあと。
そもそも、男同士の恋愛とかセックスを主食としてるわれわれ腐女子が、子ども×大人になった瞬間「それは別!犯罪!」って目くじらを立てるのもなんだかなあ、と思うわけです。
好きな人に受け入れてもらいたい、愛してるって証明したいっていう感情に、年齢はないんじゃないかなあ。
本を手に取った最初こそ、同時発売されていた「やたもも」のついでに買ったようなものだった。
あらすじ的にもちょっと性犯罪チックな雰囲気だな、試しに買ってみるか、はらだ先生好きだし、みたいな。
1冊の完結ものとしては間違いなく今まで読んだBLで1番良かった作品。
途中目頭が熱くなって本気で泣きそうになったし、最後は子育て観というか、親とは、愛とは、みたいな深いことを考えさせられた。
もちろん、BLとして萌えたしムラムラもしたんだけども、これは
BLっていう枠を軽く超えている傑作だと私は思う。
蛇龍どくろさんの「エンドレスワールド」や、槇えびしさんの「みずのいろ。」を読んだ時の衝撃に近いものがありました。
まず、「やたもも」と一緒に出たことが個人的には両出版社グッジョブ!と思っています。(はらださん自身がそう希望された可能性も高そうですが)
2作品を立て続けに読んだことで、やたももの2人を祝福出来て、にいちゃんの2人を祝福出来ない自分に「なぜ?」と自然な流れで疑問を沸かせてくれたから。
なぜにいちゃんの2人を祝福出来ないのかというと、それはもう単純に、私の目には2人の愛が「不健康」にしか見えないから。
そこにもう一度投げかけられる「なぜ?」
これはもう立ち止まって腰を据えてしっかり考えるしかなくなっちゃう。
本作品が問うているのは「まともってなに?」のその先にある
「「まとも」から外れた人間は死ぬしかないんですか?」ってとこだと思う。
この作品が児童ポルノを肯定しているものではないことは私もハッキリと書き残しておきたいです。
はらださんが作中でにいちゃん(景)の行為を肯定するようなことは一切ないし、むしろそこに愛があろうとなかろうとそれは犯罪になるのだとしっかり書かれていて、そんなことは知ってるよと断った上で、「大人と子供の愛はいけないことなのですか?なぜ?」と投げ掛けているのです。
この作品を通して警鐘を鳴らされているのは、自分の価値観を否定されることなく生きてこられた「幸運な」まともな人達の方なんじゃないかなと思うのです。
マイノリティはそのおかしな思考を「矯正」して、マジョリティに迎合するべき
(なぜならマジョリティの価値観こそが「正しい」から)
──本当に?
矯正できないのであれば、「異常」とレッテルを貼られることも致し方なし
(自分達が「正しくない」ことを目を逸らさずに受け入れなさい)
──本当に?
自分達が「正しくない」側になってしまったら、この乱暴な物言いを黙って受け入れられますか?
迎合を強要するということは「死になさい」と言っているのと同じことですが、わかっていますか?
と、物凄い殺傷力でグッサグサと刺しにかかってるセリフやモノローグの数々。
その熱量に圧倒されます。
題材がセンセーショナルであればあるほど感情的な賛否が巻き起こる裏で、ちょっと冷静に考えてみようかという人も増えると思うんですよね。
BL読者に「同性愛はいけないことですか?」と問い掛けても多分そんなに議論にはならなくて(実際「ネガ」の中でもはらださんは近しい問いを投げ掛けていると思うのだけど、良くも悪くもあちらは萌えBLとして消化されてしまっている)、「では小児性愛はどうですか?」ここまで投げ掛けられると、多くが子持ちであろう読者層的にも読み流せなくなる人がたくさん出てくる。
このご時世にわざわざこんな爆弾投げ込む意味は、そこに期待している部分もあるんじゃないかなって考えちゃう。
「マイノリティには自分らしく生きる権利はないのか」
はらださんが最後に出すアンサーが悲しいけれど、そこに寄せられる否定派の感想まで全部込み込みで、これが結局のところ現時点での「現実」なんだよな…彼等に精神安定剤(抗不安薬)を飲ませている原因の人達はその現実に気付くこともない。
せめて小さな世界で救われていられればいいけれど、現実はそんなに甘くはない。
自分の趣味嗜好は一旦捨て去って、5段階評価なら星5つ付けざるを得ない作品でした。
このレビューに書く話かどうかはわかりませんが、少しだけ自分の実体験の話を書きます。実体験と作品を織り交ぜて欲しくないという方は読まずにスルーをして欲しいです。丁度この漫画が連載している時期に会社の上務に呼び出されて普通を求められたということがありました。私自体確かに性格的にちょっと変わり者として会社に認知されていて、それでもこの会社に受け入れていると思っていたのですが、指導が入り、何故か指導の場にいかにも女性社員らしい社員が同席して、その後病院に行く事を強制されたという事がありました。(女性社員の事は慕っているし、上務は良かれと思って進めたので悪くは無いです)ああそうか、成る程、と思っていた時に、この作品に出会い、一言一言が胸に突き刺さり泣いてしまった事を覚えています。よほど悔しかったんだなぁと笑
