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女性雲絶間姫さん

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アサルトスーツしか勝たん

 たっぷりとボリュームのある上下巻ですが、それでも終わってしまうのが惜しくて、一ページずつ大切に読み進めました。6年という時の流れは待つ身には永遠のようでも、こうして続巻を手にすることさえできれば、一瞬でまた物語の世界に戻ってゆけるのです。世界は大きく変わり、おそらく誰にとっても多難なこの時代に、たゆまず書き続けてくださったかわいさんにまず感謝です!!

 篠口が心身に負った深い傷。目に見える部分は時とともに癒えても、心の奥底はまだ鮮血を流し続けている。とりわけ、自ら「生きるため犯人に体を差し出した」記憶が、彼を苛む。周囲の誰も、もちろん黒澤も、あの極限状況にあった彼の選択を責める者はいないのだけれど、ただ彼自身が自分を許せないのだ。
 事件前の彼は、その上品で清潔な外見とは裏腹に、ベッドの上ではかなり奔放な一面もあったけれど、それはあくまで自分の意思で選んだ相手と楽しむことが大前提で、理不尽な暴力で踏みにじられて平気なはずはない。いくら現職の警察官で犯罪被害者の心理に造詣が深くても、わが身に起こったこととなると理屈では処理しきれない。

 荒れて自棄に走ったり、心の不調に再び身体も引きずられたり、不安定な篠口を、黒澤は実に辛抱強く見守り、寄り添う。超多忙なはずなのに時間も労力も惜しみなく差し出して、傷も痛みも丸ごと、篠口の人生を引き受けるという強烈な意思表示をしてみせる。これまで「公安の切れ者」のイメージが強すぎて、「目的のためには手段を選ばない」「人を駒としか思ってない」酷薄な人物像が出来上がっていた彼ですが、元妻との関係性も含め、ひとたび思い定めた相手には徹底的に尽くし倒したいタイプだったんですね。いい意味で裏切られました。
 「苦しいなら助けてやるって言っただろう」繰り返し彼が篠口にささやいた呪文。それは掛け値なしの彼の本音だったのに、そうと気づくまでずいぶんかかってしまった。そういえば彼のファーストネーム「一誠(かずなり)」も、まさに名は体を表してるよね。出し惜しみせずにせいぜい呼んであげてほしいわ、篠口さん。(黒澤が陰でこっそり篠口を「雪巳さん」って呼んでるのも萌える。これまたいつか直接本人に向かってそう呼んでもらいたい)

 まあ黒澤が周囲にいい印象を持たれてないのはこれまでの自業自得でもあるんでしょうけど。個人的には「Zwei」の山下クンが黒澤と一緒にいた篠口を見かけて「弱みをつかまれたり脅されたりしてないですか?」って慌てて安否確認に来るのがおかしくてかわいかった。黒澤が篠口に歌う激甘な子守唄を、山下にも聞かせてやりたい。さぞ仰天することでしょう。

 黒澤の献身もあり、日にち薬で篠口は一時は到底無理かと思われた職場復帰を果たす。はかなく脆い部分もありながら、内側に強靭なオスのプライドも秘めている、一筋縄ではゆかない、そこが篠口の一番の魅力でもあると思います。そしてここまで、篠口とともに長くつらい道のりを歩んできた読者(とかわい先生?)に、円陣さんから最高のご褒美がっ!! 篠口のアサルトスーツ姿。この人の繊細な美貌が機能重視で武骨な衣装に映える映える!! 隣に描かれたのがまたオス感全開の神宮寺なのでさらに効果倍増。本作のイラストは表紙から裏扉までどこをとっても絶品揃いで、絵師さんの気合のほどがうかがえるのですが、特にこの一枚はヤバい。私が警視総監なら絶対新卒採用のポスターにする。

 墨と雪計3冊だけで結構な分量あるのでアレなんですが、まだお読みでない方には、最低でも「甘い水」、できれば「Zwei」「天使のささやき」など寮シリーズを読破の上で本作にチャレンジしてもらいたいです。篠口の生きる警察という特殊な世界や、彼を取り巻くさまざまな人々の想いが、きっと生々しく立ちあらわれてきてより強く物語の沼に引きずり込まれることでしょう。

