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第1回 BL小説アワード

り・さいくる

過去あり/エロなし

……ショタコンのハウスキーパーなんざ三原則を無視するアンドロイド以上に始末が悪いと思うんだが…。これも結局過去があるからそうなっちまったって事なのかね。

葡萄瓜XQO
4
グッジョブ

 「ああ、またか」
記憶を手繰りながらため息をつき、そしてつい舌打ちをしてしまう。全く知らない感覚ではない。だからこそ厄介だ。
まあとりあえずは…ああ、レース編みでもしておこうか。シャットダウンが出来ない以上、現実逃避か思考停止しか術はないし。

それにしても、とんだ想定外だな。正直バグと言ってしまった方が良いかも知れない。
もちろんあの時と今とでは条件や環境が全く同じではないから出る結果も変わっては来るのだろう。僕さえきちんと対処できるならば。
問題は僕自身にその対処できるだけの自信がないと言う現実であって。うん。要因は本当にそれだけなんだ。和希は彼の思う通りに振舞っているだけなんだから。
まったくね。OSに組み込まれてしまっているあの三原則が心底恨めしい。あれさえなければ僕はきっと今より簡単に和希を拒むことができる筈なんだ。あの時と同じように。

ユキと俺が出会って、と言うかユキが俺の家に来てもう十年経っていたことに先週気付いて結構驚いてしまった。
いやもちろん俺にだって時間感覚はそれなりにあるんだけどさ…ぶっちゃけそんなに経ってたっけと言う感じなんだよな。と言う事はあれか、両親以上に長い付き合いって言う事になるのか。
そして改めてユキとの思い出を折角だからと言うのでメモに書きだしてみるとだな……ほんと俺、よくユキに見捨てられなかったよな。人間のハウスキーパーなら絶対に見捨ててる。きっと俺が懐かないし。
とは言うものの、ユキが人間じゃないと言う意識も実はそんなに持ってない俺だったりする。ユキがあんまり当たり前に人間の世間に溶け込んでいるものだから、改めて認識しないと忘れるんだよな。
だから、メモ書きを見ながらちょっと後悔してる。先週勢いでユキにキスしてしまった事を。

一瞬感じた痛みがユキの指からの放電に由来すると理解した時、既に彼の背中は遠ざかっていた。
言い訳は、できない。意識して唇を合わせてしまった以上。
さしあたって今問題なのは、視界の隅で存在を主張している汚れた衣類と食器の始末だな。この状態でユキが家事を平然とこなしてくれるなんて虫の良い話など、ある訳が無い。その現実もさりげなく痛い。

ああ、やっちまったな。
三原則に抵触しない程度に、と言う判断はしたものの、ルール違反以上に和希を拒んでしまった事に対する後悔の方が強いと言うね。
こう言う状況において経験則が参考にはなるが実益をもたらさないと言う事が判っただけでも儲けものかな。
で、改めて自問。
何故和希を拒む必要があったのか。
過去のオト…じゃない、以前の雇い主を忘れたくないから、と答えようとしていたんだけど、どうやらそれは不適切な回答だったらしい。その記憶があると言う事で自己防衛をしたかったのかな、と再認する。
そして見つけてしまったもう一つの答え。これは自分でもただ呆れるしかない。
どうやら僕はは和希が大人になると言う自然の法則を無意識の内に無視したがっていたらしい。
……ショタコンのハウスキーパーなんざ三原則を無視するアンドロイド以上に始末が悪いと思うんだが…。これも結局過去があるからそうなっちまったって事なのかね。こうなるんだったらメンテナンスの時にメモリー消去も希望しとくんだった。いや、いっそハードの全とっかえか。
アンドロイドがこう言う事で血迷ったら、本当に洒落にならない。そう言う例を見てきたし末路までしっかり見届けてもいる。アンドロイド自身の末路は自業自得だから仕方ないにしてもそれに巻き込まれる雇い主の末路は出来れば記憶したくない。
その図式に和希を取り込んでしまう事だけは、絶対に避けよう。可能かどうかは自信がないけど、やるしかない。

気配に気づいて『ユ』と言いかけた和希の視界に入ったものは、表情を貼りつかせた仮面だった。
モノ自体には一応見覚えがある。実際に用いられている場面に遭遇した事はないが、博物館のアンドロイド進化史のパノラマに組み込まれていたなと言う記憶はある。
そういえばユキは元々二世代前のモデルだったとか聞いたよなと場違いに思い出しながら、和希は二の句を告げる事が出来ずにいた。
そう言う和希を一切気にせず、ユキは淡々と洗濯物を始末してゆき、そして食器を綺麗に洗い上げていた。
もちろんそれがユキの配慮だと言う事は理性では判る。あくまでもハウスキーパーと雇用主の家族と言う事で関係を維持すれば、少なくとも和希に賞罰が発生する事はない、と。
ただ。ただ、だ。
それで和希が納得するかどうかは話が別だし、ユキ自身が納得できているかどうかも話が別だ。
だから…。

「……いつの間にそういう趣味になったのかな?」
「たった今」
「悪趣味」
「そっくり返す」
製造されてから四十年間の中でこんな経験は初めてだ。ペルソナの状態でディープキスをされるなんて。
いやそもそもキスされるなんて経験の記録が一ケタどころか片手で数える程しかメモリーにないし。その中の一つはついこの間の和希からのもので。
「和希」
「ん?」
「悪い事は言わないからここから先は専用機種とやんなさい。その方が余程心地良いから」
「嫌だ。ユキが良い」
「こっちにはそう言う機能がないんだっての」
「機能だけの問題?」
「聞くか?そこ」
「……納得できないし」
あーもう!そこで高校男子が涙ぐむのは反則!人間様なんだからもう少し自分を可愛がりなさいって。まあ、社会経験の少ない状態で判れって方が無理か。
「あのさ」
「…何?」
我ながら高校男子の二の句にびびってるのが情けない。
「ユキが男性型だから惹かれたのもある、って言ったら退く?」
「…退かない」
これ以上言わせたらこっちが再起不能になるからもう抱きしめてしまおう。と、手を動かしかけたら、
『m…!』
こう言うのもレアな経験と言って…たまるか!不純同性交友をアンドロイドから仕掛けてその現場を雇用主に目撃されましたなんて。
ウィンクと一緒に静かにとジェスチャーを送られたその真意が怖いんですけど、高梨さん。

で、まあ、その、ね。
和希を健全に寝かしつけた後に雇用主である高梨さんに、僕に落ち度があるという前提で洗いざらい話した訳ですよ。
そしたら仲を認められてしまったと言うね。なんなんだこのご都合展開はと我ながら呆れる。
高梨さん曰く、和希にそう言う傾向があるのは僕が雇用される少し前には判っていたので、少しでも息がし易い様にと配慮してそう言う経験のあるハウスキーパーを探していたんだそうで。つまり僕は飛んで火にいるなんとやらだったらしい。
なんだかなぁ。良いんだか悪いんだか。

そんな訳で結局僕は和希の傍にいる。
でも束縛するつもりはない。和希の視野が広がっていつか別の男とどうこうなりたいとなったなら、多分背中を押すだろう。ハウスキーパーとして。
ただ、個体としては次の衝撃が来るまでは和希を思い続けるんだろうなと思う。多分、メモリーが再構築不可能になるまで。
ああ、空が高いや。
                      【了】

葡萄瓜XQO
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