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第3回 BL小説アワード「怪談」

バッドエンド/フェチ/猟奇 グロ

………Mが笑った。まるで右手とじゃれあうかのように。

ピピン
グッジョブ

 今日、Mから右手が届いた。


拝 啓
厳寒の候 貴方様におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
 初めてのお手紙を失礼いたします。
 私は、H区に住まいます、M・Kと申します。
 去る平成28年2月1日午後、地下鉄東西線の車内で、貴方をお見かけいたしました。そこで、私は貴方のすばらしい右手に心奪われてしまいました。
 なんという美しい右手だったことでしょう。
 地下鉄のポールを掴む貴方の右手は、くっきりと筋の骨が4本浮き上がり、それは見事なフォルムでございました。細すぎもせず太すぎもしないちょうどよい指の太さ。きちんと切りそろえられた爪。甲にうっすらと浮かぶ静脈。
 何度思い出しても、ため息がこぼれます。
 ただ一つ気になったのは、指先がかすかに赤くなっていたことでした。きっとこの寒空に凍えたのでしょう。あまりにも痛々しく、おいたわしくてなりません。
 貴方の美しい右手が二度と凍えることがないように、失礼かつ不躾ながら、手袋を贈らせていただきます。
 余計なことをと、貴方はご立腹なさるかもしれません。
 あくまでも私の気持ちでございます。
 ご不快でしたら、どうぞ捨て置いてくださいませ。
 末筆ながら、貴方様と、貴方の右手が、健やかならんことを、お祈り申し上げます。           敬 具

