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第1回 BL小説アワード

アンドロイドは嘘をつけない

エロなし/アンドロイド攻め

「セクサロイドだったら、俺ともセックスできんのかよ」「まぁ、できますよ」

イブキサトウ
12
グッジョブ

 うちには、ポンコツのアンドロイドがいる。
 そいつの名前は、ユキ、という。

 口癖は、「ごめんなさい」
 毎年かわらない目標は、「おいしいご飯をつくること」

 このアンドロイドは、母親が離婚を期に購入した。名前の由来は、やたらに白い人工の肌をみた俺が名付けたらしい。小学校に上がってすぐのことだったから、詳しくは覚えていない。ユキは家を空けることの多い母親に代わって家事をこなす家庭用アンドロイドだった。
 ところが信じられないことに、掃除させれば四角い部屋をまるく掃除機をかけ、料理をさせればお菓子みたいに甘い煮魚をつくったりしょっぱすぎるパスタをつくる。目標はいつまでたっても達成できないままだ。正月がくるたびに書初めでもさせてリビングの真ん中に張り垂らしてやろうかとおもっているうちに、7歳だった俺は16歳になり、いつのまにか俺の方が料理上手になってしまった。現在では俺が料理を作ってる横でレタスを千切るぐらいしかさせていない。
 ちなみに同級生の家にいる美人な顔をしたアンドロイドは、俺が遊びに行けばそれはそれは美味しい料理を振る舞ってくれて、ケーキまで焼いてくれた。うちのアンドロイドにその歯車の一本でもいれてやりたいとおもう。でもそういう日に限って、ユキが「早く帰ってきて、さみしい」とかうざい顔文字付きでメールしてくるのだ。名残惜しくも家に帰ると、決まってマズイ卵焼きが用意されている。しかもちょっとドヤ顔で。自分だって料理できるもんね、とでも言いたいのだろうか。その卵焼きの作り方は俺が教えたんだ。味付けだって『卵焼きのだし』という調味料をわざわざ買ってやったんだ。俺が、ちょっと割高なのにおこずかいで。

 がしゃん、と耳障りな音。音がしたのは母親の寝室。駆けつけみれば、チェストから落ちて割れたらしいガラスのアクセサリーケースと、ハンディモップを手に固まるユキ。今夜は久しぶりに母親が帰宅するから、掃除すると気合いを入れていたユキを目撃したのはつい30分前だったか。

「……ごめんなさい」
「一体お前は、何だったらできるんだろうな」
「本当、ごめんなさい。和希どうしよう」

 まるで叱られるのを待つ犬のように身を縮こまらせて、しゅんとしている。イケメン好きの母親がチョイスのユキは、見た目だけでいえば二十代の俳優のようだった。高い身長にたくましく精悍な体。その上にムカツクくらい整った顔がのっかっている。けれど俺をおそるおそる見上げるその顔はイケメンのかけらもない。まるでアンドロイドらしくない。そんな、ごめんなさいと謝る姿がいじらしくて、憎めなかった。

「ちなみにそれ、母さんのおきにいりだから」
「うっそ、まじですかああぁぁ……」
「ふふ、仕方ねぇな、俺が証拠隠滅しといてやるから」

 そういうと、ユキは一気に表情を明るくした。「わぁ和希ちゃんやっさしー」なんてニマニマしながら俺の脇腹をつついてくる。「ツンデレ? ねぇツンデレですか?」とか聞いてくる。ウザすぎる。腕とか組むなよ。くすぐってくるな。やめろ。さわるな。

「ちょ、もぉうっとうしい! ほら、顔こっちむけろ」

 ユキの瞳に、スマホの画面をかざす。かすかに、キュイィィ、と機械が動く音がして、人間めいた茶色い瞳が一瞬だけ赤く光って、スマホ画面がスキャンされる。読み込めたか尋ねると、ユキは満面の笑みで頷いた。

「それ、今日の買い出しのリスト。ここは俺が片付けておくから、お前が行ってきて」
「了解です!」

 くるくると表情が変わって、いつも陽気なユキは、一緒にいるとアンドロイドだということを忘れてしまう。きっと、ユキが他のアンドロイドのように完璧だったら、こうはおもわないんだろう。いつからか、ユキの機械らしさをみると、安心する自分がいた。けど、安心した分だけ虚しくもなる。どうして、こいつは機械なんだろうと。

