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saihate no niwa
表紙買いです。和装姿のキャラやタイトルに惹かれました。
本作は既読でしたが、作中の空気感がとても好みだったので久々にじっくりと読み返しました。
スマホもパソコンも車も出てくる現代のお話なのに、日本家屋、和服といった昭和以前を感じさせる古風な世界観がたまらないです。
本作は荘介と彼を拾ったフジ夫の閉鎖的な暮らしを主軸に、荘介が自殺志願者に至るまでの経緯、トラウマの克服、そして生きたいと思うまでの経緯が過去と現在を行き来しながらじっくりと描写されており、最初は添えもののような存在だった恋愛が話が進むにつれて重要になっていくので、読みごたえがあります。
相手のフジ夫も人嫌いで長年家に引きこもっている小説家ということもあり、全体的に明るい雰囲気ではないものの、現実をあきらめている二人と相反するように、運命的な二人の恋模様を見せてくれるのがおもしろくて好きです。
荘介視点の一人称でたどっていく物語なので、今回も荘介の心情の移り変わりを追体験する形で楽しめました。
特に、十年前の回想で憧れの作家である光次と対面する場面は、私まで恋をしたような気分になり、そこから一気に物語に入り込むことができました。好印象を持ったからだろうけど、初っぱなから苗字呼びではなく「荘介さん」呼びする光次は天然たらし確定です。
そして何と言っても、たった数分間の光次との夢の時間を終えて縁側を歩いている途中で起きた、ほんの数センチだけ開いた襖の向こうにいる誰かと目が合うという強く印象に残る出会いです。その人こそが光次の孫であり、十年後の現在に結ばれるフジ夫でした。
しかも、この出会いは想像以上にフジ夫に多大な影響を与えており、一瞬見えた荘介の右脚の鱗(傷)に一目惚れしたことがフジ夫にとっての初恋であり、恋愛小説家・藤尾真珠が生まれるきっかけであり、全ての作品の原点にまでなっていたのです。なんて素晴らしい設定なのでしょう。
さらに、荘介との出会いはフジ夫だけではなく、光次にも影響を与えていたことにも興奮しました。ミステリー作家が晩年に恋愛小説を書き始めていたなんて、こちらもなかなか強烈です。フジ夫も匂いに反応していたらしいし、荘介どんだけいい匂いなの。
光次は荘介に先立った妻を思い出すと言いましたが、小町には初恋の匂いと言っていました。つまり、光次は最期まで初恋の人だけを愛したわけです。
そんな素敵な祖父母夫婦と生活してきたフジ夫が、光次の恋愛小説の続きを書けないと思うのも無理もないですよね。
たった一瞬の初恋で溢れる想いを小説にしてきたフジ夫はもちろん素敵だけど、いかんせん光次の作品を引き継ぐには恋愛経験が足りません。池田光次という小説家を尊敬しているからこその苦悩をむき出しにして涙を流すフジ夫が印象的でした。
このように二人の作家に影響を与えていたなんて、自分が荘介だったらと思うと感極まって死んでもいいとさえ思ってしまいそうです。本作において「死」は禁句なんですけどね。
荘介で印象に残っているのは、フジ夫の初恋話や荘介の鱗(傷)の発見といった強力なアシストをしてくれた小町のエピソードです。
小町が最低な男ときっちり別れられるように、小町に化粧をして女としての自信を持たせる場面は、私まで励まされるような気分になりました。フジ夫と荘介の優しさは形が違うけれど、小町にとってはどちらの優しさも必要だったと思います。
亡き母の影響で化粧品メーカーへ就職した荘介は、本編でも母のことをよく振り返っていました。荘介が愛する母に化粧をしてあげたら母はすごく喜んだだろうなと切なくなりましたが、化粧品に携わることが荘介自身にとって生きがいになっていたので、これでいいのだと思います。
諫山の件は高校時代に傷害で警察沙汰になったんだから、ストーカーされている時点で警察に通報すればすぐに動いてくれたのではと思いましたが、今回で二度目の逮捕だから今後は接近しただけで即通報で大丈夫でしょう。
