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第4回 BL小説アワード「再会」

十年後のリスタート

エロエロ/先生と生徒

「実はね、君の学年では中澤くんだけなんだ。僕が唯一、ヤッてない生徒」

春日すもも
グッジョブ

「同窓会もいよいよ十回目を迎えましたね。今年も楽しい時間を過ごしましょう」

 挨拶のために立ちあがった山中先生は、その言葉にじっと耳を傾け、拍手する生徒たちの中に、俺を見つけて、にっこりと微笑んだ……ような気がした。

***

 卒業してからもずっと想い続けたその人は、十年ぶりにその姿を見ても、俺の記憶の中の先生そのままだった。年のわりに童顔で、それを隠すかのように主張している黒フレームの眼鏡は、先生のトレードマークなのか、あの頃とデザインが変わっていない気がする。眼鏡の奥のちょっぴり垂れた目尻と太めの眉が、より一層愛らしさを際立たせていて、いつも笑顔を絶やさない。自分たちを注意するときですら穏やかな表情のままで、当時、先生の怒った表情を見たことはなかった。


 高校一年のとき、生徒と先生として出会った俺たちは、卒業まで生徒と先生だったが、その関係に終止符を打つべく、卒業式当日授業後に先生を呼び出し、俺は一世一代の告白をした。

「ずっと先生が好きでした!!」
今、思い出しても月並みな告白だったと思う。自分の気持ちを伝えるのに必死で、相手のことなどまったく考えていなかった。それでも、卒業式という日を選んだのは、この日を最後に俺たちは生徒と生徒じゃなくなって、あわよくば先生が俺の気持ちを受け入れてくれたら、ただの男と男という対等な関係になれるかもしれないと淡い期待を抱いていたからだろう。

 そんな告白を受けて、先生は嫌な顔ひとつしなかった。
「ありがとう。中澤くんの気持ち、とても嬉しいよ」
 夕暮れの迫る国語教員室で、先生はいつものように微笑んだ。告白の言葉をまずは優しく受け入れてくれた先生に、俺は期待に胸を膨らませた。『嬉しいよ。僕も君が好きだったから』なんて少女マンガのような展開にはならなくても、少なくともこれからについて話し合うことくらいはできるのではないかと思った。ほんのりと頬を染めて、えーっと、と呟きながら言葉を選んでいる先生を見たら、そう思ってしまうのは仕方ない。
 きっと先生は俺の気持ちにずっと前から気づいていたと思う。なぜなら、その頃の俺は先生の視界に入るため、地道な努力を続けてきたからだ。先生の担当科目である国語の授業は一生懸命聞いていたし、わからないところを質問するために国語教員室には何度も足を運んだ。そのたびに、先生は「中澤くんは勉強熱心だね。国語が大好きなんだね」と迎えてくれた。けれど、そうじゃない。俺には最初から下心しかなかった。少しでも先生の記憶に残りたい。その一心だったのだ。
 そして、三年生のとき先生が担任になったときは飛び上がるほど嬉しかった。山中先生は俺にとって良き恩師だったのと同時に、今日までずっと想い続けた人だった。


***

同窓会の会場は、居酒屋の個室だった。どうやらうちのクラスは毎年、半数以上の生徒が参加しているらしく、十年目にして初参加した自分をみんなが珍しがった。

 クラスメイトへの挨拶を手早く済ませ、いよいよ、ひな壇にいる先生のもとに駆け付けた。
「山中先生、お久しぶりです」
「わあ、中澤くんじゃないか。元気にしてたかい?」
 開始早々生徒たちが、交代で先生の席までお酌をしに行くのを横目で見ながら、混雑が緩和された頃を見計らって、俺は先生の席に瓶ビールを持って尋ねた。十年後、先生にビールを注ぐことになるなんて、高校生だった自分は夢にも思わない。
「先生もお変わりないですね」
「中澤くんは、今は、何してるの?」
「普通の会社員です。あ、今でも本は好きです」
「そっかそっか!」
 そうじゃない。一番伝えたいことはそれじゃない。先生にとっての俺はきっと、国語の成績のよかった生徒の一人に過ぎないだろう。けれど、今の俺は卒業してからも十年間、先生を想い続けた一途な男なのだ。まさかあの約束を忘れただなんて言わせない。

