#エロなし/#執着
「ユキは機械だよ。アンドロイドだ」僕の腕を握りしめる掌からは熱を感じない。より人間に近付けるために温感タイプのアンドロイドも販売されてはいるが、うちのユキはそうではない。
「和希、おはよう」
今日も今日とて全身にその機械特有の重みを感じながら目覚めた僕は、小さな声で「近い」と呟いた。小さな声でいい。だって奴の顔はこんなにも…
「今日も和希は冷たいなあ。こんなに優しく起こしてあげてるのに」
僕の肩の上で肘をつきながら顔だけをぐっと近くに寄せてくる。鼻と鼻のてっぺんがつん、と軽く触れあった。
一般家庭にも家庭用アンドロイドが普及した近年、少しばかり裕福だったうちのアンドロイドは大型の男性モデルを使用している。家事全般はもちろん、そのサイズのおかげで力仕事もスイスイこなす優れものだ。
「お願いだから、いい加減どいてくれないと僕の体がぺらっぺらになっちゃうよ」
「ええーそれは困るなあ。ぺらっぺらの和希なんて、抱き心地悪そう」
抱かなくていいんだよ、抱かなくて。
僕の体に覆いかぶさるように乗っていた大きな体躯がのろのろと動き出した。
ようやく自由になった体はまだ布団が恋しいようだけれど、そんな体に鞭打ってベッドを降りる。そして愛用の眼鏡をかけるべくサイドテーブルに手を伸ばしたのだが、そこに眼鏡と並んであるべきはずの物がまた消えていた。
「…ユキ、今何時」
「んー、時間?いつも通り7時だけど、どうかした?」
僕の上で寝転がっていたせいで少し皺が寄ったシャツを整えながら、ユキは顔だけでこっちを向いた。
「…目覚まし時計、どこやったの」
眼鏡をかけ、ユキの顔を睨みつける。愛玩用でもないのに、相変わらず綺麗な造形の顔だ。
静かに問いかければ、ユキはあからさまにそっぽを向いた。
「しーらない」
アンドロイドという点を除けば2m近の大男だ。そんな奴が両頬を膨らませてぷりぷり怒っている姿のどこに萌えを感じようか。
「…あのさあ、何回も言うけど時計は必要なんだよ。いちいちユキに時間を聞くわけにもいかないでしょ」
「聞けばいいよ。俺は和希が何百回何万回と同じことを聞いても答えてあげる」
「そうだね、ユキはそういう風に出来てるもんね。でも僕にとってそれはすごく不便なことだ」
毎朝の恒例になりつつあるやり取りにうんざりしながら、僕はテーブルの上に置いてあった携帯電話に手を伸ばした。けれどその手は背後から伸びてきた色白で極太の腕によって遮られてしまう。
「機械扱いするな」
典型的なもやしっ子の僕の細腕は、ユキの骨ばった大きな手のひらで拘束されてしまった。どうやら先ほどの会話の中で、ユキの気に障る発言をしてしまったようだ。
「ユキは機械だよ。アンドロイドだ」
僕の腕を握りしめる掌からは熱を感じない。より人間に近付けるために温感タイプのアンドロイドも販売されてはいるが、うちのユキはそうではない。ひんやりとした掌は、彼が作り物である事を示していた。
「和希はひどいね。俺が和希と同じになりたがってるのを知ってるのに」
「だったら他の機械に嫉妬なんかしないで。人間は機械に嫉妬なんてしないよ」
「するさ。愛する人の触れるもの、見つめるもの、感じるもの、すべてに嫉妬するほど深い愛もある」
「僕はまだ感じたことのない愛だ」
ユキの手が僕の顎のあたりをゆっくり撫でていった。その手の冷たさに背筋がぞくっとする。
「感じさせてあげようか」
「アンドロイドじゃ無理だよ」
言い切る前に体がものすごい勢いで回転させられた。今までは背後から抱きしめられる形だったのに、今度は思い切り向かい合わせ。ベッドの上よりは密着していないけれど、ユキの顔があまりにも怖いものだったからつい顔を背けてしまった。
ちょっと煽りすぎたな、反省。
「あまりなめるなよ」
僕の腕をまとめて方手で掴んだユキは、ゆっくりと首筋に顔を埋めてきた。
「家庭用アンドロイドをこういう用途に使う奴もいるんだ。体の関係から始まる愛だって、あると思わない?」
顔を背けているせいで浮き出た首の筋を冷ややかな舌で舐められる。さっきとは違ったぞくぞくが僕の背中を駆け巡った。
「ユキはそんなことしないよ。だってそういう風に作られてる」
それでも尚気丈に言い切れば、僕の首筋を舐めていた舌も僕の腕を拘束していた手も静かに動きをやめ、力が抜かれた。名残惜しむように、右手の人差し指をユキの人差し指がつーっと撫でていく。
「…そうだね、俺は和希が望まないことは出来ない」
そのまま一歩後ろに下がったユキは、くるりと僕に背中を向けた。
「愛する人に好きに触れる事も出来ない俺の愛って、一体なんなんだろうね」