エロなし
本当はアンドロイドに恋愛感情を抱いてはいけない。それが一緒にいる一つの条件であり暗黙のルールなのだ。彼のプログラムに「NO」という文字はない。
「和希様、一つ質問をしてもよろしいでしょうか」
部屋に入ってきたのは、一緒に暮らしているアンドロイドのユキである。普通の家には似合わない執事服に身を包んでいる。見た目は三十代で、何でもこなしてしまう優れモノだ。しかし、そんな彼にも分からない事はあるそうで、時々質問攻めにあってしまう。
どうせまたささいな質問だろう。そんな軽い気持ちで返事をする。
「何? 俺今ゲームやってるから、すぐ終わる質問でお願いね」
「スキ、とは何でしょうか」
その言葉に忙しなく動いていた手がピタリと止まる。その瞬間、ゲームオーバーの音がした。
振り向くと、ユキは真剣な眼差しでこちらを見ている。
「すき……。スキって? ええっと、隙があるの隙? それとも」
最後まで言い切る前にユキが割り込む。
「人間にはスキ、という感情があるとココには書いています。これは喜怒哀楽どれに当てはまるのでしょうか」
ユキが手にしていたのは女性向けの雑誌だった。読んだことはないものの、最近の雑誌は結構深い所まで書いてあるのだと、学校で女子達が話しているのを聞いたことがある。
「そのページ見せて」
「はい」
そこには恋愛特集と題して、こと細かく恋人同士の最近の事情が書いてあった。
「和希様は誰かを好きになったことはありますか?」
「そうだなー。まあ、俺も男だからな、あるよ」
「そっ、それはいつ頃でしょうか? 好きの感情の時も涙を流したり、笑ったりするのでしょうか?」
いつになく必死に質問を投げつけてくる彼は好奇心の塊の目をしている。
「好きというのはだな、簡単なようで難しい感情なんだ。相手を好きになると、ドキドキする」
「どきどき、ですか?」
「そう。だけど、悲しい時もあるんだ」
「悲しい……?」
ユキは眉を下げ首を傾げる。アンドロイドには、そこまでの感情を持つことはないと言われている。そのため、理解するのが難しいのだろう。
かくいう俺も説明するのに戸惑うあたり、まだまだ未熟だ。
「……私にはまだ勉強することがあるようですね」
そう言い残し、部屋を立ち去った姿はどこか寂しそうだった。
翌日からユキは、恋愛ドラマだの映画だのと、とにかく必死に理解しようとしていた。だけど彼は決まって「わからない」と言葉を漏らす。
「ユキ、まだ悩んでんの?」
「……はい。でも、まだわからないのです。どきどきや悲しい気持ちにはなりません」
そりゃあそうだ。よっぽど感情移入しない限りドラマの中の人間には恋心なんて抱かないだろう。
寄り添うようにユキの隣に座り、ジッと瞳を見つめる。
それに気付いたユキも同じように俺の顔を覗き込む。
「和希様? いきなりどうされたのですか?」
「……俺は、ユキの事好きだよ」
突然の言葉に彼は一瞬固まると、顔を背けたり目を泳がせたりと今までにない反応をしている。
「なぜでしょう。テレビを見て好きだと聞いても、雑誌で見てもこのような感覚はありませんでした。しかし今、和希様に言われたら……」
そして、ハッとした表情を見せると俺を冷たい体で抱きしめた。
「お、おい、ユキ! なんだよ急に」
「これが、好きということなんですね。私も和希様の事が好きです。大好きです。愛してます」
「あっ、いや、俺はただ……」
それからもユキは台詞のような言葉を流れるように並べていく。その時ばかりは、瞳に光が入っているように見えた。
「わかった。わかったから、とにかく離れてくれ」
「あぁ、申し訳ございません。つい、熱くなってしまいました。体は冷たいままですが」
それまで笑顔を見せなかった冷酷な彼の表情がわずかに和らいだ気がした。
言葉一つでこんなにも変わるものなのかと疑問だが、それは人間にとって当たり前すぎて忘れていた感性なのかもしれない。
「しかし、和希様は悲しい気持ちにもなると言っていましたよね?」
「ああ、その事だけど、忘れてくれ」
「忘れる、ですか?」
「俺だって間違える事はあるよ。まだ高校生だよ? 色々勉強することは山ほどあるからな」
「そうですか。承知致しました。……では、ご夕飯の準備をしてまいりますね」
そう言い残し、台所へ向かう足取りはどこか軽やかだった。
本当はアンドロイドに恋愛感情を抱いてはいけない。それが一緒にいる一つの条件であり暗黙のルールなのだ。彼のプログラムに「NO」という文字はない。それが故に甘えてしまっている自分がいる。相手は何の感情がなくとも、優しくされると落ちてしまうのだと、それが例えただのロボットだとしても――。
叶わぬ恋も、好きという気持ちが伝わらないこともあるのだと、それが悲しいことなのだとユキに言ったとしても、また彼は悩むのだろう。
だから今は、そっと心にしまっておくしかないんだ。君といつか、人間として会えるまで。
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