【コミック部門】 2位
私がはじめて中村先生の作品に出会ったのは、初期の頃、所謂エログロ作品を描いていた時代です。当時は奇抜で独創的な設定と世界観に惹かれ、漫画界でも唯一無二であろうその繊細で流麗な絵柄に酔いしれていました。しかし頭の片隅では、元より私が少し一般受けし難いジャンルの本を好んで読む傾向が強いために
「素晴らしい作家さんだけど、内容が内容だけに世には出回りにくい方だろうな・・・」なんて、おこがましくも考えていたりました。
今から思えばこの時、私は先生のことなんて少しも分かっていなかったのです。
まさかBL界で、しかも超王道、超定石な内容でBLの歴史に伝説を刻んでくれようとは思ってもみない事でした。
「卒業生」の前作となる作品「同級生」を読んだ時、実は私は世間の評判について行く事が出来ませんでした。それは、あまりにも内容が「普通」だったからです。芸術作品とも呼べるような作品を描く先生のエログロを毎回期待していた私にとって、同級生はあまりに肩透かしな内容でした。
しかしこの「普通」ということが大変重要なのだということに「卒業生」を読んで気付かされたのです。
このシリーズで私が最も感銘を受けた部分は、佐条と草壁2人の「恋」ではなく、2人が「同級生」だったこと。先生に特別可愛がられる訳でもなく、先輩や後輩との年齢差に焦燥感を感じて身を焦がすことでも無い。いたって普通。そこにこの作品を読んだ読者の方が最も共感出来る部分であったと思います。
自分の高校生時代を思い浮かべると、同級生といた時間が一番自分らしくいられて、居心地が良かった。勿論違うという方も沢山いらっしゃると思いますが、同じ年齢の人と一緒に居る時のほうが、たとえ学生で無くとも等身大の自分が浮き彫りになるでしょう。
先生が巻末あとがきにご自身の学生時代について「いつもチクチクとした焦燥感が横たわっていた」と書いてありましたが、恐らく、先生はとても幸福な学生時代を送っていたのでは無いでしょうか。同級生との普通の日常を繰り返し、切磋琢磨するなかで自分という存在を確認していく日々を。
何気ない日常、何気ない景色、他愛の無い会話、漠然とした将来に不安を感じるなかで、自分の隣にいつも君が居てくれたこと。
そんな「ありきたりな日常」を、繊細に描写しているのが本作です。そんな日常を真摯に描ききったBL作品が、今まで有りそうで無かった。
相手を全力で守ってあげられる力が欲しいのに、自分の感情を制御するだけで手一杯。こと好きな人に関しては不器用な2人がおりなす、暖かくて優しいラブストーリーなのです。
キャラクター作りも大変魅力です。キャラ同士の掛け合いがなんとも言えません。本人達はいたって真剣なのですが、その真剣さが逆に笑いを誘います。特に主人公2人はどっちもボケ担当なので常時ツッコミが不在。私は草壁の「3倍緊張した」が何度読んでも笑えます。未読の方は是非何に基づいての3倍なのか検討してみて下さい。某有名国立大現役合格のエリートにも不明の難問です(笑)
主役ばかりに触れていましたが、忘れてはいけないのが彼らの音楽教師・ハラセン。彼の存在が2人の日常にほんの少しスパイスを加えています。BL世界では絶滅危惧種になりつつある大変真っ当な理性をお持ちの教師で、当て馬役にも関わらず主人公達よりも輝いてみえる時は数知れず。彼のその後が気になっている方も多いのではないでしょうか。彼が主人公の続編が連載始まっているというので、ファンの方はまた楽しみが増えましたね。
最後に、卒業生たちのその後について。
誰もが大満足の終了を迎えましたが、どうも今後の2人の関係が危ぶまれる・・・何故か2人の関係に脆さを感じてしまう、という感想を抱いた方がいたかと思います。私もその一人です。
それは彼らが「同級生」というフィールドに本人達も意識せずに乗っかっていたからでは無いでしょうか。
同級生というのは、同じ学年、同じ制服、同じ学校という理由から、曖昧な連帯感を先生から、または同級生から求められる関係でもあると思います。佐条と草壁の恋が何故どうも危うく見えるのか、理由はここにあるのでは無いでしょう
か。まだ二人は「同級生」という枠の中からはみ出した事が無い。二人の関係を繋いでいた、同級生という連帯感が卒業を迎えることで無くなってしまう。「同級生」という言葉は両者の関係を繋ぐための最も有効で最も希薄な肩書きだったのではないだろうか。
・・・とまるで二人の恋が終わるかのような事を描きましたが、2人の関係は一生続くと私は信じています。だって彼らの未来は始まったばかりですから。
昨今ますます認知度のあがるBLというジャンル、沢山の新人に多様化する内容のなかで、「まじめにゆっくり恋をしよう」という宣伝文句と共にあえて王道ジャンルに挑戦した中村先生に拍手喝采です。
先生、感動を有り難うございました。これからも応援しています。
未読の方も是非読んでみて下さい。確かに絵柄に抵抗があるというのは多少理解できます(私はむしろ最初は表紙買いだったので抵抗は全く無しでした)が、それだけで購入をとどまっているのであれば、それは大変勿体ない。間違いなくBL界に歴史を刻んだシリーズだと思いますので、多くの方に読んで頂きたい作品です。
それでは、最後まで読んで下さって有り難うございました。
一つでも共感出来る部分があれば、書き手としてこれ以上に嬉しいことは有りません。