前巻のラストで感情を曝け出した2人でしたが、よし恋人になろう!と踏み出したわけではなかったので、特に藤次の方は八千代とどう距離をとっていいか分からず、らしくもない気遣いをしてばかりな序盤がもどかしかったです。八千代は藤次には藤次らしくいてもらえたらそれでいいと思っているけれど、藤次だって大人になって聖人との関係も経ていろいろ成長しているし、子供の頃のように奔放に振る舞うことはできないですよね。
でも、だからこそ八千代が距離を詰める余地も出てくるわけで。藤次が八千代のために空けておいてくれる隣に今度こそ立てば、大人になった2人が居心地がいいと思い合える新しい関係性に進めるかもしれない。昔のままの臆病さも寂しさも抱えたままでいい。八千代からは言い出しにくいだろうから、まずはいつも藤次が行動に移して、それから八千代が本当にこれで大丈夫かな?と不安がっている藤次を安心させるように、ありがとう、嬉しい、とついていく。そんな2人の一歩ずつ相手を確認しながら前に進んでいく過程が、とても愛おしいなと思える、そんな作品でした。
こういう空気感の作品、結構好きです。再会したのをきっかけに、過去と現在の2つを軸に、自分と相手の気持ちにじっくり向き合うようになる八千代と藤次。八千代は結婚し、藤次には同性の恋人がいて。元々ノンケだったはずなのに、親しい同性に告白されたことで当たり前だと思っていた世界が崩れ、後々同性と付き合うことになるなんて皮肉ですよね。
何かにつけ相手のことが思い出されるということは、気持ちが前に向いていない証拠。でも、その事実に向き合うのは怖いし、じゃあいざ本人に会って再び親しい関係になろうとしても、何のしがらみもない友達でいれる自信もなければ思い切って恋人になる勇気もない。相手を大切に想う、元気でいてほしい、という気持ちだけじゃダメなのか。それが愛でいいじゃないか。その先は分からない。お互いが納得して相手のそんな愛を受け取る余地があるのなら、手をとってみてほしい。淡々としたラストが素敵でした。聖人の選択した愛が、藤次に大きな一歩を与えたのだと思います。
リチャードから暁の母親であるリリーとの過去が明かされ、アルと同様に感傷的な気分になってしまいました。暁からしたら顔もよく知らない母親が亡くなったって悲しむ方が難しいでしょうけれど、だからといって2人を引き合わせることを妨げていい理由にはならない。リチャードが今暁をこれだけ大切にしている理由がよく分かりました。一方、日本への帰国を巡って暁とアルは大喧嘩になります。暁の言い分は理解できるけれど、それってこれからも気が遠くなるほど長く生きなければならないアルを置いていく理由になるのかな? 私は短い間でも大切な人と過ごした思い出がある方が生きていく糧になると思うけどな。やっぱりそれはアル自身が決めることだと思う。もう一度会える日が来るのを心待ちにしています。
アルの撮影現場では結構な波乱が起きて、若干ミステリー要素も感じられます。ただでさえ演技初心者で顔が割れないように気を付けなければならない立場で大変でしょうに、こんなことまで起きてしまってアルの精神は大丈夫なんだろうかと思いましたが、想像以上にタフで、自分よりも他人の方が心配なようですね。いくら不死身といっても痛みは感じるし、心は傷付きますが、そういうところは暁がいてくれればカバーできるのかな。相変わらず分かりやすい言葉はかけない暁ですが、室井の父親にエンバーマーとしての誇りをもって語ったり、アルの大事には飛んできたり、人間味ある描写も増えてきて嬉しいです。
とにかくきらきらしていて、2人とも可愛くて愛おしい、そんな感情が溢れてしまうような下巻でした。こんなにシンプルな描き方だからこそ、刺さるのかもしれません。2人の表情や感情だけにフォーカスできるから。死ねとか殺すとか、きつい言葉をかけ合うのもリアルな男子高校生像ですし、相手が何気なく吐いた言葉に感じたことをちゃんと言葉にして返すところも幼馴染ならではで、そういうラフに見えるけれど実はとても丁寧にキャラクターを動かしているところが素敵だなと。
佐山の母は息子の相手が同性だからいろいろ確認したわけではなく、たとえ異性であっても互いの感情がすれ違っていないか、大事な息子が傷付かないか、同じようによその家庭で大事に育てられた相手が傷付けられないか考えただろうと思います。とても思いやりのある母親だと思う。それに対して堂々と、覚悟なんかしなくてもいい、安心して自分を好きでいたらいいと返せる真山の、おちゃらけているようで実は誰よりもまっすぐ世界に向き合っている真摯さに、佐山はきっとこれから何度も救われ、愛情を深めていくだろうと思いました。
初めて読んだ作家さんでしたが、タッチもラフで可愛いし、台詞もちょっと気怠い空気が常に漂っているのがリアルな男子高校生感があって、こういう雰囲気好きだなぁと思いました。親友以上恋人未満からじわじわ恋人へなっていく過程の上巻。2人ともなんとなく流されて関係性が進む、みたいなところがまったくなくて、どんな時も自分の気持ちを正直に言い合えるところが本当の幼馴染らしくてよかったです。ムカついた時にムカつくと言えるのって健全ですよね。キスも最初からディープキスに至らないところがちゃんと初めてらしくて可愛い。本気で好きだからこそ、最初はこんなものだと思う。そういう描き方が好きです。