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愛は繰り返す。どんなときも、いつまでも、永遠に。
ashita mo aishiteru
作家さんの新作発表
お誕生日を教えてくれます
こんなに悲しいBLを久々に読んだ。
主人公・櫂は17歳で交通事故に会い、目覚めたら35歳になっていた。彼は記憶障害を患い、13分間しか物事を記憶しておくことが出来ません。
――そう、この人は、愛しい人の記憶を、13分間しか覚えていられないのである。
13分でリセットされる恋愛という難しい物語を、安芸先生、よくぞ描いてくれました。こんな悲しい話があるだろうか。櫂の持つ、11分置きに鳴る腕時計が残酷に時を告げる度に、彼らは別れを繰り返すのである。
読む前に、そんな話が成立するのだろうかと相当不安に思ったのですが、安芸先生の深い感情描写が素晴らしく、全く無理無く読むことが出来ました。
13分置きに笑いながら「はじめまして」と自己紹介を繰り返すツダと、13分置きに手元に置いてある、身の上を知る為のファイルを読んで嘆き悲しむ櫂が痛々しい。
幾度も13分前と13分後を繰り返し、読んでるこちらも頭が錯乱してきますが、この本は櫂のたった1日を描いた作品。つまり、1分1秒が常に新鮮な櫂にとって1日がどれほど長いかが分かります。
ツダ曰わく、櫂が忘れてしまうことに対して「あなたは今のあなたでいるために、十一分おきに絶対落とせない小テストを受けているようなものなんじゃないか」と言う。それ程、私達の想像を絶する世界の中に櫂は生きている。
しかし読了後、きっと『13分間の恋愛なんて悲しすぎる』、という考えは変わっている筈です。
題で書いたように、私達は外野。彼らの世界に触れた時、きっと何かが違ってみえる。
最後に言ったツダの言葉が、悲しい筈なのに、こんなに幸せに聞こえるなんて…。
大変お勧めです。
事故の後遺症で13分しか記憶が保てない櫂。
櫂を献身的に世話をするハウスキーパーツダ。
そんなあらすじを読んで「辛くて痛くて重い話」だと思い、
覚悟をして読んだのですが。読後感は非常に爽やか。
じんわりと胸が温かくなりました。
13分で記憶をリセットしてしまう櫂視点で語られるお話なので。
ツダと櫂がどういった経緯で結びつき、一緒に暮らすようになったのか。
櫂の唯一の肉親は、ツダと櫂の関係をどこまで知っているのか。
記憶障害の後遺症が残るほどの事故とはなにか。
それにツダは関係しているのか?
とにかく何も判りません。
毎日、混乱し不安に揺れる櫂に、ツダは色んな話を聞かせますが。
それもどこまでが真実なのかも定かではないのです。
しかしそんな訳のわからない状態でも、ただひとつ。
ツダが深く櫂を愛していることは、ハッキリと読者に伝わってきます。
13分で自分を忘れる恋人に、毎日「愛している」と伝えるツダ。
一日に何度も「初めて」会う男に、恋に落ちる櫂。
櫂は記憶を失っても、何度でもツダを愛します。
彼はもう本能で、ツダを愛するんですね。
これは凄いラブストーリーだ!と思いました。
二人の置かれている状況は決して楽しいものではないです。
ツダも櫂も苦悩しています。
しかし相手に出会わなければ良かったと、後悔しない強い愛情が、
この物語を暗くしないでいるのだと思いました。
あとがきに「長い長い、一日が終わりました」とあります。
まさにその通り。「また明日」と言うまでの、津田と櫂のほんとに長い長い一日を綴った、甘くて苦しい愛のお話なのです。
まずは主人公櫂の特殊な事情。
読者は櫂と一緒に唐突に主人公が事故が原因で「前向性健忘症」だと知らされます。
蓄積できないたった13分の記憶、おまけに事故以前の過去も遡って忘れていくという逆行性の記憶障害も併発している。
13分しか記憶を保てない主人公の視点でちゃんと話として成り立つんだろうかと心配になったのですが、いらん杞憂でした。
そして読み進めて感じたのは、構成の素晴らしさ。
例えば、前後に2つのエッチシーンがあるのですが、状況把握した段階でいきなりのセックスに面喰らいました。