フジ夫はとても魅力的な人物で、小説家らしくない真っすぐな言葉には、良くも悪くも相手の逃げ道をふさいだり、時には背中を押してあげるような優しさを持っています。
そして、恋愛面では堂々と初心者丸出しの発言をしてくれます。荘介とほぼ合意のキスをしてから、そのことで頭がいっぱいになって執筆に手がつかなくなるのとか本当にかわいいです。布団で気持ちを確認しあってからの初夜もすごく良かったです。
荘介の手を握って温もりを与える場面はどれも好きなんですが、それがかつてフジ夫が祖母にされて安心した行為だったことを知り、さらに好きになりました。光次のように荘介のことをいい匂いと言っていたし、フジ夫はおばあちゃん子だったんですね。
荘介と結ばれたことで結果的に光次と同じく初恋の相手と添い遂げることになりそうですが、それが藤尾真珠の作品にどんな影響を与えるのか、そして光次の小説の続きはどんな作風になったのか、荘介の再就職後の暮らしぶりなど、知りたいことがたくさんあります。掌編でもいいから後日談が読みたいです。
私は電子書籍ですが、本編と千地イチ先生の素敵なあとがきを読み終えてからの伊東七つ生先生の絵にやられました。紙本も同じなのかは知りませんが、これは最後に持ってきて正解だと思います。
実はこの感想を書くのもかなりの日時がかかっています。この文面で? というツッコミはご容赦ください。
いろんな思いが込み上げるのに上手く言葉にできなくて、とてももどかしいです。
改めて素敵な作品を生み出す作家さんや、素敵な感想を書かれるレビュアーさんに尊敬の念を抱きました。
本作は静かでゆったりとしたお話が好きな方や、一般文芸が好きな方におすすめできると思います。
勤めていた会社を辞め、妻とも離婚した荘介(受け・33歳)。
死ぬため訪れた鎌倉で出会ったのは、敬愛する作家の孫で小説家のフジ夫(攻め・26歳)。
彼に家政夫として雇われ一緒に暮らすうち、自殺願望が薄れていき…
鎌倉を舞台とした静かで和風情緒漂う作品。
自殺願望を抱える荘介の生い立ちと心の傷とが、ほのぼの進行する物語の中で少しずつ語られていきます。
母子家庭に育ち、苦労の多い人生を歩んできた荘介。
生に執着のない彼は、7歳年下の主人に振り回されようが常に淡々としていますが、心の奥には非常に脆く繊細な一面も。
強引ながら聡明で優しいフジ夫にその弱い部分を受け入れてもらえたことで、初めて彼の前で涙するシーンが印象的。
フジ夫は、ひきこもりの童貞で、子供の頃一度だけ見た、脚に鱗のある人間を初恋の人として想い続けている一途な人物。
7歳年上の荘介を初対面から呼び捨てにする等、一見傍若無人ですが、根は非常に優しく包容力ある男前。
ひきこもりで学校にもあまり行っていないためか、どこか浮世離れした雰囲気があり、若いのに仙人のような落ち着きを感じさせるところも面白いキャラでした。
フジ夫が幼い頃見た「人魚」の正体と、荘介の学生時代の苦い体験とが繋がる後半の展開が秀逸。
荘介にとってのトラウマの象徴が、フジ夫にとってはかけがえのない初恋の記憶で、そのことに荘介が救われる展開に何とも言えない優しさと感動がありました。
何もかも捨てたはずの荘介が、化粧品メーカーに勤めていた頃のメイク技術を活かし、フジ夫の編集者の女性を手助けするエピソードも印象的。
彼女に化粧を施す中で、化粧に興味を持った自身のルーツを思い出す荘介。
自身が今までやってきたことは決して無益ではなかったことを理解すると共に、辛い恋に折り合いをつけた女性編集者に触発され、自分も過去にケリをつける決意をする。
このように、荘介の心の再生と日常のエピソードとが上手く絡められている点が非常に良いと思いました。
終盤、両想いになった二人のラブラブぶりも見どころの一つです。
