chill chill ちるちる


BLアワード2010


とまらない感動と涙……ずっしりと心に響く感動の1作
あめの帰るところ 朝丘戻。
評者:茶鬼さん
涙なくして読めぬBLとは、まさにこの本であろう。
こんなふうに煽ると、期待してちょっと肩透かし……なんて勘ぐる人もあるかもしれないが、しかしこの本はちょっと違う。わかっていても涙があふれて止まらなくなる、感涙名作なのだ!

「あめの帰るところ」【小説部門】 1位

★朝丘戻。先生からのちるちるのみなさんへ特別ショートストーリー&コメント

先生は本を読むのが好きだ。
部屋にも文庫が積みあがっていて「一月に二十冊は読むよ」なんて言う。
「あ、そうだ先生。今日先生が探してた本を見つけたから買って来たよ」
「わー、ありがとう千歳」
本を手にしてぱらぱらめくる先生の笑顔が、ふいにかたまる。
「……千歳、これ」
白いページの間から先生がつまみとったのは、色鮮やかな赤いモミジ。
「そうそう。帰りに公園で見つけて、先生にあげたいって思ったから持ってきたんだ」
照れながら顔を覗き込んだら、先生はふと顔をそむけて目元を拭った。
あれ、と疑問に思った瞬間、すぐに顔をあげて明るく言う。
「嬉しい! 一生大事にする!」
「一生は大げさだよ」
抗議も遮って抱き締められて、一緒に笑い合った。
……俺があげられるのはこんな些細なものでしかなくて、先生にもらった幸福を返すまでには、きっとまだまだ時間がかかるだろう。
けど、すこしずつひとつずつ、届くように努力していきたい。
今日も明日も、これからも――。

お話を書くぐらいしか、お礼のしかたがわかりませんでした。
心からの感謝と、ふたりの幸福が皆様に届きますよう祈って。



「あめの帰るところ」
評者:茶鬼

この本の冒頭、主人公あめちゃんの電話の伝言に残した先生への愛のメッセージで始まります。
はたしてこれが、あんなに涙をこぼさせる展開になろうとは、初めて読んだ時は思いもしませんでした。
しかし再びこの本を開くとき、この冒頭でもう胸が苦しくなるのです。
あめちゃん”こと椎本千歳と、“先生”こと能登との出会いは、受験を控え親に通わせられた予備校でした。
マンツーマン指導の個室で見せる講師としての能登の態度に全くヤル気は見えず、まるで自分より年下かと思うような子供っぽさに思わず初めての予備校に緊張していた千歳は拍子抜けしてしまう。
この能登という男が一般的に言われる普通な大人ではない、若干痛いといわれる部類に分類される人間なのです。
人に関心を持たず、多分教師にあらざる態度をとり、人との交流をすることが全くできない人。
しかし、千歳が受験生であるという設定が、人に関心のない子供のような発言をする能登という人間性にも惹かれていく下地を作っているのでは、と推測するのです。
千歳は、能登の教師として大人としての態度について、それはおかしいとはっきりと注意し(能登は初めて叱られたと言っているが)なおかつそんな能登を排除するでも拒否するでもなく、むしろ純粋な興味の目を向ける素直な言葉と態度を見せるのですが、それが能登にとって他人に対して初めて持った関心から、子供じみた執着的愛情を感じる対象へと変化させていくのです。
まるで、初めて愛を知った子供がそれに夢中になるように。
それは能登にとって絶対唯一の揺るぎない愛になっていくのです。
何度も「好き、好き、愛してる」と繰り返す駄々っ子のような愛情を見せる能登に、この人は自分で感じてないけれどとても寂しい人なんだな、という部分を見ることができるのです。

