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第2回 BL小説アワード

君のこと、もっとシリたい

壁尻/シュール/エログロ?(R18)

 そして僕の記念すべき30歳の誕生日。 僕は、ありったけの想像力をかき集め、人生最初で最後の大魔法を使ったのだ。行き場のない夢を実現させる為に。 ーーそして、壁に尻が生えたのだった。

me9
グッジョブ

 うちの壁に、尻が生えた。
 築32年家賃5万、住み初めてから8年目のタネも仕掛けもないボロアパートの壁にだ。いや、訂正しよう。タネと仕掛けはあるかもしれない。
 今日。僕が30歳を迎えるまでの約15年間、無駄撃ちしつづけた自分のタネを生け贄にして僕は魔法を使った。

 僕は物心ついた時から男の人が好きだった。
 虚弱体質なせいでチビで中性的でおとなしかった僕は、女子生徒から非常にかわいがられた。そしてそれが原因で男子からいつもイジメられた。女子のパンチラよりも男子のパンチに興奮する性質の自分にとっては、非常に悲しく屈辱的な青春時代だった。
 自分がゲイであると自覚してからは、その手の出会い系を利用してみたりもしたけど、リアルのゲイは甘くはなかった。初めて惚れたガテン系の男性に無理矢理尻を掘られかけた挙げ句、「お前みたいなガリガリもやしは一生モテない」と吐き捨てられた。最低な思い出だ。
 仲間だと思っていた人間からの手ひどい洗礼は、僕の元々ない自信を消滅させ、うちに引き込ませるのには十分だった。この世界で、僕はモテない。もうリアルの人間は怖い。
 幸いな事にテレビやネットの世界には好みのイケメンがいた。触れ合えない代わりに彼らはけっして僕を拒絶しないし傷つけない。テレビ画面にうつる、今人気のイケメンモデルのユウジ君を見ながら息子をしごくのが最近の僕の日課だ。

 僕は1日最低3回のオナニーを日課としている。
 絶望は時として生きる気力を生み出すスパイスとなる。僕の抱えるこの悲しみと世の中への恨みは「30歳童貞魔法」という怪しい噂に僕をのめり込ませた。
 30歳童貞魔法というのは、小学生の頃、フーテンの叔父が教えてくれた一般人でも魔法が使えるようになる方法であった(叔父は残念ながら18歳の頃、童貞をなくした裏切り者であったが)。曰く、行き場のない精力を魔力に変え30歳の誕生日にのみ放出する事が出来る、人生で一度しか使えない最低な大魔法だ。しかし精力を魔力に変換する為には、最低でも1万回は射精する必要があると言われており、1日2回射精しても13年かかる計算である。
 30歳まで童貞をこじらせると魔法使いになれるというあの有名な都市伝説は、半分は本当なのだが、30歳まで無為に過ごして魔法使いになれるほど業界も甘くない。童貞を守る事など就職するより簡単な昨今の日本だ。童貞を守りながら毎日相当数の射精をこなすのは、肉体的にもだが精神的になかなかのハードルだ。
 僕は失恋した15歳の時、魔法使いになる決意をした。世の中への呪いであり僕の人生に対する願掛けでもあったが、今思うと、ただの意地だった気もする。とにかく、最低でも1日3度の射精を15年間、修行僧のように一生懸命励み続けた。「食事は抜いてもオナニー抜くな」は僕が掲げるスローガンだ。

 そして僕の記念すべき30歳の誕生日。
 僕は、ありったけの想像力をかき集め、人生最初で最後の大魔法を使ったのだ。行き場のない夢を実現させる為に。


 ーーそして、壁に尻が生えたのだった。

 壁からどっしりと顔を覗かせる尻。
 いや、尻に顔というのはおかしいが、確かに尻に顔があるならこの部分だなと感じたというか、あ、これはいわゆる壁尻だ、とか、そもそもなぜ壁に尻とか…あまりの衝撃的絵面に僕はしばらく立ち尽くした。
 ただ、これはわかった。

 僕の魔法は………失敗した。

 理想の彼氏が欲しかった。ーー僕の想像する理想の男の子に、拒絶される事なく、愛し愛されて幸せに暮らしたいーー。
 僕が魔法で願ったのは、尻ではなかった。確かに理想的な形の良い尻であることは認めるが、僕が願ったのは尻ではない。
 童貞はこじらせた分だけロマンチックな夢を見る。僕もその一人だ。僕は、肉欲よりも心の震えるような「愛」が欲しかった。目の前にある肉欲の化身…尻は、そんな僕のロマンを粉々に砕いた。そうか、理想の彼氏は、尻だったか。尻が欲しかったのか、僕は。
 そう思うと、なんだかそんな気もしてくるから不思議だ。
 これも一つの理想の彼氏。失敗はしたけど、たしかにこれは正真正銘僕が出した尻だ。
 これが僕の魔法。僕が創造した、僕だけの尻。