荘介が後ろは初めてなのに挿れられてすぐイってしまう等、ちょっとファンタジーすぎるところはありましたが、そのノリも含めて楽しむことができました。
都会を物語の舞台とすることの多い千地さんですが、鎌倉が舞台となった本作でも、優しく繊細な作風は健在。
既刊にも勝らずとも劣らずな素敵な作品でした。
あらすじと表紙イラストに惹かれて購入。結果大正解。
とても心に沁みる完成度の高い作品。文章がとても丁寧で読み易い。少し謎めいた仕立てになっていて、主人公のトラウマが明かされるシーンは衝撃的だった。年下攻めだが主人公の受の方に甘えてくる感じではなく、お互いが欠けた物を補い合う対等な関係なのも良かった。また日常着が和服で主人公が下着を着けさせて貰えないのもドキドキした。
セックスシーンも情を交わすと言いたくなるような感じで素敵。是非ともおススメしたい1冊。
自殺志願で鎌倉を訪れた荘介(受け)は、入った小料理屋で和服の男と出会う。その男・フジ夫(攻め)は、荘介が憧れていた亡き作家の孫だった。本人も作家であるというフジ夫の家に、なぜか家政夫として滞在することになるが、相当な変人であるフジ夫との暮らしは予想外に穏やかで…。
自殺志願受けの癒されBLは何冊か読んでいますが、なぜか攻めが変人なことが多い気がします。ちょっとやそっとのキャラでは自殺を思いとどませるのは難しいということでしょうか。
そんなわけで、和服の作家×自殺志願の家政夫の、運命的な出会いのお話です。
受けは、水商売の母親に、父親を知らずに育てられました。母には可愛がってもらったけれど苦労して育ち、その分勉強を頑張り、そんな時ある作家の本を読んで心酔し…ですが可哀想な事件に巻き込まれ、それがトラウマとなります。
やがて母は亡くなりますが、頑張ったおかげで化粧品会社に就職し、結婚します。なのにトラウマの元になった人物が再び現れたせいで仕事を失い、やがて離婚。人生に倦んで死のうと思い、心酔していた作家宅のある鎌倉へやってきます。
そこで出会ったのが、その作家の孫で、今は亡き作家の屋敷に1人で住んでいる攻めでした。昔、受けが一度だけ作家の家を訪れた時に、偶然顔を合わせた相手ですが、攻めは最初はそれが受けであることを知りません。
最初は「自殺志願者に興味がある」とか「死んでもいいぞ」とか言ってた攻めが、だんだん受けに惹かれ、受けを無くしてはならない存在だと思い始めるのが良かったです。攻めは小さい頃から引きこもりで、今も人嫌いで外が嫌い、恋愛経験もなく童貞。なのに恋愛小説を書いています。人を好きになったことはあるそうで、その人は人魚のように鱗をもっていた、と言います。
攻めのキラキラな思い出と受けのひどい思い出が重なっていたり、自殺旅行が運命的な出会いにつながったり、亡き作家の書いた未完の恋愛小説に受けの存在が関係していたり、色々な出来事が絡まり合って現在に繋がっているのが面白かったです。パズルのピースがピタリピタリとはまるような快感を覚えました。
エッチがこれまた良かったです。引きこもり童貞年下攻めが、顔では平然としながら心臓ばくばく言わせてるのが可愛い。受けのトラウマが溶けるのが微笑ましい。童貞と処女の慣れない行為に非常に萌えました。
マイナス点は、受けのトラウマの元凶の解決がちょっとあっさりすぎたかな、という点と、偶然要素がやや多すぎたかな、という点。それ以外はとても素敵な作品でした。
鎌倉を舞台にした、人魚との恋を描いたミステリアス・サスペンス。
嘘です。
嘘ではないけど、ネタバレです。
かつて一度だけ訪れたことのある、憧れの作家が住まう鎌倉の屋敷。
自分の人生を終わらせてしまおうと、その前に、最後にもう一度思い出の屋敷を確かめたいと思っていた荘介だったが、ひょんな事から思いもかけず、その屋敷で家政夫生活をすることになって…。
さいはての庭で、今までただ逃げているだけだった自分の人生を、自分にかけられた恋の呪いをちゃんと終わらせる。
手入れされて、明るくなった庭から二人で進み出す、明るい結末のお話でした。