この作品は性犯罪は良いか悪いかに焦点を当ててるわけではなく、世間からズレたマイノリティを可哀想な目で見るわけでもなく、誰にでもある一般的な世間の普通に対するズレを固定する方が良いのかどうなのかという部分だと思います。わかりやすい性犯罪をただアウトサイダーの一例として使っただけなんだと思っています。ゆいの高校生という年齢だからこそなんでも出来るんじゃないかと思う事ができているその力、書き下ろしで付け足された少しだけ大人になってしまったゆいの現実に抗うことのブレが少しずつ出てきているシーンなど、はらだ先生の現実における抗いや突きつけは私の中では勇気になる作品でした。そしてはらだ先生らしい主観性を与えてくれるマイという人物は現実の中でキーを与えてくれていると思っています。
レビューを全て読んで賛否どちらもなるほど!と思うところがあり、とても興味深かったです。景の母親の顔が無いのは私から見たら世間の目という主観でした。あと、ゆいは薬を飲んでいたという人が多いのですが、私は完全に薬は飲まないで路駐に捨てていると思っていたのですが、どっちなんでしょう?カバー裏にある相関図が考えさせられてとても面白かったです。この作品た是非はらだ先生にどうしてこの作品を作ったのかを聞きたいなぁとも思いました。
初レビューです。これはかなり好みが分かれる作品だと思いました。
扱ってる題材が特殊なので、人によっては嫌悪感を抱くと思います。そのような意見も分かります。何故ならその「嫌悪感」「まともじゃない」という、いわゆる世間の一般的な感覚に疑問を投げかける漫画だから。個人的には傑作だと思っています。
禁断の愛、と俗に言われる恋をしたそれぞれ本人たちが「これって禁断なの?僕たちにとっては普通の愛だよ?」という認識を必死に訴えかけてきます。特に、にいちゃんが母親に対して「ふつう」とは何なのか問いかけるシーンでは、思わず自分自信の認識を改めて考え直しました。
また書き下ろしのラストのシーンも衝撃的でした。いざとなったら割り切れると自分に思い込ませてるゆいが、この先も「普通であること」を演じながらしか生きていけないんだろうなぁと思いました。漫画は終わっても彼等のストーリーは今後も困難が多いだろうと思わせる何ともスッキリしないラストでした。そこがまた読者にあえてモヤモヤを残して作品について考えさせようとしているような気がしました。
絵は文句なしに綺麗です。キャラも魅力的だし、気持ち悪い部分をほんとに気持ち悪く描くので流石だなと思いました(笑)
はらださんの作品は全て読んでいますが、その中でも群を抜いて異常で、且つ傑作だと個人的にですが、高く評価しています。本当に天才だと思いました。
BLに萌や癒しを求めている方や、ハッピーエンドが好きな方におすすめできる作品ではありません。しかし、一読して自分なりの感想を持ってもらいたいなぁと思った作品なので、ぜひ多くの人に読んでほしいです。特に、「普通」に生きようと努力している人には。
声を大にして言おう。
これはBLではない。
でもBLだということにしておいてほしい。
作家はらだの行く道が塞がれてしまう位なら、
BLというカテゴリーに居て、
このままのびのびと描いて、
その作品をずっと私達に読ませてほしい。
昨今のBL漫画家の中で、間違いなく突出した作家性を持っているはらださん。
独自の切り口で、人間の内面と性を大胆かつ奥深く描く描写は、ひたすらエキセントリックな印象を与えてきました。
通り一辺倒のBLに辟易して、刺激を求めて辿り着いたのがはらださんだった、という腐女子も多いはず…。
圧倒的な作家性と漫画力は、もはやBLという器には収まりきれません。
でも私達読者は心配なのです。
はらださんの作品が、もしBLという夢の国を離れ、一般大衆の目に晒されたとき
「描写が過激すぎる」「テーマが悪影響を及ぼす」などと、表面上だけを切り取った議論が行われ、規制がかけられ創作の自由が奪われてしまうのではないかと…。
何ていったって実際に、過去作品が「東京都不健全図書」に指定された前例がありますから。
そして今作の「にいちゃん」
エロはあってももはやBLではなく、人間の愛欲、エゴ、そして「まっとうに生きるとは?」という人間の生き物としての業を感じるさせる作品です。
詳細なネタバレはせずに楽しんだほうがいいと思います。
人間のハッピーエンドとは何なのか?
