【書き下ろしSS付き】【イラスト入り】
rennai huanshou no kodoku
「きみがくれたぬくもり」を読んですぐにこちらも読みました。
本作は上記の番外編で、かつてメイを残酷な目にあわせていた辰哉にスポットを当てたお話です。
程度はどうであれ、辰哉のように誰かを傷つけて、謝って、許されたいと思った経験は誰かしらあるのではないでしょうか。
しかしながら、程度はどうであれ、メイのように誰かに傷つけられた経験だって、誰かしらあるはずです。
なので、極端に言うと、本作は加害者に多大に感情移入するか、それとも被害者に多大に感情移入するかで評価が大きく分かれるかもしれません。
私は最初の視点の人物に感情移入する傾向があるので、辰哉の気持ちに寄り添いながら読みました。
メイが左門寺家を去ってから六年、その間にイギリス留学や父親の逮捕から疎遠になったりという経験をした辰哉ですが、帰国しても心の時間が止まったままな辰哉と違い、メイはくまのぬいぐるみがなくても一人で話せるし笑えるようになっていました。
そんなメイをこっそり見ながら自責の念に苛まれている辰哉に、私は最初から心を掴まれていたのです。
とにかくメイが絡んだ場面で辰哉は苦悩しており、次第に私は曇らせというジャンルが好きなことにはっきりと気付いてしまいました。
それにしても、謝ることって迷いますよね。「謝れ!」と相手に怒り狂われたら謝りやすいけれど、感情を表に出せない人に謝るのは、相手を許すしかない状況に追いつめてしまうのではないか、自分がスッキリしたいだけの行為なのではないか、相手は自分の顔を二度と見たくないと思っているのではないか、といろいろ考えてしまいます。だから、辰哉の迷いはとても共感できました。
でも相手はあのメイですから、辰哉の良からぬ想像は全て外れてしまうわけです。
メイは辰哉との再会を喜び、辰哉を憎みもせずに、辰哉が笑顔の絵を描いていつでもプレゼントできるように持ち歩いていました。
辰哉の残酷な面じゃなくて優しかった部分だけを覚えている件は、さすがにメイの防衛本能が辛い記憶を消し去ったのだと思いますが、それでもメイは無邪気に思い出話に花を咲かせました。
辰哉もようやく気付きましたが、メイの言動は本当にあの「くま」のまんまなんですよね。毒気が抜けるような天真爛漫さ、そして相手を否定せずに受け止める様は、まさに辰哉の言う天使そのものでした。
メイのような人間は希少種だからこそ、辰哉がとても人間らしく見えて共感できたのかもしれません。
辰哉が初めて涙を見せた相手がメイであるところがとても良かったです。小椋ムク先生の挿絵と相まって感動しました。
今回セリフがなかった斎賀ですが、憎き辰哉が頭を深く下げたのを見ただけで態度を改めるという察しの良さが相変わらず素敵でした。
そして、腑抜けていた辰哉に勇気を与えたのは与謝野です。彼がいなければ辰哉は川の向こう岸へ渡ろうともせず、自ら川へ飛び込み溺れ死んでいくような人生だったでしょう。
与謝野はスパダリ界の頂点に立つ男と言っても過言ではないくらいに、とても包容力のある男でした。
与謝野は事業面でも恋愛面でもまさにご都合主義のかたまりのような存在なので、なかなか警戒心を解かない辰哉にとても共感させられましたが、与謝野はほどよく辰哉に好意を伝えながらも、無理強いはせずにじっくりと待てる男なんですよ。辰哉のペースに合わせて、長年の片想いを成就させるまで半年以上かけたし、とにかく辰哉の気持ちが最優先で、辰哉の不器用な言葉の真実を汲み取っては優しく導くことができるいい男なのです。
与謝野視点のお話では二人は無事に同棲しており、あのお坊っちゃま育ちだった辰哉がこっそり家事をがんばっていたりと微笑ましかったです。
これからもお互い良きパートナーとして、公私ともに支え合って生きていくことを確信させる、いい締めくくりでした。
本作品は特に与謝野の包容力とメイの優しさと辰哉の罪の意識がなければ成り立たないお話なのですが、これらの要素が揃わなければ辰哉は幸せになれなかったでしょう。
唐突にノベルゲームで例えると、辰哉の物語はハッピーエンドはたったひとつで、それ以外は全てバッドエンドという過酷なルートであり、その唯一のハッピーエンドを見せてもらったような感覚です。まあ、与謝野の執着具合なら、いくらバッドエンド確定でも無理やりハッピーエンドの方向へ軌道修正してくれそうですけどね。
そして、エンディングまでの道筋を伊勢原ささら先生が丁寧に描写してくれたことで、辰哉の心情の変化に説得力が増したのだと思います。お見事でした。
あと、本作で重要なテーマのひとつだった会社の再建ですが、読んでいるうちに二人の仕事の向き合い方に尊敬の念を抱くようになり、ビジネス書を読んでいるような気分にもなりました。私も見習わないといけませんね……。