無理筋の恋

 ハピエンが基本お約束のBL界隈にも、時たま異形の作品が迷い込んでくることがあります。凪いだ海でいきなり土用波にさらわれるかの如く。久々にそういう一作に出会って、息もつかずに読み終えました。誰も愛せない男と、愛さずには生きてゆけない男。そんな二人をラブストーリーの主役に据えちゃうこと自体がそもそもけしからん。どうあがいたって初めっから無理筋ときまってるようなもんですもん。

 案の定物語は終始、愛さずには生きていけない男・黄辺に圧倒的不利な状況で展開する。3歳で愛せない男・志波と出会ってしまったのが運の尽き。彼のそばで心穏やかに、曲がりなりにも幸せを感じていられたのは二人飽きず夜空を見上げ星を探したごく幼い頃くらいのものだった。そこから先はひどく後味の悪い14の時の初体験に始まり、思春期には怒濤の寝取り寝取られ合戦に否応なく巻き込まれ、20歳の時の志波の結婚で不毛でいびつな関係はいったん完全に終わる。この時の黄辺の身の引き方といったらそりゃもう見事で、志波に対する思いの一切を封印し、家族を得て彼が幸せになるならと自ら痕跡を消す。セフレの鑑のようにふるまいつつ、その実黄辺の心はずっと志波にとらわれたまま。愛さずには生きていけない黄辺だけど、志波しか愛せない。彼に限っては「次いこっ!次」なんてあり得ないのだ。容姿に恵まれ、仕事も人間関係もそつなくこなし、はた目には軽やかに世間を渡っているようでも、ひと皮むけばおそろしく不器用で一途で、プライベートは身持ちの堅い未亡人顔負け。そしてその黄辺の我慢と純情と献身は、志波との6年ぶりの再会で再びあっけなく踏みにじられる羽目になる。

 愛する人には愛されたい。ずっと一緒にいたい。普通の恋人同士ならごく当たり前の願いが、愛せない男相手だと永遠にかなわない。散々悩んで苦しんで、ラストで黄辺がたどり着くのは苦行の果ての解脱というか、一種の悟りの境地。自分にとって一番つらいのは、志波に愛されないことでも志波がそばにいないことでもなく、志波を愛さずにいることだと確信する。それって根本的に問題が解決したわけじゃなく、気の持ちようを変えてみたら楽になったという類いのような気もするけど、当の黄辺の心身が安定し、ようやく志波に振り回されずに自分の人生を歩めるようになったというんだからめでたいんだよね、たぶん。

 巻末の甘さマシマシの後日談は主にここまでの激辛一直線に耐えた読者へのご褒美だったのでしょうか。某日本で一番有名な鬼退治譚の登場人物をまねて「もしも~し、志波さ~ん、いまあなたが踏み込んでいるのは溺愛という名の泥沼ですよ~」って教えてあげたくなりました。

備えない勇気

 大っ変珍しいものを見せてもらっちゃいました。有事にあたって「備えない」国江田計。だってあの国江田さんだよ。小3で書道の授業が始まるのを見越して小2のクリスマスプレゼントにペン習字おねだりするような人だよ。それが麻生さんからいきなり話を振られるのを半ば予期しつつ、あえて「備えない」選択をした。しかもそのテーマときたら「番組制作における嘘と真実」だもんね。彼ほど日々本音と建前、虚像と実像を見事使い分けて生きてる人もめったにいないだろうに。麻生さん、まさか知っててわざとじゃないよね⁉
 
 でも、だからこそ、計は備えないという選択をした。栄渾身の映像を見た直後の現場の空気を揺らぎや迷いもそのままに、正味で伝えたかったから。視聴者だって分かる。アナウンサーも一人の人間であり、会社員だ。その口から出る言葉が常に本当のことだとは限らない。でも今、この一言だけは、掛け値なしの本音だと思える瞬間も確かにある。それはたいてい、緻密な計算とか周到な準備とかを取っ払ったところからひょいと現れるのだ。

