まりぽん812さんのマイページ

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女性まりぽん812さん

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自分の大切なものを差し出す優しさ

表題作の「黄色いダイヤモンド」は、真面目で口うるさいサラリーマン・邦彦が落ちこぼれで子持ちの幼なじみ・勇への長い片思いを実らせるお話です。80ページ弱の作品ですが、“優しさ”についてしみじみ考えさせられて、何度も読み返してしまいました。

勇は深く考えることが苦手なため、お金をだまし取られそうになったり、セックスで邦彦の機嫌が直ると考えて、邦彦を傷つけてしまったりもするのですが、そこには「困っている人を見捨てられない、相手を喜ばせたい」という優しい心があるのだと思います。
涙が止まらない邦彦を残して立ち去ることができず、邦彦の望むまま抱かれる側になる姿は、自分自身を差し出しているようで、読んでいて胸に迫るものがあります。恋人同士になった後、勇が亡き妻の形見の指輪を邦彦にプレゼントする場面では、数少ない自分の大切なものを差し出す姿に胸を打たれます。
多くを持たない勇が見返りを求めず自分自身や自分の大切なものを差し出すことは、誰もができることではなく、すごく尊いことではないでしょうか。
タイトルの「黄色いダイヤモンド」は、そんな勇の優しさを表している気がします。いわゆる勝ち組ではない勇は“ダイヤモンド”ではなくて“トパーズ”かもしれないけれど、その優しさはダイヤモンドの輝きに負けないと思います。それに黄色いダイヤモンドは本当に存在するのですよ。美しい色合いのものは希少価値がとても高いそうです。勇の優しさも同じではないでしょうか。

「教えてあげる」とか「してあげる」といった優しさは、純粋な思いからでも、どこか上から目線になりがちで、相手に受け入れてもらえないものなのですよね。勇のためと厳しくしてばかりの邦彦や、勇の息子・俊一に好意を寄せるお金持ちの秋森くん(同時収録「歯が痛い」に登場)の振る舞いから、あらためてそう感じました。
“優しさ”って、身近な言葉ですが、奥深いなと思います。

優しい二人のピュアな恋物語

刑務官のケインと、犬耳・犬尻尾を持つ囚人H3の、もどかしく切ないピュアなSF恋物語です。
木原さんには珍しくハッピーエンドです。木原さんの痛い話が大好きな私ですが、読後はじんわりと幸せな気持ちで大満足です。

ケインは職場では明るく振舞っていますが、スラム街出身であることやゲイであることを隠しているため、心の中では孤独を感じています。担当した囚人H3は精神体が寄生しており、その人格は宿主のものではありません。宿主の肉体から精神体が吐き出される数か月後まで、ケインはH3を見張ることになります。マジックミラーのような独房で、ケインは外からH3の様子を見たり話し声を聞くことはできますが、H3からは外の世界は全く見えないし聞こえません。白い箱の中に閉じ込められ十数年間を孤独に過ごすH3の唯一の楽しみは恋愛映画鑑賞。登場人物相手におしゃべりする寂しげな姿を見て、ケインは密かにあれこれと世話を焼いてやるようになります。

見つめ合うことも直接話すこともできない、この特殊な状況の中で、二人に恋が芽生えていく過程がとてもピュアで素敵なのです。
ケインがH3を喜ばせたくてH3がリクエストした映画をすぐに差し入れたり、体がかゆそうなH3にすぐ皮膚薬を差し入れたことで、H3は自分を気に掛けてくれる優しい存在が初めて現れたことを知り、やがて恋をします。ケインもまた、一人芝居のように自分に感謝し愛を告白するH3を愛しく思います。見返りを求めず、ただ相手を想い気遣い合う二人のやり取りがとても尊くてキュンとします。

ケインの髪の色を知りたがるH3にケインが自分と同じ髪の色の主人公の映画を立て続けに差し入れたり、H3がケインのためにクリスマスに歌を歌うエピソードが、可愛いけれど、もどかしくて切なくて、作品中でとても好きです。

ケインとH3は、生い立ちは違いますが、それぞれ孤独の中にいたことは同じです。それでもピュアな心を失わず、孤独な人や困った人への優しさを持っているところがいいなと思いました。無視されたり差別されたりする痛みを知っているからこそ、他人に優しくなれるのかもしれません。二人のそんなバックグラウンドもしっかり描かれていることが、物語に奥行きを出しているように感じました。

