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第3回 BL小説アワード「怪談」

偽りの鎮魂歌

エロあり/近親相姦

 『天におわします神よ。今日もまた新たな1日を迎えるられることを感謝します。そして叔父を愛することをお許しくださいーーー』

伊織あすか
グッジョブ

首都ヘルゼンから遠く離れたカルディア山の麓には幾つかの町がある。
そのなかの町の一つ、イスタンベルは隣国との国境付近に最も近い町だ。
築100年は軽く超えていそうなレンガ造りの家や、隣国の文字が時折目につく看板を掲げた店が立ち並ぶ町中は、都市と比べると見劣りするが、小規模ながらに活気に満ちている。
そして、きちんと国境警備隊の駐屯所も運営されていて、比較的治安もいい。
都市近郊で暮らしていたアレルからすればかなり長閑な印象を受けるイスタンベルの町から少し離れた小高い丘にはこぢんまりとした教会がある。
そこが、アレルと、叔父のダリルが一間週間ほど前に移り住んだ新しい住処だ。
「天におわします我らの父よ、願わくはみなを崇めさせ給えーーー」
鮮やかな青色の屋根が特徴の小さな教会の最後尾で、アレルはダリルが祈りを捧げる声に合わせて目を閉じ、真摯に祈りを捧げた。
信者と言えるほど信仰心の深くないだろう町の人たちも集い、祈りを捧げている姿が、うっすら目を開けて様子を伺っていたアレルにも見て取れる。
年齢も性別も様々だが、小さな子供も騒ぐことなく大人しくしていて祈りがよく聞こえる。
少し低めの耳に心地いいダリルの声に、アレルだけでなく皆が聞き入っているように感じるのは、きっと気のせいではない。
神父服を乱れなく着こなし、神に祈りを捧げているダリルはどことなく神々しくさえ見えるほどの存在感がある。
(自分の叔父ながら、いつ見てもカッコいいんだよな。親の欲目…じゃなくて身内贔屓なだけかもしれないけど)
もうすぐ40になるとは思えない若々しい外見を保つ叔父は、アレルの自慢だ。
すっと通った鼻筋に薄く形のいい唇。艶やかなロマンスグレーの前髪の下から覗く切れ長の瞳は透き通るようなブルーで、一点の曇りもなく清廉だ。
そして、その心根はとても慈悲深く清らかで、思慮深い。
多くの町に教会は存在するものの、神父の数はそれに比例しない。
いや、正しくは神父自体はそれなりにいるのだが、便利の悪い地方へ行きたがる神父はほぼ皆無で、都心にある大聖堂に集結していると言っても過言ではない。
地方巡礼も立派な務めなのだが、好んで赴任する神父はほとんどいなのが現状だ。
故に、そんな如何ともしがたい状況を打破すべく、叔父のような辺境の地に行くことを厭わない神父たちが首都から遠く離れた町を転々と巡っている。
『この地上にいる誰もが、何かしらの悩みを抱えている。だから、私は救いを求めて伸ばされた手を一つでも多くとってあげたいと思う』と、ダリルは言う。
人のために尽くせることができる叔父をアレルは誇りに思っている。ダリルの考えに賛成し、付き従ってきたが、アレルにとってその道中はかなり厳しいものだった。
(やっぱりまだ少し足の調子悪いかな……)
五体満足の健康体ですら舗装もろくにされていない山道を超えるのは一苦労だ。ましてや、体の不自由なものは尚更でアレルの体も少しばかり不調を訴えていた。
3年前、アレルは生死の間を彷徨うほど身体に傷を負った。
それは突然襲った不慮の事故とも言える不運な出来事だった。
何があってどうなったのか、実はアレルはあまり詳しく覚えていない。
両親と三人、母が大好きなオペラを鑑賞して馬車で帰る途中、車輪が濘んだ道を進みきれず崖から転落したとはあとから聞いた話だ。
気が付いた時には、崖から落ちた時に感じた恐怖もきれいに忘れた状態で病院のベッドで寝ていた。
そしてその傍らで叔父が、アレルの手をきつく握りしめていた。
アレルが目覚めたのは事件が起きてから、すでに半月以上経過してからのことだった。
「よかった…。よかったアレル。君だけでも助かってくれて。私は神に感謝せずにはいられない…っ」
奇跡的に助かったアレルにダリルが告げた一言で、両親の死を悟った。15になりたてのアレルの繊細な心は突然すぎる不幸に耐え切れず、深い悲しみに打ちひしがれた。自分も共に逝きたかったと思わずにはいられなかったが、今では生きていてよかったと思うのは、ダリルが献身的に支えになってくれたからに他ならない。
あれ以来叔父はアレルの唯一の家族になり、そして自分の世界で一番大切な人になった。
アレルは熱心に神に祈りを捧げているダリルをちらりと見やり、そして自身も同じように神に祈りを捧げた。
『天におわします神よ。今日もまた新たな1日を迎えるられることを感謝します。そして叔父を愛することをお許しくださいーーー』


