>
>
>

第1回 BL小説アワード

雪月花

純愛/切ない

僕の電源を切ったのがちょうど1年前、和希の家に来て10年目のあの時。あの誕生日を迎えた後、本来なら僕は廃棄される契約になっていたらしい。

結月 みゆ
6
グッジョブ


いつからこの感情を持ったのか…僕は知らない。
どうして僕が此処に居て、和希の隣に居るのかも。
それはアンドロイドだから。

アンドロイドだから、
“恋”
なんてしない。

しない…
しない…
そう、恋なんて知らない…




【雪月花】




「和希、おかえりなさい。」
「……あぁ。」

僕は和希の家で家事手伝いをしながら暮らしているアンドロイド。
雪の降る日に此処に来たから名前は“ユキ”。
高校生の和希と同じくらいの容姿だけど、五感の知識はすごく低いレベルでプログラミングされている。
そして和希と暮らし始めて今年で10年。
僕が此処に来た時、和希は小学生に上がったばかりで、とても内気な男の子だった。
アンドロイドだから成長しない僕は、そんな和希を弟のように見守っていたのに、いつしか弟とは呼べないくらいの背丈になってしまい、今ではすっかり少年から青年へと成長してしまった。

そして、これも成長と言うのだろうか
……
“ユキお兄ちゃん”と呼んで四六時中僕の隣にいた昔に比べ、今は殆ど名前を呼ばれなくなったし、僕と話すことも少なくなった。
和希の両親には、大人になっている証拠だと説明されたけど…僕には理解できない。
それに、最近はもっと避けられているような気がする。
この前も、髪の毛にゴミが付いていたのを取ってあげようとしたのに触るなと怒られた。

「今日夕飯いらない。これからバイトだから。」
「うん、分かった。」

だから今日もこんな会話だけで終わりだと思っていた矢先、

「あ、あのさ……ユキの誕生日プレゼント何がいい?」

そんな事を聞かれた。

和希は、一年に1回のメンテナンス日の翌日を僕の“誕生日”と呼んでいる。
和希が小学生のうちは家族全員で毎年誕生日を祝ってくれていたけど、ここ数年は和希の両親も仕事が忙しく留守がちな事もありわざわざ祝うまではなくなった…のに…

久々に名前を呼ばれ、誕生日プレゼントは何がいいかなんて聞かれた事も久々で、

「え?!あ…えっと、……和希が…僕にあげたいと思うモノでいいよ…」

とっさに出たのは数年前答えていた答えだった。

「その返し懐かしいな。」
「だって…急だったから…」
「急…か。……だよな。じゃ、バイト行ってくる。」
「う、うん…いってらっしゃい。」

なんだかいつもの和希と違うような…

だけどそれが何でなのか、やっぱり今の僕の知識では分からない。

和希は急にどうしたんだろう…

もう少し僕の性能がよかったらこんな時も理解出来るんだろうな。
仕方ない事だけど、時々歯痒く思ってしまう。



「誕生日おめでとう。」
「ありがとう…」

次の日、いつもはバイトで居ない和希が数年ぶりに僕の誕生日を祝ってくれた。

「今年はどうしたの?」
「何が?」
「だって、最近は誕生日だって“おめでとう”て言ってくれるだけだったから。」
「それは…後で話すよ。」

そんないつもと違う空気の中での夕食を終え、2人で後片付けをしている時、思い切って疑問だった事を聞いてみたら微妙に濁された。

後っていつなんだろう…と、流し台でスポンジに水を浸しながらぼんやり考えていると和希が横から僕の顔を覗き込んできて、

「それ終わったら、俺の部屋に来てくれ。」
「な…何か用事?」
「ああ。でも…まだ内緒。」
「内緒…なの?」
「来たら教えるって。」
「う、うん…分かった。もうちょっとで終わるから終わったらすぐ行く。」

一瞬とはいえ、和希の顔がいきなり目の前に現れてドキッとした。
だけど僕はなるべく気を逸らすようにガシガシとコップを洗う事に専念した…何となく、そうした方が良い気がして…