 これが僕の出した理想の彼氏。
 僕の魔法通りなら、この尻はきっと僕を愛してくれるだろう。だから僕も、うちに来てくれたこの尻を絶対に裏切るまい。僕はこの尻を愛そう。僕だけの尻。
 目の前にある形の良い尻を一撫でして僕は心を決めた。尻はビクりとわずかに震えた。


 ***


 尻との暮らしは思った以上に楽しかった。
 ここに来たばかりの頃は、尻には恐怖と怒りと戸惑いしかなかった。僕が触れる度に、肌を泡立たせて怒りや恐怖を訴えてきた。突然の尻の出現に驚いている僕以上に、尻も戸惑っているのがわかった。
 僕は彼を驚かせないように、尻がリラックスして暮らせるよう、寒い夜にはブランケットをかけたり、乾燥しないよう加湿器を当て、尻の過ごしやすい環境を整えていった。触れる時は情欲を滲ませず、愛するものを慈しむように優しく撫でるだけに留めた。そうして触れていると、あれだけ警戒心をむき出しにしていた尻が、次第に穏やかになっていくのがわかった。

 一週間もすると尻も僕に慣れ、僕になでなでを要求する程の甘えたさんになっていた。壁際にソファを移動させて、尻を枕に読書を楽しめる程に尻との距離は縮まった。尻は僕が近くにいないと寂しそうに揺れた。
 ある日むずむずと頬を赤らめていた尻に、僕は勇気を出して前立腺マッサージをしてみた。最初は驚くように身をすくませていた尻だったが、指を挿れ、優しくこね回すようにほぐしていくうちに、気持ちよさそうに揺れた。初めて見る尻の淫らな顔に僕は死ぬ程興奮した。
 どうも尻は快楽にめっぽう弱いらしく、尻をほぐされることに慣れてきた頃には、僕が仕事から帰ると、頬を赤らめながら尻を振って全体で喜びを伝えてくる程になった。めちゃくちゃかわいかった。
 ちなみに僕は尻に挿入はしなかった。あれだけ童貞を守り続けて、ついにそれを捨てられる「尻」という存在を手に入れた僕だったが、不思議とどうこうしようという気持ちにはなれなかった。
 僕は尻が心から僕を受け入れてくれるまで何年でも待つつもりだったし、愛するものと一緒に暮らすというのは、それだけで十分に満ち足りた気持ちになれるものなのだと感じた。尻との生活は僕の孤独な心を癒した。今までオナニーだけが人生だった僕にとってそれは衝撃的で、尻は僕とって、大事で愛おしい存在になっていった。

 しかし、尻と暮らしてちょうど1ヶ月がたったある日。
 尻はいなくなってしまった。


***


 尻のいた場所には、代わりに足がいた。おおよそ大腿骨からつま先にかけて二本。足は程良く筋肉質でしなやかで、理想の足の形をした美脚(びじん)さんだった。
 僕は戸惑った。僕の愛した尻は一体どこにいってしまったのか。しかし足には確かに尻の面影があった。不思議な事に僕は自然にそれを理解できた。尻と足は同一人物……同じ体のものだった。僕は迷った末、足も尻と同様に愛することにした。

 足は僕と一緒に暮らしているはずなのに、毎日汚れてきた。僕がいない時にどこかに遊びにいっているのだろうか。壁に咲いているだけじゃないじゃじゃ馬娘に僕は参ってしまった。仕方ない奴だ、かわいい。
 僕は毎日夜になると、ホットタオルで優しく足をキレイにしてあげた。足の指一本一本を優しく拭いて、オイルでマッサージをしてあげた。
 足は喜ぶと、お礼とばかりに僕の事を踏んでくれた。
 僕は多少Mっ気があったので、足のこの心遣いには大変興奮した。心地の良いふみふみに何度勃起させられたかしれない。何度か調子に乗って自分の股間をふみふみしてもらったりもしたが、足は嫌がるそぶりもなく両足を使って丁寧に僕をシコシコしてくれた。巧かった。
 足との暮らしも、尻に負けず劣らず幸せだった。
 しかしある日、いつものように汚れていた足に、髪の毛が絡まっていた。明らかに僕のとは違う長い髪の毛。
 尻の時は、これは僕が創造した尻だと思っていた。……けれど、もしかしたらこの体には持ち主がいるかもしれない。僕の頭には恐ろしい仮説が思い浮かんでいた。


