chill chill ちるちる


BLアワード2010


改めて「神レベルで好きだ!」と思った高遠琉加
甘い運命 高遠琉加
評者:むつこさん
高遠琉加は2010年度、確かな作家として飛躍した1年であった。BLの枠ににとどまらないたくみな人間模様の描写、そしてエンターテナーとしてしっかり楽しませる技術。
非常の高い評価を受けている『愛と混乱のレストラン』の番外編がこの作品。
むつこさんが愛情たっぷりに解説してくれます。

「甘い運命」【小説部門】 6位
泣ける話だった。
号泣するというより、何気ないエピソードの連なりに胸がギュッとなってじんわりと涙が滲んでくる話で、目の前の活字が歪み、ティッシュで目を擦り擦り鼻をズルズルすすりながら読んだ。
ちるちるにレビューを書き、迷わず「神」と評価した。

とはいっても、すべてが大好きなだけの小説だったかというと、けしてそうじゃなかった。
今回ちるちる編集部さんから「この作品でコラムを」という依頼があったとき、正直「うあ゛ー、他の作品のほうが良かったな」と思った。「好きで書きやすい作品」と「好きだけど書きにくい作品」があって、この作品は明らかに後者なもんで。
作品のカラー的に、脱線して茶化せないしさ!
で、再度読み返してみて、「やっぱ詰めの甘さを感じる部分もある」と思ったけど、もろもろを差し引いても余りあるほど濃縮された「好き」がたっぷり詰まった作品で、改めて「神レベルで好きだ!」と思った。

この物語を読むときにポイントとなってるキーワードは二つだと思う。
「攻めの抱えるトラウマ」と「子供」の二つ。
二つのキーワードを軸に、他人であった受けと攻めと子供の三人が「家族としての絆」を深めていく物語が展開されていく。前半の流れには「一般的なBL的甘さ」などどこにも無い。だけど、そこがいい。すぐに愛だの恋だのセックスだの恋愛脳で年中エロエロ盛りっぱなしなストーリーよりも好きだし萌えるんだよね。
で、この二つのキーワード、私はものすごく好きで、同時にものすごく嫌いでもある。

まずトラウマについて。
正直トラウマものはお腹いっぱいって部分がある。
子供時代の虐待や人を傷つけた過去、悲しい失恋経験などのトラウマを、あまりにも安易に使いすぎる作品がBLには多いからだ。
トラウマを使ってのありきたりな「影のあるキャラ設定」は、最近は出会うたびにウンザリを通り越してイラッとしてしまう。
よくあるのが「悲しい失恋経験のせいで新しい恋ができない」みたいなトラウマ。構ってちゃん丸出しの言動をするそのトラウマキャラがいったいどんなキツイ失恋経験をしたんだろうと思って読んでたら、結局「相手が心変わりしてごく普通にフラれただけ」とかでオイオイと。
他人を傷つけた過去をトラウマにしてる場合やら虐待経験についても似たような感じだ。
ストーリーにきちんと絡んでこない「トラウマの大安売り」には作り手の怠惰を感じてしまう。本当につらい経験をした人間に対して失礼だし、大袈裟な言い方をすれば私はそれを冒涜だとすら思うのだ。

それから子供について。
BLには子供が出てくる物語が非常に多い。私は個人的にそれを「子はかすがいモノ」と呼んでいる。
無邪気な子供が物語にメリハリをつけ、さらに攻めと受けを結びつけるキューピットとなったりする。
子供を絡ませるのは私の大好きなお話なんだけど、こちらも下手な使い方をされると苛立ちしかわかない。
苦手なのは「子供を純粋なだけの存在として描く」パターンとか「子供を真理を語る存在として描く」パターンとか。特に後者が苦手だ。
大人にとって都合のいい「だけ」の無邪気さや我が儘さを持ち合わせた子供が、要所要所で釈迦のごとき真理を語る、みたいな。もうこれ本気でドヒャーとなって赤面する。このパターンは意外と多い。
そういう作品に出会うと、「この作家さん、実際に子育てしたら、育児ノイローゼになって育児放棄するんじゃないのかなァ」などと意地悪なことを思ってしまう。
子供は子供なりにずるいし、アホで我が儘だし、理詰めの説教など通じない存在だよ。それでも可愛くて、想像以上に賢くて、でもやっぱりアホなのが子供ってもんだ。
まあ、我が子のいない私が言っても説得力に欠けるかもだけど。