 以前の計だったら、そんな選択恐ろしくて到底できたもんじゃなかったと思う。肚が据わって、なんかまた一回り大きく、いい漢になったよね。この巻、潮の「う」の字も出てきやしないんだけど、計の成長の後ろに、頼もしい相方の存在が透けて見える。これまで二人で時間をかけて一つひとつ積み重ねてきたものがあるから。シリーズものを読む醍醐味ってこんなとこにもある。

 なっちゃんの変化にも目を見張るものがあった。あのとびきり臆病な猫みたいな、人と正面から目を合わせることすらできなかった子が、神とも仰ぐ栄に真っ向から「それはちゃいます」と言える日が来るなんて。こちらもやっぱり恋の浮力に背中を押されているのかな。ただ彼の場合、恋人ができようが「ゴーゴー」を離れようがやっぱり一生自分は栄の「一の子分」だと思ってて。それは「一番長い」とか「一番近い」とかいうよりむしろ「そんなん俺しかおらへんやろ」というオンリーワンの認識だったらしいのだけど、この巻でなんとその地位を脅かすやもしれぬ新キャラが登場し、内心ひどく焦りまくるなっちゃんというのも珍しくて面白かった。

 ここまで長々つづってきて、ようやくですが主役の二人について。正直、栄ってこんなにもナイーブで脆い、壊れもののような人だったっけ…と少々当惑気味で読み進めました。その傑出した映像制作の才能に比して、あまりにも乏しい対人スキルのせいでどこにいっても波風は立ちまくるし、周囲の人間をばっさり切り捨てて返す刀で自分自身をより深く傷つけずにはいられない習性も今に始まったわけじゃない。でもすくなくとも「ゴーゴー」で突っ走ってた頃の栄はそれをつらいとも寂しいとも思ってないように見えた。

 設楽が公私ともに栄のそばに戻ってきて、一気に安定するのかと思えば逆で、再び設楽に自分のせいでいろんなものを擲たせてしまうのが怖くて、せっかくの新天地なのにのびのび仕事ができない。当の設楽は、栄が栄らしくあるためならいつでも自分を踏みつけにしていいと思ってるのに。どうにもかみ合わない二人。エッチシーンの回数と分量は年齢の割にたっぷりめ(大きなお世話)ながら、LOVEの面では大盛り上がり、とは程遠く。このシリーズのもう一つのキモ、っていうか毎回そっちの方をむしろ楽しみにしているお仕事面でも、やらせ問題やら出張先での大災害やら盛り沢山すぎて、少々散漫になってしまった感あり。「これぞ相馬栄」みたいな大仕事が見たかったし、そのためににこやかに暗躍しえげつない辣腕を振るう設楽も見たかった。これも一穂作品の罠。読むほどに欲深くなる読者の沼から抜け出せない。

人魚姫のたくらみ

 かつて矢代は言っていた。「俺は俺のことが結構好きだ」と。
 だからどんな過去があろうと、過去は過去として彼の中では一定に始末がついているのだろうと思っていた。いまの彼はもう無力な子どもではない。たとえ望まない性暴力にさらされたとしても、それをはねつける力も、逆に利用して楽しむ智慧も手にしている。彼をことさらに憎み、蔑む輩も周囲にいないわけじゃないが、目をかけてくれる上司も、慕ってくる部下だっている。そしてこのたび生まれて初めて、お互い憎からず思う相手と体をつなげるに至った。

 当面の最大の敵であった平田をたくみに追い詰め、あと一歩で勝利を手にできたはず。なのにこのタイミングで彼の選んだ道は、もはや殺意を隠そうともしない平田の前に、あえて丸腰の自分をさらすことだった。「ああこれで ようやく俺は 俺を終わらせることができる」

 改めて彼の傷の深さ、絶望の計り知れなさを思わずにいられない。普段は完璧に意識の底に追いやって綺麗に覆っていても、ふとしたはずみでそれは何度でも鮮明に蘇る。自分とよく似た境遇の子の話を聞いたときとか、街で睦まじい母子を見かけたときにも…