***

 俺の告白を受けた先生は、しばしの沈黙のあと、顔を上げて俺の目を見て言った。
「中澤くん、十年後に、もう一度その言葉を聞かせてくれないかな」
 その瞬間、俺は目の前が真っ暗になった。それは丁寧な断り文句だと確信したからだ。そもそも、生徒からの告白なんて受け入れてもらえるはずがないのに、今思えば、後先を何も考えないのが若さなんだと思う。
 それに俺は、先生が男であることに、なんの疑問を持たなかった。学校は男子校だったこともあり、身近に女子を目にする機会がない。けれど、先生はそのへんの女子よりもかわいらしかったし、小柄でかわいらしい先生のことを、俺が守ってあげたいと本気で思っていた。当然、付き合いたいと思った。キスしてもいいと思った。先生となら、その先だって!
 もちろん経験はなかったけれど、きっと先生相手なら、女と同じことができると確信していた。そんな風に、勝手に好きになって勝手に盛り上がってしまった俺は十年後と言われて、一気に現実を見せられた気持ちになったのだ。

「先生、俺を試してるんですか?」
 一方的な想いを、拒絶されるわけでもなく、十年後という期限。それは当時十八歳だった俺にとって永遠にも思えた。十年後とでも言っておけば、諦めるだろう、そういう安易な魂胆に思えてしまったのだ。

「中澤くん、ここだけの話だけど、僕にとって君は、特別な生徒だったよ」
「特別……?」
「うん。それなら僕も、その特別なことを十年後に君に教えることにするよ」
 先生が悪戯っぽく笑った。そんなかわいらしい顔を見せられたら、ここで引くわけにはいかない。
「先生、俺、あきらめません。十年後にもう一度、先生に告白します!」
 気づけばそう口走っていたのだから、自分は単純なんだと思う。
「うん、待ってるから」
 先生の手が俺の手をぎゅっと握り締めた。

「それじゃあ、十年後」
「うん。十年後ね」


***

 そして、十年の時が流れた。
 卒業してから、同窓会は毎年開催されていたらしいが、結局一度も参加しなかった。今日は自分にとって初めての同窓会で、なおかつ約束の十年後なのだ。

 いくらなんでも、ずっと先生のことを想っていたとは言わない。それなりに好きな人もできた。男だけじゃなく、女の人も好きになったけれど、性別関係なく、結局俺にとって好きになる人は、あくまで先生の次に好きな人であって、あらためて卒業アルバムや学生時代の写真を眺めてしまうと、やはり自分は先生が一番好きなのだと再認識させられてしまう。今日、先生と再会して、思い出の中で生きていた先生と1ミリも変わらないことを実感したのだ。やっぱり俺は、先生が一番好きなのだ。


「あの、先生……」
「ん、なんだい?」
「十年前の、俺との約束を覚えていますか?」
 たったそれだけを言うのに、心臓がバクバクと鳴った。十年経った約束の日には、こう言おう、ああ言おう、なんなら押し倒してしまうか、とまで考えた。けれど実際はこうして先生の顔色を伺いながら、おそるおそる聞いている。期待さえしなければ、きっと傷も浅い。そんな昔のこと忘れてしまっているかもしれない。実は誰にでも同じように言っていたかもしれない。そう言い聞かせながら、淡い期待を抱く。

「もちろんだとも」
 その声音は明るく、優しかった。
「ほ、本当、ですか?」
 思わず声まで裏返る。
「ねぇ、中澤くん」
「な、んですか?」
 先生は俺の耳元に口を寄せた。

「一次会終わったら、二人で話ができるところにいこうか」
「え……」
「よし、決まり。じゃ、後でね」
 俺だけに見えるように、ぱちりとウインクをした先生は、そのまま置いてあったビール瓶を片手に、起ち上がった。

「よーし、今から僕がお酌しに行くから、飲むんだぞ!」
 その先生の言葉を聞いて、クラスメイトたちは拍手で応じ、ひとつひとつのテーブルに声をかける先生を笑顔で迎えた。

