【小説部門】 13位
本作は信号機シリーズ三部作の最終話。
信号機シリーズは根深いトラウマを抱えるネガティブな受様達が、自分とは違う考えを持って前へと進む攻様達に出会う事で、過去の自分に向き合い、強さを身につけて未来へと歩いていく物語だ。
前二作はともに主人公の受様が学生である為か、未来への希望を前面に出した明るく爽やかな仕立てとなっているが、本作は彼らより少し前を歩くだけに現実の理不尽さを知る大人な受様が主人公な分、仄暗さ漂う不安定で濃密な仕立てとなっている。
本作の主人公である相馬昭生は、『アオゾラのキモチ』当初から『オレンジのココロ』で主役となる朗の叔父として登場する。
昭生の姉は先天的に心臓が有る為に早くから子供を欲し、家族ぐるみで付合いのあった姉弟の幼馴染と結婚、朗を出産する。
妻が病弱とはいえ子供も得た姉夫婦は、昭生にとって理想の家族に見える。しかし長じるに連れ、二人の結婚が純粋な男女の情だけでは無く、様々な事情の上に成り立っている事を理解する。子供なりの憧れはそのまま純粋な思慕となり、昭生は姉の代わりに、会社社長として多忙な義兄と幼い甥を助ける為、彼ら中心の生活を送るようになるが、この年代の子供なら、本来は大人に甘え守られるはずの年頃だ。
それに義兄が気づくのは良いのだが、なんと彼は姉公認の自分の恋人を家政夫兼アシスタントとして相馬家に入れるのだ!!
昭生を気遣っての事とは思っても、幼すぎて意味の判らない朗はともかく、やはり昭生にも通じない。どう見ても彼女は浮気相手だ。
この義兄の行動は読者的にも共感し難いし、昭生も平然と恋人を持つ義兄と夫の浮気を許す姉が全く理解出来ないのだが、自分の我儘で夫になった幼馴染が恋人を持つ事は必然で有り、自分が望んだ事だと大好きな姉に言われた昭生は、反論する事ができないのだ。
渋々ながら義兄の恋人の存在を受け入れた昭生が真に許せなかったのは何なのか、それが後に恋人との破局を呼ぶ事になるのだが、まだまだ話は序盤!!
高2の春、昭生は後に恋人となる伊勢逸見との出会う。伊勢は男女問わず人気が有ってひどく目立つ生徒で、どちらかと言うまでも無く、地味に過ごしている昭生とは正反対な存在だったが、二人はある賭け事がきっかけで言葉を交わすようになる。
大人達の中で背伸びしながら頑張ってきた昭生にとって、伊勢は初めて得た自分と対等な友人だった。
明るく積極的な伊勢に急激に懐かれた昭生は、彼を親友だと思う程、心を許していき、やがて伊勢と恋人になるのだが、伊勢ほどに自分の気持ちを明確に伝える術を持たない昭生は、彼との付合いでもどこか一線を引くような態度になってしまう。
そしてその態度が、伊勢の心に昭生の疑いを芽吹かせ、なんと伊勢は慰めてくれた男友達と関係を持ち、二人の間に決定的な亀裂ができる。
義兄の恋人に嫌悪を抱く昭生にとって、自分が疑われた事はもちろん、その手段として浮気をされた事は許しがたく、昭生は伊勢との恋人関係に強引に終止符を打つ。しかし、姉の病状に異変が有る度、情緒不安定になる昭生が求めるのは、伊勢の慰めしかなくて、二人は心と体がバラバラで矛盾する不安定な関係に陥ってしまう。
やがて伊勢は弁護士に、昭生はカフェバーのマスターにと互いの環境が変わる中、伊勢は何度となく復縁を迫るが、根深い思いに囚われた昭生は「恋人」という関係に戻る事は許さない。
こんな二人がどうやったら上手くまとまるのか?!最後までハラハラな展開だ。
子供の頃は大人になれば何でも出来ると思ったものだが、いざ大人になって社会に出ると、自分の思うようにはいかない事のほうがずっと多いと痛感する。
本作は大人だからという理由だけで、全てに耐えられる訳ではないのだという事が全面に出た故に、心の中にざっくりと踏み込む痛い場面が多く、人として大切な事とは何なのかを考えさせられる。
人の心はとても傷つきやすく、とてももろい。そして世の中に出て多くの人や出来事に触れる機会が増えれば、傷つく機会も増えていく。しかし、そうした傷に負けない強さを持つ事こそが大人になるという事で有り、真の強さとは倒れずに突き進むだけでは無く、傷つき倒れても悩んで迷っても、また立ちあがり前へと向かっていける力を有する事ではないのか?
『ひとは、間違う。でも反省してもう一度やっていくことは、やり直すことは、自分がそうと決めていれば出来るはずだから。あきらめさえしなければ。』
この伊勢の言葉は人に対する真摯な思いと希望が溢れている。希望とはある意味、綺麗事と同意義なのかとも思うが、伊勢だって傷ついたはずである。それでも昭生を思いやる強さを忘れなかった伊勢だからこそ、傷ついた事を忘れられず、前に進む事が出来なかった、ある意味、子供のままで立ち止まっていた昭生を待ち続ける事が出来たのだと思うと、涙が止まらなかった。
崎谷作品は登場人物の内面に深く切り込む為、時に彼らの言動は重く苦しく痛い。否応なく同調させられる読者としても本当は否!と叫びたい事も多いのだ。
本作の昭生も色々な矛盾を有す上、三部作の最後と言う伏線をも解決する為、エンドマークを迎えるまでの二人は沢山の傷を受けていて強烈に痛い。しかし、その痛みを越えて彼が出した結論こそが、一番心を揺さぶるのだと読者は信じている。
イメージと本の厚さで読まずにいる方に、ぜひ手に取って欲しいと思う一作である。