 今でもきっと、彼の目の奥をのぞき込めば、幼い男の子が薄暗いアパートの片隅で膝を抱えてうずくまったままなのだろう。平田がしょうもないゴミのようにあっさりと処理され、かろうじて矢代も百目鬼も命をつなぎ、そしてこの物語はまだ続いてゆくらしい。矢代と百目鬼にこの先の未来がまだあるなら、あの子を暗闇から救い出すところからもう一度はじめなければならないのかもしれない。

 激動の6巻。矢代は自分自身のことはあんなに粗末に扱うくせに、どんな修羅場でも、というより修羅場になればなるほど、身近な人間を護ろうと手を尽くす。それも、相手には微塵もそうと気取らせない形で。百目鬼は固すぎて融通利かないだけで、頭そのものの働きは決して悪くも鈍くもないと思うのだけれど、それでも人に指摘されるまで全く気付かずにいた。「守られてんのはテメェじゃねぇか」(甘栗グッジョブ!!)
 初めて矢代のボディガードについてこのかた百目鬼は「頭は俺が守る」とそれはもう気の毒なくらい一心に思い詰めてきた。矢代の銃撃事件があり、さらにここにきて矢代が力では自分に敵わないという事実も身をもって知ってしまった。どうしたら守りぬけるかを必死に考えることはあっても、自分が守られる立場となってしまったときどう動くか、それは全くの想定外だったに違いない。それでも、とりあえず「自分がヘンなものを向けたから頭に捨てられた」わけではないと分かっただけでもどんなにか救われただろう。矢代にしてみれば、自分の勝手な自己破壊願望に百目鬼はもちろん、他の舎弟も影山も、誰一人巻き込みたくなかっただけかもしれないけれど。

 そもそも矢代がこの世界に足を踏み入れたのだって、「かげやま医院」をヤクザの地上げから守るためだったことを思い出す。まるで人魚姫のごときその献身に、ニブチンの王子様(=影山)はまったく気づかず、さっさとよそのお姫様(=久我)と結ばれてしまったけど。でもこの巻で、彼の中での矢代が既に当たり前のように「身内」認定されているのがわかって少し和んだ。
 そう言えばこの巻では出番のなかった竜崎、彼はちゃんと自分が矢代に守られてるのに気づいてたな。いつもしたたかで容易に本音をさらさない矢代の脆さ、あやうさにも。ひたすら粗暴なだけのようで実は意外とこまやかで、矢代のことをよく見てる。七原に「俺はお前らなんかよりずっと昔からアイツを知ってる!!」と自慢するだけのことはある。でも長さだけなら影山の方がずっと長いんだから、やっぱ愛の力だよね。彼の純情が報われる日は来そうにないけど、この物語がこの先も続いてゆくなら、ぜひ彼にも再びの活躍の機会を!

その苦さをこそ

 好きな作家さんのお気に入りの作品に続編が出る、っていうと、大概無条件に喜びいさんで発売日を指折り数えて待つものですが、今回だけはちょっと複雑でした。前作「キス」がそれだけ特別な作品だったから。つらい過去を持つ可哀そうな受けがスパダリな攻めにあふれるほどの愛を注がれていつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし…という、BL作品の王道、いわばお約束を根底から覆して見せてくれた。それは書き手としてとても勇気の要る決断であっただろうし、読み手としても読後の幸福感をあきらめる代わりに、じゃあ何が得られるのか、といえばそれは人それぞれで、賛否両論あるのもまた仕方ないけれど。

 わたし自身は、かねがね一穂作品の好き嫌いはほぼ受けの性格によって決まるみたいで、それもエッジが利いてれば利いてるほど愛してしまうという業の深さ。性格の善し悪し以前に、ほとんど自己主張をしない、呼吸すらひそめて生きてるような苑のようなタイプは本来好みじゃなかったはず。でも「キス」で、あのつらい別れを一人で決めた苑、恨み言ひとつ言うでなく、しゃんと背筋を伸ばし、毅然として去った苑には激しく魂を持ってかれた。

