樋口先生の作品の中で一番好きな作品です。けど本当に何度読み返しても辛い…。ツバメシリーズの前巻を読んだところで、桂人は救われたけどスタンは?あんな経験をしたのなら、あれだけで救われるとは思えない…と正直思っていたので、今回丁寧にスタンの心の傷について描いてくれてとても良かったです。
今回は桂人とスタンの差異がよく書かれているなと個人的には思ったのですが、何度も読むうちに、桂人とスタンって、やっぱりちょっと似てるかも?と思いました。スタンの、臆病さゆえの言葉足らずな言動によって桂人を傷付けているのは勿論ですが、桂人も桂人で自己肯定感の低さからスタンからの愛を低く見積もって傷ついたりしてるんですよね。スタンより桂人の方が健やかな強さを持ってはいるけど、どちらも自分の評価が低くて、自分に向けられる愛の程度を上手く把握できない、不器用な、似てないようで似ている二人だなと思いました。また、おそらく前回の話で(違っていたらごめんなさい)スタンが成長するアルビーや桂人に対して、焦りや自分だけ置いて行かれたような気持ちを抱いていたように、桂人もアルビーに対して今回似たような気持ちになっている記述があったりと、細かなところで2人の似ているところが書かれているなと何度も読み返してから気付きました。
何度読み返しても、スタンが音楽に取り憑かれたように練習している描写が本当に辛くて。桂人を置いて、スタンは音楽の国に行ってしまうのだろうか。音楽といった、魂が呼ぶものにはどんな人も勝てないのだろうかと考えると、本当に苦しくて仕方ありませんでした。凡人の私には才能ある音楽家の見えている世界がまるでわからないし、音楽に没頭する姿を見ると、美しいと思う反面、神様がその人をどこか遠くへ連れていってしまうような、そんな危機感と寂しさを抱いてしまいます。これは以前から思っていたことなのですが、今回この小説を読んで、まさかこの複雑な思いに対する回答が得られるとは思いもしませんでした。桂人の見つけた、ステージを下りた先にも、人生は続いているという答えに、私自身も勝手に救われました。スタンが音楽の中に桂人を感じたように、ステージの下での人生が、ステージ上での演奏に関わることもある。音楽とは単に孤独で閉ざされた世界のことではなく、多くの人と繋がることが出来る素晴らしいものだと、読んでいて気付くことが出来ました。また、桂人にとって音楽とヴァイオリンは競うものではなく、桂人が愛するスタンそのものという考えも本当に素敵で、この考えに辿り着けるのは桂人の強さだなーと改めて思いました。本当に桂人は凄い。強い。美しい。
スタン、桂人に「それなりの幸せ」って言った時はおい!!なんだその言い方!!と思いましたが、それは桂人の存在がその程度っていうよりも、スタンの中でヴァイオリンが、スタンが自分らしく生きるために必要不可欠なもので、ただ単にその部分が欠落してる状態ってことなのかな〜と思いました。一口齧られた林檎みたいに、一部分だけ足りない状態というか。うまく言えないけど。桂人もヴァイオリンも、どちらもスタンには必要不可欠な存在だと思います。2人が別れたら、桂人はなんだかんだ生きていけそうだけど、スタンはボロボロになるんじゃないかな。
今回、スタンは大きな山を越えたけど、桂人もスタンも、彼らが抱えた傷が完璧になくなるなんてことはなくて、この先人生の思いがけないところでも、彼らの抱えた傷が影を落とすこともあるかと思います。けど、精一杯傷と向き合って、互いに愛して欲しいと縋りつけるようになった2人なら、乗り越えていけるんじゃないかと思います。本当にこの話の先の二人が見たい!続編が来る日を楽しみに待っています。小説charaに載せられた後日談もいつか読めるようになりますように…。