__モコ__
一穂さん『雪よ林檎の香のごとく』同人誌1冊目。
卒業というものを軸に描かれています。
わたくし事で申し訳ないのですが、私は「仰げば尊し」を歌う機会がなく、歌詞も殆ど知りませんでした。
こちらの作中には、その歌の歌詞の話がちらりと出て来るのですが、
「なるほどそうなのか…」
と学びながら読ませて頂きました。
と、それと同時に、「さもしい」という言葉の意味も。
卒業というのは誰にでもあって、それは学校だけではなく、友達との別れだったり、親からの拘束だったり。
卒業と新たな出会いは隣り合わせで、そこのハザマと言うか、一歩踏み出すと別世界が待っている、という状況が、心の揺れを敏感に感じられる時じゃないかなと思います。
未来は必ずやってきて、今が過去になって、過去がもっと昔に感じて。
父の思いも、りかのことも、先生のことも。
先を考えても決して暗くはないのに、じわりじわりと迫る感情が、志緒の心を突如捕えてしまって。
彼の考える「置いて行く」という感情に、彼と一緒に泣いてしまった自分が居ました。
何と言われたって、戻りたくなる感情はあって。
けど言っちゃいけない気持ちがあって、必死で押し殺して。
今が幸せじゃないからとかそんな事じゃ決してなくて。
説明のしようがない感覚が心を支配する時ってあるんだな、と。
志緒の涙する情景を頭に浮かべて、私も鼻の奥がつんとしました。
当たり前のように過ごした事が、明日から当たり前じゃなくなる事。
その時にならなくちゃ気付けない感情。
何気ないような気持ちが変化する些細な瞬間を、まるで自分の身に起きたかのような感覚で読ませて貰いました。
一穂先生のデビュー作「雪よ林檎の香のごとく」の番外編で、
志緒の卒業式の前々日から当日の話。
たどたどしいピアノの音、淡々とした卒業式、写真のエピソード、
高校生という年齢にとって、卒業式ってこんな風に微妙な感じだよなぁ…
どうしてこんな繊細な心理を、さりげなく描写することができるんだろう…!
卒業式の後、図書室へ向かう志緒。
図書室は、桂が泣いているところを見かけ、言葉を交わし、惹かれていった特別な場所。
その図書室で1人志緒は突然理解し、圧倒的な哀しみに襲われる。
諦めるように、断ち切るように、時間が流れる以上、別れはいつも
「そうしなければいけない」こと…と。
そこに桂が来る。
それは、二人の繋がりと同じ高校で過ごした日々の最後を締めくくる必然なのだろう。
相変わらず志緒の感受性の強さが鮮やかに際立つ。
その彼の視点で語られる数日の、全編に満ちる暖かくほのまぶしい寂寥。
送る側の教師や見守る親や大人の切ない思いも、
まだそれを本当には分かることができない志緒の目を通して描かれる。
ちょっとしたお楽しみとして、その後の二人を垣間みられる番外編というより、
本編の後についていておかしくない、本編にそのまま繋がる素晴らしい小品だった。
キスらしいキスもHもないけれど、本編に感動された方には是非読んで頂きたい作品。