***


 1ヶ月がたち、足もやはり、尻と同様にいなくなってしまった。そして入れ替わるように毎月、腕、背中そしておちんちんが現れた。
 皆、忘れがたい位にかわいい子たちだったけど、その中でも一番クールだったのが背中だった。
 無愛想な背中は僕が何をしても反応せず、背中にのの字を書いたりくすぐったりしてあげないと、反応してくれないツンデレなやつだった。
 一度、背中の前でバランスを崩して、うっかり爪を立ててしまった時、背中は今までで一番強く反応した。痛みによる拒絶ではなく、明らかに驚きに混じった、興奮と官能の反応だった。
 背中はハードなプレイが好きなのか……。あまり好きな子を傷つける趣味がない僕だったが、たまに後が残らない程度に傷をつけて、背中を悦ばせた。
 足同様に献身的だった腕や、サービス精神旺盛なおちんちんと比べても、一見クールでクレバーな印象を与える背中が一番マニアックなプレイが好きだったという事実は僕を、大変興奮させた。人……いや体は見かけによらない。

 ちなみに、おちんちんが出てきた時はもう最高だった。
 なんていうかもう、もう最高だった。
 僕は自分の日課も忘れ、家に帰るといつもおちんちんを楽しんだ。しごいては舐め、頬張っては口の中で転がし、ピカピカにお掃除して溜まったものを出してあげる。ご奉仕の悦びを教えてくれたのは間違いなくおちんちんだった。
 おちんちんは流石に性器をやってるだけあって、今まで一緒に暮らした誰よりも敏感で、そしてもの凄くエッチな子だった。僕が優しくした分だけ、おっきくなってお返ししてくれる。
 ただ悲しかったのは、僕はおちんちんの精液を一度も飲めなかったのだ。いつも彼が射精する瞬間に、口でキャッチしようと頬張るのだが、僕の口内には射精したおちんちんの震えや体温は伝わるのに、待っても待っても液体は感じられなかった。体液や排出物までは僕の魔法は効力を発揮できないらしかった。尻の世話を考えるとこれでよかったのかもしれない…と思いつつも、やっぱり少し残念だ。
 何ヶ月もこの体たちと暮らすうちに、僕はもうすっかりこの体に恋をしていた。


***


 6ヶ月目の今、僕と良い仲なのがおっぱいだ。
 おっぱいはとにかく優しかった。胸に顔を埋めれば、海のような広さとその柔らかい弾力で僕を包み込んでくれる。まるで母のような包み込む優しさ。そして、乳首をしゃぶると途端に震え、頬を赤らめる娘のようなウブさ。母であり娘。
 おっぱいを背もたれに、テレビをみたり読書をする時間は、僕の最高に贅沢で幸せなひとときだった。
 この子たちと一緒なら、僕はもう一生ひとりでも、幸せな顔をして最後を迎えられる。

