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第1回 BL小説アワード

ぬくもり

エロなし/ユキ×和希

「まったく、仕方のない人ですね」そう言いながらも抱きしめてくれるユキが心地よくて目を閉じる。

朱夏
6
グッジョブ



この世界に自由なんてない。
どこへ行っても外にはカメラで監視の目があり、埋め込まれたシリアルナンバーによって人は皆管理されていた。
そのおかげで犯罪は大きく減ったが、ストレスで自害する人間は増え、人口は減っていくばかりだった。
家庭では共働きする親が増え、子供たちは留守番を強いられるしかない。
働かなくてはいけない親の代わりに誰が子供たちの面倒を見るのか、そこで作られたのが家庭用アンドロイドだった。

ここはそんなアンドロイドが人間と共存している世界。



「ただいま」

学校から帰宅すれば、いつも通り母親は仕事でいない。ただ、いつも『おかえりなさい』と出迎えてくれるユキがいない事に、和希は首を傾げた。
買い物にでも行っているのだろうか。

「……ユキ?」

明かりの付いたリビングのドアを開ければ、フワリと甘い匂いがした。

「おかえりなさい和希。すみません、今少し手が離せなくて……」
「……ユキ?」

台所に立っているのは小学生の頃からこの家にいるアンドロイドだ。
アンドロイドといってもただの機械ではない。ちゃんと感情もあり、会話もでき、触れれば肌も暖かい。
知らないものが見れば人間と間違うほどよく出来ている。
人間と違う所は、ものを食べる事が出来ない事と、首の後ろに製造番号が書かれている事。

「ユキ、何やってるんだ?」

和希は鞄をソファーの上に置くと、台所にいるユキの手元を覗き込めば、美味しそうなタルト生地に、ユキがカスタードを流し込んでいる所だった。

「美味しいイチゴが手に入ったので、タルトを作っているんですよ」
「へえ、美味しそうだね」

和希が皿に乗っているイチゴに手を伸ばそうとすれば、カスタードを入れ終えたユキにぺチンと軽く叩かれる。

「和希、手洗いうがいはしましたか?」
「……シテマセン」
「ならして来てください。この苺を乗せたら出来上がりですから。お皿に切り分けておきますよ」
「うん、ありがとう」

小さい頃からいるユキ。昔は凄く大人だと思っていたけど、年をとらないアンドロイドのユキは今では和希と同じくらいの年齢になった。それは嬉しいと思うと同時に何だか寂しいとも思う。
年をとるのは自分だけ……。ユキは何も変わらない。

「和希?」

洗面所から台所にもどった和希は、タルトを皿に切り分けているユキの背中に抱きついた。
こんなに暖かいのに、それはモーターで温まった液が皮膚に似せたシリコンの下を流れているかららしい。
背中に耳を当ててもトクトクと心臓の音はせず、小さなモーターの音が聞こえるのだ。

「どうしたました?もう少しで終わりますから待っていてくださいね」
「ユキ……」
「はい?」

腕を引き、ユキの唇に自分の唇を押し付ければ、それは人間のそれと何も変わらないくらい柔らかい。
触れるだけのキスをして離れれば、ユキは優しく和希の頭を撫でた。

「どうしました?」
「……なんか寂しくなった」
「そうですか」

中学生の頃から、人の温もりに飢えている和希はたまに不安になるとユキにその温もりを求めるようになった。
何も聞かず抱きしめてくれるユキに、和希は甘えてしまうばかりだった。

「母さんは?」
「今日は少し遅くなると言っていました」
「父さんも?」
「はい」

タルトを口に運ぶと甘さ控えめなクリームと甘酸っぱい莓の味が口いっぱいに広がった。

「……うまい」
「そうですか。よかった」

食べる事の出来ないユキは、和希の目の前で紅茶を啜っていた。
食べる事は出来ないが液体は飲めるという不思議なアンドロイドの身体の中は、一体どうなっているんだろうと一度ユキに聞いてみた事があったが、とても難しい答えに和希はもういいと途中で聞くのを諦めた過去を思い出した。

「ご馳走様」
「お粗末さまでした。和希、夜ご飯は何がいいですか?」
「なんでもいいよ」

どうせ一人で食べる食事はあまり美味しくない。
和希は宿題があるからと、二階にある自分の部屋に上がった。





************

「……き、和希。起きてください」
「……ん?」

どうやら宿題をした後ベッドにうつ伏せになっていたらそのまま眠ってしまったらしい。

「夕食、出来ましたよ。食べますか?」

ユキは和希の肩をそっと揺らした。

「……ユキ」

今欲しいのは胃を満たしてくれる食事ではなく、心を満たしてくれる温もりのほうだ。
ユキに手を差し出すと、ユキは小さく息をはいた。

「まったく、仕方のない人ですね」

そう言いながらも抱きしめてくれるユキが心地よくて目を閉じる。
これは恋と呼んでもいいものか分からないが、ユキと一緒にいると心地がよかった。
ずっと一緒にいたい。いつしかそう思うようになった。

「……キスは、してくんねーの?」
「夕飯、冷めちゃいますよ?」
「いい……」

こんな事をしてるなんて知ったら、親はすぐにでもユキを処分してしまうだろうなと思いながらも、和希はユキを求める事を止められなかった。
胸にぽっかりと出来た空間にぬくもりを求めて和希はユキを求めた。



朱夏
6
グッジョブ
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