2人の間に亀裂が入るような出来事は起こらないけれど、矢野の父親の存在感が大きい巻でした。矢野に連れられて家に来た志筑、バーを継ぐため奮闘する志筑に厳しいだけでなく、矢野にもなかなか息子を褒めるような言葉をかけない彼に、死ぬ時後悔しないかしら、なんて余計な心配をしてしまうほど。それでも、妥当なことを言っていると冷静に受け取れる志筑や、志筑ではなくて自分が今まで感じてきた不満をぶつけなきゃだめだ、と父親と向き合う選択をした矢野は、大人だなぁと感心しました。ハードスケジュールで志筑が熱中症にかかるシーンもあり、この経験を忘れずに矢野のためにも健康は大事にしてほしいと強く思います。体が壊れるまで無理をするのはけっして美談ではありませんからね。試練の巻でもありましたが、お互いの溺愛っぷり、欲情っぷりは相変わらずなのでもちろん萌えもたくさんありました。
非BLで最後まで匂わせるような描写もないので、BLを期待して読むべきではありませんが、意図せずルームシェアをすることになってしまった社会人男性2人の同棲生活がリアルに描かれていて、絶妙な距離感が素敵だなとほっこりする作品でした。営業部の青井が外面はいいけれど家ではだらしないのがまた現実的だし、情報部の轟はコミュ障だけど料理もてきぱきこなせる生活力が高いところにギャップ萌え。最初はぎこちない2人だけれど、だんだんお互いの存在に居心地の良さを感じ始めて、同棲生活ならではの楽しみも見出して。だけど恋人なわけでもないから部屋が空いたら同棲は解消し、時々近所のよしみで一緒に運動するのを楽しみにする。つかず離れずの距離感がBLとはまた違う満足感を与えてくれました。
これはまた複雑な三角関係で……。いや、とっても分かりやすい関係性ではあるんですが、読者の心情としては複雑なものが、という意味です(笑)。最初、シャガールをあり余る体力のまま犯しさっさと旅立つルソーに、嵐のような奴だったなぁと思い、次に現れるフィオがそれはそれは天使というかもはや赤ん坊に見えて、母性本能をくすぐられるのですが。フィオとシャガールの穏やかな教育の日々に慣れた頃、ルソーが戻ってくるんですね。フィオみたいにあからさまなシャガールへの好意は見せないけれど。長年築いてきた熟年夫婦のような関係性、フィオと比べるとずっと大人に見える立ち居振る舞いにドキッとしてしまいました。多分フィオとくっつくんだろうなぁと思いつつ、下巻でもルソーと絡んでくれると嬉しいなと。つた子先生のファンタジー、絵も綺麗で満腹になりました。
うーん、濡れ場や2人の色気に関してはまったく不満はなかったのですが……。なんというか、ギャグに全振りな作品なら気にならない箇所が、そうではない作品なのでたまに引っかかってしまい。プロの脚本家なら、現場でそれぞれの俳優が一生懸命演じているのだから、香だけでなくちゃんと全員を見て指導するなり軌道修正するなりしてほしいな、と司之介の仕事への姿勢が好きになれませんでした。まして若手には特にモチベーションを下げるような接し方をしてほしくないなと。完全にギャグ寄りのBLなら徹底した香推しぶりに笑えるんでしょうけれど。あと海香には家族とまで言ってもらっているのだから、彼女の晴れ舞台は純粋に応援してあげてほしかったなと。崇拝からもっともっと対等な関係性に落ち着いてくれるといいなと思います。
池先生らしい、ギャグとシリアスとエロがバランスよく詰まった作品でした。芸能界は癖の強い人がまだまだ多いでしょうけれど、今はいろんなことに敏感になっているので、特に俳優は当たり障りのないことを言う方が多いように思います。一方この作品は、現代の芸能界でありながら皆好き勝手発言しているところが面白くて好感を持てますね(笑)。香のぶっ飛んだ色気や、司之介のまったく隠すことのない香への称賛っぷりには笑ってしまいました。タイトルから息子が主人公なのだろうと想像していたら、全然違う方向に進んだのにも驚きました。司之介の乙女っぷりにまだついていけないところもありますが、続きが楽しみです。
田舎暮らし、寂れた神社を舞台に描かれる切なく一心な愛情がとても素敵だったので、もう少し長く楽しみたかったなぁと思い、この評価に落ち着きました。主である神様にも、対となる存在の吽形にも去られ、1人孤独に妖となりかけていた狛の痛々しい独白には胸を打たれました。人間ではありませんから、気が遠くなるほど長い時間を共に過ごせる存在は、私たちの考えが及ばないくらい大切なものでしょう。そういう意味では普通の人間の伊月では、神様や吽形のように狛と同じ長さを生きて満たしてあげることはできません。けれど、お互い相手に対して悔いなく生きられた時、どちらかが遺されても相手の思い出と心穏やかに過ごすこともできるのでしょう。短いページ数で清々しいほど綺麗にまとめられていた物語でした。