すれ違い/プロポーズ/ほのぼの
いつの間に、中身まで逞しくなったんですか?私の知らないところでも、どんどんあなたは成長していく。なのに、私はまったく成長しない。あなたはそれをわかっていますか?
-side和希-
最近、ユキの様子がおかしい。
「あ、ユキ。おはよう!」
「・・・おはようございます」
「あ、・・・」
もう少し話したかったのに。ユキはそっけない挨拶だけを返してさっさと俺の前を通り過ぎてしまった。
ユキは、俺が小学生に上がったばかりの頃にやってきた。母さんを事故で亡くし、父さんが男手一つで俺を育てるには無理があったからだ。でも、おかげで俺は寂しい思いをしなかったし、父さんも仕事に専念することができる。ユキは、俺達家族の救世主みたいなものだった。
そして。
・・・俺の大事な人。
アンドロイドを人と形容していいかはわかんないけど、それにユキは男だけど。それでもユキは、俺の初めての友人で、初恋の人なんだ。
「和希ー!学校遅れるぞ!」
「え!?」
父さんの声に、慌てて時計を見てみると、いつもならすでに家を出ている時間だった。
「ヤバ、父さん、ユキ、いってきます!」
急いで靴を履き、家を出た。玄関のドアを閉める寸前に見えたユキの表情が、どこか悲しげだったことに、俺は気付けなかった。
******
にしても。
高三にもなると勉強が難しすぎて困る。それに、先生が五回に一回くらいの割合で受験って言葉を使うから、逆に勉強する気がうせてしまう。
「あ~、受験なんてしたくねーよー・・・」
「数学の時間中居眠りしてた奴がよく言うよ」
「マジ?こいつ寝てたの?」
苦手教科の数学を乗り越え、やっとの思いで迎えた放課後。盛大な溜め息と共に零した愚痴を聞きつけてやってきた友人達にからかわれる。
「うるさい。だって、あんな呪文みたい公式覚えるとか無理だし」
「うっわ、お前そんなんで大学どうするわけ?」
「うー、いいもん。ユキに家庭教師頼む」
咄嗟に思い浮かべた思い人の名前を出す。すると友人達は俺を哀れむように見る。
「え?何?なにその視線!?」
「・・・だってお前さぁ。ユキってお前のじゃなくて高梨家のアンドロイドだろ?」
あたりまえの質問に、俺は頷く。
「なら、お前が自立して一人暮らしとかしたら、ユキと一緒にいれないかもしれないだろ?」
「え・・・」
「今のうちから、甘えるの止めたほうがお前のためだと思うけどなぁ」
友人の言葉は、俺のためを思っての言葉なんだと思う。だけど、その言葉は俺にとって、酷く残酷なものだった。
******
「ただいま・・・」
家に帰っても、気分は晴れない。ユキのおかえりがない。きっと買い物にでも行ってるんだろうけど、あんな話をした後だから、少しだけ寂しかった。
「あ、書置き」
テーブルの上にあった書置きは父さんからで、今日は夜勤になるらしい。
夕飯は俺とユキで食べるように、か。
そのまま、ソファに寝転がる。眠い。大人になんか、ならなければいいのに。そうすれば、俺はこの家でずっとユキと一緒にいられるのに・・・。
-sideユキ-
「ただ今帰りました」
買い物から帰ってきたのは午後五時過ぎ。もう和希は帰ってきている時間だった。だから、おかえりの言葉がないことに疑問が生まれる。いや、和希だって、放課後に寄り道したり友人と遊んだりするだろう。真っ先に家に帰ってきて私におかえりと言ってくれる確立がどれほどのものかなんて、考えるまでもないだろうに。自分の思考の中心を和希が占めていることに苦笑しながら、買ったばかりの食材を台所に運ぶ。
「和希・・・?」
リビングを通ると、ソファの上で寝そべっている人影。それが和希だとわかって、すこしだけ安堵する。
「和希。こんなところで寝ていると風邪を引きますよ」
声をかけてみても、ゆさゆさと体を揺さぶってみても、和希は起きる気配を見せない。仕方なくタオルケットを運んできてかけてやる。
「和希」
そのまま離れるのが名残惜しくて、私は和希のサラサラの髪を撫でる。初めて会った時の幼さが消えかけている顔。体つきも大人になるにつれて逞しくなってきている。それに比べて、私には何の変化も訪れない。あたりまえだ。所詮作り物の体なのだから。私は、成長しない。勿論年もとらない。だから、きっとこの先たくさんの人が老いて、死んでいくのを見ることだろう。たくさんの別れを経験することだろう。
「和希。あなたも、いつかは私のもとから離れていってしまう」
それが、私にとってどれだけ辛いことか、わかっていますか?
「でもね。大人になっていくあなたの邪魔にはなりたくない。だから、今のうちにある程度の距離を、置かせてください」
眠っている和希の唇に、静かに口付けた。
諦めの悪い見苦しいアンドロイドでも構わない。きっと奇跡というのは魔法と同じで、存在しない。それでも、今は信じてみたい。昔読んで聞かせた御伽噺のように、こうすることで物語がハッピーエンドを迎えるということを。
「・・・すみません」
相手が寝ているのは百も承知だが、いたたまれなくなってしまい、思わず謝る。
「なんで、謝るの?」
「っ!?」
返ってこないと思っていた返事に驚き、和希の顔をみると、寝ていたはずのその目は開いていた。そして、その表情は怒っているのでも、泣いているのでもなく。ただ、私を心配しているような、困った顔。
「・・・いつから、起きていたんです?」
「え、と・・・・・・・。タオル、かけられたあたりから、かな?」
ほぼ全部聞いていた、と・・・。
思いっきり脱力して、その場に座り込む。そんな私を見て、和希は何をおもったのか、私をふわりと抱きしめた。
「和希・・・?」
「ねぇ、ユキ?俺って、迷惑になる?」
「いいえ!」
迷惑だなんてありえない。思わず即答した私に、和希は少しだけ微笑む。
「じゃぁさ、俺が自立とかして、一人暮らしとかになったらさ。ユキも一緒に来てよ」
「でも、それでは・・・」
それでは、和希のお父さんを一人にしてしまうことになる。そう言おうとした口は、和希によってふさがれた。突然のことに、固まっていると、間近にある和希の真剣な顔。
「これ、さっきのお返しな。父さんには、俺から話をつけるよ。ダメでも、俺は諦めない」
先を見すぎて臆病になる私よりも和希は強い。
いつの間に、中身まで逞しくなったんですか?私の知らないところでも、どんどんあなたは成長していく。なのに、私はまったく成長しない。あなたはそれをわかっていますか?
「私は、アンドロイドで。作り物です。今は同じ年に見えても、何十年か経った時。私とあなたは親子のように見えてしまうんですよ?」
和希に、一緒にいようと言われて嬉しくないわけじゃない。だけど、この先何十年も一緒にいたとして、それでお互いに幸せになれるのか?そう考えてしまうと、どうしても逃げ腰になってしまう自分がいる。
「大丈夫だよ。俺がいつからお前に片想いしてたと思ってんだし」
なめんな。そう、言い放った和希が眩しかった。
「ねぇ、ユキ。俺と一緒に生きてくれる?」
アンドロイドにプロポーズする人間なんて、あなたくらいですよ。
思わず顔を綻ばせてしまう。答えなんて、一つしかない。
「もちろんです。あなたが嫌と言わない限り、私はいつまでもあなたと共に生きましょう」
そう、たとえこの先、どんな未来が私達を待ち受けていようと。あなたが私を捨てない限り、私はあなたを想い続ける。
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