「ひつじの鍵」のスピンオフ、といってもスピン元から十年以上経っている。羊の友人和楽のお話。元から和楽は好きなキャラだったが、相手役の群も一生懸命で可愛くて、ストーリーもとても良かった。大好きな一冊。
大人になった和楽は、ドライさが増したような、でも恋に臆病なとこは変わっていないような、そんな印象。ただ群の描いた絵に対してだけは熱くなっていて、描いた本人に会う前から恋に落ちていたのでは、と言いたくなった。
二人の出会い方はものすごい偶然だったけど、その先の道を作ったのは和楽。群にとっては信じられないサクセスストーリーの始まりで、これまでの苦労が見えてくるたびに応援したくなり、ワクワクしながら読んだ。
群は家庭環境から多くのことを諦め、家計を支えることを第一に考えて生きてきた若者。和楽を疑うのも納得と思っていたら、急激に懐いてほっこりした。尻尾ブンブンが見えそうな素直な感情表現をしてくれるキャラで、和楽も育て甲斐がありそう。
家出からの流れは、とてもドラマティック。地球上のどこにいるかも分からなかった群を、一枚の絵から探し当てるなんて。心理描写も情景描写も心に刺さる文章で、何度でも読みたいと思った。
あとがきのおまけSSは、早速年下彼氏群のワガママ(?)を聞いてあげる和楽。伊織は当て馬要員だったのか、掴めないキャラな気がしたけど、スピンオフの匂いは醸し出してたと思う。新刊出ないのかな。
さらっと軽く読めるお話だと思う。最初は羊のワガママ坊ちゃんぶりに驚くが、根が良い子なのはすぐ分かるので読みやすい。さらに何より相手役の一色が強すぎて、羊が何をしたところで、という感じなので微笑ましく見ていられた。
羊は一色限定でトンデモ発言を繰り出しており、後からあれは甘えだったのかな、と思った。お金持ち学校に通いながらも庶民感覚を失っておらず、それなりにふらふらしてそれなりに考えてる高校生。たまに直情的になるのは若さゆえかな。
一色は仕事モードとプライベートでの態度が違いすぎる。BL的にオイシイ設定っぽいが全然萌えないギャップ。ただキャラとしてとても面白く、コンシェルジュとして・大人として・恋人としての言葉をしっかり分けてる感じが良かった。
山場は誘拐現場に攻めがバーン!を一穂さんも書くんだ、と笑った。そこからあっさりくっついたけど、一色の羊への躊躇の無さは意外。あんなに性急に制服着た子供に手を出すとは思わなかった。ページ数の都合かな。
後半は一色の嫉妬に萌えられたら良かったが、和楽がとても魅力的に見え、嫁子の最期のメッセージに泣き、主役カプよりそちらの印象が強く残っている。一色と羊は放っておいても勝手に幸せになってる、と確信が持てるからかも。
一色に絶対的な信頼を寄せる羊と、羊といると楽しいと笑う一色は、これからどんどん良いカップルになっていくんだと思う。歳の差を感じないくらい大人になった二人も見てみたい。
身も蓋もない言い方をすれば、女から男に乗り換えるノンケ男のお話。何も簡単には進まないし心理描写も丁寧なのに、暁行が遥を“恋人”として選ぶ流れに納得感がない。リアルとファンタジーのバランスがいまいちに感じた。
合間合間に暁行の独白ブログを挟む、懐かしさあふれる雰囲気。彼女の真希と友人の遥とはもうそれなりの長さの付き合いで、どちらとも関係は深い。物語の始まりは、遥が暁行に告白したところから。
BLだから仕方ないが、描写もその丁寧さも最初から遥にだけ寄りすぎで、違和感がある。自然に結婚を思い描くような彼女という設定なのに、暁行の心理描写の中で真希は全く存在感がない。さらに遥が性欲の対象外である点への踏み込みもない。
丁寧に書けば書くほど作者のBLに持って行きたい圧が見えてくるようで、キャラを捻じ曲げていないか不安になる。読みたいのは無理矢理男同士をくっつける話でなく、キャラ本人の感情で相手を選んだと思える恋物語。
描写不足に不満を抱く場面は何度もあり、でもここをきちんと描くとBL読者のウケが悪くなると分かってしまうところばかりで、BLというジャンルの縛りの多さを実感した。そもそも暁行のノンデリ程度で賛否分かれそうなとこあるし。
一夜の過ちを犯す心境が分かると言っていた暁行は、その伏線を回収するかのように、いつか自身の言葉通り“うっかり子どもをつくって”しまいそう。遥との十年後より、そちらの未来の方が容易に想像できると思った。
表題作の終わり方と、そこから遥視点に切り替わる構成がとても好き。
知らずに読んだが「オールトの雲」のスピンオフでちょっと得した気分。とはいえあの大地がこっち方向にやんちゃに育つとは。BLの相手が昴なのも驚き。後半の昴の怒涛の心理描写に圧倒された。このキャラめちゃくちゃ考えるやん……。
