和希はユキの腕を振りほどいて駆け足で階段を上った。部屋に飛び込んで布団の中に潜る。ユキの手を想像して下着の中に手を入れた。「あっ……ッ」
時刻は20時01分。
何をするでもなく、ただ駅前のベンチに座っていた。
やがて、一人の男が目の前に立つ。
「和希、遅いから迎えにきた」
女の子でもないのに、門限を1分でも過ぎるとアンドロイドのユキが迎えにくる。
どこにいてもだ。
カラオケでも友達の家でも問答無用でやって来る。
「あー、はいはい」
たまにユキの存在がお節介だなと思うことがある。
だけど、友達であり兄のような存在でもありそれ以上に和希はユキに特別な感情抱いている。
不満はあるものの、文句を言わずにユキのあとを少し距離を置いて着いていく。
心配なのか何度も振り返るユキを見てイライラした。
「心配なら隣歩けば良いじゃん」
ユキにではなく地面に向かって呟いたがユキは歩くスピードを緩めて隣にやって来る。
「そうします」
「あっ…そ」
急に恥ずかしくなった和希は石ころでも蹴りたい気持ちになったが辺りを見回しても石ころ一つ転がってない。
「どうした?」
「なんでもないから」
「なら良いが、門限は守らないとお母さんが心配する」
両親は共働きでいつも家にいない。
ユキが家に来てから、和希はユキとだけ暮らしてるようなものだった。
「いっつもいないじゃん」
「私がいるから安心してるんだ」
ーでも、いなくなるじゃないか。
もう、ほったらかしの親なんてどうでも良かった。
ユキがいなくなってしまうのが和希には何よりも辛い。
旧型アンドロイドの寿命は20年。
最新型のアンドロイドはボディの替えが効くのにユキは旧型だから寿命があり替えが効かない。
ユキは亡くなったお祖父ちゃんから和希が7歳の時に受け継いだ。
だから、ユキの寿命は……あと3年。
あと3年しかない。
あと3年したらユキはいなくなる。
立ち止まった和希を心配したユキが顔を覗きこむ。
「お前なんていらなかった」
「和希」
5年前に最新型アンドロイドが発表共に旧型の生産停止、故障しても修理は在庫のある部品だけ。
夜が来る度に、明日が来る度にユキは止まってしまうんじゃないかと不安になる。
旧型アンドロイドを画像検索すると寿命が来てスクラップされたアンドロイドの画像がいくつも出回っている。
それを見るたびに恐怖と怒りに近い悲しみを覚えた。
「私は和希と出会わないほうが良かったのかもな」
「あ……」
そんなことない。
「昔のようにはいかないな」
昔はもっと素直に気持ちをぶつけられていた。
「ごめん……ユキ」
肩をとんとんと叩かれると涙が溢れそうになった。
「門限も大幅に過ぎてしまったな。帰ろう、和希」
「うん」
ユキが手を繋いでくれる。
和希はそっと握り返した。
そして、また明日がやって来る。
ユキを探して家の中を歩く。
「ユキ、おはよう…ユキ?」
庭にいたユキを見付けたが、うずくまっているように見えて和希は慌てた。
「ユキ!」
名前を呼ぶとすぐに振り返ってくれたのをみて和希は安心した。
「和希」
「ユキ…どうしたの?」
ユキが腕の中に抱いていた物を和希に見せる。
「仔犬だ。どうしたの?」
「迷い混んだらしい」
和希が仔犬に触れると「アンッ」と元気よく鳴く。
「可愛いね。どうするの?」
「チラシを作って飼い主を探そうか。仔犬だからこの近所だろう」
「そうだね」
ユキが仔犬の写真を取りチラシを作成してる間、和希は仔犬とじゃれあった。
「牛乳飲むかな」
お皿に牛乳を注ぐと匂いに反応したのか「アン アンッ」と鳴く。
「お腹空いていたんだね」
「和希、チラシを貼ってくるから仔犬よろしく」
「わかった」
部屋を出ていこうとするユキのあとを仔犬がとてとて着いていく。
「お前はダメ」
仔犬を抱き上げて軽く叱ると「キュー」と鳴いた。
「飼えたら良いんだけどな」
仔犬の頭を撫でながらユキの帰りを待つが、待つほどの時間も経たないうちにユキが帰ってきた。
「和希、仔犬連れてきて飼い主見つかったんだ」
「え、もう?」
もしかしたら、このまま飼えるかもしれないと期待した自分が馬鹿だった。
「ちょうど、仔犬を探している人がいてね」
「うん。ユキが持っていって」
和希の手からユキの手に仔犬が渡る。
「わかったよ」
和希は仔犬を抱っこして連れていくユキの背中を見つめる。
動物も自分より先にいなくなってしまう。
ユキもいなくなってしまう。
「酷いよ」
「何がだ?」
「別に……」
仔犬にあげた牛乳の皿を流しに起き自室に戻ろうとリビングを出た。
階段を2、3段上がった所でユキが後ろから抱き締めて来る。
「なにっ」
「キスしたら落ち着くか?」
家庭用アンドロイドに恋愛感情や性機能は備わっていない。
家族の愛の一つとしてキスは認識しているもののその先をどんなに求めてもユキは応えてくれない。
逆に和希はユキに欲情してしまう。
今だって、こんなに長く触れられていると和希の心臓が早くなり中心に熱が集まる。
「キスしてもダメだからっ」
和希はユキの腕を振りほどいて駆け足で階段を上った。
部屋に飛び込んで布団の中に潜る。
ユキの手を想像して下着の中に手を入れた。
「あっ……ッ」
乳首にも手を伸ばす。
この小さな粒を弄るのが和希は一番好きだった。
「……ッ…ん」
ペニスを強く擦って一気に登り詰める。
「ぁッ…はぁ…ッ…」
キス一つじゃ足りない。
こんな惨めな状況は早く終わらせたかった。
パンツもグショグショのまま、逝ったあとの余韻と共に和希は眠った。
そして、また夜がやって来る。
コンコンと控え目に扉をノックされ和希は目を覚ます。
「和希」
「風呂入る……」
「お腹は空いてないか?」
「空いてる……」
「ご飯出来てるよ」
和希は拗ねていた自分が恥ずかしくて急いで風呂場に駆け込んだ。
拗ねても怒っても泣いても状況は変わらないけど、この気持ちをぶつけるところもないのだ。
汚れた下着とズボンを洗濯機に突っ込んでおまかせコースを押す。
今日は何も食べてなくてお腹が空いてるなと自覚すると早くユキの作ったご飯を食べたくなった。
和希は10分程で頭を洗い体を洗いシャワーで流して風呂場を出た。
「ユキ」
「座って。和希の好きな中華だよ」
「美味しそう」
エビチリと餃子と野菜たっぷりの餡掛けラーメン。
高校生の和希はこれくらいペロリと平らげてしまう。
「今日も美味しいよ」
「よかった」
ご飯を食べたあとは普段はあまり見ないテレビを久しぶりにつけ、チャンネルをパチパチ変える。
今日は寝過ぎたから眠れない気がして、ある映画番組の所でチャンネルを止めた。
「お茶飲むかい?」
「うん」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ユキは和希が好きな七味醤油味のお煎餅も出してくれた。
袋の中で食べやすい大きさに割ってからモグモグする。
ユキも和希の隣に座って映画を見始めた。
和希はユキの横顔を見つめた。
和希の想いはユキには届かない。
ユキが完全に停止するまであと3年。
もしかしたら、不具合が出てそれより早く停止するかも知れない。
そして、和希の初恋は実らずに終わるのだ。
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