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第1回 BL小説アワード

幸せの隣

エロなし

和希が誰かに恋してる中、ユキは和希への恋心を自覚した。人間みたいに心があることを、こんなに憎いと思ったことはない。だって、アンドロイドがこんな風に人間を好きになっても、その先なんてないから。

茶々
6
グッジョブ

 ユキは目の前に立つ和希を、憮然とした表情で見つめていた。

「ふざけるのもいいが、お前勉強は終わったのか?」

 いつもと変わらない口調で尋ねる。アンドロイドでよかった。ユキなら眉一つ動かさずに動揺を隠しきれる。
 和希は自分の言葉を無かったことにされようとしている事実に耐えられない様子で、眉を寄せている。

「ユキ、おれの言ったことちゃんと聞いてたか?」
「聞いてたよ。こっちはわざわざ忘れようとしてるんじゃないか。感謝してほしいくらいだ」

 いよいよ和希の表情に怒りの色が見え出す。けれどユキは平気な顔をして、いつも通り家事をしに行こうと歩き出す。すかさず、逃がさないとでも言いたげに和希がユキの腕を掴んだ。
 彼の指は力を入れすぎて指先が白くなっているのに、ユキにはその力の強さを伝えない。視覚からの情報でしか、和希の必死さを感じ取れない。

「ちゃんとおれの話を聞いてよ、ユキ。何で無かったことにしようとすんの?」

 そんなの決まっている。不毛だからだ。

「おれの気持ち、全部嘘だって言いたいの?」

 そうじゃない。けれど……。

「なぁ、ユキ。黙ってないでちゃんと答えてよ」

 ユキは和希の視線から逃れたくて俯く。もう見ないでほしい。その熱い視線を自分に向けないでほしい。あんなに渇望していたその視線は、実際に向けられると痛みしか伝えてくれなかった。

「ユキ!」

 泣きそうな声で和希が自分の名前を呼ぶ。瞬間耳を塞いでしまいたい衝動に駆られた。
 何でお前が泣きそうになってるんだ。泣きたいのはこっちだ。
 耐えられなくなって、とうとうユキは乱暴に和希の手を振り払い、逃げ出した。
 背中に和希の声がしたけれど、止まれなかった。自分の役割である家事手伝いをほったらかして外へ出る。
 心の底から、いっそ壊れてしまいたいと思った。

◇◆

 初めて高梨和希と会ったのは、まだ和希が小学生に上がる前だった。
 この世界ではアンドロイドと呼ばれる、人間と瓜二つの精密機械が家事手伝いとしてどの家庭にも存在している。ユキもそのアンドロイドで、和希との付き合いはもう随分長い。    
 あの頃はまだあんなに小さかったのに、和希はすっかり成長し、今や高校生だ。目線は自分と同じになった。きっとまた身長は伸びて、ユキは追い越されてしまうだろう。
 ユキ、という綺麗な名前を付けてくれたのも和希。和希はユキのすべてだ。

 そんな彼に普通ではない感情を持ち始めたのはいつだっただろう。
 和希の笑顔を見る度に嬉しくなって、満たされるような幸せな気持ちになった。彼が同級生の女の子と話していると、体のどこかが痛くて辛くなった。
 自分のこの感情が『恋』だというのは知っていた。恋心を教えてくれたのは和希だった。

「こうさぁ、胸がぎゅ―――ってなって、そいつのことばっか考えちゃうんだよね。そいつが他の奴と話してたらムカつくし。顔見たら、あーこいつのこと好きだなーって思うんだよねぇ。今だって愛しさが止まらないわけよ」

