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第1回 BL小説アワード

スウィート・バレンタイン

ハッピーエンド/ツンデレ/エロなし

「何もしないわけにはいきません、ガールフレンドの一人もいないあなたですからきっと寂しい一日になってしまうでしょう、それではあまりにも哀れですから」「余計なお世話だっ」

さくもり
4
グッジョブ

季節は立春。暦の上では春が訪れ日差しが強くなってきてはいるもののまだ寒さが厳しい頃でこの時期を光の春という。
今年の天気は光の春だなんて綺麗な言葉にそぐわない不安定な天気が連日続き、春の訪れを全く感じられない。
今日も数分前まで青空が広がっていたのに、あっという間に太陽は姿を消し分厚い乱層雲が立ち込め激しい雷雨に様変わりした。
そんな天気の変化を知らずに呑気に行きつけのブックカフェでオンラインゲームの攻略本を熟読していた高梨和希のスマートフォンが着信を知らせた。
「なに?今日は寄り道して帰るって言っておいたよね?」
攻略本の続きが早く読みたくて苛々した声音でぶっきらぼうに告げたにもかかわらずスマートフォンの向こうから聞こえてくる声はとても穏やかだ。
「和希、外を見てみなさい、傘も無しにどうやって帰ってくるつもりですか、私の忠告を無視して出て行ったのだから迎えには行きませんよ」
穏やかな声音とは裏腹に説教交じりの言葉に和希はどきりとした。
「わ・・わかってるよっ!傘くらいコンビニで買うから迎えに来なくていいからなっ」
「迎えには行かないと言ったでしょう、まだ傘が売っているといいですね」
そう告げて会話の相手は早々に電話を切ってしまった。
傘が売り切れるなんてことないだろ、それにこの辺りにはコンビニが何件もあるし心配いらない
和希はそう心の中で呟いて再び攻略本を熟読し始めた。

気が付くと、電話を切ってから一時間が過ぎていたが、雷雨は収まるどころかさらに激しくなり空には稲妻が走り雨粒がけたたましく地面を打ち付けている。
流石に不安を覚えた和希はカフェを後にし、傘を求め近くのコンビニへと走ったが無情にも店頭には「傘、売り切れ」の張り紙。
その後、数件まわってみたがどの店でも傘は売り切れ。
やっと最後の店で薄っぺらなレインコートを購入することができその場で着るも、和希はかぐりと肩を落とした。
この雷雨じゃ薄っぺらいレインコートなんて意味ないよなぁ・・・
傘をあきらめた和希はレインコートのフードを両手で抱え背を丸めて家路へと走り出した。
駅前のブックカフェから和希の自宅までの通り道にはなだらかな登り坂がある。
普段なら何ともない坂も大粒の雨が滝のように落ちてくる日はそこはまるでアスレチックフィールドのごとく険しい道のりとなった。
足を滑らせないよう慎重に歩を進めるが強力な水圧には勝てず豪快に転んだ和希は自分の無防備さを悔やんだ。
素直にあいつの言うこと聞いておけばよかった・・・
ぼそりと呟くと、ふっと眼前が薄暗くなった。
「こんなところに座り込んで何をしているのですか、みっともないから早く立ちなさい」
頭上から聞き覚えのある声がして顔を上げると、スマートフォンでの会話の相手、ユキが心配するでもなく、哀れむでもなく、無表情で和希を見下ろしていた。
「ユキ・・・迎えに来てくれたの?」
「突然の雷雨では傘などすぐに売り切れてしまうでしょう、あなたのことだからいつまでも呑気に本を読み続け結果慌てる、わかりきったことです」
一語一句間違いなく反論する術もない。
「ごめん、ユキの忠告を聞かなかった俺が悪かったよ」
「今日は随分と素直ですね、さすがに堪えましたか」
厳しい言葉とは裏腹に和希を優しく抱きかかえ前髪の滴を手で拭うユキの表情は硬いままだ。
「ユキ、また無表情になってる」
「すみません、表情のコントロールは未だに苦手でして・・・」
「少しずつ慣らしていこうな、俺も手伝うからさ」
無理に笑顔を作ろうとするユキは和希にとってかけがえのない存在だ。
ユキは共働きで多忙な両親が幼い和希の身の回りの世話をさせるために雇ったアンドロイド。
外見は人間と見分けがつかないが中身は機械じかけで表情や感情といったものが乏しく、何に対しても冷静沈着だ。
高校生になった今では両親がニューヨークに転勤になりユキと二人で暮らしている。
幼い頃からずっとユキと一緒に過ごしてきた和希にとってユキの存在は誰よりも大きい。
「家に着いたらお風呂で体を温めなさい、風邪でも引いたら大変ですから」
「今日は優しいじゃん、どうしちゃったのさ」
「あなたが風邪など引いたら監督不行き届きで私がご両親に叱られます、それはあなたのお世話を一任されている私にとって大損害となります」
「な・・なんだよ、結局自分の心配かよ、感謝して損した」
ユキの冷たく機械的な言葉に和希の心は雨空のように厚い雲に覆われていった。


