【小説部門】 5位
2010年、もっとも踊らされた作家さんとして、私は樋口美沙緒さんを挙げる。
次から次へとよくもまあ、新しい弾を撃ち込んでくださったものだ。
その最たる作品が、『愛の巣へ落ちろ!』だ。樋口さん初読みの私は、今思えばまだまだ冒険心のないピュア(!)なBL読者だった。
想像してほしい。
たとえば今流行の戦場カメラマンになったとして、「あの一帯凄いらしいよ」との噂を聞きつけ、私は恐る恐る未開の地に立つのだ。
見渡す限り視界いっぱいに、びっしりと敷き詰められた地雷の山!
「わ~これ、どうしよう…」
虫擬人化?…キモッ!
陵辱?強姦?…気が知れん!
触手?…オカルトかっ!
女体化?受け妊娠?…マジ勘弁っ!
既に心は折れ足は竦みっぱなしだけども、勇気を出して一歩足を踏み出せば……。
踏んづけるたびに地雷が爆発するのだ。ズッキュン☆ズッキュン☆と恐ろしい破壊力で。
そうして私は見事、名誉の死を遂げた。
萌え死ぬってホントにあるのね……。
描かれていたのは「ただ生きる」というのがどれほど大切で尊いことなのかという、純粋で真摯なテーマだ。
短い寿命、脆い体、弱い力、生まれた瞬間に決まるランクと差別。
「生きる」ことが難しいシジミチョウの主人公が、懸命に、ひたむきに、ただただ「生きたい」と願い、その短い「生」をいかに自分らしく全うするかという、眩しいくらいにまっすぐな物語だ。
独特の世界観や設定をストレートなテーマに絡めて、王道を王道と思わせない作品は沢山ある。
けども、この作品はそれらともちょっと違う。
ここで語られたテーマはあくまで「この世界観」の中での話であって、だからこそ「リアル」と「虚構」の丁度良いバランスの上で安心して萌えられるのだ。
人間設定で命の尊厳を扱うと、重い。笑えない。
虫だと死に対しての感覚が違ってくるし、そもそもキモチワルくて萌えられない。
けども、シジミチョウと融合した人間が、タランチュラと融合した人間に蜘蛛の糸で絡め取られたらどうだろう。
カマキリにカマで襲われたら?カブトムシがツノでツンツンしながら庇ってくれたら?蜂が「刺し殺す」って言いながら激怒したら?
もっ…萌えるじゃね~かっ!!!
シジミチョウが毒に侵され死を覚悟しながら、手が届くはずもないハイクラスのタランチュラを想って「生きたい」と願ったら?
なっ…泣けるじゃね~かっ><
テーマは至ってシンプル。だからこそ、ダイレクトに泣ける。
イロモノ設定のくせにっ!!!
なんなんだ一体!地雷だらけのくせに、何で萌えてんの私っ!!!
あっ、いつのまにか涙で前が見えんよ……><
けども素直に「イイ」とは言いたくない。だってホントに地雷だらけなんだもん。まさか萌えたなんて、自分で自分が信じられないのだ。
だからせめてもの強がりで言ってみる。
「踏まれても叩かれてもくじけない、強かでやたら大家族なGが出なくて良かったよっ!」
まあそんな感じで、私の中ではこの作品でサクッと「樋口さんはイロモノを美味しく料理してくれる稀有な作家さん」という認定をしたわけだけれど、コレがまた、次に読んだ作品であっさり覆される。
『八月七日を探して』は、うってかわってミステリー仕立て。イロモノ設定なんてこれっぽっちもない、超シリアス。
失った記憶の中にぼんやりとかすかに残る、誰かに強姦されたという生々しい感覚。
犯人は誰?一体何が起こった?
ここでも私は、あっさりと樋口さんに手玉に取られる。
想像してほしい。
たとえばシャーロックホームズに憧れる高校生探偵よろしく、見た目はオバサン頭脳はドリーマーな私は犯人探しに乗り出すのだ。
偉そうにプカプカ煙管を吹かし、依頼主にむかってこう言う。
「強姦魔は必ず私が見つけてみせます。じっちゃんの名にかけて!」
本当はホームズや金田一よりもルパンの方が好きだなんておくびにも出さず、颯爽と捜査に乗り出す。
まずは手がかりだ。
嵐の夜。生徒会室。会長の机。3年生カラーのネクタイ。
え、犯人は幼馴染の彼じゃないの?じゃあ誰?
タバコの火傷痕。喧嘩した記憶。メールの履歴。
あ、やっぱり幼馴染の彼?え、違う?じゃあ生徒会長?
少しずつ見えてくる人間関係。
やっぱ幼馴染なんじゃないの?だってBLなんだもん、お約束でしょう。
二転三転する証言と、それぞれのアリバイ。
いやいや、ここで生徒会長にヤラレてたってのも案外オイシくない?
え、ここは王道で、攻めにしとこうよ。
いやいや、当て馬の方がオイシイってば!
……もはや推理でもなんでもない。
はっきり言って、ミステリーとして満足できる話ではない。当たり前だ。だってBLだもの。
だけども確かに私は犯人探しをしたのだ、「どっちがよりオイシイか!」という観点で。
キャラがちょっとずつ謎めいていて魅力的だから、考えがあっちに行ったりこっちに傾いたりと実に忙しかった。数々の事実や記憶が明らかになるにつれ、「こんなエンディングもイイじゃない」と想像のバリエーションが増えていくのだ。
そのくせラストは「ここしかない」と思える場所にストンと着地するのだから、スゴイ。
だから私は、「どっちに転んでもオイシイな」と言った舌の根も乾かないうちにこう言わざるをえない。ビシッと指を立てて。
「真実は いつもひとつ!」
あ、誤解はしないで頂きたい。
物語には戦場カメラマンも高校生探偵も出てこない。荒野も断崖絶壁もなければ火サス的な謎解きシーンもない。
両物語とも、いたってノーマルな学園ドラマで、妙な脚色はすべて私の妄想だ。
だから最初に言った。
「樋口美沙緒さんは、私が2010年もっとも踊らされた作家さんなのです!」
次はどんな弾を撃ち込まれるのか、私はそれをどう受け止めるのか。
一筋縄ではいかないことだけは確かで、ハマるのも目に見えている。
それは実に爽快な期待感だ。
2010年、もっとも私を躍らせてくれた作家さんは、同時に2011年、もっとも期待する作家さんでもある。