 当時から先生は、本当にみんなから愛されていた。そもそも山中先生を嫌いだという同級生には会ったことがない。
皆、口々に先生は最高だ、と言っていた。そんな先生と、今日このあと二人で会えるなんて夢かもしれない、そう思った。こんなに都合よく行くはずがない。十年前の約束を覚えていてくれた。それだけでも奇跡なのに。
 自分は一方的に想っていた。相手の都合など考えなくても想うことは自由だし、幸せだった。けれどこうして実際に相手と対峙してしまうと、途端に緊張が走る。短く終わる両想いよりも、長く想い続ける片想いのほうが幸せだと聞いたことがあるからだ。

 そのあと、先生とはひとことも言葉を交わさなかったが、久しぶりに会ったクラスメイトと交わした言葉も、覚えていない。恐怖と不安に襲われたまま、同窓会は終了した。


***

 同窓会の帰り際、先生が一人一人に声をかけていて、俺にだけはこの駅の名前を告げた。
「ホームで待ってて。後で行くから」
 クラスメイトに内緒の約束、やはり夢ではなかったのか。そう思うだけで顔に一気に熱が集まり、期待に胸を膨らませながら、待ちあわせの駅まで浮かれながらやってきた。改札に向かい客足に逆らうように、ホームに佇む。先生は、本当に来るのだろうか。

「中澤くーん!」
 聞きなれた声のするほうを振り向けば、向こうから手を振りながら走ってくる先生の姿があった。名前を呼ばれることが少し照れくさくて、その姿に気づいてますと小さく手をあげてアピールした。

 ようやく俺の隣に並んだ先生は、肩で息を切らしていた。
「大丈夫、ですか?」
「うん、大丈夫」
 俺と目が合うと途端にかわいらしい笑顔になった。ああ、この笑顔、十年経っても色あせていない。今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られる。

「僕の家、この駅の近くだから」
「え?先生の家?」
「そうだけど?」
 聞き間違いではないだろうかと、耳を疑った。まさか、家に誘われるだなんて思わない。
 これは、いわゆるお持ち帰りというやつなのだろうか。いや、どちらかというと送りオオカミというやつだ。なんせ、俺は先生を十年間ずっと、食べてしまいたいと思っていたオオカミなのだから。隙あらば先生を押し倒して『大丈夫です。先生、優しくしますから』なんて甘い言葉を囁いて、組み敷いてしまう妄想を十年の間に何百回もした。
 残念ながら他の相手で練習をする機会には恵まれなかったが、脳内シュミレーションは完璧だった。

 そもそも、先生とこうして二人で一緒にいることだって俺にとっては夢のようだ。周りから見たら、ただの男同士が歩いているだけに見えるだろうが、学校の外で先生とこうして肩を並べて歩くだなんて、学生時代にも敵わなかった。あの頃の俺に教えてやりたい。十年我慢すれば、ちゃんといいことは待っている、と。

「今日は遅くなっても大丈夫?」
「あ、はい!」
「ていうか、もう学生じゃないからそんな心配しなくていいのか」
「そうですね……」
「中澤くん見てると十年経ったなんて思えないなぁ。中澤くん、ちっとも変わってないから」
 にこにこと笑いながら話す先生を見ながら、声を大にして言いたかった。見た目だけじゃありません。先生を想う気持ちだってあの頃のままです、と。

「僕の家は、その角を曲がったところだよ」
 駅の改札を抜けて、先生が指さした先は、オートロックのマンションの入り口だった。高さにして、五階建てくらいだろうか。駅を降りた裏手はすぐに住宅街になっていて、先生の住むマンションは徒歩五分といった距離にあった。
 慣れた手つきで先生はエントランスの鍵を開ける。その様子をじっと見つめる。先生に案内されるまま、エレベータに乗る。どうやら先生は最上階の五階に住んでいるらしい。駅からそんなに遠くないのでここにまでの道も覚えているし、階も覚えた。再び来ようと思えば来れる。
 いいや、駄目だ。それじゃまるでストーカーじゃないか。忘れないと、いや覚えていたい、という葛藤ののち、気づけばエレベータは目的階に到着していた。エレベータを下りてすぐの部屋で、先生は再び鍵を開けた。待っている間、握り締めた自分の手が、じっとりと汗をかいているのを感じる。