ひるがえってこの『甘い運命』でその二点を考えてみると、意外と私の地雷ギリギリのラインでの描かれ方をしてるお話だなと思うのだ。
攻めの過去のトラウマについては、見方を変えると偽善的とも言える。
虐待され暴力をふるわれて育ち、さらに暴力が原因で少年院に入ってたことがある攻め。そのせいで攻めは「自分が暴力をふるう遺伝子を持ってるのかもしれない」という恐怖を常に抱えて生きている。
この理屈が納得できるようで納得いかない。少年院に入ったときの暴力はやむにやまれぬ正当防衛だったとも言えるべきものなので、彼が「理由なく周りを傷つけてしまう人間」だとはまったく思えないからだ。「もう一歩えぐって欲しい!」と、私みたいな小うるさい読者は思うのだ。
たとえば「攻めが理性を欠き、限度を完全に越えて常軌を逸した暴力をふるってしまった過去」をひとつエピソードとしてサラッと入れてくれてたら、攻めの感じる「暴力衝動に対する恐怖」についての説得力が増したのにな、とか思ったり。
ただまあ、「BLで、ラブと関係ない部分をそこまでツメて書く必要があるか」と言われたらグゥの音も出ないんだけどね。ええ、必要ないッス。
また、そこまで攻めをえぐらなかったのは、高遠さんの優しさだとも思う。繰り返し表現の多い作家さんなのに、そこだけはしつこく繰り返して描くことはせず、さらっとしか触れていないのも、私のように思う読み手がいることを分かった上で、計算してそうしてるのかも知れないと思う。
そうやって考えると、やっぱり上手いな。

常に物語の推進力となっていた子供を絡めたエピソードについては、どれもこれも良かったと思う。
とくに、「本当の父親」のキャラ造形が秀逸だった。
この父親を「最低の人間」としてストーリーを構築することも可能だったし、逆に「完璧な人間」としてストーリーを構築することも可能だった。でも高遠さんはそのどちらも選ばなかったのだ。ここには作家性、センスを強く感じる。
不器用で凡庸で間抜けで、でも必死の愛情を傾けようとしている男を「本当の父親」にした。
実の父親が素敵な男だったことは喜ぶべきことなのに、ストレートには喜べないでいる受けの人間らしいずるさが愛おしくてたまらず、私は彼とともに泣いた。
なにより海ちゃんが健気で可愛いんだよね。「子供なりに色んなことを考えて生きてる」というのがすごくよく分かる。

で。
肝心の、主役カップルの恋愛ですが。
正直それに関するあらすじもレビューもちるちるやレビューサイトやブログなどに素敵なものがたくさんあるので、そちらでわかるようなことは書いても仕方ないんじゃないかなァ…と。単品コラムを書くときにいつもそれを思うもんで、今回はわざとそこを避けて書いた。
ちなみにこのコラムを書くにあたってアホみたいにたくさんの感想巡りをしたが、私と似たような視点から感想を書いてるものを二つ見つけた。二つもあったと言うべきか、あるいは無数の感想の中にたった二人しかいなかったと言うべきか、それは分からないけど。
なにより、この話は「家族の話」なのだ。無理やり恋愛関係に飛び込ませて、恋愛感情ですべてを解決しようとしなかったことこそが、この話の凄いところなのだ。
二人の関係は結果的に恋愛関係になったけど、恋愛抜きでも成り立つ関係だろうと思う。恋を越えた場所で、日常生活の積み重ねのなかで、二人は互いを無二の相手として必要としていったのだ。エピソードの数々には、それが示唆されている。

私はこのお話を何度も涙を滲ませながら読んだし、読後感も最高だった。
繰り返しを多用した丁寧な描写があったかと思うと、描写を控えることによって行間を作る、その両者のさじ加減の上手さ。どこまで天然でどこまで計算なのかは分からないけど、高遠琉加さんは稀有な才能の持ち主だなと思う。私は彼女の文体を愛している。

未読の方がいるなら読んでください。
シリーズのスピンオフですが、単品で読んでも大丈夫。
蛇足ですが、個人的には『楽園建造計画』が高遠琉加作品の中の一押し。

作品データ
作 品 名 : 甘い運命
著   者 : 高遠琉加 イラスト : 麻生海
媒   体 : 小説 シリーズ : シャレード文庫(小説・二見書房)
出 版 社 : 二見書房 ISBN : 9784576100173
出 版 日 : 2010/02/24 価   格 : ¥690
紹介者プロフィール
むつこ
ちるちるのディープインパクト、むつこです。チャームポイントは鼻息です。
いちばん好きな作家は、木原音瀬さん。なのについ最近まで、「キハラオトセ」
と読んでたアホです。
BL歴はまだまだ浅いんですが、ちるちるという危険なサイトに巡りあってし
まったため、完治不能にまで腐りました。
BLとBLを愛する皆様を、心の底から愛してます!

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