死ネタ
「人間にしてあげられなくてごめんね」
流れ星に願った長い夜、神様を信じてたあの頃いつも僕の願いはひとつだった。
珍しく都心に雪が降った日の夜、 和希はユキとビルの屋上に居た。
都会の灯りに照らされた空には星一つない。
暗闇の中で二人は肩を寄せ合うように座っていた。
今日、二人は心中する。
◆
アンドロイドが普及して何十年もたったある日、どこかの国の誰かのアンドロイドが誤作動を起こし、主人の友人だった男を殺した。
【アンドロイドの使命は人間の役に立つこと。人間には逆らえない。】
何十年も信じられてきた人間とアンドロイドの間にあった主従関係を壊したことでアンドロイドの殺人事件は瞬く間に海を跨ぎ空を飛び日本までやってきて大騒ぎになった。
この事件をきっかけに少しずつアンドロイドに対して恐怖を訴える人間が増えてきて、ついにアンドロイドの危険性に怯えた政治家や団体の働きにより日本でもアンドロイドの廃止が決定した。ユキに処分通知が届いたのは先週のことだ。
◆
「和希、寒くありませんか? 」
「僕は大丈夫だよ」
淡々とした答えとは裏腹に、和希は学ラン姿で身を震わせている。どう見ても寒そうだが、その真意をユキは読み取ることができない。 対してユキはコートを羽織り、自身の目と同じ色のグレーのマフラーを巻いていた。
アンドロイドは寒さを感じない。
図らずとも、外を歩いている者で防寒具を身につけてるのは人間ばかり。
人間の印をつけるかのように本来の使い方は出来ないユキに和希はいつもマフラーを身につけさせている。
「体温が下がっています。お家に帰りましょう」
和希の赤く染まった頬に手を添えながらユキが言う。
優しい優しいユキ。
ユキが和希に向ける優しさがプログラムのせいだけでは無いことを和希はユキの変わらない表情を眺めながら願うのは、丁寧な言葉遣いも、背筋を伸ばした立ち姿も、優しく触れてくる振る舞いも、抑揚のない話し方も、血管のない腕も、熱を持たない指先も、音のしない胸も、それらの全てを愛おしく思うからだ。
ユキだけ特別。
小学生の頃にやってきて高校生になった今も変わらず和希の側に居てくれる大切な友達。
「ユキ、これ飲んで」
いつの間にか和希の震えは止まっていた。
渡したのは一粒の錠剤。
国がアンドロイド廃止の為に作った毒薬だ。
ユキは怪しむことなくそれを手に取ると躊躇なく口に入れた。
アンドロイドは人間には逆らえない。
ユキが飲み込んだのを確認すると、ズボンのポケットから同じ錠剤をもう一粒取り出し、 和希もそれを口に入れた。
アンドロイドの処分の為に作られた物だが毒薬だ。人間がそれを飲んだらどうなるかは言うまでもない。
「人間にしてあげられなくてごめんね」
口の中で呟いた言葉は音にならず消えてく。
薄まっていく意識に抗うことをせず、そっと和希は目を閉じた。
◆
アンドロイドの処分が全て完了した年、年間の自殺者数が過去最高となった。
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