「どうぞ、入って」
「は、はい!」
 促されるまま、先生が開けてくれた扉から中へ入ると、玄関には小さい明かりが灯っていて、足元を見れば、玄関に置かれた靴は男物のスニーカーと革靴が二足だけ表に出ていた。家庭どころか、女の出入りもなさそうな玄関に安堵した。
 十年の間、俺にもいろいろあったように、先生にだって恋人の一人や二人、結婚話の一つや二つあったっておかしくない。自分よりも先生のほうが年上なのだから、当然だ。

 そもそも、このあとどうなるんだろうか。十年前と同じように、もう一度先生に告白をしたら、その先にあるのはなんだろう。もしものときのための準備は、一応してきた。けれど先生と俺との関係は進展するのだろうか。

「中澤くん、どうしたの?上がりなよ」
「あ、すみません!」
 考え事をしていたせいで、先生は廊下で自分が部屋に上がるのを待っていてくれたことに気づかなかった。慌てて、靴を脱ぐと、玄関の段差に足をひっかけた。

「うわっ」
「危ない!」
 よろけた拍子に、自力で体は踏みとどまったが、持っていたトートバックが傾き、中身の一部がどさりと床に落ちた。財布とスマホと、そしてもうひとつ、床に転がったものに、俺と先生の視線が集中した。慌てて転がったそれを一番に掴み取って、急いでトートバックに突っ込むが時はすでに遅かったらしい。床に転がったものは、もしものときのために用意しておいたボトルに入ったローション、未開封品だった。もしものために、男同士の行為ではそれが必要だと下調べして、通販のアダルトサイトで購入しておいたのだ。まさか、いきなりこれを見せることになるとは!

 ちらりと顔を見上げれば、キョトンとしている先生と目があった。
「あの、えっと……」
 神様、どうかお願いです。先生がこれはなんだったか、気づいていませんように!
「今のって、ローション?」
 神に祈りは通じなかったことが判明した。
「ち、ちが……これは、違うんです!」
「中澤くんが、買ってきたの?」
「いや、なんていうか…」
 落ちてた?拾った?もらった?どういえば自然にごまかせるのだろう。こんなものを用意していただなんて、下心ミエミエじゃないか。勝手に想っていただけで、先生とは、まだ気持ちすら通じていないというのに。
「なんだー」
「その、すみま……」
「持ってこなくても、うちにあったのに」
「え」
「ほら、早くあがって」
 先生はそう言い残すと部屋の奥へ消えていった。

――『うちにあったのに』ってなんだ?
 待て待て、先生は、何か勘違いをしてるのかもしれない。先生の家にローションなんてあるはずがないじゃないか。それとも今日、この日のために用意して?先生も俺に抱かれるつもりだった、とか?そうよぎった瞬間、俺のご子息が過敏に反応した。二十八年、大事に守り続けた童貞から、いよいよ卒業する日が来た。
 我が息子は、そのへんの息子よりも大きさが立派らしいと一時期学校で噂になったが、この年になって一度も披露せずに終わったのだから、大きさなんてなんの得にもならない。
 いや、違う。そんなことはどうだっていいんだ。まだだ。まだ気が早い。体の関係なんて、二の次でいいんだ。先生と体の関係になるだなんて、俺が一番に望んでいることはそれじゃあない。まずは忘れろ、忘れるんだ。そう言い聞かせる。
 俺は、右手右足が同時に出るほど、動揺しながら、部屋の奥へ進んだ。


