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第1回 BL小説アワード

呪文は、三度。

エロなし/メリーバッドエンド

「アンドロイドは忘れることも老いることもなく、マスターに尽くします。もしマスターがいなくなったら、アンドロイドは存在理由を失います。それは避けられないことです」

伊佐治祝
5
グッジョブ

「和希、おまえホントに今日は帰るのかよー」
「みんなおまえの誕生日祝おうと集まってるんだぜ」
「おまえら、オレをダシにしてさわぎたいだけだろ?」
 バレたか、友人たちはそう苦笑いする。
「だけど、おまえのこと祝いたい気持はウソじゃないぞ」
「ああ、わかってるよ」
 学校でいつも一緒にツルるんでいる友人たち。たまにハメをはずし過ぎたりバカ騒ぎしたりするけれど、根はいいやつらばかりだ。
「でもあとがこわいから、気持だけ受け取っておく」
 オレが照れ半分、冗談半分でそう答えるとやつらは図に乗り出した。
「おれらの好意を疑うのかよ?」
「おまえ、ヤケに早く帰りたがってるけど、おれらを振っていくなら理由くらい教えろよ」
 そうだそうだ、なんてはやしたてるから、オレはするりと事実を口にした。
「大切なひとが家で待ってるんだよ」
 オレとやつらの間にできた一瞬の間を逃すことなく、オレはくるりと背を向けた。
「じゃあ、また来週ー」
「ちょっと待てよ、おまえいい逃げか?」
「そこんとこくわしく聞かせろよー」
 そんな友人たちの声を背に受けながら、オレは家路を急ぐ。

 ユキがこの高梨家にやってきたのは、オレが六歳の誕生日のこと。以来、留守がちな両親に代わってこの家の細々したことを取り仕切ってくれているのは、ユキだ。
 オレにとってユキは特別な存在だ。
 オレの人生のなかでいちばん長く共にいるのは、間違いなくユキ。
 単なる家政夫としてではなく、時に家庭教師だったり、友だちだったり、兄弟だったり……、常にオレのいちばん身近な存在としてオレと接してくれていた。
 たぶん、オレと同年代のやつなら、誕生日は友だちや恋人と一緒に過ごすことを選ぶのだろう。
 だけど、オレは毎年この日をユキとふたりで過ごしてきた。
 いつもユキと一緒にいるけれど、やはりオレの誕生日でありユキとの出逢いの日でもある今日は、何年経っても特別な記念日なのだ。

「ただいま、ユキ」
「お帰りなさい、カズキ」
 いつものようにユキがオレを出迎えてくれた。
 初めて出逢ったころからユキの容姿に変化はない。折れそうなくらい細い腕とうすい胸板、栗色のやわらかな髪と淡い色の光彩は、アンバランスなうつくしさを保っている。
「今日はいつもよりお帰りが早いんですね」
「だって今日は」
「カズキ、あなたの誕生日ですからね」
 ユキはうれしそうに目を細めていう。
「夕ごはんはもう出来ていますよ。カバンを置いてからダイニングにどうぞ」
 そうオレを促すユキの声のつやも、あのころからまったく変わっていない。
 オレは知っている。
 その華奢な身体つきからは想像もできないくらいユキが頑丈にできていることも、暴漢に襲われても返り討ちにできるくらい身体能力が高いことも。
 ――何故なら、ユキはアンドロイドだから。

