エロ少なめ
「和希……ロボットと交わるのは禁忌よ。あなたは子孫を残さないといけない」両親の嘆きは一時のものだと考えた和希は、ユキに会わせてもらえなかったものの、朝はいつも通りに登校した。
研究室の四角い窓から、和希は汚れきった黒い夜空を見上げた。
数十年も前に星や月の失われてしまった夜空のどこかに、もう何年もだれも見ていない流れ星を探すのは、和希の習慣だ。
たとえ迷信だろうが、願いをかなえる可能性のあるものなら何でも縋りたかった。
この十数年、和希は思いつく限りの努力をし続けたが、とうとう何もできずに、今夜がユキとの最後の夜になる。
センサーに手をかざしてセキュリティを解除すると奥の部屋のドアが滑る様に開いた。
部屋の中央にはユキの眠りを守り続ける大きなカプセル状のコールドスリープ装置がある。
「ユキ……」
カプセルの横に腰掛け、いつも同じように和希の過ごした一日をユキに語り、聞かせた。ここ十数年の間、こうして同じ夜を過ごしてきた。
シルバーブルーの瞳に再び会えることを願いつづけた和希も、今やユキの背丈を追い越し、青年といえる年齢に達している。
「ユキ……今夜も一緒に星を探してくれるかい?」
四角い窓から、本でみたことのある光の粒をもう一度探した。
「あーあ……ユキ、もうすぐ春になっちゃうね……」
奥まった路地のひっそりとしたカフェテラスは、高校生の和希のお気に入りだ。汚れ一つない大きな窓ガラスからは、午後の淡い光がいっぱいに射し込んでいる。
グラスに最後に残ったペパーミントグリーンのソーダをすすると、ユキは心得たように自分のアイスココアを和希の前に置いた。
「和希さん、先輩はいよいよ卒業ですよ。卒業式が最後のチャンスです」
「分かってる。でも本当にユキの話を信じていいのかなあ」
「もちろんですよ。まず和希さんの存在を知ってもらうことが重要です。そうすれば先輩は絶対に和希さんを好きになります」
「……サンキュ」
声を弾ませながら飲むアイスココアがとても甘いのはユキの優しさも加味されているせいだと思う。
「ユキにそういわれるとちょっと安心する」
「私たちは嘘をつけません。和希さんはきっと両思いになれます」
柔らかい笑顔でいつも同じ言葉を繰り返すユキに、和希は照れ隠しにユキの椅子を蹴っ飛ばした。
椅子の動く大きな音に、斜め向かいの中年男性は迷惑そうな顔で二人を見たが、ユキの胸のAIのトレードマークバッジを見つけると戸惑いの表情へと変えた。
ユキは躾のよいAIらしくゆったりと微笑むと、男性は慌てて立ちあがり、はじかれたように店の出口へ向かった。
「ユーキ、ダメじゃん。あんな風に笑いかけるな」
和希は口をとがらせた。
無表情のユキの整った容貌は冷たい印象だが、微笑むと一瞬にして穏やかになる。心安らぐようなユキの笑みを知るのは自分たち家族だけでいい、と和希は頑なに信じている。
「さっきのおじさんさ、次はユキみたいにきれいなAIを買おうって絶対思ってるよ。……誰でも買える値段じゃないのにさ」
ユキとの出会いは和希が小学校に上がった頃で、幼いながらその美しさに感動したのを覚えている。
淡い光を放つシルバーブルーの瞳はまばたきをするたびにきらめく。琥珀色の髪に包まれたフェイスは無機質で中性的な雰囲気を醸しだし、誰もが目をとめる。
あれから何年たってもユキの美しさはみじんも変わらない。
しかも外見だけじゃなくて人工知能も一等級で、語彙の少ない安物AIとは段違いだ。
相手の言葉や表情から感情 瞬時に予測してきめ細かい対応をとれるし、拗ねたり冷たくなったりと人情味のある行動も得意だ。
「和希さんも素敵ですよ。とても凜々しく清々しい顔立ちです。先輩もあなたを知れば世界で一番好きになりますよ」
「そうかなあ……。でも実はあんまり……自信ないんだ。その……男同士だろ?」
地球環境は悪化の一途をたどり、大規模の地震まで頻発するようになった現在は人工の減少が著しい。
現在は子どもを作らない同性愛者に対する周囲の目は厳しく、高校生の和希にとって同性が好きという感情はなかなか受け入れがたかった。
「今さらだけどホントに先輩のこと好きなのかなって」