でも最初にふたりは恋人なのだと読者に知らせることで、この後、櫂が記憶をリセットする度に小さな嘘を重ねる津田の言動のせつなさがぐっと増すのです。
それから、記憶が途切れる度にどんどん出てくる櫂の魅力。
子供のようにはしゃぐ素直さや、少ない情報の中で算段を考える利口さ、妹を心底大事にする情の深さ、悲観的にならない芯の強さ、ちょこちょこのぞくおかしみのある脳内ツッコミ。
ああなるほど、こんな風に色んな顔を見せられる度に、津田は櫂に目がくらむんだなあと納得です。
特に、津田が「アナタ」と呼んだ本来の櫂が登場する13分間の挿入タイミングには、唸ってしまった。それにしても、聡明で何て思慮深い人柄なんだろう。
「アナタ」と津田の儚い会話に、ボロボロと涙がでてしまいました。
そして布団の中で交わす魔法の話。
どんな魔法かは、ここまでのふたりを読み辿ってきた人だけが理解できるのです。
全編通してまるっきり櫂の視点なので、ともすれば櫂の話という印象なのですが、読み終えて残るのは津田という男の、とてつもない愛情でした。
櫂というフィルターを通して、津田を書いた。そんな風に感じました。
ふたりの関係に羨ましくも感じ、同時にどうしようもなくやりきれなく思うのは私の勝手なのでしょう。
作中で津田がこう言っています。
――『俺がどんな思いであなたと過ごしてきたか知らないくせに、勝手にひとりで悟ったふりをしないでくれ』
そしてこう続くのだと思います。
『明日も愛してる』
これね、迷わず神評価つけるし、ずっと大事にとっておくけど、
人におすすめは、なかなかできない。
神評価か、低評価のどっちかに割れているのもよくわかります。
読むのにあまりにもエネルギーを消費したので、私自身、二度と読めないかもしれない。
けれど2年前に1度読んだきりのこの小説の、ほとんどすべての場面を覚えているんです。
1つ1つの場面が私の中であまりにも鮮烈で、鮮やかな映像の断片として頭をよぎっていく。
読んでいる最中も、すべての場面がくっきりと鮮やかな映像で見えていました。
BLに限らず本はたくさん読む方ですが、
こんなにも強烈に記憶に残ってしまう小説は滅多に出会えません。
記憶が鮮やかすぎて、なかなか2度目が読めないのかもしれない。
基本的には「途中苦しくても最後は気持ちよく笑ってハッピーエンド!」な本が好きなんです。
でもこの本だけはちょっと、別枠。大事に持っておきたい。
*** 以下ネタバレ要注意 ***
色々と無理のあるところも大いにあるし(櫂の人物像がハイパーすぎとか)、
そもそも記憶障害の櫂の視点でずっと描かれているので、
説明無く次々と状況が流れていって「???」な部分はたくさんあるのです。
読者の解釈にまかされている部分がものすごく多い。
だけど読み始め数ページからぐいっと物語に引き込まれてしまって、
13分を繰り返し、繰り返し、短く鮮やかなシーンが次々に現れる。
混乱して、困惑して、未来も過去も見えない不安定さに脅えて、
頭の中のハテナをどうにかやっつけようと必死にもがきながら、
溺れるように時間の濁流に流されて、そしてまた次の13分。
読み手の「???」はそのまま櫂のハテナ。
そんな風に読む内に、完全に櫂にシンクロしてしまっていました。
櫂にシンクロしているから読みながら本当にしんどかった。
櫂と一緒に常に全力疾走しているようなしんどさ。
しんどいけど早く未来を知りたくて、何かに追われるように必死で読み進めてしまう。そんな感じ。
「あいつは13分ごとに試験を受けているようなものだ」
というツダさんの台詞があまりにも的確。
ツダさんの行動は時には無理があるように、時には非道にも見えるけれど、
彼は医者でも保護者でもなく、献身的であろうとはしていても、決して完璧ではいられない。
記憶障害の恋人と一緒に暮らす以上、彼の精神は常に揺らぎ続けるし、
道理に合わないことをたくさんしてしまう。
それは多分、櫂の保護者や介護人ではなく、恋人でありたいと願っているから。
ならば何故一緒に暮らすのか。
