snowblack
cannonbal
「off you go」番外編。
背中がぞくっとするような、ビターだけれど深い甘い味わいの一冊。
そもそも、本編への思い入れが強いという前提があってのことだろうが、
この二人は、そして筆者はどこまで行くのだろうか……?
『星を抱く(70’s) 』
密と十和子の入院中のエピソード。
『永遠を知らないか(80’s )』
大学生の良時が、先輩から十和子との縁を取り持って欲しいと頼まれ……。
『羊の血(90’s) 』
本編で、二組の夫婦が一緒にフレンチを食べる下りがあったが、その翌日の話。
……と続いて、『僕と不良と校庭で(二千なん年)』。
同人誌『Tiny Boat』に収められている『大切をきずくもの』の中に、
西口が静家で飲んでいる場面があるが、そのエピソードに繋がっている。
珍しく同窓会になど出かけるという密。
彼に限って旧交を温めるなどという、そんな話がある訳がないと訝しむ良時だが
それは危険な火種を孕む出来事だった……。
「育ちがようて、きちんとしてはる」良時の、誰にも見せない奥底の熱情。
狂っているのは、何も密ばかりではない。
宿命とでも呼ぶべき、この二人の想いと繋がりの深さ……
それが迫って来て、萌えなど吹き飛ばす。
ヤクザの大物・清武という人物の造形、
いつもながら脇役が立っているのも素晴らしい。
一穂さんのイメージを、竹美家先生がデザインした表紙の洒落た素っ気なさ。
開くとまず、中村一義の「キャノンボール」の歌詞が書いてある。
70’s、80’s、90’sだろうが、
今が二千なん年だろうが、死ぬように生きている場合じゃない
時間を追ってエピソードが重なり、
再び山下まさよしの「僕と不良と校庭で」の歌詞が書かれた頁をめくると
謎めいたメールの文面から、現在の物語が始まる。
小粋な全体の作り、それぞれの物語の味わい……
希望と未来を感じる光さす最後の一文が、それら全てをくるんで読み手の心を揺さぶり、
切なく愛おしい余韻を残します。
別名・佐伯密の悪童日記?
彼の並外れた頭脳と底知れぬ(限りなく危険な)人脈に
背筋がゾワゾワしつつも、
その根底にある良時への、十和子への想いには
いつもながら擦り切れそうなひたむきさを感じる。
少年時代から変わらない、あやうく強い絆。
ゾクゾクと感動を同時に味わえ、
一穂さんの同人誌の中でも特に読み応えのあった一冊です。
『星を抱く(70's)』
文字通り悪童だった頃の密。
いや、どう見ても悪いのは変態のオッサンなんですが
小学生?にして完成された密の強靭なメンタリティと
罵倒語の豊富さにはただただ舌を巻くばかり。
圧力に屈しない矜持や、
良時や十和子を守らんとする情の深さは
この頃から健在なのです。
『永遠を知らないか(80's)』
大学時代の良時。
十和子に一目惚れした先輩の頼みで一席を設けるが…。
十和子は、そして密や良時は、「今」の心地よい関係が
「永遠」に続かないことを予感していたのか。
その後の三人を思うと何とも暗示めいた、哲学的な短編です。
『羊の血(90's)』
本編で、二組の夫婦がフレンチを食べた日の翌日の話。
密・十和子夫婦を訪ねた良時。
十和子は寝込んでいて、密と二人で飲みに出る。
昨日、気分が悪くなった理由を「羊の血の匂い」と説明する密。
理由は絶対それだけではないと、
旧約聖書から引用した一節が哀しく物語っている。
寒々しくも美しい短編です。
『僕と不良と校庭で(二千なん年)』
現在。
同窓会に出かけた密が極道の大物と密会していたと、
目撃した西口経由で良時に伝わる。
怒りと心配と嫉妬と…取り乱した良時の執着はゾクッとする程
根が深く、密も執着されることに喜びを感じている。
そして、密がヤクザとの取引に応じた裏には
学生時代の良時との無邪気な思い出が関わっていて…。
どこまでも深い絆と熱情で結ばれた二人。
二人を見るヤクザ・清武の視線にもドラマがあり、
極道者ながら憎めない味がある。
ところで、
「キャノンボール」とは出発地と目的地だけ決め
到着の速さを競う自動車レースのこと。
世界を飛び回っても、誰と付き合っていても、
密の行き着く先は、いつも良時のところであった。
今まで幾度となく描かれてきた、
切っても切れない関係を象徴するような素晴らしいタイトル。
引用された、中村一義氏の同曲の歌詞もとても素敵で、
歌詞を辿ることで二人の歴史が透けて見えてくるようです。