「俺を支えてくれた力で、ちゃんと自分を幸せにしてほしい」
整が和章のために残した約束のゆくえはー。
藤澤和章は変な人だ。(変=普通と違っているさま)
手先が器用で、小学校の頃作った貯金箱で総理大臣賞をもらい、
プロダクトデザインの仕事は顧客の心を掴み成功をおさめている。
けれど本人は自分が欲しいもの、使いたいものを気ままにつくってきただけでそれに一定の需要があっただけだという。
テレビがきらい。ビニール傘・煙草・生成りか白以外のタオルやリネン・
無地じゃない洋服(ワンポイントも駄目)・写真や絵入りのカレンダー・
携帯ストラップ全般・隙間収納用品・突っ張り棒・フェイスブックがきらい。
あやふやや曖昧、社交辞令がきらい。他人に無関心だが、まじめで融通が利かない。潔癖で頑なな自我を持ち、低体温で平坦・・・。(ふったら&本作参照)
そして、ずーーーーーっと半井整が好きだった。
和章は自分が嫌いなので、好きなものは自分よりも大事。
整をイメージして製品を作っていたので、別れて以来制作活動は停止。
整を傷つけた自分自身を許せないし、許したくない。
しかし石蕗柊と出会って和章は変化していく。
石蕗柊は可愛い。
金茶の髪と緑の瞳。基本的にポジティブで素直。心優しい。
祖父と植物が大事。
頭で考えるより、身体感覚を尊重する野性的な面をもつ。
無防備で、世間知らずな青すぎる潔癖を内包している。
和章のにおいに反応したり、嘘を見抜いたり、
信頼した人には一切警戒せず、まっすぐに信じる強さがある。
石蕗次郎も藤澤和章も柊に好意的な視点なので、その可愛さが尋常じゃない。
好きになりたくないと思っていても抗えなかったのは無理もないと思う。
(恋に落ちた和章の甘さは予想を上回る糖度、柊の羞恥と素直さに悶絶)
約束は守られ、整には一顕がいて、和章には柊がいる。
裏切りと別れによる悲しみ、許しと出会いの喜びが詰まった一冊。
「ふったらどしゃぶり」から「ナイトガーデン」へと刻々と流れる時間を一顕と整、和章と柊が生きる。
「あわ」
社員旅行で伊勢神宮へ、事故の後遺症で車に乗れない整は一顕という精神安定剤と共にタクシーを無事に乗車する。交通安全のお守りの悲しい思い出が優しく色を変え、一顕が贈った赤いお守りは整の心臓を温め続ける。
親しい同僚に赤ん坊が生まれて、その幸福の形が自分とは縁遠いことに世間との隔たりを感じ寂しく思う一顕。
しかし整と生きることを自然と選ぶ一顕の強さに、整の幸せを確信できるようで嬉しい。
幽霊の出る部屋で、さみしい海女の声を聴いた一顕が、最期は一緒に逝くことのできない寂しさを思うところが胸を締め付けられる。
「ひかり」
東京へ引越す2週間ほど前に、柊は祖父の遺品整理もかねて大掃除をする。すると古い8mmフィルムが発掘されて・・・。
祖父の不在に慣れ始めた柊が『悲しいが人生の必要というものだ』と思う強さが好きだ。
その前向きな強さが和章の弱さを支えてくれるだろうから。
8mmフィルムをみて、会いたいと願い、触れられなくてもあるといまはちゃんと知っていると泣き濡れる姿も愛おしい。
映写機にやわらかな手つきで触れ、石蕗先生の気持ちを柊に語りかける和章の姿にはいまの幸せが表れている。柊を好きになったから得たものを、和章は柊に返す。
柊は和章を全幅に信頼していて、そのことは和章にとって幸せでしかないだろう。
普通の尺度で考えるとすこし歪な気もする二人なのだが、幸せの形はそれぞれ違っていていい。歪んだ分だけ愛しく想えることもあると教えてもらった。
「In The Gareden」
