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完成された世界観に酔いしれる

『君にはふれると鳴るとこがあって』を初めて拝読して以来、すっかり早寝先生の作品のファンになってしまいました。

こちらの作品も、期待に違わぬ素晴らしいものでした。

高校教師であるふたりが、ひょんなことから前世の記憶を思い出し、それに翻弄されていくという物語です。
ストーリーは穏やかなテンポで淡々と進んでいるように見えますが、しっかりと作り上げられた世界観と、それを表現できるだけの確かな絵の力で、気がつけば物語にぐいぐいと引き込まれていきます。

あらすじを読んだときには、前世の記憶を蘇らせたふたりが今世でも奇跡的に出会い、前世では叶わなかった約束を果たそうとする物語なのだろうと思っていました。しかし、そうではありませんでした。
「俺たちが前世の夢を見てるのか、それとも前世が見た夢が俺たちなのか」という言葉にはっとさせられました。
前世の記憶があっても、それは必ずしも今世の人間と同一人物ではない。どちらも現実であって、それぞれの人生を歩んでいる。お互いに干渉してはならない。
さまざまなきっかけを経て、ふたりは前世の自分が何者だったかを思い出すことになるのですが、それでも、“今世に生きるふたり”として改めてお互いを知り、愛し、ともに歩んでいこうとします。
たとえ記憶が戻らなかったとしても、八尋と吉武は、きっと何度でも出会い、恋に落ちるのでしょう。
それこそが“運命”なのだと教えられたように思います。

前世は、ただ自由に生きることさえ叶わなかった時代だった思います。最後は悲劇的な別れとなってしまったであろう洋介と三雲が、別れの挨拶を告げることができたシーンは、切なくも美しく、胸を揺さぶられました。

個人的には、石丸くんのおじいさんが前世のふたりと同級生で、ご存命であるというところが非常に印象的で、何か救いを見いだしたような気持ちになりました。
八尋が言っていたように、前世のふたりは共に去っていってしまったけれど、消えてしまったわけではない。誰かの記憶に残り、そうしていつまでも生き続けていくのだと実感することができるシーンでした。

最終話でふたりは初めて結ばれるのですが、データにもあるとおり激しい描写はなく、数ページで終わります。ですが、早寝先生の描かれるセックスシーンは、扇情的ではないにしろ、えも言われぬ色気があります。お互いの興奮や体温までもを感じることができ、愛おしく想う気持ちが紙面越しでもありありと伝わってきます。身もフタもない言い方をしてしまえば、下手なエロ重視の作品よりもよっぽど“エロい”です。
そういった描写が少ないというだけでこの作品を敬遠してしまうのは、本当にもったいないと思います。

これからもずっと追いかけて行きたい作家さんのひとりです。

思わず「君ってやつは…!」と言いたくなる

さまざまな“ギャップ”に驚かされてしまう、素敵な作品です。

発売当初に何度か書店でお見かけしていたのですが、きちんと読ませていただいたのはごく最近になります。

表紙を見てはずっと「かわいい男の子だな」と思っていた鯛代くんの初登場コマでは、思わず「同一人物なの!?」と衝撃を受けたのですが、読み進めていくうちに、鯛代くんの驚いた表情や照れた表情がなんとも愛らしく、気がつけばこちらの表情筋までもが緩んでしまっていました。
目が合わせられなかったり言葉に詰まってしまったり、かと思えば唐突に告白してしまったり大胆なことをさらりと口にしたり。
コミュ障あるあるな“相手との距離感の測り方が下手”なところが全力で発揮されていて、ついつい共感してしまいますし、だからこそ応援したくなってしまう魅力的なキャラクターだと思います。

蛯原くんも、鯛代くんのことを怖がったりドン引きしたりしながらも、少しずつ彼のことが気になりはじめます。
また持ち前の素直さと事なかれ主義な性格で、鯛代くんのみならず他の男の子までもを無意識に翻弄していきます。
そんな蛯原くんが、いつ鯛代くんの手中に落ちるのかな…とこれからもニヤニヤしながら見守っていきたいです。

全体的にギャグ漫画のようなノリではありますが、ボーイズラブ作品としてしっかりきゅんとくるシーンもあったりと、一冊でいろいろな楽しみ方ができる作品になっています。

ふたりの仲が縮まっていく様子をじっくりと描いた作品が大好きなので、続巻もとても楽しみです!

もうひとひねり欲しかった

“オメガバース初心者はまずここから!”という文言に惹かれて拝読しました(初心者というわけではありませんが…)。

Ω嫌いのαの攻めと、Ωを武器にして強かに生き抜く受けが、お互いに惹かれあい、最終的に番になるというお話です。

絵柄はとても丁寧で綺麗です。受けの匂い立つような色気が余すところなく表現されている絵の力は素晴らしく、評価が高いのもうなずけます。
エロもふんだんに散りばめられていますし、番になるときのセックスシーンや、番になったあとを描いた描き下ろしの甘い雰囲気もとても素敵でした。
だからこそ、もったいないなあ…という印象がぬぐえませんでした。

攻めがこの作品の世界で言うところの「普通のα」とは違う存在であるということを納得させるに足るような、説得力のある描写がもう少し欲しかったです。
攻めが受けのどんなところに惹かれたのか、どのタイミングで好きになったのか…今ひとつ理解できませんでした。
性に奔放なΩや、Ωを性欲処理の道具として扱うαたちを嫌悪しながらも、結局はαの本能に逆らえなかったのかな…という感想になってしまいました。
確かに、受けはΩを武器に枕営業で社内でのキャリアを積み上げてきましたが、きっとそれだけではないはずです。対外的な人当たりの良さや部下への指示の的確さ、渉外力の高さなどが垣間見える描写もありましたので、α・Ωにとらわれない人間的な魅力についてもっと言及しても良かったのかなと思います。
また受けについても、攻めのどのようなところが「普通のα」とは違う、と思えたのかが腑に落ちませんでした。
もし本当に攻めが性急に性的なつながりを求めてこないことに魅力を感じたのであれば、この世界には「Ωをモノとしてしか見ていない」αしかいないということになり、それはそれで恐ろしい世界だな、と思ってしまいました。

それと、これは単純に描き分けの問題だと思いますが、アップになっているコマなどは、攻めか受けかどちらか分からないものがいくつかあり、混乱して勢いを削がれてしまいました。

このように重箱の隅をつつくような評価をするのもどうかな、とは思いましたが、いち個人の感想として書かせていただきました。
全体的には完成度の高い作品で読み応えもありましたので、これだけ有名なのですから読んでみて損はないと思います。
ただ、先の方のレビューにもありましたが、オメガバース初心者にはすこしハードルが高いように思いました。