二人が無事結ばれることになった最後の種明かしにはアッとなりました。H3が独房に長い間入れられていた理由というのが、周りの猜疑心や差別心だったというのが、二人のピュアな心をさらに引き立たせているようです。

切ないけれど、何度も読みかえしたくなる

初版の後に文庫化され、絶版になっていた作品でした。ずっと読みたいと思っていたので、今回の電子書籍化は本当に嬉しいです。スマホでは文字が小さくて、パソコンで同期させて読みました。
木原さんのツイートによれば、現代寄りに少し手直しされたとのこと。スマホやSNSが取り入れられています。木原さんの作品にときおり描かれる乱暴な描写や病的な執着はない、ノンケの普通のサラリーマン二人の切ない恋模様です。

仕事は遅いけれど真面目で素直な広瀬は、自分を見捨てず仕事を教えてくれた先輩・有田に片思いをします。飲み会の帰りに「好きです」と告白してしまうところから物語が始まります。有田には男と駆け落ちした弟がいて、同性愛を嫌悪していたのですが、広瀬の裏表のない穏やかな優しさに触れるうち、いつの間にか恋に落ちてしまいます。

「僕は人よりも生活時間が長いんです」という広瀬は、恋愛もゆっくりで、有田への気持ちが恋だと気づくのに6年もかかりましたし、後に有田が恋愛感情から触れてきても好かれていることが分かりません。驚くほど鈍いですが、告白で嫌われているのを承知で体調の悪い有田を気遣ったり、性格の悪い同僚の窮地に手伝いを申し出たりする、そういう見返りを求めない優しさがあります。
一方、有田はそんな広瀬の優しさにきちんと気付いていて、コツコツ仕事をする誠実さも認め、落ち込む広瀬に「お前の仕事が遅いのは愛嬌だよ」なんてユーモア交じりの慰めが言える思いやりがあります。

二人ともうわべでない人柄の良さがあって、だから余計に、二人が家族のことや世間体で悩んだり泣いたりするのが、切なくて悲しいです。
すれ違いの末にやっと恋人同士になっても、有田は「家族には言わない」と涙し、広瀬が家族に打ち明ければ妹が反対して、二人を別れさせようと弟を巻き込んで横やりを入れてきます。広瀬がどんなに有田を好きか知った弟が、妹に「僕らが壊しちゃいけないんだ」と言うセリフに救われる気がします。

広瀬の転勤にかこつけて、有田が広瀬にキスを許す場面は、まだ恋の始まりで、読んでいてドキドキしました。素直に自分の気持ちが恋だと認められない有田が「餞別に欲しいものを言え」と強気に誘い、もっとキスしていたくて広瀬の袖口をつかんだり、広瀬がいなくなってからはどうしていいか分からず地団駄踏んだり。恋に戸惑う有田が可愛らしくて。作品中で一番好きな場面です。

二人で積み重ねていく時間が、いつか二人の涙を払ってくれたらいいなと思いました。
浮気を疑った有田にマンションを追い出された広瀬は、ある朝、有田を海辺に連れ出します。二人で歩いた足跡が波にさらわれて跡形もないことに有田が目をとめる描写が印象的です。二人で過ごす時間も、消えてしまった足跡のように目に見える形では残らないのでしょう。「恋愛」、「恋人」の先のステップは二人にはないからなおのこと。一緒に食事をし、一緒に眠る、そんな日常の積み重ねが、二人の心に確かな時間を刻んでいくよう、信じたくなります。二人の楽しいエピソードもいつか読んでみたい気がします。

紺野キタさんのイラストも素敵です。少し寂しげなトーンの表紙絵は、二人の恋の雰囲気をよく表しています。二人並んで広瀬の郷里の海を眺める挿絵は、穏やかな雰囲気でホッとしますし、満員電車で有田と密着して困る広瀬の表情がとても可愛いです。

