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第3回 BL小説アワード「怪談」

復讐の怪談

エロあり/メリーバッドエンド?

 岩田はうんざりした思いを顔に出さないよう思いっきり下唇を噛むと、意を決した。大きく息を吸い込んで精一杯の笑顔を作ると、ゆっくりと振り返った。

ウメ
グッジョブ

 真夏の平日の真昼間、住所不定無職の家永はいつものように突然岩田のアパートにやってきた。家永は整った顔立ちをしていて、スタイルもよく身なりも小奇麗だが、それを武器にヒモのような生活を送っている。バイの家永は1年前にバーでたまたま出会った岩田がゲイだと知ると、自慢の話術で岩田を丸め込んであっという間にセフレのような関係になった。なかなか出会いのなかった岩田は、家永の生活力のなさを分かっていながら、その顔と夜のテクニックにやられて、ずるずると関係を続けていた。
 家永は家に入るなり暑い暑いと文句を言い、岩田が節約のために切っていたエアコンを勝手につけると、手も洗わず、シャワーも浴びず、洗濯物を干そうとしていた岩田を部屋に引っ張り込んだ。そして乱暴に岩田を床に押し倒した。
「家永、昼間っからやだっ……」
 突然組み敷かれた岩田は押さえつける腕を撥ね退けようとするが、家永は細いくせに力は強く、そしていつものことだが聞く耳を持たない。家永は横暴で乱暴で自分勝手だ。こんな関係になって1年以上経つが、優しく抱かれたのは最初の2回ぐらいだった。その2回でその気にさせて、岩田が心を開いた途端、毎回レイプのように乱暴に、しかも家永の気が向いた時だけに抱かれている。いつの間にか合鍵も作られていて、もうしばらくデートどころかホテルにさえ行っていない。岩田が割のいい深夜や早朝のアルバイトをしていて、家永は夜は飲み歩きやギャンブルで忙しいので、昼間の時間に会えるのが家永には丁度よいのかもしれない。毎回突然やってきてはオナホのように扱われる関係が続いてしまっていた。
 家永は岩田が抵抗をやめたのを見ると、慣れた手つきで棚の一番下の引き出しからローションを取り出した。そして岩田をうつ伏せに組み敷き直して、ジャージのズボンを乱暴にひきずり下ろした。家永よりも若い岩田のハリのある尻が露わになり、家永は満足そうにそれを思いっきり叩く。白い肌にくっきりと赤い跡が残ると満足そうに笑い、そのまま岩田の腰を無理矢理浮かせると、前戯もなしにローションのボトルをそのまま岩田の下の穴に突っ込み、直接中を濡らした。
「やだっ、痛いっ!」
 観念していたが、やはり乱暴にされるのは嫌だ。岩田が声を上げると家永はうるさそうにして岩田の口に先ほど干しかけていたタオルを突っ込んだ。家永の野蛮さは今に始まったことではないが、その乱暴さは日増しにひどくなっていた。最初の頃は嫌々でも指で馴らしてくれていたのに、今はそれすらない。最初の頃、全身を舐めまわすように愛撫してくれたのが演技だったのかと思うと逆に感動すら覚える。
 岩田はそんな昔のことを思い出して目の端に涙を浮かべながら身体を強張らせていたが、そんなことには目もくれず、家永は下半身だけ服を脱ぎ棄てると、硬くなった自分のモノを一気に後ろから突っ込んだ。そして岩田の細い腰を持って犬のように一心不乱に奥へ奥へと打ち付けた。

