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BLアワード2009


木原音瀬作品のエッセンスが詰まった3部作 「COLD」シリーズ
COLD FEVER(新装版)  木原音瀬
評者:ミュウさん
昨日の自分と今日の自分はいっしょではない、いや世間で言う「人間的な成長」という比喩ではない。昨日の自分は全く別人なのだ。
人は“器”が見えても“器の中”までわからない。
そんな恋人同士の悲劇的な命題をボーイズラブのコンテクストで表現したのが木原音瀬の「COLDシリーズ」。運命に弄ばれる透と藤島の人生を描いた全3巻は壮大で感動的だ。

【小説部門】 2位
「COLD FEVER(新装版) 」
COLDシリーズ3部作の完結巻が「COLD FAVER」です。この巻が一番痛いと言われている上に、受けへのDVや刃傷沙汰まであるというセンセーショナルな評判を聞いて、ずっと二の足を踏んでいました。
 実際に読んでみると、評判通りに『痛い』です。『痛い』というのはマイナス面だけではなく、心に響く意味で痛かったです。
 暴力シーンはそこのみを抜粋したから目立つだけで、心構えがあれば特に臆する事はなかったです。その場面よりも、透の心の傷の方が、私には痛かったです。

 パティシエ志望で明朗快活で優しい透との穏やかな生活が、当の本人の『透』によって突然に奪われます。既刊での愛着がもてた『透』がいなくなった悲しみを感じながらも、甘い夢が覚めてようやく現実が始まったという印象を受けました。
 『もし……、子供の頃のような素直な子として、透が健全に育っていたら』というif世界のようで、現実味の薄さを感じていたからです。
 お互いが居ることが、それだけで幸せな現状が微笑ましかったのですが、儚さがそこには付随していました。それは、透の記憶が戻ったら二人がどうなるのか、という現実が一切抜けていたからです。
 透が記憶を取り戻してから、互いにとって痛みを伴う現実がはじまります。
 記憶喪失中の透は藤島一途な素直な良い子で、かつ年下攻めの理想のような存在で、朗らかな性格から他人からも愛されます。
 それに対して現在の透は、性格が捻くれている上に過去の裏切りの仕打ちを理由に、言いなりになる藤島に暴力をふるったりする暴君のような男です。
 それでも3巻通して読んで、無性に惹かれてしまうのは後者の透でした。
 あくまでもそんな風に生きられたかもしれない理想の透像であって、現実に存在するのは、子供の頃に深く傷ついて、ずっと独りであがきながら成長してきた透です。だからこそ、等身大のありのままの透が愛おしいです。
 厳しい現在に比べると、前作までの夢物語のような二人にとって穏やかだった世界と、天と地のように違います。怒涛のように押し寄せる現実世界の迫力に、私は魅せられずにはいられなかったです。

 透が記憶を取り戻すと、憎い藤島の世話になっている上、記憶より成長していた自分とカメラマンの夢へ遅れてスタートしなければならない現実と向き合う事になります。記憶喪失中の透は、誰からも愛されて他人から好意的に受け入れられていたという事実までも発覚します。
 幾つかの事象の中でも、過去の自分と藤島が恋人同士として愛しあっていた事が透を一番打ちのめします。
 求められているのは過去の愛すべき透で、現実にいる透自身は誰からも求められていないからです。藤島を何度も傷つけながらも、当たれる対象がいる事に安堵していたのに、いまの藤島が求めているのは自分であって自分ではない者で、求めても得られない透の歯痒さを思うとやり切れないです。
 理解出来るような行動を取らなかった透にも罪はありますが、『ありのままの自分を、誰も求めてくれない』と言う絶望的なまでの孤独感が切ないです。
 どれだけ藤島が過去の透に救われたかを思うとわかりはしますが、過去の透との甘い夢想にすがって、ここにいる透と向き合わないまま無茶な仕打ちを耐え抜いているだけの藤島にも残酷さを感じました。
 藤島の肉体をひどく傷つけているのは透なのに、応えてくれない藤島から精神に傷をつけられているのは透で、なにをしても出口がない様がやりきれなかったです。
優しいお兄ちゃんに裏切られた過去から一歩も踏み出す事が出来なくて、藤島にのみ原因と献身を求めて無限に欲しがるばかりで、身体だけが育った子供の不器用さが痛々しかったです。
 捻くれて成長しきった透が素直になって藤島に自分の手を取ってもらうには、自分の矜持もなにもかも全てを捨てなければならなくて、そこまでして藤島を求める透の渇望に、強く胸を打たれました。
 既刊では、透の性格のプラス面が目立っていて『キャラクター』としては好きでしたが、出来過ぎのようで距離感を感じていました。エゴや醜さがあるマイナス面が現れたことで『透』に実を持った説得力のある共感が生まれてからは、息を殺すようにして最後まで見守らずにはいられなかったです。
 愛に不器用な二人の関係がこの巻からスタートします。いつまでも心の中に鮮やかに息づく二人の共に続く未来を、祈るように想像したいです。

 再読することによって、作品の趣が変わるのもまた面白い所です。最初に読んだ時は藤島に同情しきりだったのですが、いまでは3巻の透の心情に一番の強い共感を覚えています。
 登場人物の光から陰まで味わえる作品で、木原音瀬作品のエッセンスが詰まっているので、木原音瀬作品デビューにCOLDシリーズをオススメしたいです。

作品データ
作 品 名 : COLD FEVER(新装版)
著者 : 木原音瀬 イラスト : 祭河ななを
媒   体 : 小説 シリーズ : ビーボーイノベルズ(小説・リブレ
出 版 社 : リブレ出版 ISBN : 9784862635501
出 版 日 : 2009/03/1 価   格 : ¥1050
紹介者プロフィール
ミュウ
BLにはまりにはまって何十年の隠れ腐女子です。
活字中毒で雑食なので好きな作家は増えに増え続けた上に、この一年でBL漫画の魅力に芽生えて、部屋の中がBL本タワーで大変な事に。
熱烈な受け愛好派で、その中でも健気受けにはとにかく弱く、健気受け最愛で最萌です。腐歴史を振りかえれば、いつも健気受けがいる状態です。
新規作家開拓をしつつも、既存作家発掘も怠らずをモットーに、マイペースに活動中です。

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