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第1回 BL小説アワード

Not plastic

ツンデレ/主従関係/エロなし

2年前追い越された背も、和希よりずっとたくましい腕も、何もかもが悔しくてたまらなくなって、和希は広いユキの胸を拳で叩いた。「……なんで森下とキスしたんだよっ」

立花
11
グッジョブ

 俺はお前のことなんか好きじゃない。
 そう言ってやったら、お前はどんな顔をするのだろう。
「…おい」
 浴室から出ると、和希はそばに置いてあるバスタオルには目もくれず、そう一言だけ低く命じた。すると数十秒もせずに、背の高い体がするりと脱衣所へと入ってくる。青白い顔の少年は何も言わずに、濡れた和希の体を拭い始めた。
 彼は家政婦アンドロイドのユキという。和希が小学校に上がった頃、家事手伝いと和希の遊び相手を兼ねてこの家へやってきた。ユキは技術の進歩により、アンドロイドにも関わらず年を取ることができる。おかげで和希とユキはまるで兄弟同然に育った。
 だが高校入学後からユキの様子がどこかおかしくなっていた。なんとなくユキから距離を感じるのだ。一緒に過ごす時間を少しずつ減らし、軽いスキンシップにさえ眉をひそめる。そんな態度に最初、和希はとうとう我が儘の言い過ぎでユキに嫌われてしまったのかと思った。しかし偶然知った本心は正反対だった。
 ある晩のことだ。和希がいつも通り風呂上がりに水を飲んでいると、仕事を終えたユキがリビングに入ってきた。タオル1枚の和希に一瞥をくれると、うんざりしたように小言を繰り返す。そんなのはいつものことだったが、出て行ってしまったつれない背中にひどくむなしくなった。
 どうしたら構ってもらえるか。考えた末、和希はわざとグラスを床に落とした。散ったガラスで指を切って声を上げる。こうでもすれば、ユキも放っておけないと思ったのだ。
 案の定ユキは血相を変えて飛んできて、すぐさま和希の手を取り上げた。
「大丈夫ですか!?」
「いたい……」
「すぐに手当てしますから、少し待っていてください」
 救急箱を取りにいこうと慌てて立ち上がったユキに、思わず和希はすがっていた。行くなとも言えずに膝立ちでユキのシャツの裾を掴む。そのとき、はずみで腰に巻いていたバスタオルが床に落ちてしまった。特に和希は気にしなかったが、ユキの顔が赤くなったのを見逃さなかった。
 一瞬で染まったリンゴのような頬。こらえきれない沈黙の後、ユキは顔を隠すようにさっと俯いた。
「お前……」
「言わないでください」
 ぴしゃりと叩き付けるような口調だった。だが口調とは裏腹に、薄い肩はか細く揺れていた。
 ユキは自分のことが好きなのだ。家族としてではなく、ひとりの男として。ただのプラスチックのくせに、人間の自分に恋している。
 理解した途端、自分の中で暗い感情が頭をもたげた。
「身の程知らず」
 好きなのに、どうしてかユキをズタズタに傷つけてやりたくなった。
 それ以来、和希はユキの気持ちを知った上での陰湿な嫌がらせを繰り返すようになった。わざわざきわどい格好でユキの前をうろついたり、今のように風呂上がりの体を拭かせてみたり。ユキは平気なふりをするが、そのくせ押し殺しきれていない熱のようなものを時折覗かせた。そのギリギリで耐える表情がたまらなく和希を煽った。
 気がつけばねじれた快感は、どうしようもないクセになっていた。
「…これでいいですか」
 和希の体を拭き終えたユキは、そっと顔色を窺うように和希のほうを見つめてきた。少しの怯えと羞恥が見え隠れする瞳。和希は満足して、横柄に頷いた。
「ああ。服も着せろ」
「わかりました」
「…別にそこまで、俺の体に触れないようにしなくてもいいんだけど」
 指摘した途端、ユキの表情がピシリと固まった。
 わかりましたと硬い声で呟く彼の耳が赤いことを、和希はそっと教えてやった。

