雀影
sei to shi
華藤えれなさんの闘牛士本の前哨戦というか、始まりの本。
全体の時間設定としては「裸のマタドール」よりは数年前になるのかな。
この本で全体を支配しているのは、ホセ・クルス。
スペイン1の闘牛士であり、名声を恣にしていたのに、何故かセビーリャの闘牛場でだけは勝てなかったマタドール。
王子の門から凱旋退場することもなく、闘牛場の土の上でも死ねなかった男。
そんな彼の影と共に、牛と戦う男たちのお話。
LA SANGRE DERRAMAD(あの日流された血のために)は「神に弄ばれた恋」として、改めてノベルスになって出版されました。
えすとえむさんの「LA COGIDA Y LA MUERTE(負傷と死)と華藤えれなさんの「ALMA AUSENTE(今は亡き魂のために)」はホセを継ぐ者のお話。
えすとえむさんのもう一作「CUERPO PRESENTE(現存する躯)」はホセより更に10年前に闘牛場で死んだ闘牛士リベラ・フェンテスの息子のお話。
華藤えれなさんの小説2本に、えすとえむさんのコミック2本。
106ページと読みごたえたっぷりです。
華藤えれなさん、えすとえむさんの合同誌。
華藤さんの闘牛シリーズの元ネタとなるエピソードが散りばめられており、商業誌のパラレルワールドのような世界観を楽しめます。
本作で核となる存在は、亡き天才闘牛士ホセ=クルス。
彼の幻影を追って闘牛の道を極める者、彼らを側で支える者たちの生き様が儚く力強く描かれます。
■ LA COGIDA Y LA MUERTE(負傷と死)by えすとえむ
闘牛中に負傷し引退した闘牛士。
彼の回想を通して、今は亡き天才闘牛士ホセ=クルスの姿が浮かび上がる、物語の導入部ともいうべき一編。
ホセ=クルスに憧れ闘牛士になった主人公ですが、これからはホセの模倣ではない自分自身の闘牛スタイルを追究し、そんな彼の闘牛の中にホセ=クルスは生き続けるのでしょう。
主人公と老マネージャーの恋愛感情抜きの絆が心地よい物語でした。
■LA SANGRE DERRAMAD(あの日、流された血のために)by華藤えれな
殺人罪で服役していたロマの闘牛士と、元スペイン貴族で現マフィア愛人の主従下克上愛。
『神に玩ばれた恋~Andalucia~』の前身といえる物語です。
不遜な口調でかつての主を犯す闘牛士。彼のラストのモノローグが主への敬愛に溢れており涙を誘います。
『神に…』と異なりマフィアとの決着は描かれませんが、が伝わってきました。
■CUERPO PRESENTE(現存する躰)byえすとえむ
画家×新進気鋭の闘牛士。
闘牛士の父親はベテランの有名闘牛士であったが、ホセ=クルスの介添闘牛士を務めた大会で命を落とした。
情事の後、闘牛士は画家に一枚のスケッチを見せられ…
「お前と一緒にいるのが見えた」
と画家にホセ=クルスの絵を渡され涙する闘牛士。
ホセが自分の前に現れた意味を悟った闘牛士は、画家に自身の闘牛士としての生き様を見届けるよう頼む。
別れを惜しむかのように抱き合う恋人たちの姿が切なく余韻として残る物語です。
収録作の中ではこれが一番好き。
■ALMA AUSENTE(今は亡き魂のために)
ホセ=クルスの息子で闘牛士の青年と、ホセの元愛人の神父。
『愛のマタドール』の前身のような物語です。
私生児として生まれた闘牛士が幼少期、父親が男を抱く場面に遭遇するシーンまでそっくり。
相違点は、闘牛士が父の闘牛を越えられないジレンマに苦しむ点と、年上の美しい神父に幼い頃から一途に片想いしている点。
神父に見守られ成長していく青年の姿がとても素敵でした。
全体として華藤さんの作品基準の感想となってしまいましたが、えすとえむさんの美しくエキセントリックな絵柄、世界観も本当に素晴らしく、本同人誌に神秘的な魅力を与えています。
本作に登場した彼らがどんな闘牛を見せ、どう死んでいくのか。見てみたくなりました。