 人の心に永遠とか、絶対とかあり得ない。今誰かを狂おしいほどに憎み、あるいは恋い焦がれていても、時とともにそれは変容してゆく。明渡ほど極端な「きっかけ」でなくとも、何かの拍子にそれこそ憑き物が落ちるようにきれいさっぱり消え失せてしまうこともある。そもそもそんなもろく儚いものを、どうして人は生きるよすがにしてしまうのだろう。これなしじゃ到底生きてゆけない、くらいに思いつめたものを喪って、それでもどうにかしてその先の人生を続けていかなきゃならない。そんな時の人としてのありよう、一つのお手本を、前作で苑が身をもって示してくれたと思う。普段たくましさやずぶとさとは無縁に見える彼だから尚更、あのラストが私には余計特別で、尊かった。

 なので本作、悩みつつ、それでも一穂作品なので、読まないという選択肢はなく、結局手に取りました。曲折を経て二人のたどり着いた場所、苑の決断に異を唱えるつもりはありません。多分BL作品としてはこれが正しいお話の閉じ方だろうとも思います。ただ私の心にこの先も長く残り続けるのは、前作の方だろうとも。味気ない現実にいささか過剰なくらいの糖分補給をするだけがBL作品の能じゃない。

大蛇の恩返し

 もしも近い将来、この国でも晴れて同性婚が認められて、小林・山本組がめでたく挙式のはこびとなったとして、披露宴で「お二人のなれそめは?」って司会者に突っ込まれたらなんて答えるんだ?「おさまりどころのない大蛇が不憫だったから」…後にも先にも絶対いないと思う、そんなカップル。

 どんだけなれそめが突飛でも、カラダ先行の関係でも、実はかなり早い段階からお互いに惹かれあってるのが読み手にはビンビン伝わってくるので、カップルとしてのこの二人の好感度はかなり高い。とりわけアナ小ン林君のさりげないけどこまやかに行き届いたお世話ぶりといったら。酔いつぶれたらおんぶ、頭痛のときは膝枕でキス。遊びに行けばささっと手料理が出てくるし、お泊りの時はひとつしかない枕を山本君に譲ってあげちゃうの(自分用は畳んだバスタオル)。そりゃ山本君が早々に彼女募集中の看板を下ろしちゃう気持ちもわかるわ。にしてもこの素晴らしい小林君の彼氏力が、世の女子相手に発動されなかったなんて奇跡に近い。アナコンダ万歳。

ピアス史上最高のきよらかさ

 麗しすぎる表紙に誑かされてふらふらと1巻を手に取ったときには、ただあっけらかんと明るいエロに突き抜けた作品だとしか思いませんでした。(ゆえにそこまで自分に刺さる要素はないな、とある意味見くびっていたのかも)それが今、ようやくこの3巻を読み終えて、なんて遠いところまで連れさられてしまったのだろう…としばしボーゼンです。どうやらこれは、生き代わり死に代わり、果てしなく続く命の営みの中で、自分の魂の半身を探し求め続ける、一人の勇敢な王子様の壮大な愛の物語で、しかもこれまで見てきたのはそのほんの一部分にすぎなかったようです。

 1巻はまるっと光陽の巻、2巻はジェイド色が濃い巻だとしたら、この3巻は全編アウロラのまとう空気に支配されています。「ピルグリム(巡礼者)」の名にたがわずライカンにあるまじき生真面目さとかたくななまでのストイックさと。そして共に過ごす光陽がまだ発情期前の幼生体とあっては、エロい雰囲気など生まれようがありません。そう、全編を通じて性的な行為とはほぼ無縁の巻です。1、2巻のハードさからは考えられないほどの落差。そもそもこのレーベル(ピアスシリーズ)で、エロ皆無の一冊なんて存在自体が奇跡のようで、評価もさまざま分かれるところかと思いますが、個人的には全然オッケーだと思ってます。何しろ、この巻を読んでもう一度1、2巻を読み返すと、光陽とジェイドの二人がそれぞれ、お互い以外の相手と身体を重ねる行為にも別の重みが裏打ちされて、せつなさ倍増なのです。さらにこの巻のラスト近く、肉体の枷を解き放たれたアウロラが光陽のもとを訪れるシーン。初めて抱きあい、思いを告げあう二人ですが、すでにこの時片方は生身の肉体を持たなくなっていて、厳密には恋の成就とは呼べない。でもこんなにただ哀しく美しいラブシーンはかつて見たこともない。そして最後の、眠り姫を呼び覚ます魔法のキス。くちびるが重なって、閉じたまつげが開いたらそこには…