*****
 
 授業が終わると同時に、雨が窓を叩き始めた。HRが終わる頃にはすっかりどしゃぶりになり、教室が一気に騒がしくなった。どうしよーという声を聞き流しながら、和希は折り畳み傘をさして外へ出た。
 早足で校門を抜けると、そばに見慣れた姿が立っているのを見つけた。青い大きめの傘を手に持ったユキは、和希を見つけると頭を下げた。
「急に雨が降ってきたので迎えにきました。寒くはないですか?」
 そう言うユキの方が青白い顔をしていた。だが優しさを素直には受け取れず、和希はひどい言葉を投げ返した。
「この俺が傘を忘れるわけねえだろ。なに余計な気ィ回してんの」
 言った瞬間後悔した。ユキが申し訳なさそうに俯く。本当は迎えに来てくれて嬉しかった。なぜこんな言い方をしたんだと、気まずさが胸を重くしていく。
「…あの」
 そんな重い空気の中、いきなり後ろから声をかけられた。立っていたのはクラスメイトの森下で、彼女はいきなりぺこりと頭を下げた。
「この間、助けてくれた方ですよね」 
「は?」
 何を言い出したのかと思えば、森下は突然ユキのほうへ向かってきた。そうしてキラキラの目でユキを見つめたまま、何度もお礼を繰り返す。ユキは呆気にとられたようで、しばらくぼうっと突っ立っていた。
「そんなに気にしないでください。あのあとは大丈夫でしたか」
「は、はい。助けてくださったおかげで…無事家に帰れました。本当にありがとうございました!」
「それはよかったです」
「…状況がまったく掴めねえんだけど」
 仏頂面で呟くと、森下は今、和希の存在に気がついたように慌てて説明を始めた。
「——————へえ」
 どうやら街中で不良に絡まれていた森下をたまたま通りがかったユキが助けてあげたらしい。きっと困っている女の子を放っておけなかったのだろう。前にも道端で迷子になったお年寄りを助けていた。
 チラッとユキに視線をやると、優しい目で森下をじっと見ている。お前は俺のことが好きなんじゃないのか。途端面白くなくなって、和希は意地の悪いことを思いついた。
「そういえば森下さん、この雨の中よく後ろ姿だけでそのヒーローがユキだって気づけたね」
「えっ!」
 和希の視線にあからさまにうろたえ、顔を赤くした森下に、どす黒い感情がどんどんあふれてくる。家庭用アンドロイドが生身の人間とまったく変わらない姿になった今、彼らとの恋愛は珍しい話でもない。
「もしかしてユキのこと、そのとき好きになっちゃったんじゃない?…ねえ森下さん」
「ちがっ」
「残念だけどこいつ、人間じゃなくてロボットだから」
 言い終えた瞬間、胸の内がスカッとした。森下の目に次々と浮かび始めた大粒の涙に、昏い喜びが沸き上がってくる。
 行くぞ、と乱暴にユキの手を取って歩き出した。しばらくしたあと、ユキがポツリと呟くようにたずねてきた。
「…どうしてあんなことを言ったんですか」
「ふん。お前みたいなただのプラスチックに恋するなんて可哀想だろうが」
 雨足はだんだん強くなっており、数メートル先も見えなくなるほどの激しさだった。
 こんな日には早く家に帰って、ユキの淹れた温かいカフェオレでも飲みたい。
 地面を叩く轟音の中、ユキの冷えきった声が後ろから届いた。
「……あなたには心というものがないんですね」
 投げつけるような声音だった。
 後ろを振り向こうとしたが乱暴に腕を振り解かれ、ユキはどこかへ走り去ってしまう。
 ひとり置いていかれた和希は、雨の中呆然と立ち尽くした。
 体よりも心が先に冷えていくような気がした。

*****

 それ以来ユキとは口をきいていなかった。風呂上がりも自分で体を拭き、ユキとすれ違っても絶対に目を合わさない。ユキからも話しかけてくることはなかった。
 そんな冷戦状態が1週間も続き、とうとう日曜日になった。
 することもなく昼過ぎに起き出した和希は、めったに出かけないユキが家を出て行くのを窓から見た。しかも近所に買い物に行くような格好ではなく、いつもよりお洒落をして出て行った。
 まさか森下とデートではないかと、気が気でない和希は一緒に飛び出した。
 一緒にと言うのは、少し間違いで、和希は50メートルほどの間隔をあけてユキのあとをついていった。
「…俺なにやってんだろ」
 10分ほどユキは歩くと、駅前のベンチに座った。数分後、走りながらやってきた森下に目を剥く。まさかとは思ったが、本当に彼女が来るとは思わなかった。ふわふわの髪に短いスカートの森下。必死に会話に耳を立てるが、和希には何も聞こえない。
 そのあと2人は15分ほど歩いて、地元では有名なレストランへと入っていった。最近の家庭用アンドロイドには食事をして美味しいと感じる味覚機能もついている。きっと森下がこの間のお礼だとでも言ってユキを食事に誘ったのだろう。
 さすがに和希も中に入るわけにもいかず、とりあえず向かい側のファーストフード店へと入った。フードを深めにかぶり、窓際に座ってレストランを様子をうかがってみる。だが当然食事する2人の様子が見えるわけもなく、和希はひとりハンバーガーをかじった。
 ぱさついたパンとレタスの食感がむなしさを煽る。本当に自分は何をしているのだろう。
 今頃2人は美味しいオムライスでも食べているのかと思うと、胸の中に石を詰め込まれたような気分になった。