 平成28年2月15日
                                                  M・K

S・N 様


 Mが最初に送ってきた手紙は、およそこのようなものだったように思う。
 思うというのは、私は、大切にレターパックに封入されたこの手紙と、右手用だけの優美な黒い皮手袋を見るや、ハサミでずたずたに切って捨ててしまったからだ。
 かようなものを送りつけられて、戦慄しない者がいるだろうか。地下鉄の中で一瞥しただけの私の所在を、わずか二週間で突き止めたMの執念に、冷や汗が流れる。
 レターパックには、丁寧な文字で、Mの名前・住所・電話番号が書かれていた。
 電話して抗議すべきか? 私も男だ。なんとかなるような気もする。いや、このような不気味な人間には、一度たりとも関わらないのが肝要だろう。私は無視することにした。
 その後、Mからは一週間に一通ずつレターパックが届いた。いずれも上質な手袋で、いつも右手用の片方だけであった。そしていつも丁寧な手紙が添えられていた。
 私は躊躇なく切り刻んで捨てた。
 4月の頭に届いたのは、タキシードに合わせたらさぞ似合いそうな、白絹の手袋だった。そのぬめるような白い絹の輝きに、私はしばし見惚れた。それを右手にはめたいという誘惑には抗えなかった。
 白絹の手袋はまるで誂えたかのように、私の右手を覆った。しっとりとした絹の感触に、私は酔った。
 私は、その手袋を、そっと箪笥の引き出しにしまった。
 それから二週間、日が空いた。
 Mはもう気が済んだのかのしれない、と思い始めたころ、Mからの最初の右手が、ゆうパックで届いたのだ。
 木彫りの、私の右手だった。
 私はつくづく自分の右手と、Mが作ったであろう右手を見比べた。
 荒削りながら、私の右手の特徴を捉えていた。
 それは、手紙でMが見たという、地下鉄のポールを軽く握ったようなポーズをとっていた。
 手首から上の右手のオブジェ。
 指の長さ、手の甲に薄く浮く静脈などは非常によく似ているように思った。
 爪は、今の私の方が長かった。
 彼は、冬の一度の邂逅の記憶だけで、この木彫りの右手を作ったのだろうか。それとも、ときどき私をどこからか見ていたのだろうか。
 手紙はなかった。見てくれればわかる、ということか。
 Mの、右手への執着。右手への愛。右手への賛美。
 私は、木彫りの右手を、ガラス戸の飾り戸棚に置いた。
 それから二・三週間おきに、手作りの右手がゆうパックで届くようになった。
 製作に時間がかかるのだろう。それは塑像だったり、石膏像だったり、私が知らないいろいろな素材で出来ていた。いずれも手首から上の右手で、ポーズはさまざまであった。ゆったりと指を広げたもの、軽く握られたもの、なにかを摘み上げているような仕草のもの、等々。
 それらが届くたび、私はガラス戸の飾り戸棚に飾った。
 そして、今日、新たな右手が届いたのである。
 息を飲む出来栄えであった。
 シリコンか何かの樹脂で出来たそれは、やわらかで、しっとり吸い付くような感触がした。体温すら感じてしまいそうだ。肌色のなめらかな色彩。指の第一関節にかすかに生えた産毛。甲には薄青い静脈が幾本も透けて見えた。
 もう私の右手と比べる必要もなく、それは、私の右手だった。
 いや、おそらく、Mが理想とするところの、私の右手なのだろう。
 私は、テーブルに置いた、樹脂の右手をためつ眇めつ眺めた。満足だった。見事に空間を完成させる右手のオブジェだ。
 その右手は、以前届いた木彫りの右手のように、地下鉄のポールを掴むようなポーズをとっていた。木彫りの右手より、指が作っている輪が大きい。
……ああ、そうか。
 私は、得心した。
 Mは、この右手を何に用いるかも、考えていたのだ。
 私は右手を取り上げて、そっと自分の脚の間に宛がった。下衣をくつろげ、その指で私の陰茎を包み込む。Mのそれは私のより太いらしい。
 私のものには、指が作る輪がやや大きいので、物足りない。それでも、私は自分の右手で、その樹脂の右手を掴み、ゆっくりと動かした。右手の輪を私の陰茎に擦りつけた。もどかしい感触がした。
 時々その右手に体温がないことに気づいてしまう。目をつぶってごまかし、私は樹脂の右手を動かし続けた。
 顔も知らないMが味わったであろう愉悦を想像すると、それは新鮮な刺激となって私を興奮させる。
 程なくして私は達した。
 乱れた衣服を整えながら、私は考えた。
 Mは、ストーカーなのだろうか?
 「つきまとい」という点では、Mは確かにストーカーだろう。
 でも、今や私は不快に感じてはいなかった。むしろ、Mが贈ってくる右手を待ちわびているのだ。
 なぜなら、私は、この世のなによりも、私を好きな人間なのである。
 Mの、私の美しい右手に寄せる執着、愛情、賛美に、私は憧憬を感じる。私は、私の右手を、嫉妬しそうなほど、うらやましくすら思っていたのだ。
 Mが作る右手は、まるで芸術家がミューズにひれ伏すかのように、私に奉げられていた。
 私は、次の奉げものへの期待を胸に、新たな右手を、ガラス戸の飾り戸棚の、右手たちの列の一番手前に飾った。