読後は切ないけれど、すれ違いやときめき、悩み苦しみも含めて全部が広瀬と有田の恋なのだろうと思いました。繰り返し読んで味わいたくなります。

物語に深みを感じる

マレーネとコヨーテの裸体の美しいこと!
ギリシャ彫刻みたいに美しい肉体の二人が求めあい絡み合うシーンは、エロティックで美しくて、ただただ眼福です。

それだけで「読んでよかった!」と思うのですが、マレーネの血縁・ガーランド一族とコヨーテの仲間・ヴァラヴォルフの闘争が、現実世界での様々な争いに重なって見え、胸に迫るものがあります。
「発端はなんだったのか、どちらが先に仕掛けたのか、分からなかったけれど」というマレーネのセリフが深いです。二つのグループのほとんどのメンバーは、なぜ争いが始まったかを知らないのですね。皆、それぞれのボスの思惑通りに動かされているのかもしれません。
ほんの短い時間、マレーネの世話をしたヴァラヴォルフのノーランが、マレーネと気持ちを通わせる描写も、知り合うことで人の気持ちが変わる可能性を感じさせて、グッときました。どんな相手か知らないことが恐れや偏見を生むと、最近ある新聞記事で読んだことを思い出しました。
争いを止められない、人の業みたいな暗い面が描かれていることが、物語に深みを増している気がします。リアルに寄せたBLが好きなので、そこにすごく魅力を感じます。

マレーネとコヨーテの愛が二つのグループの争いを解決するカギになるのは間違いないけれど、その道はとても険しそうです。
二人が次に抱き合えるのはいつになるのでしょう。展開が全く予想できなくて、次巻がとても待ち遠しいです。

戻れない分かれ道

友情か、愛情か、執着か。
杉本と三浦の関係に名前をつける必要はないのでしょう。本人たちも、もうわからないのですから。

それよりも、作品中に二度出てきた「分かれ道」(「道は二つに分かれ…」と表記されている)が、物語の隠れたキーワードのように思えて、気になって仕方がありませんでした。

杉本が三浦に無理やり体を奪われ逃げようとすると、三浦が杉本の職場に押し掛けて言います。
「お前は、俺に会わない方がよかったんだろうな。」
最初に読んだときは、病気の三浦を杉本が見舞って12年ぶりに再会したときのことだと思いました。(表紙の裏に書かれたあらすじが印象に残っていました。)
でも、もう一度読み返して、再会の後、杉本のアパートに押しかけた三浦が言った「お前を見つけちまったからな…」を読んだとき、「会わない方がよかったんだろうな」とは、二人が初めて出会ったときのことなのだろうと強く思いました。

18年前、田舎に引っ越してきたばかりの杉本少年が、何気なく散歩して出くわした分かれ道。舗装された道と、石ころが転がる黄土色の荒れた道。石ころ道を選ばなければ。ぬかるみにはまった父親の車椅子と格闘する三浦を手助けしなければ。きっと三浦は杉本を「見つける」ことはなかったような気がします。
再会し同居する二人が、四万十川近くの橋へ降りる道を選んだとき。橋への道を選ばなければ、後に三浦が体の関係になる女と出会うこともなかったでしょう。

もし、杉本の母親が再婚して引っ越さなければ。
もし、杉本が早いうちに三浦に「嫌い」と言えていれば。
もし、三浦の子どもが死んでいなければ。
もし、杉本の結婚が上手くいっていれば。
数えきれないほどの分かれ道があって。結局、杉本は三浦を振り切れなくて、三浦も杉本を手放せなくて。二人にはもう一緒にいる道しか残されていない気がします。

杉本の「たくさんの選択肢の中には、自分が変わっていく…そんな可能性もあったのだろうか。」というセリフに、心をグサリと刺されてしまいました。
「あのときが分かれ道だった」と気づいたときには、もう戻れないことが多いのではないでしょうか。人生の皮肉で、苦味。いい歳の自分は、過去の分かれ道を考えないようにしてたのに。しばらく考えてしまいそう。木原先生、ひどいよ(笑)。

小野寺のまっすぐさが、もやもやと心に引っかかっています。
そもそも、小野寺が杉本に「三浦に本当のことを言った方がいい」とか、「三浦を見舞ってやってくれ」なんて言わなければ。親切からでも、自分のひと言が誰かの背中を戻れない分かれ道に押し出してしまう可能性があるとしたら。そう考えたら、うかつなことは言えなくなってしまいそう。少し怖い。考えすぎかな。

