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病んだ男

一気に読みました。引き込まれて読んだし、評価は「萌え」になっていますしが、引き込んだものは萌えとは別のものでした。

攻めの河瀬は人間が小さい奴でした。
商品企画部への異動を餌に上司柴岡に体を要求され、シャワーを浴びながらの「ホモの変態。クソ野郎ッ」の悪態も小声で、聞こえないように気を使いながらという。(^^;)
まあ、本当に嫌なことを我慢して、自己嫌悪にまみれながらそれ以降も過ごしたというのに、結果異動したのは別の人だったというのは気の毒ではあるけど、柴岡を殴りとばして(ここまではよし)車道によろけたところを車にひかれたのを見て、逃げてしまう。(これはアウト)
結果的には柴岡は死なずに3ヶ月後に退院しますが、その直後に河瀬は商品企画部への異動を告げられます。
「君は若くて実績もないけど、前部長の強い推薦で決まった」と。
合わせる顔もない河瀬ですが、北海道に転勤になっていた柴岡と再会。
やがて会社をやめるという柴岡と東京で再び会い、柴岡の病んだ心を知ります。
健康保険証やカードをみんな捨てて、身元不明で死のうとする柴岡を、どうしても放っておけない河瀬。
死のうと決めていた日に死ねなかった柴岡は、目が見えなくなり、ますます放り出せなくなってしまいます。
嫌だけど一緒に暮らす日々の描写がリアルで、木原さんらしさに溢れてました。
柴岡は最初から河瀬を好きだったんでしょうが、河瀬の方は結局ひどくやっかいな病んだ男に絡め取られたような気がしてなりません。この後も結構苦労しそうな気がします。
擬態した状態でお付き合いするにはいい人なんですが、本性はかなり恐い人ですから。

一度でいい。抱いてほしい。一生大切にする恋の形見が欲しい。

親友に対して秘めてきた片想いの話です。こういう話は大好きです。
小学生の頃から親友の信一を密かに想い続ける俊。何も知らない信一は、恋の悩みを俊にだけは打ち明け、俊の方は親身になって相談に乗るふりをしながら、心の底では信一の恋がうまくいかないようにと願うような生活を続けてきました。
親友だからこそ、好きになった女の子のことなんかもみんな知ってしまうという、なかなか切ない片想いです。
女の子に恋する信一の恋人になど、自分は絶対になれないとあきらめてきた俊だけど、ある日、カップルで参加するイベントに明日行けそうな女の子を紹介してほしいと頼まれた俊は、自分がその女の子、のぞみになることを決心します。一日だけ、形だけでいいから、手をつないで恋人みたいに過ごしてみたいという願望に負けたわけです。
女装した俊を見たら、笑うか怒るかだろうと思っていたのに、なんと信一は少しも気付かず、それどころかのぞみに恋をしてしまいます。そして、そのイベントで偶然会った信一の従兄正樹までが俊に恋してしまい……。
この正樹が、この話で重要な役割を果たしていて、この人なしではこの恋は成就しなかったでしょうね。
のぞみの正体を知って激怒する信一をいさめるのも、傷ついて泣く俊をなぐさめるのも、果ては二人の仲をとりもったのも、結局この人でした。
彼が下心を持って携帯してきたものまで、バッチリ役に立ってしまったし。(笑)
「君が好きだから、いっそ信一を縛りつけてここに持ってきて、プレゼントしたいくらいだ」という正樹のセリフに惚れました。
正樹はちょっとかわいそうだったけど、俊は長い片想いが叶ってよかったね、と幸せな気持ちになりました。

友情から恋へ

秘めていた片想いが叶う話は大好きです。
大学生の暁行は、友達のハルに、突然観覧車の中で告白されて戸惑います。
ハルのことはずっと付き合っていきたい友達だと思っていたのに、相手は自分のことを恋の対象として見ていた。
ちゃんと彼女もいて、男相手に恋愛なんか考えられない暁行は、その戸惑いをブログにつづります。
このブログは、読者の想像通りの役割を果たすんですが、この辺りもうまいです。
暁行視点だけど、読者にはハルの切ない感情がちゃんと伝わってきて、心の中でハルを応援してしまいました。
藍染めの熟練した技を持ちながら、その家業を捨てて、妻子のために慣れない旅館業に入る兄の話もとても現実的で、派手さはないけれど、とてもいい話でした。