 奥のリビングには誰もいなかった。
「そこに、座ってて。中澤くん確かビール飲んでたよね?」
 後ろから声をかけられ振り向くと、先生が冷蔵庫から缶ビールを取り出しているところだった。さっき、同窓会で散々飲んだはずだったが、緊張のせいか、酔いなんて吹き飛んでいた。
 革張りのベージュのソファに腰かける。目の前にはガラステーブルにテレビのリモコン、正面にテレビ。濃い茶色の足の長いラグマットが足をふんわりと包む。リビングを見渡すと、国語の先生らしく、本棚にベストセラーの小説が陳列されているが、それ以外は物は少なくて、あまり表に置いていない。几帳面でしっかりしている独身男性の部屋という印象だ。
 同じく本棚にある少し古めの背表紙は、おそらく卒業アルバムだろう。背には高校の名前と年号が表記されていて、古い順に並べられている。あれと同じものが、我が家にもある。もちろん自分の卒業した年のアルバムだ。

「ああ、それね。時々、眺めていたんだ」
 先生は、俺の視線の先が、卒業アルバムだったことに気づいたのだろうか。そう言いながら、缶ビール2本に、グラスをふたつ盆にのせてリビングにやってきた。

 返事をせずにいると、先生は俺の隣に座って持ってきた缶ビールの口を開けた。それは、ぷしゅっと小気味いい音を立て、グラスにトクトクと注がれていく音が耳に心地よい。その動作を見つめながら、先生と一緒にお酒を飲んでいるという光景が、まだ飲み込めずにいた。先生はずっと前から大人だったけれど、俺も気づけば大人になっていたんだとしみじみ思う。
 目の前に、金色の液体と白い泡の比率がちょうどよいグラスビールが置かれ、先生の優しい瞳がそれを持つように促してくる。俺はそのグラスを持ち上げると、先生は持っていたグラスをカチリと当てた。
「十年後の再会を祝って、改めて乾杯」
「乾杯……」
 じっとグラスのビールを見つめていたが、俺はそれを一気に咽に流し込んだ。冷えたビールが咽を過ぎていく。少しずつ現実を受け入れ始めたせいか、体がきちんと酒の味を感じている。空いたグラスを置くと、すでに先生が飲み干した空のグラスがあった。


「中澤くんは本当にいい子だね」
 そう呟いた先生は、俺のすぐ隣にいて、顔がとても近い。そしてその目は、俺の顔をまっすぐ見つめていた。
「いい子って、もうそんな年じゃありませんよ…」
「いい子だよ。だって僕との約束をちゃんと守ってくれたんでしょ」
「……はい」
「今日、中澤くんの僕を見る目が十年前と同じで安心したんだ」
「先生」
 俺はきちんと姿勢を正して、先生に向き直る。
「聞かせて、くれるの?」
 先生は空気を読んでくれたのか、俺の正面になるように向き直ってくれた。
 いよいよ、十年待った約束の時が来る。
 受け止めて欲しい。ずっと変わらなかったこの気持ちを。



「ずっと先生が好きでした!!」
 先生の目を見て、再びその言葉を告げた。結局、十年前と同じ言葉になってしまっていた。もっとかっこいい言葉で、十年たった大人になった自分を見せたいだなんて考えたこともあったのに、思いはたったひとつなのだ。言い切った俺を先生は黙って見つめていた。

「先生!」
 その返事を聞くのが怖かったのが本音だと思う。目の前の先生をいきなり抱きしめてしまったのは。
 自分よりも小柄な先生が俺の腕の中にすっぽりと収まる。ずっとこうしたかった。けれど先生と生徒じゃ、できなかった。今はただの男と男になった。キスだって、この先だって、誰にも邪魔されることなく、できる。

――キスも?
 気持ちを伝えたら、普通はどうするんだ?

 先生を抱きしめていた腕を緩めて、その華奢な両肩を両手でそっと掴む。先生と改めて正面に向き合えば、先生の瞳が揺れているのがわかる。少しだけ半開きになっている唇は、男にしては赤みを帯びていて、ふっくらと柔らかそうだった。先生が、嫌がる素振りも拒む素振りもしないのをいいことに、俺はそっとその唇めがけて顔を近づけた。こういうとき目はつぶるんだっけ?どうだっけ?と迷いながら、唇をその唇に押し付けた。
 肌の感触を味わう程度のこれをキスと言っていいのか、疑問だったけれど、とにかく俺は先生とキスをした。間違いない。先生とキスをしたんだ。おそるおそる目を開けると、目の前の先生は俺の顔を見つめながら、ニヤニヤと笑っていた。