弔問に訪れた石蕗家からの帰り道、小さな希望を孫に託して整は過去の幼馴染みを想う。そしてその胸には一顕からの赤いお守りがある。すこしずつ繋がった物語が綺麗に終結して清々しい読後感が残った。
時の流れは敵でもあり味方でもある。
まるで友人に願うように未来に幸多からんことを願って。
「月の夜っていうのはつまらない――――」
ワンフレーズだけが頭に浮かぶが、なんの本だったかは思い出せない桂。
学校でトラブルを抱えて電話が鳴るとすぐに出て行く桂と志雄の間にわだかまりが落ちる。志雄は自分が置いてけぼりにされる現状に耐え、桂が疲労していくのになにもできない自分を歯がゆく思う。
せめて思い出せない本を見つけて喜ばせてあげたいと探し始めるのだが・・・。
不平不満を漏らさず耐え、桂の心配をする志雄の姿が切ない。
桂は問題を抱える生徒に懸命に向き合うが、志雄をないがしろにしている現状や解決しない問題に疲労していく。生徒の存在をうとましく思う気持ちがあるだろうに決してそんな姿を志雄には見せない。そんな先生としての桂を志雄は愛している。
終盤、桂のために志雄は嫌な台詞を口にする。決して言いたくはないだろうに懸命に笑いながら、そんな志雄に桂はどれだけ救われているのだろう。
「俺は、時間も労力も、俺の男だけに使いたい」(雪よ~)という台詞、有言実行だ。
優しい恋人たちの切ない夏。
栫も登場。探していた本を志雄に教えてくれるがそれだけでは終わらない。
さすが栫!身近には決していてほしくないタイプだが読者としては大好きだ。
※閲覧注意※
ネタバレが苦手な方はご注意ください。
『ナイトガーデン』本編後の話。
和章視点。
和章は影が嫌いだった。
薄い闇は己の怠惰や嫉妬や憎悪がしみこんでいる気がするからだ。
決して自分から離れない影は、自分の『悪いこと』をすべて知っている気がして怖かった。
整は昔、ある漫画(影を影武者にして使役するうちに主従が入れ替わるという物語)を怖がっていて、その対処法(隠すor捨てる)をめぐり価値観がすれ違った。
整の恋人(一顕)は、それをすんなりと受け止められるのだろう考えると胸がすこし痛むけれど、整がいま幸せなのだろうと思うと大きく安堵してとても嬉しい。
柊との間でもすれ違いはある。でも整のときのように隔てられた感覚はなくて、むしろくすぐったくて心地の良い気分にさせられる。
新しい家の寝室には大きな窓があった。
月が巨大に輝く夜、ブラインドを閉めずに柊を抱く。
月明かりに照らされた柊を『きれいだ』と思い
今まで感じたことのない様々な感覚を覚える。
柊によってもたらされる新しい種から咲く美しい花たち。
体を繋ぐ間、緑の瞳はおそれや興奮やもどかしさを次々と映し出して輝き、言葉がないのに雄弁に「愛している」と伝えてくれるから甘い陶酔に誘われ溶けていく。
シーツや壁に映るふたつの影も、生身の肉体では決して交われない部分までひとつに溶けて交歓を分けあっている。
その影を見て、自分の影と柊の影が重なりあいひとつの影となるならば、
もう影は怖くはない、と和章は思った。
眠る前に他愛もないことをぽつりぽつりと話す。
朝その会話を照合すると、どこで会話が途切れたのかいつも意見が食い違う。
以前の自分ならば曖昧やあやふやは嫌いで受け入れ難かったに違いないのに、柊とふたりで交わしたぼんやりとした柔らかな会話を愛している。
柊は『光』だ。石蕗先生の言葉通り、和章が長く闇の中にいたからこそ光はより鮮烈で美しく感じられるのだろう。
何気ない、けれどまぶしく輝く日々の幸せを謳った掌編。
ふたりで過ごす、甘い日々がたまらなく愛しい。