礼拝が終わりを告げ、皆が各々教会をあとにしていくのを、アレルはぼんやりと見送った。祈りを捧げた後はいつも、体がふわふわと軽く心地がよくなる。
老夫婦が肩を寄せ合うようにゆっくりと退出していくのを、微笑ましく思いながら視線を扉の向こうに向けた。
ヘルゼンでは滅多にお目にかかれない夏の風物詩ともいうべき太陽の化身のような黄色い花が早くも咲き乱れている。
「まさかと思ったが、やはりアレルか…。寝ていなさいと言ったのに、またこんなところに…」
唐突に、聞きなれた声音で話しかけられ、アレルはしまった…と小さく肩を震わせた。
見渡せば教会にいた人たちは誰一人として残っていない。おそらく先ほどの老夫婦が最後だったのだろう。
貸し出していた聖書と賛美歌を回収した叔父がそれらを手に、アレルに気がついてすでに最後列までやってきた。
「今日は大人しく安静にしていると昨夜私と約束したと思ったが、勘違いだったかな?」
怒ることなく、ただ心配だと言わんばかりに眉を下げる叔父に、アレルはなんと返したものかと言葉に詰まった。
アレルはここに巡礼に来る前から体調があまり思わしくなく、足の不具合だけでなく、微熱を出しては治まるを繰り返していた。
事故以来、たびたび痛む両足。特に足の付け根が痛むことが多く歩くこともままならないこともあるのだが、今日はそこまでの痛みではない。が、叔父は心配なのだろう。
「目を離すとすぐ無茶をする」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。寝ていてばかりいても退屈だろ?家は教会の真裏なんだし、距離もそんなにない。礼拝に参列するくらい問題ないよ」
「その割には少し顔色が悪いようだが…。熱があるんじゃないかい?」
抱えていた聖書を前の座席に置き、ダリルがアレルの頬に触れる。細くしなやかな指に優しく撫でられて、心地よさに自然とアレルのエメラルドの双眸かとろりと溶ける。
額にかかる前髪をさらりとかきあげられ、叔父の額が寄せられる。
まるで年端もいかない子供に対する扱いだが、不思議と反発心はない。
(やっぱりダリルにとっておれはいつまでも子供のまんまなんだよな……)
ビー玉のように大きな二重のエメラルドの瞳に、紅を引かずとも色づくふっくらとした唇に、柔らかな丸みを帯びた淡いピンク色の頬。ステンドグラスに描かれた天使と同じ金髪だからという理由で幼少時は『天使だ』と、もてはやされたこともあるが、成長期を迎えた今となってはそう例えられることも少ない。
やや平均身長に足らず、小柄の部類に入ることは自覚しているが、これでももう18だ。
国の法律上では立派に成人している年齢だし、もうお酒だって飲める年齢に達している。
なのに、叔父の過保護は変わる気配がない。そこだけは考えものだといつも思う。
「熱はないようだが…」
「言ったとおりだろ?大丈夫だよ、無茶はしないから。こう見えても、おれだってもう立派な大人なんだから。それにさ、寝ていてばかりいても退屈だし、礼拝に参列するくらいいだろ?」
「無理をしない限りであれば、アレルの好きにしていいよ。でも、約束は守らないとダメだ」
「分かってる。けど、一人でいたくなかったんだから仕方がないだろ」
「もしかして……また聞こえたのかい?」
聞こえたーーーというその言葉に、アレルは視線を泳がせた。
聞こえてないよ、何も。そう返事をすればダリルが安心してくれることはわかっているのに、隠せない。
うまく隠しても、ダリルはすぐに見破ってしまうから、結局は知られることになるから同じだ。
それでも本当のことを告げるべきなのか迷っていると、なんでも見透かしてしまうようなダリルの視線がじっと注がれていて、アレルは観念した。閉ざした口を、開かざるを負えなくなる。
「ちょっと、聞こえた…。でもほんと、微かにだったし、すぐ聞こえなくなったから」
ーーー「返して…の…を、返して』と、男性とも女性とも判別できないほどくぐもった声で、誰かが何かを返してくれと仕切りにアレルに訴えてくるようになったのは、生死の狭間を彷徨った後からだ。
それはいつも唐突に、アレルに囁かれる。未練や憤りや深い苦悩をにじませた声を聞き続けるのは、正直、あまり気持ちのいいものではない。
自分以上に浮かない顔をしているダリルに、アレルは努めて明るく笑顔を作った。
「ほら、そんな顔しないでよ。辛気臭くなるだろ?せっかく気持ちのいい朝なんだしさ」
「……また聞こえるようなことがあれば私に教えるんだよ?いいね」
「わかってる」
もう声は聞こえないのに、いつもしてくれるようにアレルを抱き寄せ、背中を撫でてくれる叔父に、アレルも縋り付いた。ダリルの首筋に顔を寄せ、ぎゅっと両腕で抱きつく。
(暖かくて、落ち着く。ダリルの心臓の音が、聞こえる。そしていつもより少しだけ早いおれの心臓の音も)
もっと聞いていたくて、ぎゅっと身を寄せると、シャラリと、首から下げたロザリオが服の下で微かに音を立てた。
洗礼を受けた時に叔父にもらった十字架は、アレルのお守りだ。事故があった時ももしかしたらこの十字架が自分を守ってくれたのかもしれない。そう思うと、ダリルの愛情の深さが自分を助けてくれたように感じて、愛しさが一層募った。
「仕事の邪魔したよな…。ごめん」
解き難い抱擁を解き、アレルは言わなければと思っていた謝罪を口にした。ダリルが、優しい微笑を口元に浮かべる。
「邪魔などと思ってはいないよ。君は礼拝に参加しただけだろ?来たければいつでも来ていい。それに、アレルの言うように、ずっと家に篭っていては退屈だろう」
「………」
それはそうなのだが、と思いつつアレルは口を閉ざした。ダリルがいれば違うが、彼がいない部屋で一人で過ごすのは正直退屈以外の何物でもない。
だからと言って、土地勘もない場所を一人で散策するのも躊躇われた。方向音痴も理由の一つだが、それだけではない。
(ダリルはおれが一人で外出することを快く思ってないもんな)
目の届かないところで、アレルが危険な目にあってはいないかと心配で、仕事が手につかなくなるのだ。ダリルに余計な心配をかけるのは嫌だった。
どう答えたものかと悩んでいると、叔父がクスッと笑う気配がした。
「退屈だって顔に出てるよ?後で、すこし散歩でも行こう。ただし無理はしないこと、いいね?」
「うん、ありがとう。じゃあ待ってる」
いい子だーーとダリルに、頭を撫でられ、アレルはまた子供も扱いして…と思いつつも、口元をほころばせた。