二人の葛藤に共感

男性も出産するオメガバースの設定が苦手でしたが、犬飼と河内の葛藤にとても共感しました。

二人は、それぞれに何年も願っていたことがありました。犬飼は自分が深く愛する河内から同じように愛されることを。河内は女性と結婚して、母親がかなえられなかった幸せな家庭を持つことを。
不幸な事故のような形で夫婦となり、一緒に暮らすことに馴染んできても、河内は犬飼を心からは受け入れられず、そんな態度に犬飼が傷ついてしまう。犬飼が河内と暮らせるだけで満足し、河内も目の前の優しい犬飼の愛をすんなり受け入れられたら。簡単には割り切れないのが人間なのでしょう。ずっと願っていたことならなおさら。二人が葛藤し苦しむ描写を頷きながら読みました。

すれ違ってしまった二人がキャンプ場の山林で衝突したとき、犬飼が自分を愛してくれない河内を丸ごと受け入れると決意する場面に胸を打たれました。愛されなくても愛したい、そんな犬飼の大きな愛が伝わってきます。
ありのまま受け入れられることで、心を動かされた河内が、やっと打ち明ける本心。長く苦しい葛藤を経て、爆発するように二人の心が動いていく描写に胸が熱くなります。

犬飼が河内に指輪を渡す場面が、とてもいいなと思いました。犬飼が「ずっとあなたにあげたかった。」と言うと、河内が顔を真っ赤にして「嬉しくないわけじゃない(=嬉しい)」と返すやり取りが初々しくて甘くて。
二人がやっとたどり着いた幸せな結末に、葛藤ある人生も悪くないと感じたのでした。

夢をあきらめる悲しみが胸に迫ります

第二次世界大戦中のラバウル。二人乗りの航空機でペアを組んだ、六郎と恒の青春の日々を描いています。
飛行機をこよなく愛するやんちゃな天才操縦士・恒と、温かくおおらかに恒を支える六郎は、飛行を重ねるたびに信頼を深め、やがて身も心も結ばれていきます。死と隣り合わせの中、命を分け合うように一つになりたいと願う二人に、頷きながら読みました。紺碧の空で命を懸けることに心満たされる若者らしさも、眩しく感じました。

でも、実際にあった戦争が元になっているため、どのような距離感で読んだらいいのか、ずっと迷いました。たくさんの若者が戦死したことを思うと、六郎と恒に共感しつつも、物語に深く浸ることができなくて。
ラバウルは終戦まで自給自足で籠城を続けたそうですから(Wikipedia参照)、飢え死にや玉砕で大勢の兵士が亡くなったほかの戦場よりは、物語の舞台にしやすかったのかな、と考えたりもしました。

物語に強く引き込まれたのは、終盤、敗戦が濃厚になる中で、六郎の胸に戦争の理不尽さがこみ上げる場面でした。人を殺すためでなく、恒を飛行機に自由にのせてやりたい。自分は火薬で爆弾を作るのではなく、内地で修行して、恒のために愛機「月光」の名をつけた打ち上げ花火を作ってやりたい。でも、死にゆく自分たちにそんな未来は決して来ない…。抗うすべもなく夢をあきらめなければならない悲しみが、私の胸にも押し寄せてきて、戦争のリアルを感じました。勝っている時は、戦争の空しさは見えないのかもしれません。
最後の出撃を前に、夕暮れの浜辺で二人が手をつないで星を待つ姿が、とても印象的です。夜になる一瞬に永遠を感じる二人は、前半の生き生きとした様子とは対照的で、静かな描写に胸を打たれます。

偶然が重なり生き延びた六郎と恒は、約八年後に帰国を果たします。六郎が作り上げた打ち上げ花火「月光」を見て号泣する恒の胸にあふれたのは、ラバウルの空を愛機で翔けた日々と戦争へのやるせなさ、死んだ仲間たちへの思いではないかと感じました。この青い花火が、二人にとっての青春の形見なのでしょう。タイトルが切なく胸に響きました。

星空のように果てしなく深い愛

奇跡の泉シリーズで、尾上さんの描く命がけの愛に強く惹かれるものがありました。
そこで1945シリーズも思い切って読んでみました。年代から死に別れを連想してしまい、なかなか手を出せずにいました。
読んでよかったと思いました。別れの切なさを越えた、星空のように果てしなく深い愛が描かれていました。