「お友だちは祝ってくださらなかったんですか?」
 あたたかい料理を彩りよく盛りつけた皿を並べながら、ユキはオレに聞いてきた。
「ちゃんとおめでとうといってくれたよ」
「せっかくなんですから、ご一緒にたのしんでこられればよかったのに」
「こんな日だからだよ。今日だからこそ、ユキとふたりでいたいんだ」
 オレが力説すると、ユキはちょっと困ったような表情を見せた。
「なんでしたら、お友だちを家にお招きしてもよかったのでは」
「あいつらをこの家に招待したら、居心地よすぎて居つくだろ?」
 そして、この家がたまり場になるのは目に見えている。
「オレはユキとの静かでおだやかな生活を死守したいんだよ」
 そうですか、そういったユキの表情が一瞬固まった気がした。
「ユキ?」
「……料理が冷めないうちにどうぞ」
 テーブルの向かいの席にいつものようにユキが座ったのを確認してから、オレはいただきますと手を合わせる。
 ユキは一切たべものを口にすることができない。
 最初のころはオレが食事を終えるのを静かにじっと立って待っていたものだが、なんだか落ち着かないと、オレがユキにたのんで席に座ってもらうことになった。
 やがて、オレは食事をしながら、ユキにその日の出来事をいろいろ話したりするようになり、次第にユキは相づちを打ったりオレに質問を返したりし始めた。
 そうして、いまのような関係性が生まれたのだ。
「今日はケーキもあるんですよ」
「ユキの手づくり?」
「すみません、駅前のパティスリーで手配したものです」
 そっか、オレの言葉尻から残念だというニュアンスを感じ取ったのか、
「もし、来年があればそのときはわたしが作ってみますよ」
 ユキはそういってくれた。
「来年があれば、なんてこという必要ないだろ? これからもずっと一緒なんだからさ」
 期待してるよ、といったオレにユキはあいまいな笑みを浮かべただけで答えることはなかった。

 もしかしたらユキは予測していたのかもしれない。
 自分の未来がこうなることを――。

 ユキに宛がわれた部屋は、地下の北角にある。
 深夜、静かにドアを開けてなかに入ると、そこは暗い場所。それでも、目を凝らすと室内の様子がぼんやりと浮かんでくる。
 テーブルや椅子がひとつもない、あかり取りの窓すらない、さほど広くない空間。
 そんな部屋の壁一面に設置されているのは、むき出しになったおおきな基盤。赤い小さなランプがまるで息をしているかのように規則正しく点滅している。
 アンドロイド用電源ユニットシステム――その中央にはユキがいた。
「ユキ?」
 オレがその名を呼ぶと、ユキがゆっくりとまぶたを開けた。
「――カズキ?」
 目前にいる対象がオレであることを把握したらしい。
「こんな夜更けになにかありましたか?」
「ユキにしかたのめないことなんだ」
「わかりました」
 配線がまるで生物のようにしゅるりとユキの身体から離れようとしたのを、
「待って。そのままでいい」
 そうあえて静止したのは、オレのほう。
「部屋の照明を少しだけ明るくできる?」
「はい」
 ユキはオレの言葉に従った。この部屋はユキの管轄下に置かれているため、リモコンに触れることなく室内が淡いオレンジ色にぼうっと照らしだされる。
 無数の配線が蔦のようにとりまき、ユキの身体に絡んでいるそのさまは、まるで神話のひとコマ――生贄にされるために岩に鎖でつながれた、うつくしきアンドロメダのようだ。
「ユキに触れてもいいかな」
 ユキの返事がないのを是ととらえたオレは、ユキのすべらかな頬に触れた。もっちりして、まるで手に吸い付くかのような感触。どことなくひんやりとして、オレの体温がゆっくりと移っていく、そんな感じがする。
 オレの手はユキののど許を通り鎖骨を撫で、シャツのボタンをいくつかはずして左胸に行き当たった。しかし、人間ならあるはずの拍動は……ない。
 見た目がどれほどまで人間に近くとも、ユキは人間ではないのだ。
 その事実を確認しても、オレの中にずっと育まれてきたユキへの想いは消えることはない。
「わたしのボディに触れて……なにか解決されましたか?」
「オレのなかに芽生えた気持が、確証に変わった」
 オレはユキの目をまっすぐ見据えていった。
「いままで、ユキのつくりだす環境にあぐらをかいていたと思ってる」
「カズキ、それは間違っています。わたしは自分に課せられた仕事を忠実にこなしているだけです」
 掃除の行き届いた部屋、おいしい食事、居心地のいい家、それらをつくりだしているのはユキだ。オレの体調を気づかってくれたり、今日用意されていた料理やケーキだってそうだ。
「わたしは、そのとき最善であると選択したことをしているだけ」
「そんな謙遜しなくていいよ」
「わたしの表情や動きだって、プログラムが演算ではじき出した結果にすぎません」
「ユキに感情がないなんて、オレは思ってないから」
「カズキ、わたしは……」
 なにかをいい掛けたユキの顔に、オレは自分の顔を近づける。
 まばたきをして小首をかしげるさまは、まるでオレにキスを促しているようで、オレはユキのくちびるに己のそれを重ね合わせてみる。
 しかし、ユキはオレに反応を返そうとはしない。くちびるがわずかに開いていても、舌があるわけもなく唾液で濡れることもない。
 それでも、ユキふれることが出来るいまが、うれしい。
「どうしてわたしにキスしたのですか?」
 オレのくちびるが離れると、ユキはそうオレに問うた。
「ユキにキスしたかったら」
「それはなぜ?」
「好きだという言葉じゃものたりない。――ユキ、愛してる」
 ユキはオレのことを凝視している。ユキに伝わるといい、オレは想いをこめて畳み掛けるように続けた。
「愛してる、愛してるんだ、だから……」