 僕はおっぱいの谷間に頭を乗せ、テレビをつけた。今日はテレビの日だ。
 テレビに映っているユウジくんは、僕の好きなイケメンモデルだ。完璧なボディと美貌。さらに喋ると気さくな性格で、テレビに滅多に出ない割にお茶の間にも人気。僕の唯一好きな芸能人である。
 番組は「怪奇現象!感じやすいモデル」と銘打ったアンビリバボーな特集ライブ映像だった。 テレビ画面にはアナウンサーと胸を押さえて具合悪そうに座っているユウジくんが映っている。確かに前より体調が悪そうだったが、ユウジ君はリアリストで、とても「怪奇現象!」とかそういう番組に出るタイプではない。珍しいこともあるな…と思った。
「普段から感度はいいんですか?」
「いえ、この半年どうも呪われてるようで…。その…今も、胸に感触を感じています。」
 アナウンサーの質問に恥ずかしそうに受け答えするユウジくん。最近テレビの露出が少ないと思っていたが、どうやら半年前から変な持病?になり、感度が良くなってしまったという。エロ方面の演出のニオイを感じる。そっちに路線変更するのだろうか。
 テレビを見ながら僕が頭を傾げて背中のおっぱいを押すと、タイミング良くテレビに映るユウジくんの体がビクっと震えた。 おぉ…いい演出だ。こんな臨場感のあるライブ映像は初めてだな。と楽しんでいたのもつかの間。
 嫌な予感が僕の頭をよぎった。
 不思議な事に、僕が背中になんとなく刺激を与えるのに合わせるようにユウジくんの体が反応するのだ。
「今…なにか、されているんでしょうか」
 アナウンサーが訝しげに尋ねる。
「はい、さっきから…胸のところでなにかが動いてる感触が…!んぅっ!」
 ユウジくんが、顔を腕で隠しながら堪えきれないように声を漏らした。うおぉ……エロい。僕は振り返り、恥ずかしそうにビクビク震えているおっぱいを見た。赤面している。その顔は、テレビに映し出されているユウジくんのおっぱいと同じ形をしているように見えた。
 おそるおそる……乳首をつまんでみた。ビクッ!と、いつものようにおっぱいが返事をする。
 ……と同時に、テレビの方から、「ひぅっ…!」と感度の良い返事がかえってきた。
 ……僕は青くなった。
 まさか……。まさかまさか。
 僕は不安を感じながらも、いつものように優しく乳首にしゃぶりついてみた。
「ひっ……!ち、乳首らめぇ……」
 おっぱいの返す反応と一緒に、ユウジ君が喘いだ。そしてそのままテレビ番組はCMに入ってしまった。

 愕然とした。
 僕の股間は今までで一番高々とテントをはったが、股間に反して顔は真っ青だった。
 僕の目の前にある大好きなおっぱいは、今まで一緒にいた僕のかわいい子たちは……。
「……ユウジ君の体だった?」
 誰かの体かもしれない。足がでて来た時、その可能性を考えない訳ではなかった。罪悪感も……あった。
 けれど、体たちはいつも僕の行為を喜んで受け入れてくれていたのだ。最初は戸惑っていた尻も最後は仲良くなれたし、その後にでてきた体のパーツたちは最初から僕を受け入れてくれていた。
 言葉を持たない彼らだったから余計に、ハッキリと彼らの気持ちは伝わっていた。
 でも、ユウジ君だった。よりにもよって、僕の大好きなあの有名モデル。超無理めの有名モデル。僕なんかが触っちゃいけないような高嶺の花。僕の欲望の捌け口にされていた人間がわかってしまった今、僕はどうしていいのかわからなくなってしまった。


***


 おっぱいとの一ヶ月は今日で終わりを迎えようとしていた。次に出てくる体のパーツは予想がついていた。唯一出てこなかったもの。
 僕は壁の前に正座して、そのときを待っている。僕の今までの行為に対する、罰を受ける時が近づいていた。
 0時になり、大好きなおっぱいが、すぅ…っと壁に吸い込まれて消えていった。僕は息を呑み、頭を地面にくっつける。覚悟はできていた。

「顔、あげろ」
 壁に向かって土下座をしている僕に向かって、壁の方から声が聞こえた。
 おそるおそる僕は顔をあげた。やはりというか、壁から顔を出していたのは昨日テレビに出ていたユウジくんその人だった。壁からはおおよそ首までが斜めに生えていた。生の生首だ。怖い。人間に対して苦手意識のある僕は、二重の意味で恐怖を感じ、直視する事が出来なかった
 顔は僕の頭から足下まで舐めるようにみて、
「ふ〜ん。以外と若いんだな」
 とつぶやいた。……状況の割に呑気なコメントだった。
 僕は、何も喋る事ができなかった。沈黙が壁と僕の間を抜ける。
 先に沈黙を破ったのは壁だった。
「……なんか、オレにいうことないわけ?」
「ごめんなさい!!!」
 思わず叫んでしまった。ユウジくんは、面倒臭そうにため息をついた。
「……そういう事じゃなくてさ、なんでオレなの」
「え?」
「オレの体をこんなふうにした、理由があるだろ」
「わ、わか……りません」
 ユウジくんの質問はもっともだった。そしてそれは僕にもわからない所だった。僕はユウジくんの体にイタズラする為に魔法を使ったわけではない。
「30歳まで童貞でいると、一度だけ、魔法が使えるんです。それで、魔法を使ったら……その、なぜかお尻が、出てきたんです。」
 突然の意味のわからない僕の告白に、ユウジくんは少なからず驚いた顔をした。ユウジくんのようなイケメンにとって30歳まで童貞でいる人間は珍しいだろう。
「でも、僕は僕の前に現れた尻を愛そうと誓いました。
 それから足を愛し、腕を愛し、背中を愛し、おちんちんとおっぱいを愛しました。
 みんな、僕の理想の体でした。」
 ユウジくんは、僕の話を黙って聞いてくれていた。僕はそんなユウジくんを見て、心から思ってる事を伝えた。
「それで……僕は今、あなたを愛しています。
 あなたの顔は、テレビ出みるよりも、ずっとずっと、かっこよくて……。
 あああああなたの体と、半年、一緒にいて、ぼ……僕は。僕……は」
 緊張と、混乱とで感極まってうまく話せなくなってきた。さっきからちょっと泣いているんだけど、そのせいで鼻水も出てきてうまくしゃべれない。
「ぼぐ……は、し、幸せでした。
 あ……あなたにとっては、迷惑でしかない事を、し、してしまいました。死んで、お詫びするしかないとも……思っています。
 でも、迷惑をかけているとわかっていても、僕は幸せでした。僕の……僕のこのゴミみたいな人生の中で、あなたの体と過ごしたこの半年は、かけがえのない、幸せな時間でした。」
 ごめんなさい。とぐずぐずの顔と鼻水を啜りながら、なんとか吐き出した。途中からユウジくんの顔が見れなくなって、ずっと下を向いてしゃべっていたから、床には僕の鼻水と涙がだらしなく水たまりを作っている。
 とんでもない事をしたという反省はしている。でも、でも、僕にとってのこの半年間は、本当に幸せだったんだ。
 もう、死んでも悔いがない位には、幸せだったんだ。
 だから…押しつけだって、わかっていたけど聞いてほしかった。