「まだ帰ってこないのかな…」
読みかけの本をパタリと閉じ、アレルはラグマットに座ったまま、壁にある時計を見上げた。
時刻をみればダリルの帰宅予定時間をとっくに過ぎていた。普段ならすでに帰宅している時間帯なのだが、ダリルが帰ってくる気配はない。
ここに滞在して今日で三週間が過ぎたが、ダリルはきっちり同じ時間に帰宅していたのに、珍しいこともあるものだと、アレルは溜息をついた。
(杖…どこに置いたっけ?)
待っていてもいつ帰ってくるのか分からないし、それなら迎えに行く方がいいかとアレルは視線を巡せ杖を探した。
一時は回復しているように思えた足の調子は、ここ最近ではあまり思わしくなく、昼夜問わず痛みを齎らしていた。鎮痛剤で誤魔化しながら生活をしているが、杖がなくては満足に歩くことができない。
調子がいいときはダリルが散歩に連れ出してくれたのに、今ではめっきりそれもない。退屈だが、アレルの体の負担になるようなことを許可するダリルではないから仕方がない。
本当なら教会までのわずかな道のりでさえ歩くことを禁止されていたが、今日くらいはいいだろうと腰を上げた。
「あ、あった。ここに置いておいたんだったっけ」
ソファの隙間に杖を見つけ、アレルはそれを手に部屋を出た。すっかり日の暮れて暗くなった道を転けないように気をつけながら、足に負担をかけないようにとぼとぼ歩いて行く。
居住区である裏手から迂回し、次の角を曲がれば教会の正面入り口だ。
足が本調子でないせいで、まださほど歩いていないのにアレルの額に汗が浮かぶ。
あと少しでつくというところで誰かの声が聞こえて、アレルは咄嗟に立ち止まった。
「すみません…突然訪ねたりなんかして、帰るところ、でしたよね?」
「いいんだよ、そんなこと気にしないで。困った時に誰かに頼ることは必要なことだ。一人で思い詰めてはダメだよ?ほら、下を向かないで?顔を上げて」
一つはダリルの声で間違いないが、もう一つの声は聞きなれないものだった。だが、おそらく相談に訪れた人の声だろうと察しはついた。
こんな風に遅くまで相談相手になることはままある。だからなんの不信も抱かない。だが、なぜだろう…妙に不安になった。
覗くのは趣味が悪いと知りつつ、アレルはこっそりと覗き見た。そして、すぐに後悔した。
礼拝に参加していた記憶がある少年を、ダリルが愛しそうに見つめていたからだ。
「臆病になりすぎてはいけないよ。君はとても笑顔が似合う。君は魅力的な子だ。自信を持って」
泣いているのだろう。月明かりのしたで、ぐすっと鼻をすする少年の耳元に、ダリルが優しく囁いている。少年の顔の影に隠れてダリルの表情は伺うことができないが、きっと慈愛に満ちた顔をしているはずだとアレルには簡単に想像できた。
途端に、複雑な感情がアレルの胸の内で渦巻く。
きゅっと眉根が寄るのに気がつき、アレルは首から下げている十字架を取り出して握りしめた。
(ああ、まただ。胸がもやもやしてる…。ただ、心が弱った人を放っておけないだけだって知ってるのに、そうな風に、おれにするみたいに他の人に優しくして欲しくない)
それがどんなに醜い感情なのか、この歳になれば知っているのに、こういう場面を見てしまうと嫉妬してしまう心を抑えられない。
こういう事は初めてではないが、制御できない。
(帰ろう。ここにいたら、また苦しくなる…っ)
