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にいちゃん コミック

はらだ 

BLのボーダーラインを塗り替えていく作家、はらだ

はらださんはBL界の「鬼才」とよく言われているようですが、普通に「天才」だと思っています。
BL界におけるボーダーラインは、40歳を超えた私が中学校の時期から考えても意外と広がっておらず、パターン化・予定調和の世界だ。嗜好者は格段に増えたし(それこそ世界中に)エロやオメガバースの発展は興味深いのだけど、現実世界の性に真向対峙しながらエロの世界に深く潜る作家は実は少ない。
はらださんはその作家の中で群を抜いている。
そして本作は他のレビューでも散見されるが、BLというジャンルに押し込めておけない作品だ。

この作品で描かれていることは、ある人には拒絶反応をひき起こすかもしれないが、ある人には癒しがあるのもまた事実。
主人公は「にいちゃん」による性的虐待に傾倒して歪んでいくように見えるが、決して屈服しきったりはしない。依存と愛情を絡ませ、加虐者をゆっくりと死の境地に至らしめていく姿にある種の爽快感を感じた人もいたのではないかと思う。共依存と言えど、どちらかが強者で弱者の場合がほとんどであり、強者の強みこそが弱点になるし、関係性は逆転する。ああいった暴力を描ける作家は少ないと思う。

私自身も幼少期にごく軽くではあるが性的虐待を受けた者として、この作品に癒しを感じた。漫画に限らず、映画や文学や音楽が発揮する「似た事例に心を添わせることで得る癒し」という芸術の共感性。
かといって、誰かを貶める痛みは主人公にも影を落とすし、それは「これを読んでいる私だったかもしれない姿」でもある。前段までの共感からまた一線を置いて見せる展開、主人公と「共闘する」と表現してもいいだろう女性キャラクターの配置にも唸った。彼女は共闘するだけであり、情を絡ませたりはせず、おそらく主人公を救うこともないだろう。
没落の予感までを描き切り、ラスト一コマまで緊張感は張りつめたままだ。なんと寂寥としたラストなんだろうと感嘆した。

この作品の冒険性・暴力性には一時期の山本直樹(「BLUE」など)のそれに近いものを感じた。かなりの覚悟で描かれたものなのではないか。

ムノさんのやさしさとフェティッシュ

商業BLをもっときちんと読んでみよう!と思わせてくれた大切な作品。

ふわっとした見た目ですが、見れば見るほど絵が上手く、キャラごとの服装の違いも実に見事に表現されています。違うかもしれませんが、ムノさんかなり靴好きではないでしょうか?
可愛らしい絵の中にフェティッシュな部分が潜んでいて、そこを見つけては喜んでました。靴以外にも、リュックサックやパーカーのフードなど、かなり細かく描写されていて、「この子はこのブランドの靴が好きで、こういうファッションならああいう雑誌を読みそうだな」とか、そういう妄想が広がるんですよね。

セフレから始まる恋愛模様というとエロな感じがしますが、本作のときめきは「誰かを好きになることの切なさ」の部分で、そこがシッカリと描かれてるのでキスだけでもドキドキできました。
ムノさんの作品のキモは全てこの「誰かを好きになることの切なさ」への描写だと思うのですが、本作が一番完成度が高いように思います。

いい人しか出てこなさすぎなのですが、私はこの幸せな世界観が好きでした。
主要登場人物が全員、人に対して誠実であろうとする姿に素直に感動できた作品です。
でも正直、ムノさんの絵でもうちょっとエロいの読みたいです。次回に期待!

スピード感が素晴らしい

はらだ先生の成長ぶりが凄まじくて圧巻でした。
実はお話の構造的には「よるとあさの歌」と似てる(ネタバレになるので詳細は伏せます)のですが、読後の印象はまるで違っています。

もともと物語のスピードコントロールに長けた作家さんですが、本作の切れ味のシャープさはBLに限らず最近読んだ漫画全体の中でも突出しており、コマ割りによる目線の誘導も見事です。

初見の読後感のゾクゾクした感じのまま再読してみると、さらりと読み飛ばしていたセリフに対する小さなコマでの表情や、ちょっとした仕草なんかにそれぞれの伏線がきちんと描き込まれていて二度びっくり。お仕事漫画としての面白さも十分にあり、タイトルの意味も物語にしっかりと絡んでいて素晴らしい。
多少無理ある展開も勢いで読ませてくれるので気になりません。
読み終わってから続刊することを知り、これほどの完成度なら続かなくてもいいのでは...と思ってしまいましたが、はらださんならそんな不安も杞憂に変えてくれそうです。

絵柄と物語のマッチング

自由と孤独はセット販売ですよ、ってのが本作の根底にあり、作画も展開も全体の印象もゆるふわながらも根底に二人の孤独があったのが印象的。
モノローグも控えめで、読者の想像のための余白が心地よかった。

愛という名の拘束具は本作には登場せず、最後まで「好き」と言い合ったりしないのに、2人が確かに相思相愛なのがきちんと伝わってくる。
攻めも受けも色気があってきちんと男性的だったのも好感が持てました。

セックスの描写は多めですが、エロそのものとしての表現とはちょっと違ってるのも面白かった。
ふとした言動の端々に、お互いの気持ちを読み取ったりしながら距離感が狭まっていく描写が丁寧で、時には駆け引きもしたり。

絵柄がフワっとしていて、初見はサラっと読み飛ばしてしまうのですが、読み返すときちんとその時々の表情が描かれていて、それに添えられる書き文字にも味がありオリジナリティを感じました。
この作家さんの今後に期待します。