初恋は未だ経験はない。これが恋心だと確信できない情けなさから声のトーンを落とすとユキは首をかしげ、何かを考えるような物憂げな横顔をみせた。
実は先輩の横顔はユキとちょっぴり似ている。
これはユキには内緒の話しだけれども。
「確かめる方法はありますよ」
名案でも浮かんだのか、ユキはシルバーブルーの瞳をきらめかせた。
「どんな?」
「今夜遅く、和希さんの部屋に行きます」
「まーた歌でもうたわせるのか? 夜は響くから母さんがすっ飛んでくるよ」
ユキ曰く、和希の声の波長はユキのAI体にいいらしい。声変わり以前から高校生の今に至るまで、何かにつけ歌を歌ってほしいとねだられている。
「違いますよ。今夜……眠らないで待っていて下さい。それでもしうまくいったら、歌をご褒美に下さいね」
夜も更けた頃、ユキは和希の部屋に来るとためらいもなく衣服を脱ぎ捨てた。仄暗い部屋の中、ベッドサイドランプに照らしだされた全裸のユキに和希は息をのんだ。
水のようになめらかな肌、絶妙なラインの肢体。ユキの裸体を見るのは幼い頃以来のせいか、見ているだけで不思議と体の奥が熱くなるようだった。
ベッドに腰掛ける和希の正面で、ユキは自分の性器を刺激してみせた。勃ち上がっても細部に至るまで整った性器に、和希の目は釘付けだ。
「ちょっとだけ試してみましょう」
ユキが長い腕を和希のパジャマのズボンの後ろに突っ込んできた。「ひゃっ」と体を強張らせたが、ユキは構わずに和希の後ろの小さな窪みを軽くつついてくる。
「嫌ですか? 男性同士で愛を交わす時は性器をここに挿入します。体のこの部分で男女のように繋がりあうのです」
すっかりうろたえた和希は体をよじってユキから逃れた。先輩とそんな行為をできるとは到底思えない。
「ユ、ユキ、僕やっぱり先輩のこと、好きじゃないかもしれない。だってこんなところ……多分……いや、絶対に無理だ」
「絶対に必要な行為じゃありません。和希さんが相手にいれてもいいんです。和希さんは好きな相手と一つになりたくありませんか? 出来ないなら本気じゃないかもしれません」
「そっ……んな、かっ、簡単にいうなよっ!」
「もし、怖いだけなら私にさわってみて下さい。この器官はとても収縮するんです」
ユキは座っている和希がさわりやすいように立ったままで腰を近づけてきた。
柔らかく滑らかな肉の窪みにそっと指を這わせた。
かすかにふるえる反応を指に感じとった途端、全身の神経が体の中心に集まり股間に電流を流されたみたいに、和希の体は一気に昂ぶった。
「ユ、ユキ……僕……」
「やはり気持ち悪いですか? 私たちは排せつ機能としては使ってませんが」
「その……入れてみてもいい?」
和希の股間は痛いほどに張り詰めていた。ユキと一つになりたいという強い欲求に戸惑いつつも、欲望がはるかに勝っている。
「本当はいけないことです」
言葉とは裏腹にユキは和希のズボンを引き下ろして膝を跨いだ。ゆっくりと体を重ねてくる。
「うっあ……ユキ……すごくあったかい」
「……私は不思議に胸の中が温かくなります」
強い快感を夢中で追ったその日を境に、和希はユキの体に溺れた。
そして体を繋げたことがきっかけとなったのだろうか。
ユキには先輩とはまるで違う感情を抱いていることに気づいてしまった。
それはふれ合う度に大きくなる感情で、ユキと一つになって一週間も過ぎる頃には、自分の中でしっかりと思いを自覚していた。
今夜はユキに思いを告げようと決意した夜だった。
体を重ねていた二人を見つけた母の叫び声が、部屋中に響いた。
「和希……ロボットと交わるのは禁忌よ。あなたは子孫を残さないといけない」
両親の嘆きは一時のものだと考えた和希は、ユキに会わせてもらえなかったものの、朝はいつも通りに登校した。
和希の行動にとやかくいわない、それが今までの両親だった。
それなのに帰宅した和希が目にしたのは、父親の書斎の空きスペースに、荷物の様に転がされていたユキだった。
「ユキッ? ユキッ!」
何度名前を呼んでもAIの動力源である永久電池を外されてしまっているユキは身動き一つみせなかった。
結局両親はいくら頼んでもユキを元通りにする約束をしてくれず、和希は泣きじゃくりながら自分の部屋にとじこもった。
