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第1回 BL小説アワード

At Daybreak.

ダーク/シリアス/痛い

「私だけの兵器にしてやる!奴らは自分たちが作らせたアンドロイドに殺されるんだ!これは奴らへの報いなんだ!」

六道 空
6
グッジョブ

―新着メール 1件―

日曜日、午前7時。
まだベッドで眠る和希の腕に嵌められた腕時計型の通信端末から、メールの受信を告げるアラームが鳴る。
部活がない日くらい眠らせてくれと無視してこのまま二度寝しようと思ったが、部屋の扉が開かれる気配を感じて仕方なく起き上がることにした。

「和希、おはよう。メールが届いています」

同じくメールの受信通知を受けたアンドロイドのユキは、
今日も朝から彼の仕事をきっちりとこなしてくれているようだ。

「おはよう、ユキ。メール読んで」

了解、とユキが一旦命令の処理のために瞼を閉じる。

「すみません、セキュリティがかかっています」

セキュリティ付きのメールは受取人本人でしか解除することが出来ず、ユキの読み上げ機能が使えない。

「しょうがない……PCで開くよ」

気怠げな様子で、あくびをしながらデスクへ向かう和希と違い手早く着替えを済ませたユキは、既にキッチンで朝食の準備をはじめていた。
その背中を横目で見ながら、和希はユキと出会った時のことを思い返す。


和希の両親はロボット工学が専門で、今では普及率99%と言われる家庭用アンドロイドの開発チームに所属していた。
そんな両親から和希が小学校に上がるお祝いにと贈られたのが、金色の髪に真っ白な肌を持つ、美しいアンドロイドだった。

父がアンドロイドを起動すると、ゆっくりとその瞼が持ち上がり、光を受けて七色に輝く二つの瞳が現れた。

「さあ和希、彼の目を見て、名前を呼んであげて。お前が名付けていいんだよ」

和希は逡巡した後、ひとつのイメージに辿り着く。

「ユキ。雪みたいに白くて綺麗だから、ユキがいい」

和希は父に言われた通り、アンドロイドの目を見て呼びかける。

「ユキ、こんにちは」

すると無表情だったアンドロイドの表情にみるみる感情が宿りはじめる。
頬に赤みがさし、まるで本当に血が通っているかのような優しい笑顔を和希に向けた。

「認証完了。はじめまして、和希」


その日からユキは和希にとって唯一無二の存在となった。
徒競走で一番になった時も、友達と喧嘩をした時も、ユキは和希を抱きしめてくれた。
そうして喜びも悲しみも二人で共有してきたのだ。

和希が中学へ入学する頃、両親が突然他界した。
研究所の事故に巻き込まれたらしいが、詳しい事情は教えてもらえなかった。

きっと一生分の涙を流したと思う。
毎晩泣いて泣いて、行き場のない激しい感情をユキにぶつけた時もあった。
それでもユキは黙ってただ抱きしめてくれた。

その温かい腕に、何度救われたことだろう。
ユキがいなければ、両親の死は絶対に乗り越えられなかった。
今もこうして傍にいてくれるユキを、和希は本当に大切に思っている。

「和希、朝食ができました。メールの確認は済みましたか?」

ユキに呼ばれてふと我にかえる。
思ったよりも長くトリップしていたらしい。

「あ、ちょっと待って、今見る」

メールの差出人は登録のないアドレスだった。
思い当たる節はなかったが、セキュリティ付きで送ってくるからには何か重要な内容なのだろうと迷わず開封した。

しかしそこに書かれていたのは和希の想像を遥かに超えたものだった。

手が震え、眩暈がした。
呼吸がまともに出来ず、膝が崩れる。

和希の様子がおかしいことを察知したユキが慌てて駆け寄り、倒れる前にその体を支えた。

「和希!体調が悪いですか?」

ユキは素早く和希の体温や心拍数を計測する。
違う、と和希は力なく首を振り、メールが開かれた画面を指差す。

差出人は、高梨賢斗。
和希の父である高梨悠斗の弟だという。
父に兄弟がいるとは聞いたことがなかったし、もちろん会ったこともなかった。

―君の両親の死は事故ではない。
君の両親は殺された―

話をしたいので二人に彼の研究所まで来て欲しいと、研究所の位置情報と動画ファイルが添付されている。

自動再生される動画には、事故当時の研究所の様子を撮影した生々しい映像が映し出されていた。
粉々になった建物、溶けた機械類、血を流し倒れている白衣の人々。
すると突然、凄惨な場面の中に不自然なほど眩しい白い肌が浮かび上がる。
ゆっくりと振り返ったその姿に二人は息を飲んだ。