インパクト大な登場をかました大地は、思ったよりあっさり昴に落ちていた。口調はチャラく振舞いも軽いけど、一人に決めたら一直線。さすがあの高梨家の次男な感じで、思慮深く察し力も高い。たぶん将来有望なスパダリ候補。
前半の大地視点はさらっと読める雰囲気で、一応くっつきそうなとこで終わる。昴視点に移ると、ここからが本番だったのか?ってくらい軽さがなくなった気がした。昴が大地だけを見るようになるまでが、とても丁寧に描かれていた。
後半から始まる昴の心理描写は、まるで相手を実験体のように観察している雰囲気で、興味深く読んだ。それにしても初恋相手への感情がそこまで尾を引いていたなんて。個人的に恒に好感が持てず、相対的に大地の好感度が上がっていった。
初恋を終わらせ、全部を大地に向ける昴の描写がとても良い。この二人は末永く幸せに暮らしていく未来が想像できる読後感でほっこりした。
心配だった「オールトの雲」の流星と太陽も仲良く過ごしているようで、ほっと安心した。もっとこの二人の様子も見てみたかったな。
そこはかとなく切なさの残る読後感が好きだった。学生で遠恋状態のまま終わるので、その後の二人はハピエンでもお別れでも納得してしまいそう。切なさを煽ってくるような文章も良かった。
家が隣同士の幼なじみ二人のお話。太陽視点だが、太陽の内面だけでなく、流星の中で太陽の存在が大きくなっていくのがよく分かる。流星が辛いときにそばにいたのはいつも太陽で、その背景には太陽の家族の存在が大きく、高梨家の雰囲気がすごく良い。
序盤で太陽の母が作ったお弁当を大事にしまう流星を見て、好感度がぐっとアップした。絶対良い子。流星は太陽本人はもちろん、ずっと隣で見て来た高梨家で育った太陽、ってとこも大事なんじゃないかと思った。
二人は好き合って身体もつないだけど、関係性は恋人なのかな。流星の想いはそれ以上な気がするし、太陽の気持ちは流星のそれに追いついていないように見える。でもどちらも同じくらい家族になりたい気持ちはありそう、というかあったら良いな。
高校生にしてハワイと日本の遠距離恋愛になってしまった二人は、八か月後にやっと再会。言動で誤解を招きやすい流星は、絶望的に遠恋に向いてなさそうで、今後の二人の仲は太陽次第になりそうで怖い。流星が卒業して日本に戻るまで、どうにか続いてますように。
好きだったのは、表情を比喩表現で描写する文章。そこから相手の感情が流れ込んでくるようで、何度も切なさを味わった。綺麗な情景描写もとても良かった。
とにもかくにも粘り勝ち!って感じかな。あそこまで酷い対応をされ続けて、よく縋り付いていられるな、というのが正直な感想。恋愛でないところの三角関係がどうにも不快で、兄が受け付けず、あまり楽しめなかった。
子供時代に拾われた雪と、なりゆきで雪の名付け親になった藤堂と、二人の支配者ともいえる兄の令輝。この三者の関係性が果てしなく気持ち悪い。雪も藤堂も雁字搦めで鎖に繋がれ、ただの傀儡でしかない。
特定の人間の支配下にある二人が、実は両片思いだった的な流れになっても、結局は令輝の手のひらの上。最後の雪の涙でどうにかこの嫌悪感を拭えて良かったが、紙一重のギリギリのラインだったと思う。他人に従うしかない二人を見ていてもつまらない。
雪と東堂は唐突にくっついてびっくりした。藤堂はずっと押してたけど、雪はツンデレを超える態度の悪さで、執着する藤堂の趣味が悪いとしか思えない。いくら好きでも、藤堂の許容範囲は広すぎる。そして雪は拗らせるにも程がある。
なんだかんだで遠恋を回避したっぽい二人が今後上手く行くかは、藤堂の忍耐力にかかってるのかな。「俺はスカベンジャーだよ」とか回転盤の刺青とか、ちらほら中二病か?とツッコミたいところもあり、ハマれなかった。
ただこういう人間関係は、小説だからというか、フィクションだからこそ興味深く見ていられる感があり、自分の日常とは決して交わらないこの距離感がとても良かった。
公営カジノのお話ということで(?)、設定もストーリーも登場するギャンブラーも真面目だった。複雑な背景を持つ二人がくっつくまでがとても好き。後半のマカオ旅行編はおまけのような感じ。一穂さんのSSでないあとがきが新鮮だった。
メインカプは従兄弟から義兄弟になった逸と一哉で、現在はカジノディーラーとカジノ広報担当公務員の関係。一哉の方は素直に恋心を表現しないが、子供っぽく嫉妬したりと分かりやすくて可愛い。逸の方はいろんな感情が混ざってる感じがあり、家族以上の関係になるのは絆されたからかな。
一哉を引き留めるための逸の一大決心は、次第に目的を忘れて楽しむ二人の描写になっていき、とても良かった。人並み以上の動体視力という設定も面白く、ポーカーに勝つための記憶力はゾーンに入ることで得ている点も緊迫感があり、引き込まれるシーンだった。
