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bakemono shinju
江戸+ミステリー。6人の役者のうち一人が鬼に殺されて、成り代わられてしまった。鬼は一体誰なのか――というお話。この鬼暴きをする魚之助と藤九郎のキャラが良い。徐々に深まっていく関係もとても良かった。
物語はほぼ藤九郎視点で語られる。いつも魚之助に振り回されていて、素朴で善い人だがとても鈍い印象。普段からいろんな人に都合良く使われている。
魚之助はたくさんのものを背負っている。歌舞伎の大人気女形であったのが、ファンに舞台で斬られて足を失ってしまった。人魚役者と言われ、舞台に立たなくなってからも、服装も化粧も話し方も女で在り続ける。
そんな二人が共に鬼を探す過程では、それぞれの役者の闇や罪が露呈する。毎回、こんなに酷いことをするのは鬼だ、と騒ぐ藤九郎の純真さに何とも言えない気持ちになる。
魚之助はきっと、人間はそんなことをするものだと知っている。でもだからこそ、本気で怒れる藤九郎を好ましく思うのかもしれない。
鬼暴きのはずが、暴かれていくのは人の裏の数々。鬼とは何か、本当にいるのか、ホラーかファンタジーかよく分からなくなってきたところで鬼の正体が。そこから得たのは、鬼より人間の方が恐ろしいという虚しさ。
そして舞台に立ち、一糸まとわぬ姿を晒す魚之助。自分が分からないと笑う魚之助に泣ける。人か鬼か、男か女か、生き方すら分からなくなった魚之助は、その答えを藤九郎に委ねる。果たして魚之助の出した答えは。その後の二人は。
内容的に、今、賞を獲るのが分かるなあという要素が含まれている。ありのままの自分を受け入れる結論が、舞台を江戸とすることで、直接的な名称を使わずカテゴライズされることもなく描かれている。
ままならない現実を抱えたまま、それでも強く生きていた魚之助が、最後に藤九郎に見せた本音にぐっとくる。藤九郎の答えはたぶん満点じゃなかったけど、それもまた魚之助のこれからをつなぐ楽しみになっていて良かったと思う。
すごく読み応えのある作品だった。
まず、紗久楽さわ先生の美麗な表紙に目を惹かれる。
そして、読み終えてみれば、本当にこれが新人賞!?と衝撃を受けた。
テンポの良い文体に目の前に広がるような緻密な情景描写、複雑な人物像や
心理描写、丁寧に作り込まれた筋運び、とその全てが巧かったとしか言えない。
本書は分類でいえば一般文芸になるのだけれど、
個人的には絶妙にブロマンスとBLの間を描いているように感じた。
物語の舞台が歌舞伎座という設定から登場人物はほぼ男性で、
男同士の恋や陰間あがりも登場し、匂わせ要素あり。
以下、あらすじ交えながら感想です。
時は文政、町人文化が花開くお江戸。
鳥屋を生業とする藤九郎と、かつて名女形として人気を誇った
元役者の魚之助の凸凹バディが「鬼探し」に乗り出す妖しく、
豪華絢爛な歌舞伎ミステリー。
ある晩、芝居小屋で鬼が役者を喰らう怪事件が起きる。
以来、六人の役者衆のうちの誰か一人に鬼が成り替わっているという。
芝居小屋の座元から依頼を受けた藤九郎と魚之助が
鬼の正体を暴くため、役者たちを探っていくと見えてきたのは
各の内に潜む芝居への異常なまでの執念、愛憎、嫉妬。
そうした歪みはやがて彼らの心に“鬼”を宿す。
芝居に魅了され、魂も人の情けも、全てを捧げた悲しい鬼たちは
愛のため、芸の道を極めるため、上り詰めるために人を陥れ、
命を奪うことも厭わない。
その煌びやかな舞台の裏で蠢く狂気に戦慄する。
果たして“鬼”は実在するのか?
はたまた、それは人の狂った心の在り様を意味するのか?
その答えはまんまタイトルで回収されている。
読み終えてみると、これ以上のタイトルはないというくらいのしっくり感だ。
そして、本作の最大の魅力は物語がすすむにつれて
変化してゆく藤九郎と魚之助の関係性だ。
過去に熱狂的な贔屓に襲われたことが原因で足を失い、
役者の道を諦めたものの、なぜか今も女として振舞う魚之助。
そんな魚之助の足となり、巻き込まれる形で鬼探しを始めるお人好しの藤九郎。
魚之助を疎ましく感じながらも、鬼探しを通して彼の抱える苦悩を知ってゆく。
己の人生の全てをかけてきた役者の道を失い、退いても尚
“女”として生きようとする体と、男と女の間で揺れ動く心。
「おいらは男か、それとも女か」
そんな自らの在り処を求める叫びが悲痛に響く。
はじめこそ、その純粋さゆえに、役者として、男として生きるべき、と
己の価値観でしか魚之助の生き方を見据えれなかった藤九郎。
けれど、芝居の世界や役者たちの執念、魚之助の過去を知ることで
考え方は変化し、ありのままの魚之介を受け容れ、寄り添おうとする。
魚之助の問いに対する藤九郎の答えは予想の範疇ではあったけれど、
藤九郎らしい答えで、その言葉に魚之助も救われたのだと思う。
一見強気で毒舌な魚之助だけれど、実はその心の内は繊細だ。
藤九郎にだけ本音を曝け出せたり、(おんぶな意味で)身体を委ねたり、
と案外依存していて、そんなツンデレっぷりもいとおしく、その距離感が心地いい。
今のところ藤九郎が口にする「好き」は相棒以上恋愛未満で、
一方の魚之助の藤九郎への態度は一線を越えているようでもあり、
グレーゾーンな二人。
純粋にバディとして息ぴったりな二人の関係性もいいけれど、
進展してゆく二人も気になってしまうというのが腐女子の性。
でも、歌舞伎小説としても、ミステリーとしても面白かったので
進展があるにしろないにしろ、絶対続きは読んでみたい!