きゅぅっと、締まる胸の痛みに蓋をして、アレルは踵を返した。大人しく家で待っていればよかったと後悔を抱きながら、重く痛む足を引きずるようにその場を去った。
精一杯、出来うる限りの速さで帰宅を果たしたアレルは、脇目も振らず寝室へ向かった。
痛む足を休ませたい思いと、寝てしまえばその間だけでも現実を遮断できるだろうその一心で。
だが、そうなるように切実な思いで目を瞑るが、やはり現実は無慈悲だ。
見たくなくて逃げ出すようにその場を後にしたのに、嫌な想像が勝手に脳裏に繰り広げられてアレルを苦しめた。
閉じた瞼の裏には名前も知らない少年と仲睦まじく見つめ合うダリルの姿。
何も持っていない自分がこの世で一番大切にしていて、唯一無二の存在だと思えるのは叔父であるダリルだけ。それ故にダリルに関することには寛容になれない自分が嫌いだった。
(何をそんなに不安になってるんだよ、おれは)
自分の狭量さがほとほと情けない。他人を羨むなど神の教えに反する醜い行いの一つだというのに…。
「寝てしまおう…そして全部忘れよう」
とはいえ、自力で眠れるの気がしない。
眠れないときはよく母が温かいミルクを用意してくれた。きっとそれを飲めばぐっすりと眠れると思い立ち、アレルはベッドの脇に立てかけておいた杖に手を伸ばした。が、手元に杖を引き寄せたはずが、杖はからりと音を立てて床に転がった。
「痛……っ、あぁっ、くっうぅ」
無理をさせたと自覚のある足が異常なほど熱を持ち、そしてズキズキと痛み、アレルはベッドに突っ伏しうめき声を上げた。
胸に感じていた痛みなどどこかへ吹き飛んでしまうような痛みに、全身から汗が噴き出す。
『返……て、……を、…て…ーーー』
「っ…?!」
『…を、……返し…。…を、…の』
「痛ぁあ、あ、くぅ…」
(またっ、またあの声が、する…!)
痛む足をさすっていた手を放して、耳を塞ぐ。
ここのところずっと聞こえていなかった、不気味で不快な声が聞こえる。耳を塞いでもその声は収まることなく、直接脳に響いてくる。
まるでアレルを闇の世界に引きずり込もうとしているかのような、怨念に満ちた恐ろしい声音に涙が溢れ出る。
「嫌だっ、怖いっ、…助けてっ、ダリルっ。助けて…っ」
足をもぎ取られてしまうような激痛と、得体の知れない恐怖にアレルは涙を流しながら叔父の名を呼んだ。
シャラリと首から垂れる十字架を右手でぎゅっと握り、神ではなくダリルに助けを求める。
「痛いっ、うぁっ、やめてっ、助けて…っ、ダリル…ダリル!」
「ーーーアレル?!」
ダリルはきっと来てくれない。そう心のどこかで思っていたのに、バタンと勢いよく寝室の扉が開いた。
慌てたように駆け込んできたのは、ダリルだ。
血相を変えアレルに駆け寄り、怯えと痛みにブルブルと震える甥を抱き起こし、抱きしめる。
「アレル、遅くなってすまない。私はここにいるよ」
懸命に頷きながら、アレルは縋り付くようにダリルにしがみついた。
「ダリル…っ、足が痛いっ、それに声がっ…」
「大丈夫。もう大丈夫だ、アレル。私が来たから」
ダリルに背を撫でられ、そして痛む脚を撫でられる。ズキズキとナイフで切り裂かれたように痛むそこをさすられながら、耳元で何か祈りの言葉を囁かれる。
「痛、うぅ、く、うぅう」
「大丈夫、大丈夫だ、アレル」
(ああ、…痛みが、引いていくーーー)
ダリルに撫で続けられる足の痛みが嘘のように引いていき、涙が止まる。
同時に、あの不気味な声が遠のいていくのをアレルは感じた。