当て馬も魅力を振りまきながら一哉を刺激してくれ、良い感じに萌えさせてくれた。でも一哉はブチ切れる前に、もう少し分かりやすく好きアピールが欲しかった気もする。
カップルになった二人と両親のマカオ旅行は、正直微妙だった。独特の関係を維持する親夫婦と、その捉え方で対立する一哉と逸。ワケありなポーカー対決は面白かったが、全体的に萌えるところがなく、見どころは親に持って行かれていたような。
とりあえず二人の仕事については、元の場所に戻れるようで一安心。兄弟がじゃれている雰囲気そのままのカップルで良かった。
一束と圭輔、良時と密と十和子、西口と碧、冬梧と望の各カプのページ割合は1巻同様かな。相変わらず西口と碧パートはとても平和で、間に挟まれる清涼剤のよう。一束と圭輔も転勤による遠恋展開はまだ先のようで平和だった。
一束と密が再会し、良時に二人の過去を勘付かれたようだったけど、密と良時の関係に影響はなさそう。一方、一束の方は12時間もかけて圭輔のもとに飛んで行く。この二組のカップルの両極端な感じが面白い。
密と良時は、どこまでいっても三人なんだな、と思った。この二人で恋人同士で身体の関係もこの二人の間にしかないが、十和子がいないと崩れる繊細なバランスを保っている気がする。既存の言葉では言い表せない関係に見える。続編を読めば読むほど不安になる不思議。
このシリーズの新刊はもう出ないのかな。掌編集という位置づけの一冊にしては、スッキリしない気持ちが残ってしまったので、もう少し読みたい。あと欲を言えば、冬梧と望の番外編も読みたい。
シリーズ四作分の前日譚・後日談や作中エピソードの別視点バージョンなど。悪友三人組周りのお話多めで、冬梧と望はほぼ出てこず。他にサブキャラの秘密や気になっていたアイテムの行方が分かってスッキリできたりも。
各作品の補完と萌えの補給ができるおまけ本のような一冊だった。
一束と圭輔は、その後が一番気になるカップル。圭輔は仕事柄転勤は避けられず、そろそろ次の場所に移る日が近付いてるが、一束は香港を離れる気がない様子。もし遠恋になるなら、そんな二人もぜひ見てみたい。
この二人のエピソードでは「after you」がとても好き。一束に内緒でフィリピンパブでの懇親会をセッティングした圭輔が、あっさりバレてあたふたし、軽くお仕置きされるお話。一束がちょっと佐伯っぽくて面白かった。
碧と西口の日常はあまりにも平和。笑っちゃうほど穏やか。ぴりっとしたお話の後に、清涼剤のように挟まれるこの二人のエピソードに、ほっと癒やされた。碧のマイペースぶりが相変わらずでなんだか安心。
変な感想だけど、みんなしっかり生きてるな、と思った。全てのエピソードに後付け感が無く、本編の作中世界と時系列の矛盾も無く、綺麗にはめ込まれていく感じが心地良い。
描かれていないこの先も、ちゃんと彼らの世界は続いていると思わせてくれる、それがとても嬉しかった。
突拍子もない出会いから、あそこまで大きな出来事に発展し、かつ切ない経緯を辿ることになるとは。十七年を経て再会後、やっと二人が自由になり、初めて真っ直ぐ向き合える状態になれた結末に泣いた。
シリーズ作品で、時系列でいえば前三作のずっと前のお話(他を読んでなくても問題ないと思う)。新聞記者の冬梧と製薬会社勤務の望。一見、ただの偶然で交流が始まった二人に見えたが、二人だけでなく、関係する多くの人の人生に影響を与える出会いだった。
亡くなった想い人を忘れないままの望に翻弄される冬梧は、ふわふわした恋心を自覚するかしないかのタイミングで、衝撃的な事態に陥る。人と人との運命について考えたくなるような展開。これが決してロマンチックな意味でないとこがすごく好き。
あんなことになってしまえば、冬梧の中に望がより一層強く刻み込まれるだろうし、人生が一変したと言えるかもしれない。望に出会わなければ、冬梧の人生は全く違っただろうし、無難に結婚もしていたかもしれない。そうした因果に感動を覚える。
十七年後の再会は、劇的でも運命的でもない。ただ、望が支えて来た人たちの協力あっての結果で、それは望の十七年の成果でもあるのかと思った。
巻末の望視点の短編では、シリーズ四人目のバツイチ男が完成しそうな気配。あっちでもこっちでもよく離婚するシリーズ。まあこちらは円満離婚だし、可愛い親バカぶりは継続しそうでほっこりできた。
毎度思うが、一穂さんの作品は読後の感情を言語化するのが難しい。確かなのは、良かった好きだったということくらい。ココが好き、という点もあることは分かるのに、ぴったりの表現が見つからない。だから次も読みたくなるのかもしれない。