 ああ、次の巻が今から楽しみ。でもこの作品のクオリティと、作家さんの心身の健康の両方を維持してもらうにはかなりの時間が必要だってことくらい欲深な私にもわかる。いい子で待ってるから。どこまでもついていくから。目のくらむような光景を見せて。

酢豚にパイナップル

「お前は俺の水筒だ」
そんなトンチキな口説き文句を吐かれたら、ふつうまとまるカプもまとまらないだろうと思うのですが、本作の攻め、堤は結構喜んじゃってます。(まったくBLとは関係ないのですが、昔読んだ貴志祐介さんのホラー小説「クリムゾンの迷宮」に「お前は俺の弁当だ」という台詞があったのを思い出しました。こちらはまさに額面通りの意味で、言われた方も読んでる私も総毛だちました)

 さてお話を堤に戻します。そのビジュアルは黒いシベリアンハスキーに例えられるほど、ガタイが良くてこわもて、かなり迫力のある面構えなんですが、中身もまさにワンコ、それも相当な忠犬なんです。彼自身は普通の不動産会社社員ですが、受けの保嵩は「水師」というとても特殊なお仕事。異様な渇きを覚え、ひたすら水を求める「枯れ人」に自分の内なる水を分け与えて癒やすという特殊能力の持ち主なのですが、いつも限界を超えて与えてしまうため常に命の危険にさらされている始末。そんな保嵩の危うさと、綺麗な顔に似合わぬ毒舌に惹かれ、最初はただのビジネス目的で近づいたはずが、いつしか彼のサポート役を務める羽目に。実は堤、自分でも気づいてなかったのですが、その身の内に汲めども尽きぬ豊潤な水をたたえた「水人」という特殊体質の持ち主だったのです。水師の水分補給にこれほどうってつけの人材はいない。水の受け渡しは粘膜の接触により行われ、しかも濃厚なほど効果も覿面。堤の水をたっぷりと注がれた保嵩は「枯れるどころか溺れそう」なありさまで、めでたく堤は保嵩の「水筒」認定されたというわけです。

 この堤、人としての根っこがとてもすこやかで強靭。だからこの世界に蔓延する枯渇性症候群の毒気にあてられることもなく、常に清冽な水を宿し続けることができる。恋愛においても、「好きになるのはどこか尊敬できる部分のある人」「セックスするのは本気で付き合いたい相手だけ。身体だけの関係なんてもってのほか」等々、沙野作品の主人公には珍しいくらいゆがんだところや世をすねたところが見当たらない。こんな男にそばでこまやかに世話を焼かれ、水と愛情をたっぷり注がれたら、さしもの保嵩の毒舌もツンツンも矛先が鈍ろうというもの。当初緊急避難的な身体の関係から始まった二人だけど、次第にお互いをなくてはならない存在と認め合ってゆく。

 ここですんなり終わればめでたしめでたし、というところでしたが、ラストにアレが待ち構えてるんです。そう、例の「サンドイッチ」…沙野さん的にはこれが本作の一押し、メインディッシュ的扱いで、ノリノリで書いてるのも伝わってくるんだけど、わたし個人としてはつらかった。苦難を乗り越えた理想のカプの記念すべき両想いエッチに有無を言わさぬ異物乱入。突如酢豚の中でパイナップルに遭遇した時みたく、「なぜお前がここに」「お前さえいなければ完璧なのに」やくたいもない泣き言が口をついて出てしまいました。よって評価も「神」をつけられませんでした。無念!