「これは……私……?」

金色の髪に七色に輝く瞳を持つそれは、場に不釣合な美しい笑を浮かべていた。
血に染まってはいるがその顔は、紛れもなく今ここに居るユキそのものだった。

和希は混乱し、顔を引きつらせながら壁際まで後ずさる。
ユキは、これは自分ではないと断言したかったが、本当に自分ではないという確証がなかった。
自分はアンドロイドであり、体の中身を入れ替えられてしまっては簡単に自分ではなくなってしまうと思ったからだ。

「ユキ……ユキ……」

ああ……和希が呼んでいる。
ならばやはり自分に出来ることはただ一つ。

「和希。私の中にこの記憶は存在しません。私の記憶には、和希との思い出しかありません。」

ユキはゆっくりと和希に歩み寄り、彼の瞳をじっと見つめる。

「私がはじめて見たものは、あなたのその瞳です。ユキという名前はあなたがくれました。私はすぐに理解しました。この人が私の、たった一人のマスターだと」

ユキの白く細い指が、愛おしそうに和希の頬に触れる。
温かい和希の体温にもっと触れたくて、ユキはそっと和希の体を抱きしめた。

「これまでの私のことはわかりません。しかし、今の私にはあなたがすべてです」

どうにかこの思いを伝えたくて、ユキは祈るように和希の口唇に自分の口唇を重ね合わせた。

「愛してます、和希」

ユキは和希に口づけながら、この先に何があっても彼を守ると誓った。
真っ直ぐなその思いが伝わったのか、和希の腕がゆっくりとユキの背中に回される。

「ユキ……俺も……」

今度は和希から口づける。

触れ合う体と絡み合う舌の熱が、相容れないはずのお互いの存在を確かに結びつける。
和希の記憶にあるのもまた、ユキと出会い過ごしたあの温かな時間だけなのだ。
それを脅かす父の弟だという人物。
彼が一体何の目的で、何故今になってこんなメールを送ってきたのか。

「ハッキリさせなきゃ。前に進むために」

ただ泣くことしか出来なかった5年前の自分とは違うと、和希はその強い意志をしっかりと両目に湛えていた。


都心から離れた山奥にある研究所は小さなものだった。
鬱蒼とした木々に覆われたそこは、メールに添付されていた正確な位置情報がなければ到底辿り着けはしないだろう。
足を踏み入れてみると、研究所とは名ばかりのガラクタが積まれたただの廃墟のようだった。
カビ臭い廊下を進んだ先の一室に、彼、高梨賢斗は居た。

「やあ、和希。待っていたよ。大きくなったね」

両腕を広げ、さも懐かしい甥との再会を演じているような彼に、和希は不快感を覚えた。

「俺、あなたに一度も会ったことありません。本当に父とは兄弟なんですか?」

和希がそう睨むと、賢斗は声を立てて笑い、机の引き出しから一枚の写真を取り出して見せた。
それは古い写真で、父と母と、今より少し若い賢斗の姿があり、その後ろにはたくさんのアンドロイドの骨組みが写っていた。
「私は君の両親と、君が生まれる前から一緒にこの施設で仕事をしていたんだ。
生まれたばかりの君を抱いたこともあるよ」

賢斗は白衣の内ポケットから煙草を取り出し火を付ける。
たっぷりと息を吸い、それを吐き出しながら窓の外を眺めた。

「この場所には元々大きな政府の研究施設があってね。君が生まれた頃、私たちはここで兵器用アンドロイドの研究と開発を行っていたんだ」

そんなはずはなかった。
和希の脳裏に優しかった両親の姿が浮かぶ。

「父と母は家庭用のアンドロイドを作っていると……」

「表向きはね」

賢斗は煙草の煙をくゆらせながらゆっくりと語りはじめる。
政府は開発した兵器用アンドロイドを使って他国に揺さぶりをかけようとしていた。
ところがあと一歩で完成というところで、開発に莫大な資金と時間を費やした最も重要な戦闘用プログラムの行方がわからなくなった。
人を殺すためだけに作られたプログラムが流出してしまえば、ましてやそれが他国の手に渡りでもしたら、国家は存続の危機に陥る。

「で、なんとしてもそれを避けたい政府は疑わしきすべての技術者を施設ごと消し去ったってワケさ。君の後ろにいるそのアンドロイドは当時の試作品の姿だ。映像を見ただろう?私が彼らに自爆プログラムを組み込んだ。頭に銃を突きつけられながらね」