 ――ピーッ

 こんな場面に似つかわしくない、アラートが聞こえた。
『マスター・タカナシカズキニヨルパスワードヲ受ケ付ケマシタ』
 ユキらしからぬ口調で、ユキらしからぬ声音で、ユキはそういった。
 ご神託を告げる神子のように、表情も感情も失くしている。
『コレカラ、順次機能ヲ停止イタシマス』
 ユキの動作がおかしい。
 電源ユニットシステムの赤いランプがあわただしく光りだし、これがただごとではないことを示している。
「ユキ? ユキ!」
 かつてない挙動にオレはなすすべもなく、ただユキの名を呼び応えを待つしかない。

 しばらくすると、ユキの目にわずかだが意思が戻った。
「……ユ、キ?」
 おそるおそる呼び掛けると、ユキは応答する。
「家庭用アンドロイドには、初期設定がほどこされています。そのなかにはエマージェンシー用のパスワードもあります」
「エマージェンシー用パスワード?」
「マスターからの愛の言葉です。対象のアンドロイドに対しての『愛してる』という言葉を続けて三回聞くと、機能が停止します」
 あ、オレはやっと気づいた。オレはそんなことを知らずにユキに告白したのだ。……それも、三度続けて。
「アンドロイドは忘れることも老いることもなく、マスターに尽くします。もしマスターがいなくなったら、アンドロイドは存在理由を失います。それは避けられないことです」
 生きている人間には、いずれ命が尽きるときがくる。
「アンドロイドは思考するのか、意思があるのかというのは、永遠の命題です。こうしていまあなたと話しているのがわたしの自我なのかプログラムの成果なのか、わたしにも判断できません。でも――」
 ユキはかつてないほどなごやかな笑みを浮かべた。
「これを倖せというのでしょうか……」
 そうして、ユキは静かに目を伏せると、二度と起動することはなかった。

「和希、それで誕生日はどうだったんだよ」
「大好きなひとが自宅で待ってたんだろ?」
 週明け、学校で顔を合わせるなり、友人たちはオレにそう尋ねてきた。
「ああ、一生忘れられない日になったよ」
 オレから詳細を聞き出そうと友人たちは躍起になったが、オレはそれ以上口にする気はなかった。
 ――マスターからの愛の言葉で機能を停止する、アンドロイド。
 オレはネットで家庭用アンドロイドについての文献を漁った。
 そこで、どうやらエマージェンシー用パスワードの存在はあまり知られていないらしいという事実に行きあたった。
 どうして、アンドロイドの開発者はそんなパスワードを設定したのだろう。機能停止はアンドロイドにとっては「死」にも等しいというのに。
 考えをめぐらせていたオレは、ひとつの仮説をたてた。
 開発者たちは、人工物であるアンドロイドには自我が存在すると認めていたのかもしれない。
 愛されていることを確信して死を迎える、それは人生として最高の結末のひとつだろう。
 でも、残されたマスターはこの想いをどこに向ければいいんだろう?

 ずっとユキのそばにいたいけれど、きっとユキならオレに普段と変わらぬ生活を続けることを望むだろうと思い、それはやめた。
 だから、はやく時間が過ぎるのをオレは待っている。授業が終わったら、オレはまっすぐに帰るのだ。
 ユキが静かに待つ、あの家へ――。

伊佐治祝
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