 わずか10分ほどで家永は一方的に果てた。もちろんゴムもつけずに中に出され、本当に性欲処理の道具でしかないような扱いだ。家永は満足そうにトランクスだけを履き直して壁にぐったりと寄りかかっては、禁煙のこのアパートで当然のように煙草をふかしている。行き場を失った性欲を仕方なく自分で処理しよう岩田が背を向けると、家永が背後から寄ってきて抱きついてきた。
「いーわちゃん。一人でするなんてかわいいじゃん」
 家永が甘えた声を出す時は大体なにかをねだる時と決まっている。
「家永、ちょっ、待って、いま・・・」
「あーめんどくせーな。早くしろよ。手伝ってやるから」
 家永は煙草を持っていない手をシャツの下から滑り込ませると、岩田の乳首を乱暴にいじりはじめた。乱暴にされても敏感な岩田の身体は反応してしまい、仕方なくそれに合わせて性器をひたすら扱いた。
「っ……!……ハァ」
 適当な愛撫で半ば無理矢理達した岩田は、慌しい性欲処理にぐったりして家永の胸にもたれかかった。すると、家永がまた甘えた声で囁いてきた。
「なぁ、イワぁ、今月俺ちょっとピンチでさ。ちょっとでいいから貸してくんないかな。とりあえずこれぐらいでいいから」
 甘いのは声だけで情緒もへったくれもなく家永は指を3本岩田の目の前にひらひらとかざす。岩田だってギリギリのアルバイト生活を送っているのに本当にどうしようもない男だ。しかも、言いながら家永の目はすでに岩田の財布の在りかを探っている。
 岩田はうんざりした思いを顔に出さないよう思いっきり下唇を噛むと、意を決した。大きく息を吸い込んで精一杯の笑顔を作ると、ゆっくりと振り返った。
「家永、暑いしこの前聞いた怪談をしてあげる。お金はその後で、な?」
 そして岩田は家永の答えも聞かず、話を始めた。