和希は思わずユキのほうを見た。
ユキは何も言わず、賢斗に話の続きを促した。

賢斗もその時傷を負ったが、混乱に乗じて裏山に逃げ込み隠れるように生きてきた。
政府の命令に従い、その政府に一方的に排除された仲間の恨みを晴らそうと決心した彼は、反撃の手がかりを探るべく研究所の跡地を訪れた。
当時のまま残る瓦礫の山の中を来る日も来る日も探し回り、賢斗はようやく当時の監視カメラのデータの一部と、薄汚れた一冊の手帳を見つけた。

「偶然にも君のお母さんの手帳だったよ。暗号化されたメモだったけどね、解読したら君の後ろにいるそのアンドロイドの設計メモだった。戦闘用プログラムは政府の計画を阻止しようとした君のご両親が、一体のアンドロイドごと持ち出したものだったんだ。そしてそれは今、そいつの中に眠っている」

「嘘だ!そんなものは存在しない!」

和希が反論するより早く、ユキが叫んだ。

「リブートすればわかるさ!」

賢斗は腰に隠していた拳銃を素早く引き抜き、ユキの両脚を打ち抜いた。

「ユキ!」

地面に膝をついたユキに駆け寄る和希の右脚も、賢斗によって打ち抜かれる。

「こいつの戦闘用プログラムを呼び起こし、私だけの兵器にしてやる!奴らは自分たちが作らせたアンドロイドに殺されるんだ!これは奴らへの報いなんだ!」

賢斗はユキの背中の皮膚を剥ぎ取り、露出させた内部へ自分のコンピュータを接続し、リブートプログラムを流し込む。
ユキは既に瞼を下ろし、ピクリとも動かない。
カタカタと機械の動く音が止みアラートメッセージが流れると、賢斗は大げさに舌打ちした。

「そうか、お前の眼がなけりゃ起動しないんだったな。まったく、虹彩認証なんてめんどくさいことしやがって」

賢斗は和希を引きずり起こそうとするが、そうはさせまいと和希が無事な左脚で賢斗の脛を思い切り蹴る。
ごきっと骨が折れる音がした。
衝撃で賢斗の腰のホルスターから拳銃が抜け落ちる。
和希は体を引きずりながらその拳銃を奪い取り、その銃口を賢斗へ向けた。

「ユキが俺を忘れても……人殺しにだけは絶対させない!」

賢斗はまるで痛みを感じていないかのように立ち上がり、ナイフを振りかざし和希に襲いかかる。

「クソガキィィィ!」

賢斗のナイフが和希の左目を抉り、和希は声にならない悲鳴をあげて倒れた。
同時に和希が苦し紛れに放った一発はやはり致命傷にはならなかったようだ。

「ごめん……ユキ……」

薄れゆく意識の中で、ユキのリブートが完了する音を聞いた。


次に目が覚めた時は、自室のベッドの上だった。
部屋の中にある物の色や形は認識できる。
抉られたはずの左目はしっかりと見えているようだ。
夢だったのだろうか。
状況をまったく把握出来ないままとにかく体を起こしてみると、ちょうど扉からユキが入ってくるところだった。

「和希!目が覚めましたか?」

よかった。とユキは和希を優しく抱きしめ額、瞼、頬、口唇に何度もキスをした。
最後に両手を頬に添え、じっくりと和希の瞳を覗き込む。

「和希の目、私と同じ」

そう言ってユキが差し出した手鏡を覗いてみると、失った左目のかわりに七色に輝く義眼が埋め込まれていた。

「これ、ユキが?」

誇らしげな顔で頷くユキの金色の髪が、朝の光を浴びてふわふわと揺れる。

「ちゃんと見えてるよ、ユキ。綺麗だ」

結局ユキの中に戦闘用プログラムはなかった。
ユキの記憶は書き換えられないよう両親の手によって特殊なプロテクトが施してあり、賢斗のプログラムでは完全にユキを支配することが出来なかった。
最後の希望を絶たれた賢斗はそのまま拳銃で頭を撃ち抜き自殺。
彼は彼なりに仲間のために痛みを抱えながら戦っていたのだろう。
もし彼の言うように自分の両親が虐殺の引き金なのだとしたら、あの時、彼に銃口を向けた自分は果たして正しかったのか。
今の和希にはわからなかった。

「ユキ、お前、俺と一緒に……」

その先に続く言葉は、まだ選べそうにない。
すべての真実を、この目で確かめるまでは。

六道 空
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