 頭を垂れている僕の前で、ふいに人が動く気配を感じた。僕が顔をあげると、顔しか出ていなかった壁から、手が延びてきて、僕の体を包み込んでいた。
 目の前にいたのは、体が全部揃った、ユウジくんだった。ユウジくんは壁から出てきて、僕を抱きしめていた。
「……殺してやろうかとも思ったんだ。お前の事。」
 僕を包み込む暖かい体温から、恐ろしい言葉が聞こえてきた。
「最初は気持ち悪くて吐きそうになった。実際、仕事にも支障出たしな。
「……お前がさ、いつもオレの体にしてたこと、オレ、全部わかってたんだぜ。」
 え……?なにそれ怖い。
 「声が聞こえるとか見えるとかじゃなくて、テレパシーなの?感覚でわかるみたいな。誰かがオレの体に毎日話しかけたり、撫でたり、オレの体ともの凄く幸せそうに暮らしてんの。」
 え……?聞いてない。怖い。死にたい。顔面蒼白になる僕にお構いなしにユウジくんは続けた。
 「最初はなんだ?このイメージって思った。感触とか気持ち悪くて、ふざけんなって。
 でも、頭で納得できてなくても……」
 ユウジくんは抱きしめている僕の体を少し離して、僕の顔を正面から見つめた。アーモンド型のキレイな瞳が、僕の顔を映している。本当にキレイな人だな……って思った。
「お前への気持ちは、体が覚えてるんだよな。」
 好きだって。ユウジくんの口から、聞こえるか聞こえないかのようなか細い声で、僕の願望集大成のような言葉が放たれた。夢か。童貞の見る夢なのか。これは。
 ユウジくんは、納得していないような、迷ったような顔をしている。頭では嫌がってるのに体は正直ってやつか。これは。それは……それは。
「お前が、オレの体にあんなに優しくするのが悪いんだ」
 言いながら、体の事を思い出したのか、目線を反らした。
 「お前なんて、初対面なのに」
 ぼそりとそう呟くと、僕の顔が見えなくなるように僕の頭を強く抱きしめた。ほんと……やってらんねぇよ……と、僕の頭の上からボソボソと呟く声が聞こえる。
「ユウジくん……」 
 僕は、ユウジくんに抱きしめられるままだった。僕の顔に押し当てられたおっぱいは、高鳴るような鼓動を僕に伝えてきた。僕は泣き顔をユウジくんの胸に押しつけた。おっぱいはそんな僕をやっぱり母のように優しく受け止めてくれた。
 気持ちを貰いすぎて、何も言えない。ユウジくんの体は、確かに僕を愛してくれていて、ユウジくんは、それを受け入れてくれた。