………トントン

「はい。」
「あ、ユキだけど…」
「入れよ。」

洗い物を終え、和希の部屋のドアをノックするとすぐに中から声が聞こえた。

「そこ座って?」
「うん。」

ベットに腰掛けると、隣にも和希が腰掛けてきた。

「……和希…どうしたの?」

何も言わないままの和希に異変を感じ、そう聞いてみたけどやっぱり何も言ってくれない。

どうしたんだろう…

不安でいっぱいになりかけた時、やっと和希が口を開いたと思ったら、思いもよらない事を言われた。

「……ユキの…電源…切ってもいいか?」

僕はアンドロイドだから電源スイッチをOFFにされてしまえば、勿論動かなくなる。
だから、メンテナンスの時以外はスイッチは弄った事はなかった…今まで一度だって……

「………な、に…言ってるの。……だって…切ったら…僕、動かなくなるんだよ?そんなの…やだよ!」

なんで誕生日の日にそんな事…

もう僕なんていらないって事?
最近僕をずっと避けていたのはそういう事なの?

「和希は、僕がいらなくなったって事?だから、そんな事…」
「違うっ!ユキ…落ち着けって!」
「やだよ…僕、此処に居たい…和希の隣に…居たい…」
「ユキ…お願いだから言うこと聞いて。大丈夫だから…」
「何が大丈夫か理由を言って!僕をどうするの?」
「今はまだ言えない。必ずまた電源はONにするから…だから、俺を…信じてくれ。」

和希が真剣な眼差しで僕にお願いをしてくる。
だけど、理由も知らされないまま電源を切られるなんてあんまりだ。
それに何でか分からないけど…切られたら、もう二度と和希に会えなくなる気がして…

「理由も教えてくれないのに、頷くなんて出来ない。和希は僕の事が嫌いなの?」
「違う……嫌いなわけないだろ。」
「じゃあ何でそんな事するの?」
「多分…今のユキに言っても理解出来ない。だから少し時間が欲しいんだ。」

今の僕には…理解が出来ない…

悔しいけど、そう言われてしまうと何も言い返せない。

「理解出来ないなら…一つだけでいいから、僕にも分かる事教えて。」
「………じゃあ、ユキにとって俺って好き?嫌い?」
「そんなの好きに決まってるじゃん。大好きだよ!」
「何が起きてもか?」
「え…何が?えっと…」
「これは難しいな。今の質問は忘れて。」
「……よく分からないけど、何が起きても…和希の事は嫌いにならないと思う。」
「……そうか。ありがとう。」

ふわりと笑い、僕にありがとうと言った和希は、さっきまでの苦しそうな顔じゃなくてすごく穏やかな顔で…そんな和希を見ていたら僕もやっと冷静になれた気がした。

だから、僕は……

「和希の言う通りにする。」
「え?」
「電源…切っていいよ。」
「ユキ……」
「和希を信じる。必ず、また会えるよね?」
「あぁ。必ず…また会える。ユキが目覚めた時俺が必ず側に居るから、だから心配するな。」
「うん……」

………和希の言う通りにする事にした。



ベットに横になり和希の方へ背中を向けると和希の指先がその場所を探す。
微かに感じる温もりに目を閉じ、その時を静かに待った。

「ユキ……怖いか?」
「だ…大丈夫…」
「本当か?」
「大丈夫だって。」
「分かった…」

そんな短い会話が続いた後、僕の耳元で“切るよ”と和希の声が静かに聞こえてきて、
そして、
僕の電源は切られた────





────────
────


…………………キ……
……………ユ…キ……


……懐かしい声がする
……すごく、すごく懐かしい


「…………ユキ」

……か…ず………

「……ユキ…ユキ……」
「か…………ず………き………」
「ユキ、起きて……」
「和希……」

目を開けると、少し大人びた和希が僕を見下ろしていた。

「ユキ……遅くなってごめん。気分はどう?」
「和希…?本当に…和希?」
「そうだよ…て、ちょっ!どうしたんだよ?!いきなり泣くなって!」

自分でも分からない。
目を覚まして、和希を見た途端に何故か溢れ出した涙。
そして、胸の奥底から熱い何かが湧き上がってくる。

「か…ずき…僕…なんか…おかしい。胸の奥が熱くて…なんだか自分の事が分からないよ。」
「ユキがおかしいわけじゃない。それが“感情”って言うものだ。」
「僕、前から感情あったよ…」
「ユキ……一つ質問していいか?」
「う…うん。」
「………俺の事、好き?それとも、嫌い?」
「和希の事は…」