*****

 その後2人は駅前の大型ショッピングモールに足を運び、映画を見たり買い物を楽しんだりしていた。終始ユキは笑顔で、また森下も本当に楽しそうだった。日が暮れる頃に2人は店を出て、歩き始めた。
 どうやらユキが森下のことを自宅まで送っていくようで、2人は穏やかに会話を続けている。森下の家へ着くと、お互いに頭を下げ始めた。
「…何やってんだよ」
 もう家に着いたというのに、2人はまだぺちゃくちゃと何かを話していた。ようやく話が一段落し、それじゃあとユキが片手を上げて背を向ける。だが、森下が突然ユキの背中に抱きつき、ユキの目が驚きに見開かれた。
 驚いたのは和希も同じだった。
「うそだろ……」
 どうせユキは森下をさっさと振り解いて帰るものだと思っていた。だがユキは森下の腕をやんわりとほどくと、なんと自分から森下のことを抱き締めたのだった。か細い腕が回ったユキの背中を斜め後ろから見つめる。信じられない。
 そうしてユキは森下にキスをした。彼女の口付けるユキの横顔を見た瞬間、何かが自分の中で膨れ上がるのを感じた。
 気がついたときには和希は走り出し、ユキを森下から引き剥がしていた。
「お前は俺のだろうがッ!!」
 呆然と和希を見つめるユキの腕を掴み、和希は走った。何も考えずにただ走る。だが10メートルもしないうちに振りほどかれ、和希の足はピタリと止まった。
 振り返ると眉をひそめたユキと目が合った。…怒っている。その表情を見ていると体の内側から冷えきっていくようで、両目から涙がせりあがってきた。だがどれだけ頬が濡れようとユキはそれを拭ってくれない。冷たく見下ろしたままだった。
 あんなにも優しかったのに。あんなにも自分を第一に考えてくれていたのに。
 それが何よりの答えのような気がして、和希はその場にうずくまった。
「……あなたは私のことが好きなんですか」
 小さく投げかけられた問いに、和希は震えた。
 そんなこと言えるわけがない。言いたくもない。
 沈黙を貫くと、ふんわりと抱き締められた。
「えっ……」
「—−—−−あなたは本当にバカな人ですね」
 頭上から落ちてきた言葉は、驚くほどに優しかった。
 予想外の展開になんとかユキの顔を見ようとしたが、さらにきつく抱き締められて叶わなかった。
「ほんとうに、バカだ……」
 そうして顔を突然持ち上げられ、気がついたときには唇にやわらかいものが触れていた。キス、されている。だが先ほどのキスシーンを思い出すと、重なった唇がどうしようもなく許せなかった。
「触るなっ!!他の女にキスしといて、なに俺にキスしてんだよッ!!」
「あなたが好きです」
「は………」
 吐息越しに囁かれた一言に、息が止まった。
 そんなことはわかっていたはずだった。わかった上で和希はユキをからかっているつもりだった。なのに、そんな目で、そんな声で訴えられたら、どうしていいかわからなくなる。
 2年前追い越された背も、和希よりずっとたくましい腕も、何もかもが悔しくてたまらなくなって、和希は広いユキの胸を拳で叩いた。
「……なんで森下とキスしたんだよっ」
「あなたが欲しかったんです」
「はぁ……?」
「笑った森下さんの顔が、めったに見れないあなたの笑顔にそっくりだったから」
「えっ……」
 予想外の言葉に押し黙ると、ユキは投げやりな笑顔で呟いた。
「ずっとあなたのことが好きでした…ですがこの思いが身の程知らずなことも、何よりあなたが私の思いに迷惑していたことも十分わかっていましたから……本物のあなたで叶わないならいっそ、あなたによく似た人をと思ったのです」
「はぁ……?」
「1度でいいから、あなたにキスしてみたかった」
「………っ」
「和希さん」
 好きです。
「あなたのことが好きなんです」
 一体いつからそう思っていたのだろう。
 生身じゃないはずなのに、誰よりも熱を伝えてくるその目が、じっとこちらを見つめてくるから。
 首を伸ばして、口付けた。
「……お前のファーストキスは、これにしとけ」
「はい」
 触れた唇は、プラスチックの味なんてしなかった。
  
 

立花
11
グッジョブ
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itoko 15/11/02 20:15

ツンデレ主人萌えです!ユキの気持ちを素直に受けとれず、いじめちゃうとこに悶えました\(^^)/

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