 僕は今、僕の愛した体に抱きしめられていた。
 僕の目の前にある優しいおっぱい。おそるおそる手を回した背中には三ヶ月ぶりにあうクールなあの子。
 ユウジくんに会うのはこれが初めてなのに、僕は確かにこの感触を知っていた。触れる度にユウジくんの体も全身で僕との再会を喜んでいるのがわかる。大好きだっていう気持ちが伝わってくる。……嬉しいか。僕も嬉しい。背中から下のほうに手をのばすと、やわらかな双丘があたった。
「久しぶり……」
 半年ぶりに触れた尻はもじもじと小さく震え、僕との再会を喜んでいた。皆といっぺんに会える日が来るなんて思わなくて、僕は目頭を熱くした。
 まるで同窓会みたいだ。
「体と喋るのやめてくんねぇかな……」
 皆の持ち主である奇跡の人、ユウジくんが結構引いた顔をしながら口をとがらせていた。
「ご、ごめんなさ……」
 言いながら、ユウジくんの方を見ると、ユウジくんはまじまじとした顔で僕を見ていた。僕の愛した体たちの顔は、やばいくらいキレイだった。
 太くてりりしい眉毛、アーモンド型の目に長い睫。若干の侮蔑を瞳に宿し僕を睨む表情が特にたまらない。弾力のあるプルプルした唇はとてもおいしそうだった。キレイなピンク色がすごく近くにある。目の前だ。
 あぁ……やっぱり、すごくやわらかいなぁ。マシュマロみたいだ。おいしいなぁ。
 僕は生まれて初めて、キスをしていた。


***


 ユウジくんは、さっきのキスでちょっと興奮したのか体をムズムズとくねらせた。これは、尻が僕を誘っている時の仕草だ。
 やっぱりすごいな……。本体。ユウジくんはちょっと目元をとろんとさせて、少しだけ頬を赤らめていた。うわ、かわいい。攻撃力が段違いだ。
 ……改めて、尻スタートでよかったと思った。いきなり全身で来られていたら、僕たちはこうはならなかっただろう。
 僕に近づいてくるユウジくんはちょっと良い匂いがして、僕の心臓と股間は今や張り裂けそうな位バクバクのパンパンだった。完全体は凄まじい。悩殺せんばかりのユウジくんの破壊力に呆けていると、キレイなピンク色の唇が拗ねたようにへの字を作った。
「なぁ、聞いてんの?」
「へ?え?」
 本体に夢中で頭がぶっ飛んでいた。
「だから、お前の魔法ってなんだったの?」
 僕の魔法。
 僕の一生のお願いを込めた魔法。叶わなかったと思っていた願い。人間が怖い僕の、夢のような願掛け。
 ……あぁそうか。僕はようやく理解した。僕の魔法は、こういう事だったんだ。
「僕の魔法は、僕の理想の男の人に、拒絶される事なく、愛し愛されて、幸せに暮らすことでした。」
 僕は目の前にいるユウジくんをしっかりと見つめた。この人が、僕の理想の人だったんだ。僕にはもったいない位の。
 ユウジくんは、よくわからないような顔をして固まった後、見る間に頬を赤く染めた。
「……そ…そっか。そうか……」
「……だから、僕の魔法は成功してたんです」
 僕の視界に映るユウジくんが涙で滲む。
「でも……理想ったって、お前、……オレのこと、なんも知らないじゃん……」
 身体は知っててもさ……。ユウジくんはモゴモゴと呟く。照れながら顔を逸らして小さく揺れるのはおっぱいが喜んでいる時の仕草に似ていた。
「……っ。そうですね。だから僕も」
 僕は涙を拭って、最高に幸せな笑顔をユウジくんに向けて告げた。
「君のこと、もっとしりたい」

 その日、ついに童貞をなくした僕の部屋に、尻が生えることはもうなかった。



end

me9
グッジョブ
3
ハタケカカシ 16/02/16 22:05

さすが安定の面白さでした。
ただこちらの期待度が高かったせいか、ラストはもう一ひねり欲しかったです。
こじんまりとまとまってしまったのが、惜しかったかな、と。

山瀬みょん 16/02/17 18:28

壁尻ネタと魔法使いネタを組み合わせるというアイディアに脱帽
ただ、冒頭のインパクトが強すぎたせいで、オチが相対的に弱く見える点が残念
しかしBL小説に対する期待を裏切らないという意味では
そのオチの弱さも長所になり得ると感じる

月田朋 16/02/20 18:46

成長するキカイもおもしろかっですが、こちらも想像の斜め上、いや斜め後ろ?をいく内容で最後まで楽しめました!壁から生えた尻……エロおもろい…!!

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