 目が覚めると同時に、頭が割れるように痛んだ。
 目の前は真っ暗で、私は仰臥していた。両手足が布のようなもので縛りつけられ広げられている。ここはベッドの上だろうか。
 何が起こった?
 記憶にあるのは、7時過ぎに会社を出て、地下鉄でM駅に着き、自宅に向かって歩いていたことだ。M駅を出て、坂を登り、国道沿いに出たところまでは覚えている。
 私は頭を殴られて、どこかへ拉致されたのか?
………これは、Mの仕業か?
 どういうつもりだ?
 私は、お前が右手を夢想するのを許しているではないか。こんなめにあわされる謂れはないはずだ。
 Mはただおとなしく私の右手を奉っていればいいのだ。
 Mへの怒りと、最初のころ感じていたMへの嫌悪が、腹の中に沸き上がってきた。
「おい! M!」
 私は叫んだ。猿ぐつわはされていないことが幸いした。
「おい! M! どういうつもりだ! ふざけるなよ! M、いるんだろう?!」
 あらゆる罵倒語を並べ立てて叫んだ。
 息も切れかけた頃、ようやくドアが開く音がした。
 パッと灯が付き、眩しさに一瞬目が眩んだ。
 白々とした照明の中、ベッドにくくりつけられた、全裸の私がいた。両手足を縛っているのは、白いシルクのスカーフのようなものだった。
 壁紙も天井も白く、ベッド以外の家具はない。
 そして、私の足元の方向にあるドアの前に、男が一人立っていた。
……これが、M?
 私は、これまでMを陰鬱なオタクのような男と想像していた。彼がMなら、私の想像は大きく誤っていたことになる。
 細い身体に、白いシャツをボタンをきっちり首元まで留めて着込み、ボトムは細身の黒いパンツ。やや長めの鴉の濡羽色のような黒髪。何よりも驚いたのはその顔であった。細い頤、すっきり通った鼻筋、杏仁型の濡れたような黒目がちの瞳。薄い朱色の唇。
 「ビスクドールのような」という比喩は、彼にこそふさわしいだろう。
 モノクロの美しい男。
 彼は無表情に黙って、そこに立っている。
 異様であった。
 やがて、私はある一点に熱を感じた。彼の視線は、一心に私の右手、ベッドヘッドのポールにくくりつけられたそれに向かっていた。
 彼は、間違いなくMだ。私は確信した。
 Mは、ゆったりと優美に動き出した。ベッドの右側に近寄り、腰をかがめた。
 私はMから目が離せなかった。この男の一挙手一投足が恐ろしくてならない。
 Mの瞳にかすかに喜色を見たと思った。
 次の瞬間、Mは私の右手の掌に、接吻をした。
 おこりような震えが私の身体を駆け抜けた。
 私は右手で精いっぱい、Mの顔を払いのけた。手首を戒められていたせいで、それは大したダメージではなかったろう。
 Mは顔を離しはしなかった。
 私は手を握りしめ、激しく振り、抵抗した。
………Mが笑った。まるで右手とじゃれあうかのように。
 手だけで激しく抵抗したのに、私の息は上がってきた。無様にハアハアと息をした。
 抵抗が弱まったとみたのだろう、Mは次なる攻撃に打って出た。
 私の右手の指の股に、ゆっくりと舌を這わせたのだ。赤い舌がぬめぬめと、下から上へ滑っていく。
「やめろ… やめろっ!!」
 私はパニックになって叫んだ。再び右手を振って抵抗する。
 Mはやめなかった。それどころか、右手の小指をゆっくりと口の中に含んだ。
 顔の右側の間近いところに、異様な光景が見える。
 小指は思ったよりもずっと熱いMの口蓋に吸い込まれ、再びゆっくりせり出された。指がすべて彼の唇から出そうになったとき、Mは小指の爪に軽く歯を立てた。
 その瞬間、覚えのあるしびれが私の身体に走った。
「やめろっ!!」
 まずい。 まずい。 まずい。
 私は、Mの舌に、性的快感を得てしまったのだ。
 Mが私の右手を愛でる。嬲る。貪る。
 あらゆる手を尽くして、彼はそれを味わった。
「うっ…くっ……」
 歯を食い縛った私の口から、堪え兼ねたうめき声が漏れる。屈辱だった。だが、もう右手に力が入らない。
 やっと、Mが右手への凌辱を止めた。
 ほっと息をついたのも、つかの間だった。
 Mは、私の右手を戒めていたスカーフをほどいた。何度も力を入れて引っ張ったせいで、手首には赤い痕がついていた。憐れむように、それを唇で辿る。
 惜しむかに、Mは右手を白いシーツの上に鎮座ましました。
 それから、ぐるりとベッドの周りを廻って、Mは私の脚の間に立った。
 蔑む瞳が、それまでのさんざんの右手への暴挙で、私の兆してしまったものを、見下ろしていた。
 恥辱を感じ、私の顔はたちまち熱くなった。
 Mは、私のそこをやんわりと両手で包んだ。
 なぜ?
 Mが私に興味を持ったのか?
 Mの手が私の性器を高めていく。竿を上下に擦り、後ろの袋を揉みしだく。
「…あ、……あっ やめ……や…あ……」
 私の口からついに哀れな喘ぎ声が漏れ出ていった。
 私のみじめな気持ちとは裏腹に、性器は限界まで高められてしまっていた。もう達する、と思った刹那、Mは根元をぎゅっと押さえつけた。
「やあっ!」
 解放をせき止められ、私はのたうった。
 次に、Mは手を更に後ろに伸ばした。何をされるのか、私は瞬時に理解した。
 魚のようにのたうつ私の身体の抵抗を押さえつけ、Mは後ろの蕾を解し、指を入れて慣らした。
 やがて、Mの熱いものが、私に蕾に押し当てられた。肉が裂ける感覚が身体を走り抜ける。
「う…あっ!! ん――――――――っ!!!」
 生まれて初めての破瓜の痛みは凄まじかった。
 Mはすべてを納めると、馴染ませるように小さく腰をゆらした。だんだんその揺れは大きくなっていった。
 私は、あまりの痛さに、悲鳴を上げて泣きじゃくった。
 だが、それでも、身体は徐々に痛みに隠された快感を拾っていく。嗚咽が、快感に咽ぶ声に変わるまで時間はさほどかからなかった。
 私の股間で竦んでいた性器も再び立ち上がり、私はMが作り出す激しい揺らぎに身体を預けた。
 涙の膜の向こうに、Mの顔が見えた。
 Mは微笑んで、私の顔の横、右手を見ていた。
 スカーフの戒めを解かれた右手は、ベッドの上で、のたうち、シーツを引きつかみ、拳を力いっぱい握り、私の身体をひた走る快感の表情を見せている。
 そうだ。Mは、これが見たかったのだ。
 私は、右手を上げて、Mの腕に縋った。
 爪を立ててMの腕を這い上り、感触のよい白いシャツの袖を掻き毟って見せた。
 Mの顔にはっきり歓喜を見たと思った。
 Mは、私の右手の指と自分の指を絡め合わせ、私たちはいっそう激しく身体を揺さぶった。
「あっ! いく! いく…いく… ああっ、もっと、もっと…だめ――――――――っ…」
 快感の高みで、私の右手は、どんな顔を見せていたのだろうか。