「和希、いつまで湯船につかっているのですか、風邪をひきますよ」
「もう出るよっ、うるさいな」
「タオルと着替えを置いておきます。食事ができていますから着替えたらダイニングにいらしてください」
家に着くなり、バスルームに直行した和希は湯船で坂道での出来事を思い返し何度も頭まで潜り自問自答をしていた。
ユキは俺の世話係りのアンドロイド、それだけなのに、それ以上を求めているのはどうしてだ・・・
ユキと出会って十年以上、両親が共働きで家を空けることが多かったために一緒に過ごした時間は誰よりも多い。
同じ時間を共有した二人にとって、和希を誰よりも理解しているのはユキで、ユキを誰よりも理解しているのは和希。
それだけで充分なのに、ユキに抱きかかえられた時、物足りなさを感じていた。
俺は他に何をしてもらいたかったんだ・・・
今まで抱いたことのない感情が湧いてきて和希は頭を悩ませた。
和希の食事の時間、アンドロイドのユキには食事は必要ないが和希の話し相手として一緒にテーブルにつく。
普段、会話の主導権は和希が持っていて、ユキは聞き手に徹しているが今日は珍しくユキから口を開いた。
「今週末は和希の誕生日ですね、何でもお好きな料理を作りますから考えておいてください」
「あぁ、誕生日ね・・・今年は父さんたちも忙しくて帰って来られないって言ってたし、特別なことはしなくていいよ」
和希の誕生日は二月十四日。奇しくも世間がバレンタインでざわめき、色めきだっていて、
彼女がいる友人はバレンタインデートだと胸を躍らせ、独り身の友人は今年こそはと淡い期待に胸を膨らませ、和希の誕生祝いは二の次にされてしまうのが毎年恒例となっている。
「何もしないわけにはいきません、ガールフレンドの一人もいないあなたですからきっと寂しい一日になってしまうでしょう、それではあまりにも哀れですから」
「余計なお世話だっ、もしかしたら一人くらいチョコをくれる子が現れるかもしれないだろ」
「毎年同じようなことを言っては残念な結果を迎えているではないですか」
「わ・・わかったからそれ以上言うなよ、マジで傷つく・・・」
ユキの言葉はいつも直球で和希を困らせるが、それも今では日常茶飯事の一コマに過ぎない。
「それなら、ユキがうちに来たのも俺の誕生日だったし、寂しい男二人でシャンパン開けて乾杯するか」
「お祝い事ではありますが、未成年の飲酒は禁じます」
「冗談だよ、ほんとに型ぐるしいんだから、ユキは真面目すぎるんだよ」
そう言いながらも和希の胸の内は歓喜で弾んでいた。


ユキと二人きりで誕生日を過ごすのは初めてだ、どうしてだかすごく緊張する
ベッドに横になったものの誕生日の事を考えるだけで鼓動が早くなり、目が冴えてしまって眠りにつくことができずにいる。
去年まで誕生日当日は家族三人で出かけ外食をするのが決まりで年頃の和希にとっては退屈なものだった。
ユキはアンドロイドには食事の必要がないと理由をつけ和希が誘っても同行することはなかったため、ユキと誕生日を過ごすのは今年が初めてのようなものなのだ。
もう何年も一緒に生活してるのにどうしてこんなに動揺するんだろう
毎日顔を合わせ食事に洗濯、身の回りの世話をすべて任せているのに今更どうして落ちつつかないのかわからず苛立つ反面、早く当日を迎えたいと胸が躍る。
先ずはユキのプレゼント選びだな、食べ物はだめ、趣味もなさそうだし、何をプレゼントしたら喜ぶのだろうか
思案に暮れているうちにいつの間にか外は明るくなってきていた。