「昔々、江戸の町にAっていうゲイの男の子がいてね。あ、江戸時代は結構そういうの自由だったらしいよ。で、そのAはすっごい美少年だったんだけど、男運が悪かったのです。ある時ヒドイ男に掴まってしまいました。博打はやるは暴力も振るう。挙句の果てに金持ちの庄屋の女と二股かける最低の男でした」
「へー」
 家永は興味なさそうに部屋の中を物色し続けている。相変わらずな家永に岩田はため息をつきながら、構わずに昔話口調で続ける。
「そのヒドイ男はIといいます。Iは金に目がないので金持ちの女と結婚しようとしました。しかしだらしのない男は快楽からAとの女のことを隠して関係を続けていました。しかし、実はAにはばれていたのです」
 相変わらず家永が真面目に聞いていないようなので、岩田はそこで間を置くと、立ちあがって部屋の隅にあったカバンから財布を取り出し、それを持って再び家永の前に戻った。
「Iの浮気を知って、Aは別れてもよかったんだけど、今まで散々お金も貢いだし、そのまま別れるのも癪だなと思って、これまでの腹いせに復讐を考えました。ねぇ、Aはどうすると思う?」
「しらねーよ。しかし女々しい奴だなそのAってのは。ぼられた方が悪いってーの」
 今から金をせびろうとしている男のセリフとは思えないが、いちおう反応をしてくれたので岩田は満足げにうなずいた。どうやら岩田が財布を手にしたことに安心して、ヒマつぶし程度には話を聞くことにしたらしい。
「そうかもね。でもAはAなりに苦労してたんだよ。で、実際のところAはどうしたかっていうと、まず女の父親である庄屋の旦那に偶然を装って近づきました。人当たりが良くて顔もかわいいAはすぐに旦那と仲良くなり、あっという間に懐に入り込むことに成功しました。そして旦那の信頼を築きあげながらごく自然にIと知り合いということをほのめかし、旦那にIの悪行の数々を教えていきました。旦那は、最初は娘の婿候補がまさかって思って信じませんでしたが、Aが嘘を言う理由もありません。そして、半信半疑の旦那はIの素行調査をすることにしました。その結果、出るわ出るわ、Iの悪行の数々。旦那はもちろん大激怒です。遊郭に通ったりもしていたようで、あっという間に娘との結婚は破談になりました。」
「まじかー。そのIもアホだな。もっとバレないようにやりゃあいいのに」
 ボリボリとトランクスの間から手を入れて尻を掻きながら家永が相槌を打つ。どこまでもだらしがない男だ。正直、顔以外なんの取り柄もない。岩田は自分の男の見る目のなさにあらためて呆れた。
「本人はばれてないつもりだったんだよ。いつだってそんなもんでしょ。そんなわけで結婚は破談になり、一方のAは旦那に実は自分も被害者だったことを打ち明けました。そしたらAを信頼しきった旦那は、心底同情して援助を申し出てくれました。生活が大変なら面倒をみてやる、うちの会社で働いてもいいって」
「会社って庄屋のことか?太っ腹なおっさんだな」
「あ、そうそう庄屋。もう娘の恩人としてAはもてなされたみたいだよ。めでたしめでたし」
 くすりと岩田は笑いながら再び立ち上がって台所でお湯を沸かし始めた。財布はポケットにおさめる。家永はそれを見てしびれを切らしたのか、立ち上がって後を追ってきた。そして背後から岩田を抱きしめると、下半身からポケットの辺りをいやらしい手つきでまさぐった。ズボンの上から性器を撫で回しつつポケットの財布に手をかけようとする家永、岩田はやんわりといさめる。まったく油断も隙もない。
 ちっ、と舌打ちした家永は岩田の内腿を思いっきりつねった。
「めでたしじゃねーよ。一体今の話のどこが怪談なんだよ。オチもねーし」
「イタタタ。痛い痛い!ごめん、続きがあるんだって。破談になったIはどこからか真実を知って、当然怒り狂うんだ。それでAを呼び出すと薬物を盛りました。それはそれは恐ろしい薬で、Aの顔はどろどろに溶けて、髪もぼろぼろ落ちて、美少年は見るも無残な姿になります。そして、Iの目をみて、恨めし恨めし・・・って言いながら息絶えていきました」
 岩田は家永を振り返ってうらめし〜と両手をしならせておどける。家永は変わらず不機嫌そうにしているが、話は聞いているようだ。
「Iは結婚は破談になるし金づるのAも死んじゃって、しかも殺人犯にもなってしまいました。落ちるとこまで落ちちゃった。それでも色狂いは止まらなくって、自棄になって色んな女や男に走るんだけど、誰を抱いても絶頂に達する瞬間、相手の顔がAのどろどろに溶けた顔に変わるんだ。まるでAの呪いのように。何度挑戦しても同じことが起こるし、しかも次の朝起きると隣に寝てるのがAの変わり果てた骸骨になっているんだ…」
「うわ、ぐろいな」
 本気で嫌そうな顔をする家永に岩田はにっこりとほほ笑む。
「それでIはEDになって、精神も病んじゃって、路頭に迷って死ぬんだ。ちゃんちゃん」
 岩田が嬉しそうに話を終わらせた瞬間、家永のポケットから携帯電話の着信音が鳴り響いた。名前を確認した家永はそそくさと逃げるように隣室へ行き、小声で話しだした。
「なんだよ、いま忙しいんだよ。昼間はかけるなって言ってんだろ!……はぁ?婚約破棄!?なに言ってんだテメ……おいっ!」
 ツーツーと電話が切られた音がうっすらと漏れ聞こえてくるが、家永は携帯に向かって口汚く怒鳴り続けている。
「今の電話、玲子さん?」
 ビクッとして振り返ると、隣の部屋にいたはずの岩田がすぐ後ろに笑顔で立っていた。手には包丁が握られている。家永は、岩田が知らないはずの電話相手の名前を知っていることに不安を覚え、そしてその手の中の凶器を見て一気に青ざめた。
