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amayo no tsuki
この作家様、好きすぎる……
二一さんの作品を拝読するのは三作目。読むたびに魅了されています。シリアスな作風なので時間に余裕がある時に心して読み始めるようにしていますが、セリフや人物の関係性から読み取れるメッセージ性の深さにうち震え、毎回感嘆とともに読了。商業作品を読んでいると時々煩わしく感じる読者への過剰な配慮や、読み手側の想像力を無にするお決まり展開などの制約がないからだろうと思います。
馬瀬八尋は三十代後半の小説家。彼は他人への執着心を持たないせいか、その人が気づいていない魅力に着目し、生かしてやる才能がある。それは無自覚にも自身の創作にも役立っている能力だった。おまけに思ってもいないことを言葉にする労力に全く価値を置かない性根ゆえ、場の空気を一切読まない彼の交友関係は大学時代からの奇特な友人二人しかいない。
八尋は都会の喧騒に嫌気がさして唐突に移住した先で、神前茅という若い男と出会う。茅は日光アレルギーを抱えており、兄の庇護下で暮らしてした。病のために社会生活を送る困難と密かに向き合っていた茅にとって、雨降りの日没後、傘をささずに外を徘徊するのが唯一の楽しみだった。
ある雨の日の夜。二人が知り合い、お互いのなかで中で何かがジリジリと変化していきます。恋や愛を言葉で表現してしまったら、その感触からかけ離れていってしまいそうな。かといえば矛盾する言動こそが互いへの執着を成立させるかのような。そんな二人のやりとりにぞわりと鳥肌が立ちます。「口にしなかった言葉はない言葉」が信条だったドライな八尋と、八尋へ抱いた思いが好意ではなく好奇心だったと早い段階で素直に認めた、まっさらで純情な茅。それぞれの心情を、八尋が執筆中の作中作品を交えながら描かれていく語り口がほんとうに素晴らしい。
創作行為に充足感を得ることで人間関係に執着する必要がなかった八尋。新作の執筆中に行き詰まってしまった時、茅との出会いによって虚構と現実の両方で新境地への突破口を見出していきます。茅に引き出された八尋の欲望こそが、彼が無意識に求めていたものだったのか…。
八尋が海辺通りの露店で買った赤いピアスの入ったガラスの小瓶は茅の象徴ともなっていて、さりげないのに巧みな比喩だなと感じました。また、アイスコーヒーよりも、時間が経って冷めてしまった熱いコーヒーの方が好ましいと感じる八尋の描写も際立って印象に残りました。
残念ながらわたしのレビューでは本作の魅力を存分にお伝えすることができず悔しいのですが、もしかしたらとんでもない作家に出会ってしまったのではないかと未だ気持ちの処理がしきれていません…笑
昨今の商業BL作品ではレアな文学性を備えた骨太なストーリーを描かれる作家様なので、エンタメ市場には敬遠されがちかも…。ですが、感想や評価数に動じることなく、コツコツと創作を続けておられるのが強みだと思います。人気や知名度だけが創作活動の全てではないし、作家が好きなものを描き続けることでしか得られない読者層もいるので、どうかこのまま突き進んで欲しいです。
表紙イラストは青城硝子さん。Twitterやpixivを拝見すると大変美しい画風で引き込まれます。また、『春に恋う』のイラストは伊藤モネさん。作家様の作品イメージなのでしょうか、こちらはオスみ強めな作風かつ色彩が鮮やかで印象的。『春に〜』のイラストレーターさんについては作品登録の際になぜか弾かれてしまったので、ここで触れさせていただきました。
最新配信作『恋愛教唆』も早速ちるちるに登録されているみたいで、嬉しい限りです。