男と女が出会い、愛し合い、子供を授かり、立派に育て、子に看取られ死んでいく。
そんな普通の生き方がハッピーエンドなのか??
その答えは難しく、この作品のラストも一概にハッピーエンドとは言えません。
ただ、普通ではないと思われてきた彼等が、
もがき苦しみ辿り着いたその先は「ただのバットエンドではなかった」
と私は言いたい。
余談になりますが、今作に出てくるまいちゃんという女の子の人気がとても高いのが頷けます。
男キャラ二人が、人には言えなかった現実と心の内を彼女に打ち明けても、ただ冷静に受け止め、見守る様子はまるで聖母のよう。
そして自分のこともとても達観して受け入れています。
女は強し。
注意書きとしては、リバがあります。
ただ自分リバが苦手だったのですが、正直今作に関しては、萌えとかそんなのどうでもよく(笑)
むしろそれが自然な流れであり、愛ある行為ならリバとか全然気にならないものなのか!!
と自分の読書感が変わる思いがしました。
はらださんのファン、そして人間の深淵を描いている漫画が好きな方へ。
間違いなく神作品なので一読あれ。
どこが神かと言われると胸を張って言えませんが、こんな考え方をしたことがなかったので終始口を開けながら見てました。
にいちゃんも少年だった頃に年の差のある大人と愛し合っていて、それを幼いゆいに重ね合わせて自分もまた同じことを繰り返して…という話で。
実際問題、大人が少年やら少女を好むことはあっても、少年少女側が好き好んで受け入れるわけもなかろうと思っていましたが…この漫画の序盤を読みながら、ああ子供って流されやすい上にエロに関しては知識ないのに興味だけは津々なんだよなぁと割とすんなり読めました。そしていざそういうことになって、こわくなって逃げ出したのもリアル。内容がリアルすぎて、テレビの少年に対する猥褻犯罪とかのニュースの裏側もしかしたらこんなんなの…?と錯覚してしまいそうになるくらいリアルに感じられました。
普通っていうのは、それぞれ一人一人違くて、自分の普通を他人の普通の秤に乗せられてあれこれと否定されるとどうしようもなく不安になったりしてしまう気持ちとか、その普通の範囲が個人じゃなくて世間一般ともなると、その不安たるや想像もつかないなと思いました。景の親から手紙が来たシーンなどは読みながらこっちまで苦しくてもだえました。
ゆいは幼い時ににいちゃんから逃げてしまってからずっと思い続けてる健気な子で、景はそんなゆいの思いを踏みにじる粘着な男なのかと思いきや、後半はその逆転で、景はもうゆいとのことを切ってにげようとするわ、ゆいはにいちゃんが受け入れてくれるならいつでも親を切れる子だったり、二人はなかなかすんなりとくっついてはくれません。
最終的に景は結局両親に本心を打ち明け、受け入れてもらえずゆいのところに戻ってきて…という収まり方でした。
ようやく思い合えるのか…と心穏やかになったのも束の間、ゆいはずっと親や友人の前では自分を普通の人間のように装い続けていることに疲れているようです。なかなか幸せになるのは簡単では無いようですが、実際そうだよな、とも思いました。
現実ではこうもいかないとは思いますが、この話だけを読むと、この物語の中の登場人物に悪者は1人も居ないなと感じました。結局みんな自分の普通の中でしか物事を判断出来ないんだろうなぁ。自分も含め。
すっきり終わる話ではありませんが、はらださんのダークだけど何か深い話を読みたい方はぜひ読んでほしいです。一冊まるまる2人の話なので読み応えもありますよ!
リバ表現がもろにあるので地雷な方はお気をつけて!