翌日、いつも通りに登校するも一限目から居眠りをして教師に叱られ、体育の授業では飛んできたボールに躓き転倒、科学の授業ではフラスコを落として破損、終始心ここにあらずな状態だった。
「お前、今日は散々だったな。悩み事でもあんの?」
「もしかして、バレンタインが近いからそわそわしてるとか!?」
下校の帰り道、和希の友人たちは今日一日の和希の行動に勝手な憶測をして盛り上がっている。
「まさか、気になる子がいて脈ありそうとか!?」
「マジで!?誰だよ、教えろって!」
一向に会話に参加してこない和希を皆が囲って問い詰め始めた。
「そんな子いないよ、今年も俺にはバレンタインなんて無縁だ」
「じゃぁ、何をそんなに思い悩んでるんだよ?今日のお前、誰から見てもおかしかったぜ」
友人の一人が真面目な声音で問いかけた。
「俺んちのアンドロイドにあげるプレゼントを考えてただけだよ」
和希が答えると、周りの友人たちが一斉にため息をついた。
「はぁ?そんなことで一日中悩んでたのかよ?心配して損したぜ」
「ホームヘルパーのアンドロイドだろ?一日休暇とかでいいじゃん、そんなに考えることかよ?」
次の瞬間、和希の表情が強張り眼光が鋭くなった。
「ふざけんなっ、ユキはただのアンドロイドじゃない、俺にとって大事な奴なんだよっ」
普段おとなしい和希が声を荒げた姿を見た友人たちはその場で硬直してしまった。
「あ・・ごめん、やっぱり俺おかしいみたいだから今日は先に帰るわ・・・」
逃げるようにその場を立ち去り行きつけのブックカフェに駆け込む。
友人たちの言葉が胸に刺さり考えるよりも先に口走ってしまったことに動揺し、そして、動揺したことでユキへの感情の正体がはっきりとわかり胸を撫でおろした。
二月十四日まであと三日、和希は覚悟を決めた。


バレンタイン当日、案の定義理チョコしかもらえなかった和希は同じく義理チョコしかもらえず落ち込んでいる友人たちを残し足早に帰宅をした。
和希がリクエストしたユキ手作りのビーフシチューとガトーショコラを堪能した後、和希は意を決してキッチンへ向かうユキを呼び止めた。
「ユキ、大事な話があるからここに座って」
「どうしましたか?なにかご不満な点がありましたか?」
「いいから、早く座って!」
テーブルを挟んで正面に座らせると姿勢を正し真っ直ぐにユキを見つめた。
「ユキと出会って何年も経つのに今更だけど、俺はユキのことが好きだ、ユキは俺にとって誰よりも大事な存在で何が起こっても失いたくない、だからこの先もずっと俺と一緒にいてほしい」
暫くの沈黙の後、ユキが口を開いた。
「やっと言葉にだしてくれましたね。私はずっとあなたからのその言葉を待っていました」
「えっ・・・?」
ユキからの意外な言葉に和希は目を丸くする。
「私は忙しいご両親に変わってあなたのお世話をするためだけに雇われた身ですが、ずっとあなたの傍にいていつからか抱いてはいけない感情が芽生えてきたのです。その感情がこれ以上膨らまないよう感情をシャットダウンしていました」
思ってもいなかったユキの告白に和希は肩を震わせた。
「シャットダウンは今日で終わり、これからはその感情もっと膨らませろよ」
「そんな事言って、後で後悔しても私は責任持ちませんよ?」
「責任はちゃんと取ってもらう、一生、俺の傍にいろ!」
「かしこまりました、ずっとあなたの傍にいます」
二人きりの甘い生活は今日から始まる。

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