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第1回 BL小説アワード

初恋

思春期/切ない

“所詮プログラム…───”そんなことなど考えたこともなかった俺にとって、それはあまりにも衝撃的で、今まで暖かさを感じていたユキの笑顔が一瞬、無機質に思えてしまった。

高槻 悠
4
グッジョブ

ずっと心に刺さっている言葉がある。
まだ幼さが残る頃。ふとしたときに、友人から言われた何気ない言葉だ。
『アンドロイドの感情なんて、所詮プログラムだろ?』
あの時は確か、俺の家にいるアンドロイドのユキが俺の誕生日やテストでよい点を取ったときには凄く喜んでくれるって話をしていたんだと思う。
“所詮プログラム…───”
そんなことなど考えたこともなかった俺にとって、それはあまりにも衝撃的で、今まで暖かさを感じていたユキの笑顔が一瞬、無機質に思えてしまった。そして、そんなことを思ってしまったことに罪悪感が生まれ、同時に胸がチクチクと痛んだんだ。
思えばその時から俺は、ユキのことが好きだったのかもしれない。

ユキは俺の初恋だ──。

ユキは俺が小学校に上がるころにやってきた家庭用アンドロイドで、普段は家事全般を主な仕事としている。
見かけの年齢は20代前半風で爽やかな笑顔、白い肌が印象的だった。
兄弟のいない俺にとっては突然できた兄貴のような存在で、勉強を見てもらったり一緒に遊んだり、どんどん大切な存在になった。
それは今でも変わらず大切な存在だ。それはとてもとても。
でも、俺の想いは一方通行だ。

小さい頃はよかった。ユキに対してただ純粋に家族であり親友であり兄弟であり。
好きという気持ちには、様々な形が存在していて、ただ純粋に“好き”でいられた。
でも心と体の成長と共に俺は気づいてしまったんだ。
自分の中にある好きの形は、そのどの形でもなかったことを。
するとなぜかまた友人の言葉が甦った。
所詮プログラム……。考えれば考えるほど心にヒビが入っていくようで、俺は自然と心を閉ざすようになった。

「和希! また朝食を食べずに行くのか!?」
玄関先で靴を履いているとユキに声をかけられる。
「いらね」
「朝食は一日のスタートに大切なんだぞ?」
「……」
ユキの言葉を遮り家を出た。空を仰ぎながらゆっくりと学校へ向けて歩みを進めると、遠くで玄関のドアが重く閉まる音が聞こえ自然とため息が漏れる。
「ユキは相変わらずお節介だ……」
この会話を何回繰り返したことだろう。
気持ちの処理の仕方がわからない俺は、ユキを無視し続ける形で過ごすしかなかった。
家族は思春期特有の現象だと軽く受け止めている。
でも、ユキだけは毎日毎日俺に世話を焼く。
俺はその度にまた冷たい態度をとってしまう。
その繰り返しだ。

そんなある日、俺は学校でちょっとした騒動を起こしてしまった。
その日はたまたま両親共に出張中だったため、保護者代理として迎えに来たユキと帰宅した。
家に帰るなりリビングに連れていかれ、ソファに座るように促される。
「ご両親が留守の間、僕は君の保護者でもある。喧嘩が悪いとは言わないが、理由を聞かせてほしい」
まっすぐに俺を見据え、そう言うユキの言葉がリビングに響いた。
「…………」
「黙っていたらわからないじゃないか」
そのまま重たく時間だけが過ぎていった。
喧嘩の理由なんて、ユキにだけでなく誰に話したところで意味はないのに。
何も話さないまま時間は過ぎていき、明るかった外からはいつの間にか夕日が差し込んでいた。
すると困った顔をしたユキが俺の顔を覗き込んだ。
「和希。理由を教えて欲しいんだ」
ユキは根気強く俺の隣に座り、俺が話を始めるのをじっと待っているようだった。
「保護者だからか? それが仕事だもんな」
「それだけじゃないよ」
吐き捨てるように言い放つとまたユキは困った顔をした。
そんな顔を見ていると、思い出したくなんかないのにいつぞやの友人の不意な一言をまた思い出してしまう。
『アンドロイドの感情なんて、所詮プログラムだろ?』
俺のことを心配して向けられているようなこの言葉も表情もあらかじめプラグラミングされたもので、そこにユキの“想い”はない。
ぐるぐると行き場のない憤りが内側から膨らんでいく。
こんなに一緒に長くいても想いは通じない。
幼い頃に入った小さな歪みが、限界を超えバラバラと音をたて壊れていくような気がした。
そんなとき、またユキが俺に向け言葉を放った。
「僕のことが嫌いなのかもしれないけど、お願いだから話してくれ」
心の中で何かが弾けた。
嫌いなわけ、ないじゃないか…───。
心の中で呟いたと同時に、ゆっくりとユキに視線を向けた。
合った目は心なしか潤んでいるように見える。
すると不意に言葉が出ていた。