日本の敗戦がささやかれ始めた頃、希は、名家の跡取りで海軍中尉の資紀の身代わりとなり、特攻に行くことを決めます。希は、幼い頃に命を救ってくれた資紀のために死ぬことは喜びだと懸命に伝えますが、資紀は強引に希を抱き、冷たい態度を取り続けるのでした。

資紀の真意は、あるとき突然、希にだけ分かる形で明らかになります。その衝撃の大きさに、私は物語のページを戻り、「あっ」となりました。最初読んだときは、資紀の手の中のルリビタキを、資紀と希が見ていると思った挿絵ですが、資紀は希の右手を見つめていたのです。裏返しのオリオン座の形にホクロが並ぶ希の右手を…。この右手を残酷な方法で奪い、自分の命を懸けて、希の命を守ろうと、ずっと前から資紀は決意していたことが、陰のある微妙な視線で暗示されていました。
資紀のために命を捨てようとする希は健気で、それだけで十分に心打たれるのですが、愛する希に本心を告げず、冷たい態度で思い出すら残させず、ただ一人、全てを抱えて特攻に飛び立つ資紀の想いの深さに圧倒されます。それは、静かにどこまでも広がる星空のようです。切ないけれど、資紀の愛の美しさに感動することを止められませんでした。

生きること、恋することが難しかった時代があったのだと、あらためて思わされます。
あとがきに尾上さんも書かれていましたが、二度と繰り返してほしくないと、私も切に願います。

最後に救いが用意されていたので、本当によかったです。未読の方も安心して読んでください。

人を好きになることが痛みだなんて

矢代はひどいですね。百目鬼を冷たく捨てようとするくせに、膝枕をねだったり、好きになるってどんな感じだ?と真面目に聞いたりする。突き放したり、ふいに素の顔を見せたり。ギャップにドキリとしてしまいます。百目鬼だって、辛いですよね。
好きになることは、矢代にとっては痛みなのですね。百目鬼の頬の傷を覆っていたテープをはぎ取って、「俺にとってはこんな感じだ」なんて、遠回しに言うところが、かえって矢代の抱える傷の深さを感じさせます。好きになることが痛みでしかないなら、矢代が百目鬼を遠ざけようとするのも、少し分かるような気がします。
七原の話から矢代の心の傷を知った百目鬼は、これからどうするのでしょう。好きなだけでは矢代のそばにはいられないと分かったはず。矢代が変われないなら、百目鬼が変わるしかないのでしょうね。
抗争も終わりましたし、次号からはきっちり向かい合ってほしいです。

二人の未来にたくさんの希望を感じました

衛と真文が恋人に戻って終わりではなく、二人の未来についても想いを確かめ合えたことが、良かったです。真文が記憶障害で思い出を失う切なさよりも、たくさんの希望を感じました。

衛のことを忘れたくないと涙する真文に、衛は約束をします。「これからもずっと『カナリー』はここにあるから。もし迷子になっても安心して帰ってきて」と。何度真文が記憶を失っても自分たちはお互いを好きになると、衛は確信しているのでしょう。衛のあふれるような愛情を感じます。真文と想いを通い合わせて、これまで一人で飲み込んできた哀しみも、母親に捨てられた心の傷も癒されたのだと思いました。真文も衛の約束を信じて、日々を大切に生きていこうと心に決めます。前向きな二人が、とても眩しいです。

衛と真文の恋模様は、毎回さまざまなエピソードを加えて、味わい深いものになっていくのでしょう。切ないことも、心躍ることもあるかもしれません。きっと真文はそのときどきの想いを日記に綴るに違いありません。衛が言うように、50歳の頃にはコーヒー一杯の時間では話しつくせないくらい積み重なっていくのでしょうね。その頃の二人はどんな感じだろうと想像すると、ちょっと楽しいです。真文の勉強が実って、自家焙煎コーヒーが『カナリー』の名物になっていたりして。衛は蝶ネクタイの似合う渋いイケメン店長になっているかもしれません。

真文がカフェライターとして再出発できたのも良かったです。いつか一冊の本になって、『カナリー』の本棚に置かれたら、素敵でしょうね。真文の足跡がたくさんの人の心の中に残ればいいな、と思います。