chill chill ちるちる


BLアワード2009


原作の世界観をそのままCD化! 主演そして脇役はみな超当たり役
美しいこと 木原音瀬
評者:久江羽さん
原作はもちろん木原音瀬の大ヒット作「美しいこと」。
原作があまりに完成されすぎていると、ドラマCDへの期待のハードルがどんどん高くなってしまう。しかしこの作品は、見事な配役で原作の世界観を余さず伝えることに成功した。
鈴木達央、杉田智和が非常にいい仕事をしているし、脇を固めた声優も個性的で、キャラを愛すべき存在に引き立てている。原作の未読既読かかわりなく、すべてのBLファンに聞いてもらいたいドラマCDである。

【CD部門】 1位「美しいこと」
作品のお話をする前に、ちょっとドラマCDについて語らせてください。
私は、小説や漫画の世界が現実に一歩近づくのが、ドラマCDだと思っています。
想像の中でしか存在しなかった人たちの様子が、手に取るようにわかるのが醍醐味と言っていいと思います。
その中でも重要なのが、それぞれの世界観がCDの中でどれくらいキープされているか、あるいはより良くなっているかではないでしょうか?
私も数多くのドラマCDを聴いていますが、いつも思うのが、「小説をそのままドラマにするのはムリがある」という部分です。
コミックスの場合は既にセリフができているし、ビジュアルも刷り込まれているので、よほど出来が悪くない限り、それなりに満足できるのですが、小説となると、こちらが期待していた部分がカットされてしまったり、説明不足で分かりづらいシーンがあったりして、がっかりすることも少なくないのが事実です。

そして、この作品です。ご存知のとおり原作は、『美しいこと』上下巻になっていて、それでなくてもボリュームがある内容なのです。CD化されると知ったとき、『美しいこと』と『愛しいこと』という2部構成になり、それぞれが2枚組みであるとわかりながらも、一抹の不安が過ぎったのは否めませんでした。
大雑把な私なので、わざわざ原作とCDの差を比べようとは思いませんでしたが、幸いなことに、大事にしたいと思っていた世界観は原作を読んだときそのまま、あるいはそれ以上に伝わってきましたし、キャラクターたちが生き生きと力強く存在していたので、大変満足できたのです。
全部あわせると5時間半もあるわけですから、声優さんもヘトヘトになったようですが、聴く方にも根性が要ります。でもやっぱり、通して聴くことをお勧めしたい作品です。

原作者の木原さんをして、「あぁ、松岡の声だ」と言わしめた、たっつん(鈴木達央さん)の渾身の演技が光るこの作品ですが、私の中でのそれまでの彼は「甘えんぼ系が上手いひと」というイメージでした。
仕事ができる男である反面、女装をしてストレスを発散させているような危うさもあり、はっきりものを言うようでいて基本は優しく、意外とモラリストな松岡は、決して甘えんぼ系ではありませんが、まさにたっつんの当たり役と言っていいと思います。
役に入り込んだおかげで、ご本人も辛くてせつなくて大変な思いをされたようです。おかげで私たちは楽しむことができました。本当にお疲れ様でした。

そして、寛末役の杉田君(杉田智和さん)です。かの“銀さん”や“キョン”などの個性的な声で有名な方なので、銀さん好きの私ですら、実は配役を知った当初「どうなっちゃうんだろう?」と懸念していた部分もあったのですが、取り越し苦労でした。
ムダに優しく、真面目で要領が悪く、優柔不断、いい意味で一途、悪い意味で融通が利かない、内に秘めたプライドは高そうなのに、表面は思いっきりヘタレだし、他人のことを考えているようでいて自己中心的な男・寛末そのものでした。
「何でこんな男がいいんだ松岡!」と思いながら、「でも、悪い人じゃないんだもんね」と寛末の肩を持つ私がいるのでありました。

そして、この作品の良いところのひとつは、脇キャラも個性的でしっかり屋台骨を支えてくれているところだと思います。特に、嫌な奴・福田役のだいさくくん(岸尾だいすけさん)には、嫌な奴になってくれてありがとうございましたと言いたいくらいです。また、大変重要な女性・葉山さん役の早水リサさんは、こんなにいい子はそうそういないぞと、結局松岡を選んだ寛末に言ってやりたいほど、素敵な女性を演じてくださいました。
もちろん他の方々の活躍も言うまでもありません。

『美しいこと』は松岡目線でお話が進みます。秘密を抱えた松岡が、どんどんほだされていくだけでもキュンとくるのに、正直に打ち明けてみれば、寛末の冷たい態度。そもそも、たっつんの声そのものが泣かせるんですよ。ため方がいいのかなぁ?泣き方も叫び方もいいなぁ・・・そして、杉田君のもそもそっとした「僕には責任はないよ」的ニュアンスの話し方が大変寛末らしいのです。
『愛しいこと』は寛末目線でお話が進みます。上手くいったかと思いきや、あっちでグルグルこっちでグルグルする寛末に振り回される松岡も大変です。ある意味ハッピーエンドではありますが、先が思いやられるとはこういうことかと・・・
やっとたどり着いたエッチのシーンは、盛り上がりそうでなかなか盛り上がれず、最後までこの二人の関係を象徴していた気がします。それより、感極まった松岡の号泣が最高だったのです。
松岡が正体を明かすシーンや、寛末にぶちきれるシーンと、そこここに泣きどころもありました。車の中で泣きながらハナをかんでいたのは私です。
また、それぞれのブックレットに「時計」というショートストーリーが書かれていて、寛末の時計に対する松岡のせつない想いや、寛末がそれを知ってしまったエピソードが読めます。あの寛末が、松岡のことを心から可愛く想っていることを知ることができますよ。
2巻目が『愛しいこと』という表題になっていたので、小説の全員サービス小冊子「愛しいこと」の内容まで網羅しているのかなと期待したのですが、それは甘い考えでした。ちょっと残念。これが入っていたら、その後の二人に少し安堵して終われたと思うのですが・・・

原作未読でもわかりやすいと思いますし、原作が好きだからその世界観を壊されたくなかった方にも、納得してもらえるような作品だと思います。木原作品は痛さで有名な部分がありますが、こちらはせつなくてキュンキュンする胸の痛さを味わえると思います。せつない系や健気受、ヘタレ攻好きにおすすめですので、長丁場になると思いますが、ぜひ聴いてみてください。

紹介者プロフィール
久江羽
二児(二成人)の母です。いつの間にやら子供の前でも臆することなくBLを読んでしまうようになり、その姿たるやまさに「貴腐人」だそう。(次男談)現在は息子への仕送りそっちのけで、BL購入の為に日々必死に働く職業婦人でもあります。その子供部屋はすでに私の図書室として機能しております。帰ってきた息子の為に布団スペースだけは空いていたり…。スマヌスマヌ。

だって好きなんだから仕方ないじゃん。もう30年以上も浸っているんですもん。

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