一緒にいることで時に櫂を混乱させ傷つけるなら、離れるべきではないのか。
ツダさん自身や家族が長い間抱えてきたであろうその葛藤は、
櫂が外へ逃げた辺りの描写に痛切に現れていて、読んでいてすごく苦しかった。
そして長い、長い、ほんとうに長い一日をようやく終えて、
放心しながら、脱力しながら、震えそうな手で本を閉じて、
ふと目に飛び込んでくるタイトル。
明日も愛してる。
うわあああああん、って、声をあげて泣きました。
今思い返しても背中がざわっとする、あの気持ちはちょっと、言葉にならない。
5年前に事故に遭い、前向性健忘という障害を負った櫂。
18歳のつもりで目覚めたのに、自分が32歳だと知ったときの驚き、13分しか記憶がもたず、次々に忘れていく切なさが、読んでいて辛かったです。
同じテーマを扱った本では「博士の愛した数式」(小川 洋子)も読みましたが、こちらは家政婦さん視点で描かれてました。
「明日も愛してる」は本人視点で、それだけにショックも悲しみもダイレクトに伝わってきました。
常に側にいて櫂を支える悠児の切なさも。
忘れてしまうからそのたびに「初めまして」からやり直す悠児は、それでもなかなか前向きだと思えました。
切ないけどよかったです。
この作者さん、初めて読みましたが、よかったので他のも読んでみたいと思ったのですが……。
97年に1冊目が出て、11年でこの本がまだ5冊目!?
しかもそのうち1冊はノベルズが文庫で出し直されたもので、実質4冊目。
しかも全部絶版で、古本でしか買えないとは。
でも既刊はどれもタイトルを見た限りでは、今回の小説とはずいぶん趣が違うようですね。
これから新作を書いてくれることを期待しますが、かなり寡作な作家さんのようなので心配です。
丸ごと1冊表題作です。櫂の目線で語られます。
本人が事情を覚えていない部分は書かれませんし、本人が事情を覚えている部分は、あえて脳内で再生する必要がないので語られません。そのため、現在の状況になった原因やそれまでの経緯はすべてが明らかになることはありません。
切ないという評価を知ってから読み始めたので、序盤部分での長いエロ場面は予想外で、おおっ、とのけぞりました。しかし、それを過ぎてから語られていく物語に胸が痛みました。
主人公、櫂(受け)は、13分しか記憶をキープできません。そのため、一日に何度も「リセット」されてしまいます。そのつど、初対面の挨拶をするツダ(攻め)…そんな彼らの長い1日の物語です。
なお、「HOLLY MIX」で番外編「今日も愛してる」が読めます。ツダ目線で語られる本編から2年後の話です。そちらを読んでから本編を読み返すと、序盤のエロ場面にもまた違った切なさが沸いてきました。
読み終えて、複雑な思いで胸がいっぱいです。
この話はまるでシャボン玉の色みたいに、見る角度によってどんな風にも受け止められると感じました。
不幸にも幸せにも思える、津田と櫂のふたりだけに与えられた空間がそここに散りばめられています。
私は読んでいて、混乱してしまう櫂には早くアラームが鳴ればいいのにと思わず願ってしまったり幸せそうにしている二人のシーンでは鳴ったアラームが悲しくて悔しくて…。
それでも、夜には優しくおだやかに「また明日」と言う津田のセリフが本当に泣けました。「また明日」というセリフがこんなに愛と覚悟の詰まったものとして胸に響くなんて。この作品を読んで、いろいろ考えさせられました。
私は櫂と同じ障害を持ったひとと学校でクラスメイトとして肩を並べたことがあります。
そのひとも事故が原因でした。櫂のように13分ではなかったのですが、やはり一定の時間で記憶は無くなってしまうというものでした。
いつでも手帳を首から下げていて、メモ帳も必ずポケットに入れていて…。この話を読んでそのひとの姿が何度も思い出されました。
そのひとには夢があって、その夢を諦めない姿はとても美しく私の記憶には残っています。
そのひとの姿を見ているからこそ、津田と櫂はきっと大丈夫だと思いました。
だれかの幸せを願わずにはおれない素敵なお話です。
13分後に何が残る?
