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kuchibue
今作の著者であり、明治生まれの民俗学者・折口信夫氏の没後70年企画として発表された短編集。
ちるちる上の新刊情報でこちらの作品が登録されていることを知り、なぜだろうと思いながら読み進めてみれば納得。
表題作「口ぶえ」を含む4篇が収録されているのですが、この「口ぶえ」という作品が明治時代の男子校に通う男子学生同士の恋の物語なのです。
「口ぶえ」が大阪の新聞に連載されていたのは大正3年。
今作が発売された2023年現在から数えると、109年も前に発表されたボーイズラブ小説です。
他短篇(BLではありません)も、巻末に掲載されている著者年譜も読み応えがあるものでした。
舞台となるのは大阪のとある男子中学校。
主人公である漆間安良(うるまやすら)の口からぽつりぽつりと語られるのは、春から夏にかけての美しい季節の移ろいと、ゆらゆらと不安定に揺れ動く思春期の少年の青い日々。
男子校という特殊な空間に通いながら、同性相手に恋慕う気持ちをまだ理解出来ずにいる安良の苦悩がとても繊細に描かれています。
安良への好意を隠さず迫る上級生の岡沢への複雑な感情。
そして、ひとつ年上の清らかな同級生・渥美泰造への名前が付けられない感情。
じりじりと茹だるような暑さが続く暑中休暇中、岡沢と渥美それぞれから届いた手紙を通して、安良の感情が大きく動き出します。
ラストに思わずあっとなってしまうのですが、残念ながら「口ぶえ」は掲載されている前篇までしか発表されていません。未完なのです。
著者自身の体験を元に執筆された未完の自伝的小説とのことです。
この続きが読めないのは非常に悔やまれますが、淡く切ない青少年の純愛が描かれた名作かと思います。
文章的にも現代的ではない言い回しがあったりと、やはり読みやすいとは言い辛いものがあります。
けれど、叙情的で繊細な心理描写と動植物を交えた季節や感情の表現がとても美しいです。
著者の少年時代の恋は叶わなかったと解説にありました。
もしこうあったのなら、が詰まった作品だったのかもしれませんね。
未完の小説である、ということも私には魅力的に感じられました。