ハッピーエンド
「だって俺は、スーパーすごいアンドロイドだから」嬉しそうに言うのが腹立った。だって、成功しようとしまいと、ユキとはもう二度と会えなくなる事は確かだった。
明日、ユキは地球を立つ。
来週に迫った隕石の飛来を食い止めるため。
なんでユキなの?
ユキにそう聞くと、あいつは笑った。
「だって俺は、スーパーすごいアンドロイドだから」
嬉しそうに言うのが腹立った。だって、成功しようとしまいと、ユキとはもう二度と会えなくなる事は確かだった。
隕石に爆弾を設置して軌道を逸らす。そんなの遠隔操作ロボットに任せればいいのに、スーパーすごいアンドロイドのユキにしか出来ないと言う。
ユキがスーパーすごいアンドロイドだなんて知らなかった。だって、ユキを作ったのは僕の叔父さんだ。ユキがスーパーすごいアンドロイドなら、叔父さんはスーパーすごい発明者って事。
「本当に行くの?」
夕陽に照らされてオレンジに染まったユキが頷く。遠く煌々と燃える太陽の横に、小さく見える丸い星。今はまだ小さいそれは、やがて地球に衝突する。それは、地球上の生物が絶滅する程度の威力で。
「ユキじゃなくていいじゃん」
「俺じゃないとダメなんだよ。俺を応援してよ」
ユキはずるい。そんな話、ずっとしなかったのに。決まったのはもっと前だったのに、今日になっていきなり言うんだ。
「和希のこと、守らせてよ」
振り返ったユキが僕の頭を撫でた。
初めて出会った時もそうたった。両親を事故で亡くした僕の元に、叔父さんはユキを連れてきた。ユキは僕の頭を優しく撫でた。
『和希のこと、守るよ』
「行かないで」
僕が言ったって、ユキは優しく微笑むだけだ。
「守んなくていい。一人にしないでよ、ユキが行ったら僕はまた、一人になるんだよ」
こんな事は言いたくなかった。僕のために、人類、地球のために旅立つユキを応援すべきだとわかっている。それでも、ずっとそばにいて欲しかった。
「一人になんか、ならないよ」
ユキは笑った。大丈夫だよ、そう言った。
「ねえ、和希。俺はアンドロイドだから心なんてなかったんだ。でも和希と一緒に過ごして、ここに、心が出来たんだ」
ユキは自分の胸の真ん中を指差す。
「和希と生活して、楽しくて笑ったり、つまんない事で怒ったり、辛くて泣いたり、和希と過ごした毎日がここにあるんだよ。ここに、和希がいるんだよ」
そして今度は僕の手を取り、僕の胸の真ん中に重ねて手を置く。
「和希は?」
ユキの手に触れられて、胸が熱くなるようだった。
「和希のここに、俺はいるでしょう?」
「いるよ……」
初めて出会った時から、ずっと一緒にいたんだ。かけがえのない、大事な家族だ。
どんな些細な思い出だって、具に思い出せる。
「いるよ……」
それを思い出すと、僕は涙が出てしまった。
「じゃあ俺たち、ずっと一緒だ」
ユキの指が、頬を伝う涙を拭う。
「愛してる、和希」
「僕もだ、ユキ」
ずっと一緒だけど、離れ離れ。
離れ離れだけど、ずっと一緒。
重なった唇が濡れていたのは、僕の涙のせいだけじゃない。
それからユキとお別れをした、次の日。彼を乗せたロケットは隕石に無事到着。ユキは任務を果たし、隕石はまるで明後日の方向に飛んでいった。
おかしな話だ。人類滅亡の危機だったのに、あまりにもあっさりと危険は去った。平和な日常は守られ、偉大なスーパーすごいアンドロイドのユキだって、世間からすぐに忘れ去られた。
ユキの乗ったロケットは隕石から飛び立つ事が出来ない。だから、ユキも隕石に乗って宇宙の彼方に行ってしまったのだ。
寂しかったけれど、ユキの教えてくれた通り、ユキとずっと一緒にいる気がした。
そうして気付けば10年。僕は叔父さんの元で働き、アンドロイド事業に携わっていた。
ユキのように全人類、地球の全てを救えるようなアンドロイドじゃなくていい。たった一人を救える、そんな心優しいスーパーすごいアンドロイドを作るために。
ユキを思い出しては、笑ったり、悲しくなったり、やっぱり笑って元気になったり。そんな風になれる、アンドロイドを作るために。
こんこん、扉を叩く音がした。こんな夜遅くに誰だろう。
突然の来客に、僕は言葉を無くす。
「ただいま」
「どうして、だって……」
「だって俺は、スーパーすごいアンドロイドだから」
終わり