帰れません

 1年待ちも覚悟してたのに、予告通り冬の間にこの3巻を手にすることができて舞い上がり、夜を徹して400ページを一気読み。さらに弾みがついちゃったのでもういちど1巻からじっくり読み直し・・・いまだにこの「見たままのものなど何一つない世界」にとらわれたまま、社会復帰もかなわずにいます。

 この3巻では初めて、ローレントの内面が描かれているのですが、そのあまりに荒涼とした心象風景にまず胸を衝かれます。「味方などいなかった」。­幼い彼にとって世界の全てだったオーギュステ。その兄を失った13歳の時から、彼は本当にたった一人で闘ってきたのだ。誰も信じず、頼らず、ただ自分の智慧と力の限りで闘って、万策尽きたら一人で死んでゆく。一国の王子として生まれ、あれほどの美貌と才気に恵まれながら、優雅どころかあまりにも過酷な十代を彼は過ごしてきた。「いつか兄の仇を討つ」という強い思いだけが、皮肉なことに辛うじて彼を支えてもいた。この巻では実際、その仇に刃を向けるシーンもあります。多分その瞬間、彼の殺意は本物だった。でも自分の力では、どうやってもかなわないことも分かっていた。その絶望の深さ。

 恐らくローレントにとっては、兄の仇がずっと思い描いていた通りの「卑劣で残虐な蛮族」であってくれればずっと楽だったはず。でもローレントは彼に近づきすぎた。彼が奴隷を救うために自らを擲つのを見てしまった。ローレント自身も幾度も窮地を救われた。そしてあの一夜。(ローレントは本当に「一夜かぎりの想い出」として封印するつもりだったようですが)よかれあしかれ、閨では当人が思っている以上にその人間の本質がむき出しになる。ジョカステにも「身体だけの荒々しい関係になると思っていたし、それを望んでもいたでしょう」と鋭く指摘されていたが、そのあらわになった本性が幻滅するようなものであれば、今度こそ完全に彼を思い切ることができる、との淡い期待もあったのかもしれない。(はっきり書かれてはないが、彼の初体験はまさにそういうものだったらしい)人を激しく憎むのも、愛するにも、相当なエネルギーが要る。まして愛と憎しみそれぞれが同じくらいの強さでせめぎ合って身の内を焦がしていたら、どんな強靭なメンタルの持ち主でも長くはもたない。普段は氷の仮面の下に完璧に隠していても、思わぬところで本音がポロリとこぼれてしまう。付き合い酒でしたたかに酔わされたときとか(マケドンのような「ワシの酒が飲めんのか」おやじって洋の東西今昔を問わずどんな社会にも一定数生息してるのね)、無敵の戦士のいつになく弱っている姿を見たときとか。

 ローレントが愛と憎しみのはざまで激しく揺れ動いている間、一方のデイメンがひたすらぶれずに平常運転なのもよかった。なんだかんだ言ってこの二人、手を組めば最強なのは間違いない。どこまでも好対照な二人の魅力が際立っているから、一度足を踏み入れたら最後、物語がどれほど長大でも最後まで見届けずにはいられない。ただ一つ、惜しむらくは、これだけ広げた大風呂敷の畳み方が、急ぎすぎたかややぞんざいだったこと。せっかくだからラスボスには最後もうひと暴れしてほしかったし2人と両国のその後も気にかかる。王子同士のゴージャスカプなのに、「馬臭いぞ」とか言い合いながら星空の下の寝袋デートが数少ない幸せな思い出なんて、不憫すぎやしませんか。もう1巻や2巻増えても全然オッケーだったのに。

満たして

 「ふさいで」
 シリーズ6作目にして、なんて斬新かつ意味深なサブタイトル。初めて目にした時、真っ先に思い浮かべたのは、「横顔と虹彩」のワンシーンでした。病院に担ぎ込まれてなお、うわごとのように仕事の話を続ける栄の目を、設楽が手のひらで覆う。「もういい、もういいんだよ、栄」

 あの時はまだ、「あんなにみんなに鬼と恐れられてる相馬Pを下の名前呼び⁈ さすが陰の大物設楽さん」と感心した程度で、2人の間に漂う特別な気配のようなものに全く勘づくことなくスルーしてしまったわたし。でも本作は、まさにその病室の場面で幕を開けるのです。そして開始10ページもいかないうちにいきなりのキス。この時点で設楽さん40代半ば、相馬さんが10こ下くらいで、当然シリーズ中最もアダルトなカプのはずですが何たる早業!! ていうか、え? 何これ、ドッキリ? それともただの読み違え? この2人ってそういう仲だったの? いつから???