左門寺に続き大越まで警察沙汰になってしまい、左門寺建設の企業イメージがただただ心配になのですが、再建メンバーの奮闘により左門寺建設はイメージアップしながら大きくなっていくのでしょう。彼らならそういった「ビジョン」を叶えることは不可能ではないのだと、与謝野の言葉や辰哉の前向きな変化によって希望を持たせてくれる、そんなお話でした。
伊勢原さん作品の『きみがくれたぬくもり』のスピンオフ作品。
『きみが~』で受けのメイちゃんを苛め抜いた、従兄・辰哉のお話です。前作未読でも読めないことはない気がしますが、できれば前作を読まれてから今巻を読まれた方がより感情移入できる気がします。
ということでレビューを。
主人公は辰哉。
大手建設会社の左門寺建設社長の嫡男で、将来は左門寺建設を背負う人間として幼いころから帝王学を学んできた青年。
彼の父親は経営者としては有能だったけれど強引なやり口をいとわない人物だった。時に違法な手段を用いることも。それ故に部下から恨まれ、裏切られ、会社を追われることに。その時辰哉はイギリスに留学中だった。父親が逮捕されたときも帰国することはなかった辰哉だが、父親の腹心の部下だった本橋に請われ帰国することに。そこで辰也が本橋から告げられたのは大手ゼネコン・村雨コーポレーションの傘下に入らならないか、というもので―。
というお話。
序盤からメイちゃんが登場し、(前作でも書かれてた彼らの関係がうっすらと書かれていますので、前作既読だとより話が分かりやすいかと思われます)前作よりも落ちぶれた状態になった辰哉に、ちょいザマアな感情を抱きつつ読み始めました。でも、辰哉がメイちゃんにしたことを心から悔いてる様子も読み取れて、ちょびっと切ない気持ちにも。彼のベースには、メイという存在が大きく立ちはだかってる。
で。
今巻で辰哉と大きく関わるのは、村雨コーポレーションの経営企画部長の与謝野という男性です。かつて、父親から仕事相手として紹介された人物。有能だと名を馳せている男性でもある。辰哉は与謝野から倒産しかかっている左門寺建設が
村雨コーポレーションの傘下に入らないか、と言われるが、与謝野の真意を測りかねる辰哉は騙されているのではと疑心暗鬼になって彼の申し出をきっぱり断るが―。
与謝野を信じることができない辰哉と、好条件で辰哉に買収の話を持ち掛ける与謝野。与謝野が左門寺建設に救済の手を差し伸べたのは、いったいどんな思惑があるのか。
そこを軸に進むストーリーです。
んー、これ、序盤から与謝野から種明かしがあるんですね。
単純に左門寺建設が素晴らしい企業であること。彼は有能なリーマンなのできちんと損得勘定ができる。そのうえで、左門寺建設を買収することが自社のメリットにつながるというデータを持ってる。
が、まあそれだけではBL展開にならないので。ぶっちゃけて言ってしまうと、与謝野は辰哉に好意を寄せているから、なのです。
この与謝野の好意があって初めて成り立つストーリーで、だからこそ好みが分かれそうな展開だなと思いました。与謝野が辰哉にあったのは辰哉が17歳の時の一回だけ。その時に辰哉に激しく惹かれた、という。
うーん、なんかご都合主義な感じ…?
単なるご都合主義にならないのは、与謝野がなぜ辰哉に惹かれたのか、というのが詳細に書かれているから。でも、与謝野が辰哉に恋愛感情を抱いていく、その過程がリアルタイムで書かれていないので何となくあっさりし過ぎというか何というか。
が、そのモヤモヤを吹っ切る部分が、今作品にはきちんとあります。与謝野×辰哉、の恋の行方だけではなく、辰哉とメイの関係もきちんと描かれているところかと思われる。
メイにした仕打ちの過去、それを悔いている現在、メイへの贖罪の気持ち。
なぜ辰哉があれだけの非道な仕打ちをしたのか、その彼の内面がきちんと描かれいるんですね。
私は心が狭いので、正直、ケッ!と思ったことは否めない。けれど、過去の自分にきちんと向き合い、メイに会いに行くその男気は非常にカッコよかった。彼もメイと同じで、周りの大人に振り回された子どもだったんだな、と。
辰哉も頑張った。
けれど、辰哉が前を向けるようになったのは、周囲の人たちのおかげでもある。ベースとしてはシリアス寄りですが、人情味に溢れた作品でした。
面白かったのですが、前作がドツボに入りすぎてこちらはちょっとトーンダウンしてしまった感は否めなかったのが残念と言えば残念。完全に好みの問題です、はい。もしかしたら、『きみがくれたぬくもり』を読まずに今作品だけ読んだなら、あるいはもう少し辰哉に感情移入できたかもしれないなとか思ったりしました。
ムクさんの挿絵は、今巻も神だった。
めっちゃ優しいの。
ムクさんの可愛らしい挿絵効果もあってか、読後、心がホカホカする、そんな作品でした。