イラスト入り
tsumi to batsu no hazama
紙の本の出版が2020年。10年前と言えばBL小説が全盛期の頃じゃなかったでしょうかね?交渉人や薔薇騎士、ダブルバインドのシリーズが続いていた時代……このお話もその時代にふさわしいドラマだと思いました。
タイトル通り、主要登場人物3人の罪と罰に関わるお話です。
お話は41歳、無職の高島が飛び降り自殺をするところから始まります。
高島の躓きは、もう少しで部長に昇進できると考えていたのに業績の悪化でリストラをされてしまったところから始まりました。リストラ対象になったのは仕事場でも知られる女癖の悪さから。クビになった彼は家庭にも居場所がありません。度重なる浮気によって、妻の心は激しく傷ついてしまっていたからです。
家を出てビジネスホテルに泊まりながら高島は仕事を探しますが見つかりません。銀行預金も妻に押さえられ、持ち金がなくなり歩道橋から飛び降ります……で、そこからは上記出版社あらすじの通りなんですけれども。
あらすじに書いていないのは、この高島というオヤジのクズぶり。
もうほんと、クズなんですわ。
リストラされたのは会社の上司に見る目がなかった所為。
再就職が決まらないのは実力ではなく41歳という年齢の所為。
取引先の下請け会社をあごで使う様なえげつない仕事ぶりで、困った時に誰も手を差し伸べてくれない。
こんな自分勝手に生きて来たくせに、付き合ってきた浮気相手に「助けてくれ」と縋るのもプライドが邪魔をしてできない。
ああ、もうクズを通り越してカスだわ、この男。
投身自殺する所まで行っちゃう理由が歴然としてるんですよね。
でも、そんな高島に対して三沢はあれこれ文句を言わないんですよ。
自分が月1でやっているイカサマ賭けポーカーの相棒にしてくれて、それ以外の日には自分のバー『煉瓦亭』のギャルソンに雇ってくれる。食事をつくってくれてひとつ布団で眠ってくれる。そればかりではなく、過去に高島が行ったいい加減な仕事の所為で生まれた損失補填の為に3,000万円もの大金を貸してくれさえします。
三沢に接しているうちに、高島は気づくんです。今まで自分がどんなに思いあがった人生を送って来たのか。そしてその結果、どれだけの人に迷惑をかけ、何を踏みにじって来たのか、つまり、自分が犯して来た罪についてを。
で、高島は思うのです。
「三沢はどうしてこんなに自分に良くしてくれるのだろう?」と。
いや、読んでるあたしもそう思ったのね。
確かに、ゲイの三沢は何度も高島に「好みのタイプ」って言うんだけれども。でも、それだけではない感じがするのね。
だってイカサマギャンブラーで金髪、ポルシェのオープンカーを乗り回し、本格的なレトロ建築のバーを持っている三沢の生活って、あまりにも質素なんですもん。その質素さがちぐはぐなんですよ。変なの。
三沢はとんでもない罪を隠していました。
そこには、もう一人の登場人物の罪が絡んできます。
これがねー、悲しくてやりきれなくて、でももし、自分がそんな状況になったらあり得るかもしれないという様な秘密なんです。
2人の濡れ場も、バーでの常連さんとのやり取りも、三沢が隠していた秘密を知ると「なーるほど……だからあんな風なのか」と納得がいくんです。
犯した罪に罰を与えるのは司法や社会だけじゃないんだよね。
誠実な人ほど、自分が自分を罰してしまう。
それを引き受けて生きていくのはとてもつらいこと。
でももし、自分が抱える大きな罪ごと全部を受け入れてくれる人が側にいてくれれば、生きていけるかもしれない。
人は怖くて、それと同時に暖かいものなんだっていう事を考えたりしました。
激しく心を揺さぶられる本でしたよ。
「こんな作品が読みたかった」を叶えてくれる、非常に胸が躍る作品でした。
鼻持ちならない男の転落人生なのかと思いきや、こうも面白く、そしてこんなにも萌えさせてくれるのかと。
良質なメンズラブ。いえ、人間ドラマが描かれています。
ストーリー重視で読まれる方におすすめしたい1冊です。
刺さる人にはものすごく刺さるのではないでしょうか。
プライドが高く、高慢かつ傲慢無礼。息をするように無自覚なパワハラを繰り返しては仕事が出来ると思い込んでいる。
妻子持ちにも関わらず不倫を平然とする女好きで、男尊女卑が当たり前に生活の中に染み付いている。
もうこの時点でなんというか、いわゆるクズと呼ばれる要素が揃っているんですよ。役満です。
もうとっくに終わった自分の肩書きと過去の栄光を人に語ってしまうタイプの41歳。
それが今作の受け、高島です。
私はこういう男が登場する度に、泥水をすすって生きるようなどん底もどん底の大転落劇を期待してしまうのですが…
案の定、あらすじの通り会社からはリストラされ妻子にもあっさりと捨てられる。
人を蔑んで生きてきた人間がその逆の立場にまわれば、プライドが高ければ高いほど絶望も大きいというもの。
そんな絶望の淵から飛び降りた先に待っていたのは、死ではなく、真っ白なポルシェだった…と、死にぞこなったクズ男が25歳のイカサマ師と運命的な出逢いを果たします。
詐欺まがいのポーカーの相棒としてひとくち噛ませ、更にはバーで雇ってくれる三沢という謎に満ちた若く美しい男。
古く狭い6畳の和室に布団1組と男2人の奇妙な共同生活。
この奇妙な共同生活を送りながら、高島の終わったはずの人生が三沢とその周囲の人々によって気付きを与えられ、徐々に息を吹き返していく。これがすごく面白くて。
自身を無条件で救ってくれた三沢の謎。
今までの高島であれば、きっとなんの疑問もなく当然のように衣食住を受け入れたことでしょう。
ただ、ここで1度飛び降り自殺を図るまでに至ったのが効いてくるのです。毎晩腕枕をして温もりをくれる三沢のことが気になって仕方がなくなってしまうんですね。
彼はなぜ自分を救ってくれたのか?
一体なぜこんな生活を送っているのか?
謎が明らかになっていくに連れて、なんだかどうしようもなくこちらの作品に惹かれていってしまう自分がいました。
なんて魅力的で奥行きと深みのある作品なのか。
綺月陣先生、好きです。既刊を追いたくなりました。
社会や彼らを知らない人々から見れば、三沢と高島というのは決して心から褒められた人間ではないのかもしれません。
ですが、読み終えた頃には唯一無二の関係に思え、罪と罰の間について考え、6畳の和室が最高の空間に見える不思議。
久しぶりに胸躍る作品に出逢えてうれしい。