千歳という名前から千歳飴を連想され、能登に“あめちゃん”と呼ばれるようになった千歳について、学校内の出来事や友人とかそういった周囲というものは全く出てこない。
彼は一体、学校でどんな学生生活を、青春を送っているんだろう?
若干そこに疑問を抱くものの、あめちゃんと先生の関係だけでこのお話には充分なのです。
自分の未来が漠然としたものだった時に、能登の言葉によって目の前が開けたあめちゃん。模試の点数が悪かったことで親に叱責されて落ち込んだ時、周囲の大人が普通言うことを全く言わなかった能登の言葉は、あめちゃんの求めていたものだったのです。
そんな週3日の予備校の時間、夏期講習を通して能登とあめちゃんは離れがたい恋人になっていくのです。
初めて結ばれた翌朝の、鴇色を二人で見るシーンはとても印象的。
ここであめちゃんは、今までの能登の寂しさを知り、「この人を二度と一人にしない」と誓うのです。

そして『きみの中、飴がなく』で衝撃的なもう一つの物語が展開するのです。
これにはびっくりさせられました。
前篇の『先生へ、』がこの新たに始まる恋愛の物語の重要な下地であり、二人が交わした会話が、言葉が、シーンが、すべてキーワードとなっていくのでした。
大学生になり英語を勉強し始めたあめちゃんは、能登と離れ難くもイギリス留学をします。
便りのないのは元気の証と、のんびりしていた能登が不安を覚える頃、あめちゃんが帰国し、しかも事故に逢い記憶を全くなくしていたことを知るのです。
もうそこには昔のあめちゃんはいませんでした。
外見は確かにあめちゃんなのに、あめちゃんの記憶のないあめちゃんは能登にとって新たな“ちぃさん”という存在になります。
でも、ちぃさんの言動のここそこに見えるあめちゃんの断片。
まるで自分には、ちぃさんの中であめちゃんが必死に訴えているように見えたのです。
あめちゃんの記憶がないのに、なぜか能登と離れ難く思うちぃさん。
能登といることで記憶が戻るわけではないけれど、何か大事な忘れ物をしている感覚を、能登といることで埋められるような新たな感覚に、今度はちぃさんが積極的に能登に接してくるのです。
能登は苦しみます。
その中で、能登の生徒の女子高生や能登に片思いして振られた同僚の女性教師などの存在が出てきますが、そこで実に能登があめちゃんと恋人になったことで人との関係を築ける人間に成長していたことがわかります。
ただの執着的愛情ではなく、能登にあめちゃんの存在は多大な、人間としての半身的存在になっていたのだと思うのです。
あめちゃんと、死ぬまで一緒の約束はしたけれど新しいちぃさんとなったあめちゃんに、それは期待してはいけない。
悲しくて苦しくて、身を引こうとする能登に今度はちぃさんがグイグイと、ちぃさんとしして能登に恋をしていくのです。
きっと、ちぃさんの中のあめちゃんが必死で、懸命にちぃさんに訴えたのです。
「おじいちゃんになっても死ぬまで先生と一緒にいたい!」
ちぃさんがちぃさんの言葉としてあめちゃんと同じ言葉を能登に発するシーンに軽い感動を覚えました。
何か特別なことがあったわけではない。
ちぃさんの記憶が戻ったわけでもない。
ただ、能登とあめちゃんの積み重ねてきた時間と交わしてきた会話が、ちぃさんの根本はあめちゃんと何ら変わらないことを示していたのです。

一体何がこんなに感動と涙を催させるのか?
ドラマティックなラブロマンスでもなく、二人が純粋に互いを好きな気持ちが伝わってくるから、それがずっしりと心に響くから。
照れくさいと思うより、彼らを心から祝福したくなるほどの甘い甘い愛の言葉を交わすラストに、きっとこの二人はおじいちゃんになっても仲良く手を繋いでいるんだね、と、未来を予感させるのです。
「あめちゃん、お帰りなさい。」

作品データ
作 品 名 : あめの帰るところ
著   者 : 朝丘戻。 イラスト : テクノサマタ
媒   体 : 小説 シリーズ : ダリア文庫(小説・フロンティアワ
出 版 社 : フロンティアワークス ISBN : 9784861344428
出 版 日 : 2010/09/13 価   格 : ¥620
紹介者プロフィール
茶鬼
はるか昔JuneがJunだったころ、その世界におりましたが、年齢とともに遠ざかり、08年春とうとうBLコーナーに足を踏み入れたが最後、再び再燃してしまった「ただれた大人」であります。
チャレンジャー精神で何でもどんと来い!?

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