「気が済んだ?」
「へ……?」
 長年想い続けた、天使のような微笑みの優しい先生はそこにはいなかった。
「次は僕の番」
「先生の、番?」
 気づけば、ソファに押し倒され、俺の両手は先生に縫い止められていた。先生を下から見上げる格好になっているが、どうしてこうなっているのか、現状を飲み込めずにいる。

「中澤くんの気持ちは十分伝わった。今度は僕が約束を守る番だね」
「約束……」
「僕にとって君は特別な生徒だと言っただろう?」
 確かに十年前、先生は俺にそう告げた。てっきり、特別な感情、いわゆる好きだという意味で理解していた。
「それは俺のことが好きってことでは……」
「あー、ちょっと違うかな」
「違う、んですか?」
「うん、実はね、君の学年では中澤くんだけなんだ」
「俺…?」
「そう。僕が唯一、ヤッてない生徒」

――ヤッてない生徒。
 ヤるとは?ヤるというのは、セックスをするという意味だろうか。思考が追いついていないが、確かに俺は先生とヤッていない。キスすらしていなかったのだから当然だ。けれど、それが唯一学年で俺だけだったというのは、どういうことだろう。すなわち、先生は、俺以外の生徒とはヤッていたということになる。

「僕、楽しみは最後にとっておくタチでさ」
「楽しみ……」
「そう。だって君、巨根なんでしょ?」
「へ……」
 まったく予想していなかった事実を告げられる。確かに、修学旅行でクラスメイトに見られて、からかわれたことはある。俺は人に言わせれば、ナニが若干大きいらしい。しかしなぜ、それを先生が知っているのだろう。

「君は今まで僕が経験してきた生徒たちの中で一番大きいと噂に聞いてるんだ」
「そ、そうなんです、か?」
「だからずっとずっと楽しみにしてきたんだ。君とヤることを」
 ぺろりと舌なめずりをした先生の顔はとても色っぽくて、妖艶で、かつて"守ってあげたいタイプ"だった先生はどこにもいなくて、どちらかというと、目をギラギラさせて、今にも襲いかかろうとする肉食の獣のようで。
 おろおろとする俺に構わず、先生の手が伸びて、俺の着ているシャツのボタンをひとつひとつ解いていく。

「ちょ、ちょっと待って、ください!」
「えー、早くやろうよぅ。君だって、僕とエッチなことしているところはたくさん想像したんだろ?」
「う……」
 それは事実である。ぶっちゃけ、先生が教壇に立つ姿を想像しては抜いた。それはもう、果てしない数、抜いた。これはラッキーなことなのだ。なんせずっと憧れていた先生とヤれるのだから。
 唖然としている俺に構わず、先生は次々と服を剥いでいく。されるがままになって、上半身はすっかり裸になっていた。

「まだ誰にも触られてませんって感じのピンクの乳首、かーわいい」
「あっ……んっ」
 指先でぴん、と弾かれ、ぴくりと体が跳ねる。もちろん俺の乳首は誰にも触れさせたこともなければ、見せたこともない。ああ、それこそ修学旅行でみんなと入った大浴場くらいなものだ。
「ここ、気持ちいいんだよぉ?」
 胸を両手で撫で上げられて、両の親指でくりくりと弄られる。まるで電流が走ったかのように、体がびくびくと震える。
「んっ、んーっ!」
「舐めたらどうなっちゃうの?」
 先生が、俺の胸に顏を近づけたかと思えば、舌がべろりと乳首を舐める。
「ふぁっ……」
「んん、かわいい」
 ちゅっ、ちゅっと水音を立てて吸われ、うっかりすると、声が出てしまいそうになるのを必死でこらえる。歯を食いしばるけれど、つい、吐息が漏れる。それが、かえっていやらしくなり、恥ずかしくなる。散々舌と指で弄られ、俺の乳首はぷっくりと腫れる。それはまるで自分のものではないようだった。
 喘ぎ疲れて、ぐったりしている俺のデニムの上から、先生が股間を優しく撫でる。