ユキを治してくれるまでは部屋から一切でないと決意して、何時間でも、何日でも、続けるつもりでいた。
あのきれいなシルバーブルーの瞳をもう一度みる為なら何でもできる、和希はそう確信していた。
ベッドが激しく横滑りする衝撃で、知らぬ間に眠っていた和希は飛び起きた。天井が次々と落ちてきて、地震と悟ったのは揺れがやっとおさまってからだ。
窓から見る街にはいつもの明るさはなく、停電のせいで真っ暗だったが、和希は運良く天井と床の隙間に入り込んだようだった。
大声で助けを呼んだけれども、外では同じように誰しもが助けを求めているようで、たくさんのサイレンが聞こえてくる。
叫び声をあげても駆けつけてくるような気配はまるで感じられなく、重苦しい気持ちになった。
「寒い……」
割れた窓からは冷たい外の空気が流れ込んでくる。
このままでは冬の寒さに凍え死ぬかも、と震えていると周囲がほんのりと明るくなった。
目を懲らしていると、狭い隙間から這いつくばって入ってきたのはユキだ。全身をうっすらと発光させている。
「無事で良かった……ご両親も無事です。朝になれば救助がはじまるはずですから少しの辛抱です」
「ユキ! 動けるようにしてもらったんだね」
「地震で体内の緊急動力が作動したのです。数時間はもつはずです」
「数時間……? 僕、必ず電池入れてもらえるようにするから。 だから待ってて!」
白い指が寒さに震える和希の額の髪をかき分けた。
「いいんです。それよりも私の体温で和希さんを守ります」
薄いパジャマで震えていた和希の体を、ユキは温かい体で包むように抱きしめた。衣服をぬいだユキと肌を合わせると、落ち着きを失っていた心が穏やかにやわらいでいく。
「本当は昨日ユキに伝えるつもりだったんだ。こうやって肌を合わせてみたいって思えるのはユキだけだって……ユキは僕を好き?」
ユキは言葉に詰まったように黙り込んだ。
「ノーでもいいからハッキリ答えて。どんな答えでも僕、頑張るから」
「……出会った時から、だれよりも。世界中で一番好きです」
ユキは和希の手をとり、自分の頬にふれさせた。
「だから私はあなたを守ります。和希さんも眠らずに頑張れば大好きなマフィンをたくさん焼いてあげます」
「うれしい……こんなにうれしい気持ち、初めてだよ」
笑ってみせるとユキは極上の笑顔を返してくれた。
「眠らないためにも、和希さんの歌を聴かせて下さい。誰かが聞きつければその分早く救出されます」
歌でユキの負担が少しでも軽くなればと、願いをこめて歌った。
ユキは心地よさそうに聞いていたが、しばらくするとユキの体はだんだん冷たくなっていくように感じた。
錯覚かと思ったけれども、問いかけてもユキはじっと目を閉じているだけで、体温は確実に下がりはじめていた。
和希の声は掠れはじめ、体は寒さに震えはじめた。
ユキの体がすっかり冷え切った頃には和希はすすり泣いていたが、それでも歌い続けた。
灯りを落とした仄暗い研究室で、夜空にもう一度目を懲らした。
やはり星の欠片すらみつからない。
地震の後、ユキを見た技師に「全壊です」とアッサリ告げられた。
電力源のないまま極限まで体温をあげてフル稼働させると人工知能を損傷してしまうのは、AIの常識らしい。
「ユキ……君は自分を犠牲にして僕を助けてくれた。君は僕の永遠の恋人だよ」
コールドスリープ装置の開閉ボタンを押すと装置に入り込んだ外気がカプセルガラスを曇らせた。
「今日試したのは最後のバイオテクノロジーだった。この十年間ずっと研究してきたのにとうとう君を目覚めさせられなかった……ごめんよ」
両親から受け継いだ資産も研究費と装置の莫大な維持費に消え、和希はもはやすっかり財産を無くしてしまった。
明日にはこの装置も引き取られてしまうだろう。
「さようならだ。世界で一番好きなユキ……」
ユキの頬をそっと撫でると、深い記憶を呼び起こしてくるようだった。
白い頬に和希の涙が伝っておちたとき、横たわる長いまつげが、確かに、わずかに、震えた。
――――見えないはずの流れ星が空に流れたように思えた。
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