前ならすぐに好きだと答えられたのに、今はちょっと違ってた。

「…好きだけど、好きよりも苦しい。和希が今、目の前にいてすごく嬉しいのに、なんだか胸が苦しくて、切なくて…」
「………もう十分だ。」
「……え」
「違うって。ユキの気持ちが知れて良かったって事。」

それに、今までだったらこんな時も和希が何が言いたいのか理解出来なかったけど、今なら分かる気がする。

「もしかして……僕…」

確信に触れるように、そっと手を伸ばして和希の頬に触れた時…和希の目からも涙が溢れ出した。

「………ユキが大切だ…誰よりも大切なんだ。」

絞り出すようにそう告げられ時、僕の心臓は一瞬止まったかと思った。

「和希は…僕の事が嫌いなんだと思ってた。だから僕の電源を…」
「バカ、その逆だよ。ユキが破棄されるって事を親父から聞かされた時、自分の気持ちに気付いたんだ。」
「……は…き…って…なに…」
「詳しく今から説明するから…」

そして和希から説明されたのは…

僕の電源を切ったのがちょうど1年前、和希の家に来て10年目のあの時。
あの誕生日を迎えた後、本来なら僕は廃棄される契約になっていたらしい。

アンドロイドとしての寿命は10年と決まっていて、だけど和希は破棄なんて嫌だと僕の内蔵メモリを取り出し、更にはもっと性能が良くなるようにする為の方法を調べあげ、その資金を数年前から貯め、それを実行したらしい。

でも、その方法もまだ実験段階だったし成功する確率も極めて低く、失敗したら廃棄。
そんなリスクが伴っていた為僕には言えなかったらしい。

だけど結果、成功して僕は今こうして和希の目の前にいる。

「性能が今までのままなら成功率も上がるし、また10年一緒に居られるんだ。」
「…そう…なんだ。じゃあ…成功したって事は…」
「今度は5年。だけど、俺頑張って研究者になって、ずっと一緒に居られる身体にしてやるから。それに、リスクを伴っても性能を上げたかったのは、俺の想いも理解して欲しかったし、ユキの想いも知りたかったから。勿論、ユキには俺と同じくらいの五感を持たせてあげたかったんだ。」
「僕が何も知らないうちに…和希はそんな事を…」
「ごめんな…勝手な事して。それに、これからを考えた時に自分の中で消化しきれなくて…ユキに冷たくしたりもしちゃって…ごめん。」
「…謝らないでよ。僕は幸せだよ、和希にこんなに大事にしてもらえて。」
「よかった…。今なら、1年前ユキに伝えたかったこと…理解してもらえるかな。」

1年前和希が僕に伝えたかった事……

「……俺はユキを失うかもしれないと思った時、ユキの笑顔が一番に浮かんだんだ。その笑顔が見れなくなる日が来るなんて耐えられない。だからユキを守りたいって強く思った。その時、俺はユキの事が好きなんだって気付いたんだ…恋愛対象として。…理解出来る?」

和希の想い、今の僕には理解出来る。
だって、

「…………うん、わかる。僕も…和希と離れたくない。」

僕も同じ気持ちだから。

「…………アンドロイドだろうが男だろうが関係ない。俺は、ユキが好きだ……」

言葉にならないくらいの感情が押し寄せてきて、身体中を駆け巡っていく。

「僕も…和希が……好き……」

そして、これが“恋”という事を僕は初めて知った。

「ユキ…こっち来て」

和希の手が僕の手を握る。
そこから伝わる体温は熱くて、熱くて…僕は幸せを実感していく。

「ユキの手…温かい。」
「…うん。でも、温かいのは手…だけじゃないよ?」

そんな僕の言葉に、優しく微笑む和希は…
確かめるように、
僕の唇に温かくて優しいキスをする…

そして、

これからは…移ろう季節をずっと一緒に感じていこう

と、言って……
和希は穏やかに笑った────


END

結月 みゆ
6
グッジョブ
コメントを書く

コメントを書き込むにはログインが必要です。