「あっ……そこ、は…」
「ねぇ、中澤くんのおちんちん見たいー」
「恥ずかしい……です」
「たくさん気持ちよくしてあげるからさー」
 甘く言葉を囁きながら股間を撫でられていると、その手に反応してデニムがむくむくと膨れ上がる。ただでさえ、僅かに勃ちはじめていたそれに刺激が加われば、たちまち大きくなってしまう。

「わぁ、すごい。早く食べたいなぁ。ねぇ、いいでしょ?」
 俺の答えを待つ前に、デニムは膝のあたり降ろされていた。ベルトのバックルは外され、窮屈そうだったトランクスの中の俺のそれを、両手でそっと覆うように触る。
「あ、せんせ……だめっ……」
「みんな最初はそう言うんだけど、結局、気持ちよくなっちゃってさ、僕と体だけの関係になっちゃうんだよねぇ」
「俺は、違っ……」
 トランクスの上のゴムをひっぱり、ぶるりと飛び出した俺のそれはガチガチになって反り返っていた。

「すごっ……中澤くん、すごいよ!おっきい……」
「せんせ…見ないで…くださ…」
 恥ずかしいことに、俺の息子は先走りをだらだらと垂れさせていて、狂暴なサイズに加えて、艶めいていた。こんなにも興奮した自分のそれを明るいところで、まじまじと見たことがなく、羞恥で頭を掻きむしりたくなる。
 それをうっとりと見つめる先生の顔は恍惚とした表情で、今まで見たことのない先生だった。かわいらしく、淑女のようだった先生が、実は生徒とヤリまくっていて、こんなにいやらしい人だっただなんて夢にも思わない。

「早く食べちゃいたいけど、その前に味見させてね?」
「え……うわぁぁっ!」
 大きく口をあけたかと思うと、先生は俺のそれを頭からぱくりと咥えた。ねっとりと温かい唾液に包まれ、さらにぐねぐねとよく動く舌先が、サオからカリを往復すれば、今まで感じたことのない快感に襲われた。これが俗にいう、フェラチオというものなのだろう。こんなにも気持ちがいいとは知らなかった。
 けれど気を抜くわけにはいかない。あまりのテクニックに、外に放出されたくて、うねっている欲望がうっかり飛び出してしまう。さきほどの乳首とはくらべものにならない快感は、まさに強敵だった。

「あっ、先生、出ちゃうから!やだ……」
「まららよー」
「離して、先生だめ……!」
 ちゅぽん、と音をたてて、先生の口から離れたそれは、快感の余韻でびくんびくんと震えている。あのまま咥えられていたら、本当にやばかった。肩で息をしていると、先生は俺から離れて、服を脱ぎだした。華奢に見えたその体は、意外としっかりとした骨格で適度に筋肉もついていた。
 そして、ソファの下にあったらしい、開封済みのローションをねっとりと自分の手のひらにひねり出した。

「ロ、ローション……」
「ね、あるって言ったでしょ?僕は、愛用しているやつがあるんだ」
 弾んだ声で答えたかと思えば、糸を引いたその指を自分の尻に自ら塗り始めた。
「先生、何して……」
「さすがに、中澤くんのサイズはちょっとね?心配しないで、寝転がったままでいいからね」
「あの……」
「僕が全部やってあ、げ、る」
 自分の気持ちいところを指で探っているのか、腰を突出し、俺に見えるようにその穴をいじりだした。先生の二本の指が、ローションの水音のせいか、ぐっちゃぐっちゃといやらしく出し入れされる。あそこに、俺のこれが入るのだろうか。

「ねぇ、中澤くん童貞なんでしょ?」
「ふぇ……?どうして、それを…」
「あのキスでわかるに決まってるじゃない。君の童貞までもらえるだなんて、十年待っててよかったなぁ」

 俺は先生を想いつづけて十年、そして先生は俺とヤる日を待ち続けて十年経ったということになる。そんな展開になるだなんて、想像もしなかった。

 先生は俺に跨り、反り返った俺のそれの先端を自分のそこにあてがった。
「すごい大きさ……さすがの僕も壊れちゃいそうだ」
「先生、やめましょ……?今日は、このへんで…」
 そんな俺の言葉は聞かず、先生は徐々に腰を落としていく。