喪失をモチーフに据えた作品は残された者が『どんな風に思い続け、忘れ、新しいステップを踏み出すか』という軌跡を辿ることが多いけれど、この作品には、それがありません。
なぜなら13分おきに区切りが用意されているから。
事故による障害で13分しか記憶を持続できない櫂。
覚えていたいこと、大切なことを書きとめておかないと【まっさらな自分】になってしまう。
記憶や思い出に寄り添えない櫂は悲しみを繰り返し体現することもないかわりに根本的に救われることもありません。
野放しの想像力を重ね、【自分】を探します。
そんな白い記憶の混乱の中を泳ぐ櫂にハウスキーパーを名乗る悠児が寄り添います。
時にイメクラ、時に亡き母の知り合いに姿を変えて。
でも、どれほど尽くされていても記憶(記録)の再確認を怠ると白紙になってしまう櫂は【身に覚えのない】持て余すほどの優しさで包もうとする悠児に戸惑ってしまいます。
それでも悠児は常に櫂を見つめています。
自分を忘れてしまう櫂にゆらぎながらも。
ふたりとも孤独。
それでも、、
13分の【そのあと】に残るかもしれない笑顔、見ることのできなかった表情も、続けられなかった会話も拾いながら悠児は櫂を愛しています。
事故以前のふたりのことが詳らかにはされてませんが(随所に匂わされてますが)悠児…どれだけ櫂のこと大好きなの?って感じです。
…特効薬の存在もなければ病の回復等、劇的な展開はありません。
あやふやな13分後も可能性のひとつ、と捉える悠児のしなやかな愛情が染みいります。
作中に描かれない部分にも2人の毎日は続きます。
嘘すら入り込めない短い13分に【ふたりの日々】は存在しているのです。
切なくも幸せな日々が。
うまく伝わらないかもしれないけど、暗い話ではないのです←今更。
まっさらゆえの櫂の屈託のない明るさに救われたのかな…。
昨年読んだ中で一番衝撃を受けた作品です。
忘れられ続ける津田が切ない。
病気の当事者である櫂の方は、結構平気に生きてますね。
悩みも何もかも忘れてしまうのだから。
記憶は戻るどころか、失われていく一方。
希望がない。
とても哀しくなるお話です。
でも「悠児は忘れる俺も、結構楽しんでるんだ」というセリフで救われました。
結局はらぶらぶバカップルな二人なんですね。
個人的にはあんなにエロいらんです。
あと謎が多い。
伏線回収してくれ~。
事故による記憶障害で13分しか記憶がもたない櫂と自称ハウスキーパー・ツダの2人の物語。
普段は1冊一気に読んでしまう私ですが、じっくりじっくり読ませていただきました。読み終えて、余韻に浸っていました。とにかく、ぐっと物語に引き込まれる。
ここまで、深く難しい作品は初めてかもしれないです。忘れてしまう櫂、忘れられてしまうツダ。どちらも見てて苦しくなりますが、半分まで読んでみると断然ツダの方が見てて可哀想で、苦しかった。
櫂が朝起きたら「まじめまして。」という自己紹介から始まる1日。既に切ないですよね。記憶がなくなっていくから、ここが何処かも、目の前の相手がだれかもわからない。そんな状況で時々櫂は暴れてしまいますが、それを精神的に長年支えるツダはホントにすごいと思う。最初は気付かなかったけど、読み進めるうちに改めて強く実感しました。
どんなことが起きても、愛する人と一緒だったら幸せって感じられたら最高なんじゃないかな。そう思いずっと櫂と一緒にいるツダは何度も言いますがすごい。耐えられないですよ。まさに究極の愛です!
長く長くそして濃い櫂の1日の終わりにツダが言った、
「…おやすみ、櫂。また明日な…。」
がやはり一番印象に残りました。