「……アンドロイドに感情ってあるの?」
余りにも弱々しい声に、ユキは少し目を開き、頭を捻る仕草をして俺に視線を向けた。
「人間のようなってこと? それとは少し違うかもしれない」
やっぱりか。と、絶望に似た感情が渦巻いた。
「じゃあ、どうしてそんな困った顔をするの? プログラミングされているから?」
「僕たちには感情のプログラムというものがあってね、それには学習機能があるんだ。長く起動すればするほどに人間に近づくように作られている」
「……それじゃ、ユキは人を好きになることもある?」
そうユキに言葉を投げかければ、ユキが俺の頬を指でなぞった。
気付かないうちに涙が溢れていて、その流れ落ちた涙をユキが拭ってくれていた。
その手を取る。感触は本物の人間と変わらない人工皮膚。ただ少し人間よりも冷たい感触にアンドロイドなんだと実感する。
でも、それでも俺はユキが好きなんだ。アンドロイドでも何でも、好きな気持ちはもう抑えきれないんだ。
あふれだした涙とともに湧き上がる感情は、とめどなく押し寄せる波のように心を震わせる。言葉にしたくても震えてうまくしゃべれない。
ごくりと唾を飲み込む音が頭まで響いた。
「……ユキ。俺はユキが好き、…なんだ」
肩を揺らしながら絞り出した声は情けないくらいに震えていて、しばらくユキの顔を見ることができない。
どんな顔をしているのか想像できなかったから。
すると、ユキが俺に言葉をかけた。
「和希、顔をあげて」
「……」
それでも顔を上げない俺をユキは優しく抱き寄せた。そして今度は耳元で囁くように言葉を発する。
「僕の感情を育ててくれたのは誰だと思う? 和希だよ。君の屈託のない笑顔は本当に輝いていて、慕ってくれて初めて“嬉しい”っていう感情を知ったんだ」
ユキはゆっくりとそのまま話し続けた。
「君と一緒にいて、たくさんの経験をして、僕の感情はできているんだよ。そんな君のことを僕がどれくらい大切にしているか知っているかい?」
俺はゆっくりと顔を上げた。ユキの瞳に涙でぐちゃぐちゃなみっともない自分の顔が映っていた。
でも、ユキが微笑んだから目が離せなくなったんだ。
「僕の感情はね、全て和希が教えてくれたんだよ」
俺が衝動的に引き寄せたと同時に、ユキも同じように俺の頭を引き寄せた。
刹那、唇に柔らかい感触が広がる。
ハッとして体を離し、ユキを見上げればまたユキに体を引き寄せられ唇を重ねた。
目を瞑れば、唇に当たる感触が柔らかくて心が満たされていく。

「キスとかもプログラムなのか?」
「キスだけでなく人間の行動の全てはプログラムされている。でもその行動は感情プログラムと連動しないと起こらない」
「……それって、どういうこと?」
すると、ユキは目を細めながら俺の頭を撫でた。
「僕はね、君が愛おしいんだよ」
胸をぎゅっとつかまれたような気がした。
複雑に絡み合う感情理論の果てに、ユキは俺のことを愛おしいと認識したのだ。
姿かたちも人間と寸分変わらず、皮膚も精巧で、キスした唇も柔らかかった。
でも、アンドロイドであるという事実が心に影を作り深い森の奥底にいるような気持ちだったのに、一筋の光が見えた気がした。
「アンドロイドも恋ができるってこと?」
「でもそれはね、和希とじゃなきゃできなかったよ」
特別な言葉は俺の心の氷をどんどん溶かしていく。そして気づけば感情のままユキの体に馬乗りになって抱きしめていた。
「す、好きだ。ユキ」
「僕も和希が好きだよ」
優しく抱き寄せられて、俺たちはまたキスをする。またさっきみたいな触れるだけのキスと思っていたら、今度は柔らかい唇の隙間からねっとりとしたユキの舌が差し込まれ体がビクンとはねた。
「……ッ、…ン」
その感触が気持ちよすぎて夢中になっていく。
触れるキスすらさっき知ったばかりの俺はどんどんユキに翻弄されていく。ユキだって初恋のはずなのに、行動プログラムのせいで経験値が違いすぎるのだ。
ずるいなって想いながらも俺はこれからもユキに翻弄されていくだろう。
きっとこれからもそんな気がした。

***
すっかり日も落ちたリビングで、ユキが尋ねた。
「今日はどうして喧嘩したんだ?」
その答えに口籠っていると、ユキが俺の頭を優しく撫でた。
「教えてよ」
しばらく黙っていたけど、ぼそっとつぶやくように言った。
「……あいつら、ユキのことを馬鹿にしたんだ」
「え?」
ユキは怒る様子もなく不思議そうに見ていた。
「……ユキの綺麗な白い肌を……いや、もう言いたくない!!」
そのまま立てた膝に顔をうずめる俺をユキは包み込んだ。
「ありがとう」
「何がありがとうだ! 母さんが聞いたら怒られるぞ」
「そうだね。お母さんの前ではちゃんと君を叱るよ」
クスクスと笑うこえが耳に響いて、なんとなく顔が熱くなった。

これから先の未来も、ユキと歩んでいきたい。心からそう思った。
その限り、俺の初恋は続くのだ。

高槻 悠
4
グッジョブ
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