「さぁ、これを飲んで。少しは気持ちが落ち着くはずだ」
ありがとうと、礼を言いアレルはダリルが差し出したカップを受け取った。ほかほかと暖かな湯気を立てているそれはローズティーだ。母が入れたくれたミルク同様に、心が落ち着く優しい味わいにほっと息を吐く。
「美味しい」
「よかった。念のために足を見せてくれるね?」
ベッドの上に伸ばされた足にダリルが促すように触れ、アレルは飲みかけのカップをサイドテーブルに置いた。ズボンを脱がしやすいように腰を浮かす。
するりと脱がされてあらわになった足の付け根を見れば、五指が食い込んだような真っ赤な跡がくっりきと浮かび上がっていた。
まるで、脚を引きちぎらんと強引に引っ張られたような跡だ。
最初に見たときはゾッとしたが、良くも悪くも見慣れた今となっては取り乱したりすることはない。
「何か、神の教えに背くような事を考えたのかい?」
アレルの負の感情に誘発されて、あの声は聞こえる。押さえ込んでいたものが内側から出ようとするかのように。答えを急かさず、真摯に問いかけてくるダリルに、アレルはこくんと頷いた。
「ダリルが…教会の入り口の所で知らない少年といるのを見て…嫉妬したんだ。ダリルはおれのものなのにって…。馬鹿だよな。ダリルは神父で、誰に対しても平等に優しいって知ってるのに」
言いながらアレルは俯いた。ダリルの穢れない瞳に見つめられる資格がないと思ったから。
こんな不出来な甥で申し訳なくすら感じて溢れそうになる涙をこらえていると、ふわりと肩を抱かれた。
「君を不安に晒し、辛い思いをさせたのは私だ…。すまない」
「ダリルのせいじゃないだろ?悪いのはおれだ」
「君は悪くないよ。君を不安にさせたのは、私の愛が足りなかったからだ」
「ダリル…。ーーーん、…ふぅ…んんっ」
不意に唇に寄せられたダリルのそれに、唇を塞がれる。柔らかく温かい感触に、心が癒されていく。
与えられたキスに、黒い感情が渦巻いていたアレルの心が凪いでいく。
「君の唇は甘いね。ずっと味わっていたくなる」
唇を離し、額をくっつけて、視線を絡ませる。普段の清廉さがなりを潜め、紳士という仮面を取り去った叔父の匂い立つような色香に、アレルは下肢を疼かせた。
痛みではなく、欲望に。
「おれも…ダリルが欲しい。ダリルに愛して欲しい。そして、ダリルはおれのもので、おれはダリルのものだって刻みつけて欲しい。ダメ…?」
「無理はしないと約束するなら」
ダリルのおきまりのセリフに、アレルは瞳を輝かせた。ありがとうと言いながら、ダリルをベッドへと誘った。
もどかしく思いながらも互いに衣服を脱がしていく。
そしていつも二人で寝ているベッドに乗り上げたダリルに、焦ったくなるまで愛撫を施された末に、アレルはダリルと一つに繋がった。
「…苦しくはないか?」
「…苦しく、ない…。すごく…気持ちい、い…っ。ダリルは…?ちゃんと気持ちいい…?」
「私もすごく気持ちがいいよ。お前の中はとても心地いい」
そんな風に言われるとますます気持ちが暴走して歯止めが利かなくなるのに、アレルは嬉しいと感じた。大好きな叔父が…ダリルが自分に感じてくれていることが誇らしくあり、ひどく嬉しい。
(神よ、どうかお許しください)
願いつつも、本当は許されなくてもいいと不謹慎な事を思いながら、アレルはダリルの熱に酔いしれる。
互いに一糸まとわぬ姿を晒し、一つに溶け合う。もともと一つの存在であったかのように繋がる事が、当然ようにさえ思える。
「動いて、ダリル…。もう、大丈夫だから、ね?」
「分かったよ。辛かったら言いなさい」
「うんーーー……あ、あぁあっ、あっ、ダリル、ダリルっ!」
気遣いながらも力強い律動に、アレルは身悶え、あっという間に猛らせた屹立から蜜を飛ばした。
「出すよ、アレル。受け止めてくれ」
「んっ、あ、あ、あっ、あぁあっ!」
ビュッとダリルの屹立から吐き出された白濁を体内で感じ、アレルは恍惚となりながらもこの上ない幸せを感じた。
叔父のためならなんだってできる。
なんだってしてあげたくなる。
そしてダリルもアレルと同じ思いだと、おれは知っている。
安心したせいか、アレルは瞼が重くなるのを感じた。
「アレル。君にぴったりなプレゼントを用意しておこう。次に起きた時はきっと、世界が変わって見えるだろう。だから安心しておやすみ」
「おやすみ、ダリル。愛してる」
「私も愛してるよ、アレル。君だけを」
愛しい人から与えられる愛、それが無償の愛というものなのだろうか。
アレルはにこりと微笑み、瞼を閉じた。