「あ、あ、あ、すごい。ねぇ、すごい……」
「せ、んせ…」
 目の前で、じわじわと中に押し割っていくそれと、息を乱しながら妖艶な表情に変わっていく先生を見比べて、自分のイツモツが興奮していくのがわかる。
「ああんっ……おっきくしないでっ……いいっ!」
「んっ……せん、せ…」

 根本まで咥えこんだ先生は、はぁんと息をついて、入ったぁと声をあげる。先生の中はきゅっと締まって、これもまた初めて感覚で、乳首、フェラチオ、そして先生のナカはまさにラスボスだった。これには勝てそうにない。

「ん、すごい!中で暴れまわってるぅ!」
「あ、先生、だめ、動いちゃ…」
「もっと!中澤くぅん、つきあげてぇ!」
 先生の腰を両手でつかみ、ぐいっと腰をつきあげると、腰の上で先生がのけぞった。なんといういやらしさだろう。
目の前に大好きな先生が、俺のこれで悶えて喘いでいる。最高すぎて、目がクラクラしそうだ。
「もっと…ちょう、だい!中澤、く、ん」
「こう、ですか!」
「はぁん!」
 肌と肌が打ちつける音が、ぱちんぱちんと部屋中に響く。そのたびに先生が声をあげ、ナカが締まり、俺のそれが大きくなる。その連鎖はきっと長くは持たないだろう。

「せん、せ…!俺、本当に先生のことっ」
「うん、わかってる!好き、俺も中澤くんのおちんちん、好きぃ」
「出、ちゃう、あ、出ます…っ!」
「ああ、ちょう、だい……」

 びくんびくんと先生のナカにたっぷりと注いで、ふと我に返る。

「あ…」
「ん、どうしたの?」
「コンドームも……持ってきてました」
「サイズは?」
「……普通ですけど」
「無理なんじゃない?」

 くすっと微笑んだ先生は、かつて好きだったかわいい先生に戻っていた。


***

 俺の胸の上には、かつて思い続けた先生がいる。そっと両手を先生の背にまわして、優しく抱き寄せる。

「今、気づいたんですけど」
「なーに?」
「先生、同窓会にいたあのメンバー、全員と……」
「ああ、うん。ヤッたよ?」
 やはりそういうことなのか。こういうのも、穴兄弟というのだろうか。しかも、卒業式までに、ヤッてなかったのは自分だけだったというのだから、何も知らないとはいえ、おそろしいことだ。

「先生」
「ん?」
「先生は、俺とヤッて満足したんですか?」

 結局そういうことになる。先生を想い続けていた俺と違って、先生は俺と、正確には俺の巨根とヤりたかっただけなのだ。これで先生の願いは達成されたことになる。
 
 世の中、そう簡単にうまくいくはずがない。十年後に再会して、先生を抱いた。それだけのことなのだ。

「最初はそうだったんだけどね。僕も中澤くんに会えるのを楽しみにしていたのだから、基本は同じかもしれない」
「え……それって」
「ねぇ、僕たち、体の相性も悪くないと思わない?」

 一度しか経験のない俺に、相性なんてわかるはずがない。そう反論しようとしたら先生の顔が近づいて、ちゅっとキスをされた。
「これから僕が中澤くんに、いろんなことを教えてあげる」
「いろんなこと……」
「うん、また僕たちは先生と生徒に戻ることになるね」
 くすくすと笑う先生は、なんだかうれしそうだ。

「じゃ、俺は先生のこと好きでいていいんですか?」
 きっとそれが一番聞きたいことだったんだと思う。先生は、俺の頬にもキスをした。

「もちろん」


 俺たちは十年後に再会をして、再び生徒と先生に戻った。けれど、もうただの生徒と先生じゃない。

 これからもずっと先生を愛し続けます。先生に、いつか俺の息子と同じくらい、俺を愛してもらえますように。



<完>

春日すもも
グッジョブ
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