あとがきの後に収録されている「愛より甘く」は本当に甘いおまけストーリーでした。
切なさの後はちゃんと甘さが入っている用意のよさも○。

軽妙な文章で書かれた切ないストーリー

前々から気になっていた本の新装版です。
全体に軽妙な文体で書かれた、でも内容はとてもいい物語でした。

『サミア』
自分だけがサミアを殺せる。今自分が殺せなかったらサミアはもう永遠に死ねないかもしれない。
そんな状況の中で、それまで普通の高校生だった友則は迷います。
ひとりぼっちで宇宙をさまよい、友則が生まれる前からずっと友則のことばかり考え、愛していたというサミア、そういう彼をいつの間にか愛してしまう友則、友則の親友で、密かに友則に惹かれている貴志の三人模様がとても切なかった。
読んだ後ちょっと『星の王子さま』を思い出しました。

『いつか地球が海になる日』
『俺は変態である』という一文から始まったので、最初は「これはなんだ!?」と思いました。
文章もギャグ調だし。
でも読み進めてみたら、これは本当に切ない物語でした。
男を泣かせたいという強い欲望を持った主人公七宮と、彼に近づいてきた同級生仁科のラブストーリー。
七宮は最初は仁科を遠ざけようとするのだけれど、そのうち仁科を泣かせたいという強い願望を持つようになります。
やがて泣かせたいという七宮の望みに反して、ある日事故のように抱かれてしまい、こんなはずではなかったと混乱して、「俺はおまえを好きじゃない」と言ってしまいます。
そして男を泣かせたいという願望の正体が明らかに。
変態な同級生武藤真弓がいいキャラクターでした
小学生の頃の作文は泣けます。

『ミルク』『ミルクの後で』
カフカの『変身』はある日目覚めると虫になってましたが、これは同級生瀧又が飼うハムスターになっていたお話。
ミルクというのは、そのハムスターの名前です。
なんでこんな姿になったのか。
自分は死んでしまって、こんな姿に生まれ変わったのだろうか。
瀧又は何を悩んでいるのだろうか。
小さな姿になってしまった主人公ですが、カッターを手首に当てる瀧又を止め、何とか意思の疎通を図ります。
がんばるハムスターが何ともかわいい、楽しい話でした。

新装版で読めて本当によかったです。
お勧めの一冊。

100年を共に生きる人狼の物語

面白かったです。
でもこれには前の巻があることを、あとがきを読んで知りました。
ちょっと調べればわかるのに、うかつ者です。
でもちゃんと一冊の独立した物語になっていますので。初めてこれを読んでもなんの問題もありません。
スペインの王族アナシス×エジプトで神の子として育てられたガレーシャ。500年を生きる人狼の物語です。
アナシスはガレーシャを生涯のつがいとしてつくしますが、ガレーシャの方はなかなかの女王様キャラでした。
だから最後のガレーシャの素直な告白はアナシスに効いたでしょうね。
前作はこれから読みますが、あと2~3冊は出そうなシリーズです。

猫と遺言

偏屈な祖父が亡くなり、一度も祖父に会ったことがない孫三人のうちの一人がその財産を相続するという物語です。
早くに妻に死なれ、子どもたちにも出て行かれた孤独な老人が残した遺言は、彼が愛した飼い猫6匹の中から「シュレディンガー」という名の猫を指摘すること。
その遺言を見届ける役を務めるのが、美貌の秘書雨宮と、老人の若い友人仁摩。
でもシュレディンガー探しは、この物語の中心ではなくて、時々出てくる老人の日記を読めば、シュレディンガーの正体はすぐにわかります。
悲惨な過去を持ち人を信じない雨宮と、やっぱり誰も信じない頑固で偏屈な老人。
それでも祖父にとっては猫以外にただ一人愛した人間が雨宮なのでしょう。
体の関係はなくても大切に思い、行く末を心配したただ一人の人なのだと思います。
死ぬ間際に、誰も信じなかった自分の人生を後悔した老人ですが、まだ若い雨宮の未来は、愛されることによって変わるのだと思います。

