【コミック部門】 8位
★依田沙江美先生コメント
プロットの段階での若葉は「潔癖症」というキーワードのみだったのに、いつのまにかあんなに弱々しいキャラに…。
タイトルに話がひきずられたかもしれません。
やりすぎかな?という危惧もありましたが、面白がってくださる方がいらしてありがたいことでした。
評者:久江羽
ごく普通の青年が“難攻不落な不思議ちゃんに恋をした”(帯より)お話です。
偶然の出会いが必然であったり、割れ鍋に綴じ蓋的なカップルであったり、芽生えた恋の成長や苦悩をワクワクドキドキ・キュンキュンしながら見守ってみたり、こういった物語はお決まりの展開が待っているものです。
このお話も主軸は王道から外れてはいなくて、出会いは偶然の事故だし、これ以上の組み合わせは無いでしょうと思えるカップルだし、当て馬は2人も出てくるし、三歩進んだら二歩半くらい下がっちゃうような進みかただし・・・なのに、いつも読む感じのお話とは全く異なるインパクトがあちこちに散りばめられているものだから、読んでいる最中から若葉(30歳、受)ワールドに引き込まれちゃって、いつものハラハラドキドキやキュンキュンくる感じとは一味も二味も違う経験ができました。
では、そのいつもと違う魅力がどこから湧いているのか考えてみましょう。
主人公の若葉真平は、その性癖ゆえにひっそりと生きていこうと思っている青年です。誰にも深く関わらず、色恋沙汰などもってのほかといった勢いです。(どうやら、辛い過去を持っているらしいシーンがほんの少し出てくるのですが、その真相は明かされていません。)商店街の茶舗で働く彼は、美人で真面目で繊細で、おばちゃんたちのアイドル的存在ではありますが、反面大変なマイナス思考の持ち主で、最悪の展開の妄想ばかりするし、何か難しい問題にぶつかると、頭の中が真っ白になり“脳内ひきこもり”状態にすぐなっちゃうし、苦手なことは山ほどあるのに口に出せないものだから、心の中では文句ばかり言うし、都合の悪いことはスルーしてしまうずるさもあるし、なにより病的なほどの潔癖症です。ああ、欠点の方がはるかに多い・・・それなのに、なぜか憎めない可愛さがある人なのです。
お相手の吉川諒(もうすぐ24歳、フリーペーパーのライター)は、ひどい方向音痴にさえ目をつぶれば、こんないい人いないでしょうと思えるくらいのいい男なのですが、ゲイを自認しているため友人すらいないという寂しい奴です。以前のレビューには、若いからパワーはあるけれどそれがちょっとずれていて、意外と笑わせてくれるといった感想を書いたのですが、今回これを書くにあたり数回読み返してみたところ、彼の根幹はそちらではなく『ゲイだからこそ好きな人との未来に夢を抱く』真面目でひたむきな青年なんだなぁと、考えを改めることになりました。彼がこういう人だからこそ、ゲイカップルの幸せについて真面目に考えさせてくれる部分もあり、ただのコメディでは終わっていません。
最初から恋に臆病になり、誰とも付き合わないと決めてしまっている若葉と、好きな人との生活への憧れを抱いている吉川の、まるっきり反対を向いている恋愛感を向き合わせてくれるアイテムの一つが“事故”です。偶然が必然へと変わる部分でもあります。若葉のいつもはか弱すぎるほどなのに“弱者には強い”という困った性格がいい結果をもたらしてくれて、やれやれのハッピーエンド。
でもこのふたり(っていうか、吉川くん)、まだまだ苦悩の道は続くんだろうなぁ。
さて、この作品のもう一つの魅力はやっぱり“絵”でしょう。コスプレかと思われるようなストイックな白いシャツと黒いパンツにお店の帆前掛け。カフェエプロンより数倍男の色気をアップさせています。それから、三頭身の若葉ちゃんもかわいいし、髪をおろした彼も美しいのですが、やっぱりひっつめて縛っているおかげであらわになっているおでこが男らしくて好ましい。微妙なM字剃りこみが男を感じさせてくれて、幾分女々しい感じの後れ毛やはね毛とあいまって、より若葉の不思議なところを感じさせてくれたと思います。
それから、お掃除シーンは秀逸です。ともすれば分かりづらい若葉の心情が吐露されているのがお掃除のとき。もどかしさを感じながらも、ゆっくりあせらず育てなさいよって見守りたくなるのです。
というわけで、分かりづらい若葉の気持ちや、若さと明るさに隠された吉川の気持ち、さらには隠されたバックグラウンドまで、何度も読むことによってより奥深さを感じられる作品だと思います。
おいしいお茶が飲みたくなりました。