 こちらがあっけにとられてる間に、時はぐんぐん巻き戻され、2人出会った11年前にさかのぼります。設楽がプロデューサーを務める夕方のニュース番組にディレクターとして配属されてきたのが栄。まだペーペーながら上司を上司とも思わぬ不遜さの陰に見え隠れする尋常ならざる才能の片鱗。色恋うんぬんより先に揺さぶられたのはすごい原石を見つけてしまった設楽のプロデューサー魂の方だったのかもしれない。興奮、高揚、そして同じ業界人として避けようもない嫉妬… たとえいくら内面では激しい感情のアップダウンに引きずりまわされていようと、それを微塵も面に出すことなくあくまで飄々と、まるで同年輩の友達のような気やすさで栄に接する設楽。同じく彼がかわいがっていたデザイナーの奥も含め、3人のゆるい付き合いはいつしか仕事の枠を超えていく。あの誰にも馴れない獣のようだった栄を、当人にも悟らせぬうちにじかに触れてもかみつかれない程度に手なづけちゃうあたり、やっぱり只者じゃないよ設楽さん。

 3人の奇妙なくらい穏やかな日々はけれどそう長く続かなかった。唐突に迎えたあまりにも悲劇的な幕切れ。自失し、荒れる栄と抱き留める設楽。そう、いつだってその役回りは彼に巡ってくるようだ。興奮をなだめるというより、まともでない状態をもっとまともでない行為で塗りつぶす一夜。聴力を喪った栄の耳に告白めいた呟きだけ残して設楽は栄の前から姿を消す。自身の都落ちと引き換えに、栄の背中を「ゴーゴー」へ向けて押し出して。

 表紙にある「fill me in」はすなわち「ふさいで」。一穂さんのあとがきによれば、「詳しく教えて」の意味もあるとのことですが、わたしには「満たして」と読めました。栄が設楽に繰り返し請うた「ふさいで」は、「何も見えなくして」であると同時に「俺の隙間をあなたでいっぱいにして」という意味ではなかったろうかと。設楽が栄の才能を、時に激しく嫉妬しながらもまぶしくふり仰がずにはいられなかったように、栄もまた、どうしたって自分が持てないものばかりいっぱい持っている設楽だから惹かれた。一瞬で人の器の奥底まで見切ってしまう設楽の眼力が怖い。でも同時に、見抜かれたい、とも思う。自分の同類とだけつるんでいれば楽なのに、人がわざわざ真逆の相手に吸い寄せられてしまうのは、自分に欠けている部分を満たしてほしいからかもしれない。セックスにしろ恋愛にしろ、突き詰めていけばそういうもののような気もする。

 11年のブランクを経て、再会。前よりもっと孤独で、さらに満身創痍の栄を、どんな方法で設楽は満たしてやれるのか。テーマがテーマだけに、シリーズ中最も重くシリアスな本作ですが、やっぱり主人公が逃げずに仕事と向き合う肚を決めたとき、物語が生き生きと走り出すのは変わりません。計や竜起、錦戸カメラマンなど主要キャラもわらわらと寄り集まってきてあっという間にゴキゲンな現場に。にしてもどうしてこの業界の人たちって、厄介でイレギュラーな事態が発生すればするほど楽しげに立ち向かってゆくのでしょう。苦肉の策のはずの急造チームがなんだかマジで続いてゆきそうな気配だし、これはもう続編を待つしかないでしょう。栄と設楽の関係も、まだほんのとばぐちに立ったばかり。「付き合うって何?」とか言ってる朴念仁によく教えてあげて、設楽さん。