勝手な自分解釈な感想ばっかりですが、はらださんの話は外道なものが多いのに共感できることが多くて大好きです。
電子書籍で2話目まで読んでましたが、コミックス化されると聞いて発売を楽しみに待っていました。
内容をざっくりと。すみません、ネタバレしてます。
主人公はゆい。表紙の彼です。
ゆいは小学生。家の方針でゲームを持たせてもらえず、内向的な性格という事もあって友達と仲良くなることができない。家に帰っても両親は共働きでいつもひとりぼっち。そんなゆいに、ゲームを貸してくれて遊んでくれる「にいちゃん」の存在ができます。
まだ子どもで性的なことは何も知らないゆいに、触ってくるようになるにいちゃん。
「にいちゃん」の行為が性的なことだと理解できない無邪気なゆい。
その無知さにつけ込み行動が徐々にエスカレートしていくにいちゃん。
そんなある日、行為に及ぼうとした「にいちゃん」に恐れをなしたゆいが逃げたことでにいちゃんの今までの行為がゆいの母親にばれることになり…。
というお話。
ゆいとにいちゃんがそれぞれ引っ越したことで接点が完全に断たれてしまう彼らですが、にいちゃんに会いたくて昔住んでいた街にゆいが探しに行き再会します。そこからゆいがにいちゃんに凌辱される日々が始まります。
かつて逃げ出し、にいちゃんを裏切ったことを贖罪したいゆい。
そんなゆいに復讐するかのように、ゆいの身体を玩具のように扱い続ける「にいちゃん」。
と、ここまでならにいちゃん外道!という話なのですが、さすがはらださんというべきか、この話のキモはゆいが凌辱される話ではない。
にいちゃんが、なぜ、ゆいにそうした行為を働いたのか。
にいちゃんの過去。
ゆいの同級生であり、彼女になる舞子の存在。
そうしたものが少しずつ明らかになってきて、にいちゃんの「本質」が見えてくる。
はじめはゆいが被害者で、にいちゃんが加害者。
そういう図式で話が進みますが、にいちゃんのバックボーンが見えてくるにしたがって、にいちゃんが可哀想で…。
そして、にいちゃんのすべてを理解し受け止めたのが、ほかでもないゆい。
自分への行為が、にいちゃんが自身を好きだからではない、と気づきながらも、それでもにいちゃんを欲し、求め、にいちゃんを受け入れようとする。
子どもで、健気で、と思っていたゆいの男らしさと、そんなゆいが持つにいちゃんへの「執着心」がとても良かった。
はらださんらしい、一筋縄ではいかないストーリー展開に圧倒されました。
あと、舞子の存在感が半端なかった。
はらださんの描かれる女子ってみんな魅力的な子ばかりな気がしますが、彼女がいたからこそ、にいちゃんとゆいの気持ちが重なったんだと思うんです。
舞子の強さがなんともあっぱれでした。
けれど、最後までほっこりするシーンにはならない。
ゆいにしろ、にいちゃんにしろ、理解し、受け入れてくれる「家族」に恵まれないからかな。
帯にも書かれていますが、
ふつうってなに
まともってなに
を問う、壮大なストーリーでした。
表紙も良い。
色遣いやゆいの表情がインパクトがあって目を引きますが、ゆいが囚われているだけでなく、ゆいもまた、にいちゃんを捕まえて離さない、という二人の想いが切り取られた絵柄かと思います。
そして何より、にいちゃんが流す涙が、胸に切なく響きました。
あ、そうそう。
まだ小学生のゆいに、にいちゃんが手を出すシーン。
再会後、ゆいに働く凌辱行為。
そして、リバもあります。
そういったシーンが多いので、地雷な方はご注意を。
今までレビューなどしたことがなかったのですがどうしても、どうしてもここに自分のレビューを、レビューというとなんだか軽い気がしますから、つまりこの作品の感想を残したかったので書かせていただきます。ネタバレや、私個人の解釈も入っていますので、読まれる際はご注意ください。
初めに、私ははらだ先生の大ファンです。
一番好きな漫画家さんです。
いつもこの方の登場人物の表情の描き分けと言葉選びのセンスに震撼させられています。
今作も例に漏れず、大好きな作品となりました。
容易には人様に薦められませんし、非常に衝撃を受ける内容になっています。しかし、この作品は間違いなく私達の新しい思考の扉を開いてくれると思います。既に開いておられるのなら更に深く、深く考えさせられることと思います。
そして、予想の斜め上を行くストーリー構成には頭が下がります。だから評価は最大級のものにしたいです。