「おまえ……なんで玲子の名前……。!!」
 そこまで言ってはっと何かに気付いた家永は一歩また一歩と岩田から後ずさった。
「おまえ、さっきの話ってもしかして……」
 家永は適当にしか聞いてなかった話を必死で思い出した。庄屋の金持ち女と復讐する美少年……。そして目の前にいる岩田は1年前に出会った時、家永が絶対モノにすると息巻いたほどの美少年だ。セックスだけの関係でも1年以上も続いたのは今までで岩田だけだった。それもこの美しい顔立ちのせいだ。その魔性の美少年が、包丁をこちらに向けて静かに微笑んでいる。
「家永、さっきの話だけどね、もし僕がAの立場だったら薬を盛られる前に相手に薬を盛っちゃうと思うんだよね。復讐するはずなのに逆に殺されるなんていやだもん。あ、もしくはちんこちょん切っちゃっうとかどうかな。そうすればIがEDになる心配もないよね。あはは」
 岩田は笑いながら手に持った包丁を勢いよく振りおろした。包丁の先端がヒュッという音を出して家永のトランクスの表面を掠める。
「ひぇっ……」
 真っ青になって震え出した家永の股間から温かいものが太腿を伝って流れ落ちてきた。アンモニアのキツイ香りが家永と岩田の間をツンと漂う。
「あーあ、家永ったら仕方ないなぁ。おもらしなんて、意外とかわいいところあるんだねー」
 岩田はポケットから携帯を取り出すと、包丁の先で亀頭のあるあたりをトランクス越しにちょんちょんと突きながら、恐怖と羞恥心で硬直したままの家永を遠慮なく撮影する。そして、満足そうに携帯をしまうと、同じポケットからなにかを取り出し、それを家永の前に差し出した。指の間には青々とした怪しげなカプセルがはさまれている。
 岩田は家永の目の前まで近づくと、その手を家永の口元に持っていき、カプセルでそっと唇をなぞった。
「家永、これね、高くてめずらしいお薬なんだ。飲んでみない?お肌と髪の毛にとってもいいんだって。飲むとどろっどろに溶けて…」
「ひっ…!」
 包丁と怪しげなカプセルを突きつけられた家永は声にならない悲鳴を上げると、岩田を突き飛ばして、トランクス姿のままものすごい勢いでドアから飛び出して行った。
 あまりの逃げ足の速さに岩田はしばらくぽかんと見送り、そのあとで盛大に噴き出した。
「あははは。キンタマのちいせぇやつ!あんな恰好じゃ毒を盛られる前に警察に捕まっちゃうよね。あはははは」
 腹を抱えて笑っていると、岩田の携帯に着信が入った。発信者を確認して、必死に笑いをおさめてから通話ボタンを押した。
「もしもし、岩田です。ああ!先日は歌舞伎に連れてっていただきありがとうございました」
 電話の向こうから落ち着いた男性の笑い声が響く。地位のある男性特有の、余裕のある笑い方だ。数日前、歌舞伎座の桟敷席でその心地よい低音の持ち主と並んで座っていたことを思い出す。「はい。東海道四谷怪談、本当に面白かったです。色々と参考にさせていただきました。ふふ」 
 演目の主人公である民谷伊右衛門は最低の男だったが、人気役者が白塗りのキリッとした化粧にすらりと着物を着こなして見得を切る姿はとても色気があふれて魅力的で、ダメな男だと分かりつつ惚れてしまうお岩の気持ちが岩田にはよく理解できた。つくづくダメな男が好きなのだなと自分でも呆れてしまった。しかし、もうそんな自分ともさよならだ。電話の相手は自分にとって運命の人なのだ。
「ふふ。社長も娘さんの件、解決したみたいでなによりです。いえ、僕はなにも……。今度、お礼とお祝いを兼ねてたっぷりご奉仕させてください。はい…じゃあ、いつものホテルで……」
 岩田は電話の相手の、パリッと着こなしたスーツの下に隠された、歳のわりに引き締まった肢体を思い出す。出世して会食も増えたからジムに通っていると言っていた彼は、身体が引き締まっているだけでなく性欲も旺盛でかつ情熱的だった。会うといつも岩田が急かすまでしつこく愛撫を繰り返し、そして絶頂までも丁寧に長い時間をかけて愛してくれる。至福の時間だ。
 相手のバリトンボイスに耳を傾けながら、5つ星ホテルのキングサイズベッドの真新しいシーツの上で、彼のギリシア彫刻のような身体に跨る自分を想像してほくそ笑む。若くて顔がいいだけで乱暴な家永より、既婚者でも金持ちで大人でたっぷり愛情を注いでくれる初老の紳士の方が何倍も何十倍も魅力的だ。復讐のためにと思って近づいたその日からその渋い声と余裕のある立ち居振る舞いに惹かれた。彼に出会うきっかけをくれた家永には感謝しなければいけないが、あれぐらいの仕返しは許されるだろう。
 岩田は家永の情けない姿を思い出してくすくすと笑いながら手にしたままだった青いカプセルに視線を落とした。
「社長には使うことにならないといいんだけど。残りも少ないし」
 そう言いながら同じカプセルがいくつか入った小瓶に手の中のカプセルを戻すと、戸棚の奥底へと大事そうにしまい込んだ。

ウメ
グッジョブ
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山瀬みょん 16/07/13 17:21

四谷怪談の世界と現実の復習計画が徐々にリンクしながら進んでいく所に引き込まれた

最初の段落が設定の説明に終始してしまっており、
そこで無味乾燥な印象を与えてしまっているのが勿体無いので、
この部分は分割して序盤に混ぜ込んだ方が良いのではないかと感じた

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