 いつの間にか気を失っていたらしい。
 私は、煌々と照らされた灯の下で、目を覚ました。
 あの狂乱から、どれくらい時間が経ったのだろう。
 部屋には、誰もいなかった。
 相変わらず、私の左手と両足は縛られていて、唯一解放されている右手も力なくベッドの上に落ちていた。
 指一本動かす気がしない。
 身体には、いろいろベタベタとした液体がまとわりつき、乾きかけている気がした。すえたような、青臭い臭いがする。おさまった熱気の残りで、部屋の中は蒸していて、気持ちがわるい。
 静かにドアの音がして、誰かが入ってきた。
 もう、そちらを見る気もしなかった。
 その人間は、静かにベッドサイドに立った。
 私は、重い瞼を上げて、自分の右横を見た。
 Mだった。
 衣服も髪もきちんと整えられ、Mの顔は最初に会ったときと同じに、人形のように無表情だった。でも、その手に握られたものは。
 ああ、…Mはやっと気がついたのだ。
 Mと、私の右手の間を、邪魔するものが、他ならぬ私だということを。
 だが、M、その得物は、君にはいかにも似つかわしくない。君は今まで、優美な感性で、私の右手を称賛してきたじゃないか。
 Mが、私の右手の手首めがけて、鉈を降り下ろすのを、私はただじっと見つめていた。

<完>

ピピン
グッジョブ
5
ピピン 16/07/15 23:34

すみません、筆者です。
冒頭の手紙文が違ってしまいました。
「敬具」と署名の「M・K」は、本来は行末なのですが、行頭になってしまいました。投稿フォームの仕様か、空白を入れても行末に配置することが出来なかったのです。
「敬具」と署名は、行末にあるものと思ってくださいませ。
ご高覧いただけましたら、幸いです

Rikopon 16/07/25 13:32

怪談というかホラーだった。
変に捻った終わり方にしてない分直球に怖いし、書き方が淡々としてるのも怖さを倍増させる。

ピピン 16/07/25 22:26

Rikoponさま
このたびはご高覧いただきまして、ありがとうございます。
私も「これは『怪談』としてはいかがなものか…」とすこーし疑問だったのですが、…投稿してしまいました。
「怖い」と書いていただいて、嬉しかったです。
コメントをありがとうございました。

Rikopon 16/07/26 14:28

すみません誤解を招くコメントでした。ホラー要素の入った怖くて面白い「怪談」だったと思いました。
Mの行動のぶれなさと導き出した結論が好きです。

ピピン 16/07/26 22:08

Rikoponさま
重ねがさねありがとうございます。
コメント、本当にうれしいです。

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