あなたを覚えていられなくて…、ごめんなさい

5年前に事故に遭い、前向性健忘という障害を負った櫂。
18歳のつもりで目覚めたのに、自分が32歳だと知ったときの驚き、13分しか記憶がもたず、次々に忘れていく切なさが、読んでいて辛かったです。
同じテーマを扱った本では「博士の愛した数式」(小川 洋子)も読みましたが、こちらは家政婦さん視点で描かれてました。
「明日も愛してる」は本人視点で、それだけにショックも悲しみもダイレクトに伝わってきました。
常に側にいて櫂を支える悠児の切なさも。
忘れてしまうからそのたびに「初めまして」からやり直す悠児は、それでもなかなか前向きだと思えました。
切ないけどよかったです。

この作者さん、初めて読みましたが、よかったので他のも読んでみたいと思ったのですが……。
97年に1冊目が出て、11年でこの本がまだ5冊目!?
しかもそのうち1冊はノベルズが文庫で出し直されたもので、実質4冊目。
しかも全部絶版で、古本でしか買えないとは。
でも既刊はどれもタイトルを見た限りでは、今回の小説とはずいぶん趣が違うようですね。
これから新作を書いてくれることを期待しますが、かなり寡作な作家さんのようなので心配です。

とても辛い話ですが

「箱の中」の続編です。
先に出所した堂野を探し当て、喜多川が訪ねてくるところから始まります。
六年ぶりの再会ですが、堂野は五年前に結婚し、幼い娘もいます。
ただ一途に堂野を求める喜多川と、自分の生活を大切に思い、喜多川も彼自身の家庭を持ってほしいと思う堂野の思いはすれ違います。
そんなとき、堂野の娘穂花が行方不明に。
堂野は過去にも冤罪を受けて刑務所暮らしをするという不幸に遭っているし、喜多川の方などは生まれてからずっと不遇だったけれど、彼らにはまた不幸な事件が降りかかります。
ひどく辛い話ですが、悲しみの末に堂野が選んだ道は、恋ではなくて愛なのだと思います。
心にしみ入るストーリーでした。

他に2編に収録されています。
『雨の日』は、一緒に暮らすようになった二人の日常。
喜多川の幸せが伝わってきました。

『なつやすみ』は堂野の元妻の息子視点の話。
これもすごくよかったです。
ラスト、泣きました。

一途な執着

辛い話だけど、絶対処分できない一冊です。
痴漢の冤罪で訴えられ、罪を認めなかったせいで実刑を受けた堂野が、刑務所の中で出会った無口な男喜多川。
小さな箱のような部屋に閉じこめられてまともな愛情を受けずに育った喜多川は、他の受刑者とは違う堂野になつき、次第に強く惹かれていきます。
他には何もいらない、堂野だけがほしい。
衆人環視のなかでの強姦におよんだりもします。
そんな喜多川に困惑しながらも、堂野は彼を振り切れない。穏やかで優しい男でした。

書き下ろしの「脆弱な詐欺師」は、先に出所した堂野を探すために、生活と収入のすべてを私立探偵につぎ込む喜多川を、金だけ巻き上げようとする探偵視点で描いています。
だまされていることにまったく気づかずに、自分はカビのはえたパンの耳をかじりながら堂野をさがそうとする喜多川の一途さが悲しく、だからラスト近くの、堂野を見つけた詐欺師に対する「今日から俺の神さまはあんただ」という喜多川の言葉から、彼の喜びが伝わってきて泣けました。

ふたつの病

あらすじを見ても、表紙の雰囲気を見ても、これがギャグ小説だとはわからないですよね。
でも読んでみたらかなりのトンチキでした。(注・褒めてます)
おかげさまでかなり笑わせてもらいました。
作者は木原音瀬さんらしいという予想を読んで買ってみたんですが、読んでみて私もこれは木原さんだと思いました。
本音を言えば木原さんの小説は切なさが好きで、ギャグ調のは自分的にはあまり合いませんでした。
でもこれは面白かったです。
叶野の持病は『痔』。BLの受けとしては致命的な病かもしれませんね。
ラストは手術で痔も治り、めでたしめでたしなのですが、でも彼にはもっと重い病『妄想癖』があって、これは手術でも治らないから今後もいろいろ大変だと思います。
忙しくて会えないと「捨てられたのだ」と妄想して一人号泣したり、グレッグが出向いた場所で事件が起こったら「グレッグは死んでしまった」と自殺しかけたりしそう。
本人も大変だけど、グレッグも心配が絶えないのじゃないかと気の毒な気もします。
叶野の妄想癖はかなりのもので、わずかの間に妄想に入り込んで本気で嘆いたり興奮したりするのですが、それが思いのすれ違いを生んで、切なさもちゃんと味わえました。