 和希が洗濯物を畳むユキの隣に寝そべりながら、とろけそうな笑顔で言う。ユキは率直に気になった事柄を尋ねてみた。

「誰なんだ?その『そいつ』だか『こいつ』だかは」
「お!なんだよ~、ユキ興味あんの?おれの好きな人に」

 そのワクワクしたような顔が、なんだか癪に触って「別に」と素っ気ない言葉を返す。和希は特に傷付いた様子も気
にした様子もなく続ける。

「今度教えてやるよ」
「なんだそれ」

 意味が解らないと言いたげに息を吐くユキを、和希は楽しそうに見ていた。

 和希が誰かに恋してる中、ユキは和希への恋心を自覚した。人間みたいに心があることを、こんなに憎いと思ったことはない。だって、アンドロイドがこんな風に人間を好きになっても、その先なんてないから。
 ドラマや映画の中のカップルは、皆自分の心にある思いを相手にぶつけて、それをお互い受け取って上手くいっていた。和希の両親だってそうだろう。
 けれど自分は人間じゃない。
 物語の中でアンドロイドは、決まって二人の仲をサポートする役割を持っていたり、脇役でしか登場しない。アンドロイドが恋なんておこがましいことだ。
 そう思って『好き』という恋心には目を逸らし、今まで和希の傍にいた。和希の幸せは素敵な人間の女性と結婚して、子供を作って温かい家庭を築くことだ。そう思って彼の人生を、自身の体が壊れるまで守っていくつもりだった。
 なのに彼が言ったのだ。

「好きだよ、ユキ」

 その好きが家族とか友人としてではないなんてすぐにわかった。いつもと声のトーンも、空気も、言葉の重さだって違った。
 その言葉を耳にした途端、幸せだと思った。自分の中にずっと潜んでいた恋心が飛び上がって喜んだ。たったそれだけの言葉で、ユキは今すぐスクラップになっても悔いはないくらいの幸福感に包まれた。
 だって、大好きな和希が自分と同じ気持ちを持っていた。叶うはずのない恋が、叶ってしまった。こんなに幸せなことはない。
 けれどユキの中の、それこそ昔いたと言われる、心を持たないロボットみたいな冷静な自分が呟いた。
「その気持ちを殺せ」と。
 それで我に返った。そうだ、思い上がっていたら駄目だ。
 アンドロイドなんかが持った『恋心』なんてバグは、殺さないといけない。首を絞めて、二度と同じことが言えないよう、確実に。この恋の成就なんて、だれも望んでいないのだから。
 だからユキは、大好きな彼の言った告白を、なかったことにした。

◇◆

 ユキは放心したように公園のベンチに座っていた。もう遅いため人は誰もいないそこは、最も和希と遊んだ記憶がたくさんある場所だった。
 青い塗装のジャングルジムに目を向ける。そこでは昔、ヒーローの真似をして、マントに見立てた布を纏った幼い和希がジャングルジムの一番上から降り立って、足を捻って大泣きしたことがあった。ユキが少しの間アイスを買いに行っている時間に起きた出来事だった。
 真っ青になって駆け寄ったユキを見つけ、涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔を向けると、和希はユキの方に手を伸ばした。ユキはその手を取って、一生この子を守っていこうと誓った。
 懐かしさから思わず目を細める。子供の成長とは恐ろしいものだ。
 きっといつか、和希も父親になって、我が子の成長に驚く日が来るだろう。
 そんなことを考えていたら、心が締め付けられるみたいに痛くなった。
 人間は、よくこんなモノを平然な顔をして抱えて生きていけるなと思う。
 心は痛くて、重くて、感情に押しつぶされて内側から壊れてしまいそうだ。目に見えるなら捨ててやるのに。
 ユキは重苦しい溜息を吐く。
 仮に本当の気持ちを和希に伝えて、いつか飽きられて捨てられるくらいなら、いっそ今すぐ壊してほしい。二度と起動しないよう、殺してほしい。
 あぁ、でもどうせ壊されるなら和希がいい。和希に壊してほしい。そう思うのはきっと贅沢なことなんだろう。考えれば考えるほど後ろ向きな思いが掘り下げられる。