…つまり、私は神評価を選ばせて頂きます。
けれど、私の中でこれは「神」ではありません。
これだけ人間の黒く暗い部分をさらけ出したような作品です。「最高」であっても「神」ではないですね。
…つい自分語りをしてしまいました。
ここから本編のことを書こうと思います。
まず、私の中には、作者様が描かれた登場人物の人格を否定しないという前提があります。誰々の人格が気に入らない、クズだ、この人格はストーリーに都合が良過ぎる等々。それらは単に読み手の感覚(”まとも””ふつう”などの基準があてがわれますよね)であるからです。
一見自分の納得のいかない人格をもった登場人物がいたとします。しかしそんな人も、私達が知らないだけで実際にいるかもしれないですよね。また例えいなくても、マァ十人十色とか言いますでしょ、世界にただ1人、存在しても可笑しくない訳です。
これははらだ先生の作品に限らず、どの様な作品でも私が思っていることですが。
さて、先のレビューの方々が割と まともって何、ふつうって何 への考えを書いておられるので私も考えてみました。
男同士で愛し合うことや、(作中の言葉を借りると)13歳以下の人間とそれ以上の人間が愛し合い、「一線を越え」ること…。
世の中、多数決で回っています。斯く言う私もきっと大抵は多数派に居る人間でしょう。集団Aの中で一番数の多かった意見が総意となる、これは私達にとって当たり前で凄く楽なこと、と同時に自分が少数派に回ったときはとても苦しいといえます。
今、この世界の総意は上記の行為を「気持ち悪い」と一蹴します。私達はこの話が漫画であるから登場人物に感情移入出来たり、現実とか世間とか解ったつもりになっている場合があり得ますよね。本当に、身の回りでそれがあったときの自分の対応は如何なのかと考えるとぞっとするものがあります。
この作品が現実のストーリーであるとするならば、彼らは最も世間に受け入れられ難い条件を兼ね備えていると言っても過言ではありません。
従ってふつう、まとも、というのはより多くの人々の考えであり尚且つ相対的であるといえます。他者評価によって自己の何たるかが決まる現在、許されねば、認められねば、社会的に居場所をもてません。上に定義した通りが ふつう であり まとも であるなら、”ふつうでまともになれば ”確固たる足場は世間様から貰えるのです。
ーーーにいちゃんのこと許して理解できるのは世界で唯一、俺しかいないよ
今までのことを前提にこの台詞を考えるなら、景は、脆くとも、一人分の足場を手に入れたといえます。ゆいに、認められたのですから。
逆に、ゆいも景に認められています。一歩も動けないような足場に、2人で、その下を気にしながら乗って居る様が目に浮かびます。
大衆に迎合していくのか、それとも周りを切り捨ててでも愛を貫き通すのか。私が断言してしまう答えではないですし(答え自体は出ていても)、また、この問題は永遠に終わらなくていいとも思います。
次に、皆様のご指摘があまり無い「証明」という言葉に着目しました。
私は「証明」という言葉が、そこで、ここで、あのシーンで、と出てくるごとにその言葉の堅苦しい雰囲気に引っかかりを覚えていました。
それに、話し言葉なので主語がない。一体彼は、彼らは、何を証明したいのだろうと悩みました。オビでは”愛”ですが。……そうですか、愛を証明するのですね。
この話での「証明」は次々と形を変えていきます。再会時、ゆいにとって 「証明」は景から逃げないことでした。それが、ゆいとまいの2人で景の家に押し掛けるときには ゆいが景の「愛されたい」を「証明」するような、そんな使い方になっています。最後には、人前でキスすること。それが2人の「証明」に変わりました。
数学の証明の様な、何か条件が揃えばAだといえる様な、そんな話ではないのに「証明」という語を使ったことに私は違和感を感じたのだと思います。
きっと、「認めて」貰う為に証明が必要だったのでしょう。互いに足場を用意する為に。
何をもって証明されたとするかは、この場合、それぞれの感覚によるものなんでしょうね…。
「証明」には理由や根拠が必要です。上記の言動が、彼らなりの〇〇の証明の根拠となるものだったといえそうです。
最後にちょっと萌え語りを。