滞在して一ヶ月が過ぎ、予定どうり今日、二人は教会をあとにした。手荷物はさほど多くなく、二人ともカバン一つだけという身軽さで、手配していた馬車に乗り込む。
「いいところだったな」
過ぎ行く町並みを眺め、アレルはここに来てからの毎日を思った。
空気が美味しく、自然が豊かな故に食べ物も新鮮で上質だ。
都会とは違うこんなところで育てば、健やかで健康な肉体に恵まれるのも道理だと納得した。
「足の具合はどうだい?」
心配そうに見つめてくるダリルに、アレルはにこやかに微笑んだ。
「すごく調子いいよ。〝今度のやつはおれにぴったりハマった″みたいだ。まだ時々恨めしそうに声が聞こえるのだけは勘弁して欲しいんだけど……」
「次第に声も聞こえなくなるだろう。それより私の見立てが確かだったようで嬉しいよ。今度の足は長く保つといいな」
そうだね、とアレルは微笑んでダリルの腕にもたれかかり、うっとりと瞳を閉じた。
『返して…僕の足を…返してよ…っ』
(これはもうおれの足だから、返せないよ)
頭に直接響いてくる声にアレルはくすくすと笑いながら答え、せめてもの慰めに鎮魂歌を口ずさみながら町を後にした。

二人が旅立った数日後、教会の花畑の中で一つの遺体が発見された。
両足を切断された、少年の死体がーーー。

伊織あすか
グッジョブ
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