「誰か壊してくれないだろうか」

 人間に恋するアンドロイドなんて聞いたことがない。自分は欠陥品なのだろう。折角買ってくれたのに、高梨家の人たちには悪いことをしてしまった。
 だって、おかしい。
 男同士が悪いとか、そういうことではない。ユキにはそれだけではなく+αで問題が付いている。
 ユキは男のモデルで、アンドロイドだ。替えの利くただの機械なのだ。
 考えていたら涙が滲んできて、前が霞んできた。誰だ、アンドロイドに涙なんて機能を付けたのは。心の中で毒づいてみるけれど、涙は止まらない。
 苦しい。痛い。
 こんなに辛い思いをしているのに、和希が愛しいと思う気持ちは、蛇口が壊れたみたいに溢れて、増える一方だ。
 ユキは頭を抱えた。

「助けてくれ、和希」

 和希の幸せを誰より願っているのに、その幸せの隣に自分がいないのが、こんなに寂しいなんて知らなかった。
 助けてほしい。和希に。ユキにはもうそれしかなかった。

「最初からそう言えよ‼」

 突然の思いがけない声に、ユキはびくりと体を揺らす。慌てて顔を上げると、目の前に汗だくになっている和希がいた。ユキを探し回っていたらしい。彼は安堵したように深呼吸をしている。
 いたたまれなくなりユキは俯いた。

「助けてって、なんだよそれ」

 ユキは何も言わない。しばらく永遠にも似た沈黙が二人の間に流れた。
 不意に和希が口を開く。

「ユキはおれが好き?」

 好きだ、と答えたかった。けれど許されないその思いに、ユキはまた目を背けた。
 声は出なくて、弱々しく首を左右に振るのが限界だった。

「嫌いなのかよ」

「そうだ、嫌いだ」

 絞りだした声で告げる。

「本当に?」

「嫌いだよ、和希なんて。好きなはずないだろ」

 諦めてくれ、と思った。そうして欲しくないのは自分なのに。でもユキの中で大事なのは二人一緒の幸せではなく、和希一人の幸せだった。
 もう一度、念を押すみたいに「嫌いだ」と告げた。けれどその言葉は、笑い交じりの和希の言葉に掻き消された。

「嘘だ」

 全部わかっているとでも言うような声にムッとして顔を上げる。視線の先では和希がいつものように笑っていた。ユキが好きな、和希の笑顔だ。

「ユキは嘘が下手なの、自覚ない?本音が聞こえてくるみたいだよ」

 図星で、すぐに言葉が返せない。和希が微笑んだままユキの近くまで歩を進めた。
 ユキの目の前に来た和希は、目線を合わせるように、座ったユキの前で屈む。手を取られて、ユキは抵抗もできずされるがままになる。魔法にでもかかったみたいだ。

「じゃあ、今はそれでいいよ。嫌いで良い。でも、おれはしつこいから。いつかユキにおれのこと好きって言ってもらえるように、今から努力する」

 アンドロイドは体温なんて感じ取れないはずなのに、握られた和希の手が温かく感じる。いよいよ壊れてしまったのだろうか。

「今日はもう帰ろう。おれ、ユキの飯が食いたい」

 無邪気な笑顔で言われる。こくんと頷くと、笑った和希に手を引かれ、ベンチから立ち上がった。

「帰ろう、ユキ」

 和希が足を捻った日、帰ろうと言って優しく手を引き、小さい彼をおぶって帰ったのはユキだった。今度はユキが手を引かれている。
 小さい子みたいに手を繋いで家への道を歩く。
 心の底から安心した。頼もしいと感じた。握られた手が温かい気がする。
 もしあの時の和希が、こんな風に自分と居ることで、ユキというアンドロイドの存在のおかげで、安心できていたら嬉しいなと思った。
 ユキより前を歩く和希がふ、と口を開く。

「大好きだよ、ユキ」

 おれも、と答えそうになる声を飲み込んだ。でもどうしても伝えたくて、ユキは冷たい手で和希の手を握り返す。すぐに握り返してくれるその手が嬉しくて、やはり自分は幸せだと感じた。
 ユキはその幸福感に身を委ねるみたいに、ゆっくり瞳を閉じた。

茶々
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