私、受けが学ランの上だけ着てる状態が凄く好きで…同じくはらだ先生の「やじるし」を読んでからずっと虜になっていたんです。パワーアップした濃厚学ランエロの提供、ありがとうございます、はらだ先生。
さて、長々と書いてきましたが、もしここまでお付き合い下さった方がおられたのなら、本当に本当に、ありがとうございます。
1人で語るとはいえ、誰しも人に認めて貰いたくて仕方ないですからね、うふふ。
はらださんはBL界の「鬼才」とよく言われているようですが、普通に「天才」だと思っています。
BL界におけるボーダーラインは、40歳を超えた私が中学校の時期から考えても意外と広がっておらず、パターン化・予定調和の世界だ。嗜好者は格段に増えたし(それこそ世界中に)エロやオメガバースの発展は興味深いのだけど、現実世界の性に真向対峙しながらエロの世界に深く潜る作家は実は少ない。
はらださんはその作家の中で群を抜いている。
そして本作は他のレビューでも散見されるが、BLというジャンルに押し込めておけない作品だ。
この作品で描かれていることは、ある人には拒絶反応をひき起こすかもしれないが、ある人には癒しがあるのもまた事実。
主人公は「にいちゃん」による性的虐待に傾倒して歪んでいくように見えるが、決して屈服しきったりはしない。依存と愛情を絡ませ、加虐者をゆっくりと死の境地に至らしめていく姿にある種の爽快感を感じた人もいたのではないかと思う。共依存と言えど、どちらかが強者で弱者の場合がほとんどであり、強者の強みこそが弱点になるし、関係性は逆転する。ああいった暴力を描ける作家は少ないと思う。
私自身も幼少期にごく軽くではあるが性的虐待を受けた者として、この作品に癒しを感じた。漫画に限らず、映画や文学や音楽が発揮する「似た事例に心を添わせることで得る癒し」という芸術の共感性。
かといって、誰かを貶める痛みは主人公にも影を落とすし、それは「これを読んでいる私だったかもしれない姿」でもある。前段までの共感からまた一線を置いて見せる展開、主人公と「共闘する」と表現してもいいだろう女性キャラクターの配置にも唸った。彼女は共闘するだけであり、情を絡ませたりはせず、おそらく主人公を救うこともないだろう。
没落の予感までを描き切り、ラスト一コマまで緊張感は張りつめたままだ。なんと寂寥としたラストなんだろうと感嘆した。
この作品の冒険性・暴力性には一時期の山本直樹(「BLUE」など)のそれに近いものを感じた。かなりの覚悟で描かれたものなのではないか。
私はこの『にいちゃん』が気になっている方に向けてレビューを書いてみたいと思います!笑
まず設定とあらすじだけで、普通地雷だという方がほとんどだと思います。
間違いなくBL、中〜上級者向けのお話です。
お子様がいらっしゃる方は抵抗があるかもしれません。
読んで『楽しめるか』という観点では、フィクションとして割り切れる方だと思います。
初心者の方は、ある程度数をこなしてから読んだ方が良いかも。やや重めのストーリーです。
しかしせっかくBLというジャンルに踏み込んでいるのならば、一度読んで欲しい作品だと私は思っています。
お話の詳細は皆さま書かれているので、ざっくりいうと『神作品』です。
絵柄は【やたもも(1)】や【やじるし】などと比べると、全体的にしっとりとしていて、色も暗め。ストーリーとマッチしていて素敵でした。
受けであるゆい君は、最初は瑞々しくとても可愛らしい、中盤から後半にかけては、人間味が増し、どんどん色っぽくなっていきます。
にいちゃんは、表情の一つ一つが二次元ならではのリアルです。
また激しく絵柄が変わります。ストーリーの展開上、好青年・老け顔・やつれる・凹むなど、にいちゃんの精神状態と合わせて見ると、より面白いです。
題材、といっていいのかわかりませんが、読むと大きなテーマにぶつかります。
内容が内容ですから、自分が萌えるとか、神作品としてレビューすることに悩みました。
でも、【にいちゃん】面白いですよ。
作品と一緒に悩み考えるも良し、きゃードキドキ怖いドキドキと楽しむも良し!
様々な感想があると思いますが、とっても素敵な作品です。
あとは自萌えとの戦いですかね…٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
ラストは心”引”かれるものでした。
続きが出たらぜひ読んでみたいです。
ちょっと長くなってしまいましたが、
レビューを読んで頂きありがとうございました!