「あ、そうだチーズは溶ける方だからな間違えんなよ」
「はい! これ以上失敗したら今度こそスクラップにされちゃいますからね」

 スクラップ、という言葉に、心臓の裏側が冷たい氷で撫でられたように痛んだ。口をついて飛び出しかけた言葉をかみ殺して、代わりに震える息をため息に混ぜて、ユキを送り出した。膝をついて、割れたガラスを新聞紙に包んでいく。かしゃり、かしゃりと、ガラスがぶつかる音がする。

「…………スクラップになんか、させねぇよ」

 どんなにユキが失敗したって、その所為で俺の仕事が増えたって、あいつを手放す気にはなれない。一緒にソファで並んでテレビをみているときに、最新型の家庭用アンドロイドのCMが流れてユキが「ああいうやつの方がいいかもしれませんね」とか言うと、いたたまれなくなる。何か、あいつにも出来ることがあれば、他のアンドロイドと比較して落ち込むこともなくなるのだろうか。
 俺は別に、上手に働く機械を望んでいるわけじゃない。マズイ卵焼きだっていくらでも食べてやる。だから、お前だけは、ずっと俺の隣にいて、笑っていてほしいんだ。
 ちりり、と指先に痛みがはしった。よく見ると、ガラスの破片で切ったみたいだ。傷口には血が集まっていて、眺めているうちに、半球を作っていた赤は、その形を崩して床に滴った。自分が人間だということを突き付けられたみたいで、唇を噛んだ。傷口を見たくなくて、乱雑に絆創膏で隠した。
 理解はしている。こんな感情は、きっと、アンドロイドに向けるものじゃない。この胸の痛みは、本当ならば人間の女の子向けるべきものなんだろう。きっと。けど、こういうことを考えるたびに、ふざけて触ってきたユキの手を思い出す。身体の重さを思い出す。見た目だけはいいユキが、人間だったら俺はどうするんだろう。仮にあいつが人間だったとしても男なのに。……不毛すぎる。
 俺をネガティブに落とし込んだいまいましいガラスの欠片を、吸引力抜群の掃除機で吸い取って、証拠隠滅を図る。こうやって、もやもやした感情も、一瞬で消えてしまえばいいのに。

 砕けたガラスを片付け終わって、チェストを開けた。俺が壊したことにするためには「学校に提出する書類を探してた」みたいな理由が必要だ。実際になにか抜き出していたほうがそれらしいだろう。
 我ながらバカだな、と自嘲する。アンドロイドを人間が庇うなんてありえない。それでもあいつのために怒られるならそれでもいい。 
 引き出しの中身は豪快な母親らしく、会社の書類やら掃除機の説明書やら昔の彼氏からもらったのかもしれないラブレター的なものやらが散乱していた。とりあえず黒歴史ボックスであることは把握した。その中から、使えそうなものを探そうと、一枚一枚目を通す。……そうして俺は、学んだのだ。ひとの黒歴史は決して漁るもんじゃないって。

 母親の部屋から飛び出した。いつの間にか部屋には西日が差しこんでいた。
 ふらふらと、ベランダに引き寄せられて、窓を開けた。乾燥して冷たさをはらんだ風が、脂汗に濡れた肌を撫でた。真っ赤で攻撃的な光に、ただ呆然と目を焼かれていた。

「和希ー買ってきましたよー!」

 15階のベランダから声のした方を見下ろした。光に眩んだままの目では顔が見えないけど、ご機嫌な犬の尻尾みたいに、ちぎれんばかりに手を振るユキは、満面の笑みなんだろう。俺が手を振りかえすと、「すぐに上にいきますねー」と叫んで、その姿はマンションのエントランスに消える。手を振った指先がじくじくと痛んだ。
 すこしして、玄関の開く音がした。ただいまの声もした。だけど、俺はまるでベランダに吸い付けられてしまったように足が動かなかった。不思議に思ったユキが、ベランダにやって来る。のんきに、「秋が来ましたねぇ」だなんて微笑みかけてくるユキをあらためて眺めた。白い肌が、夕焼けに染まっている。整った顔と無駄にたくましい体の、その本当の理由。

「お前さ、家庭用アンドロイドじゃなかったんだな」
「え……、どうして、和希が、それを」

 ガラスで傷つけた指先が、じくじくする。眉根を寄せて言葉を失ったことが事実だと物語る。否定してくれると願っていた。それは叶わなかった。嘘がつけないアンドロイドが、哀しかった。

「そりゃ、料理が下手なはずだよな。――――セクサロイドには味覚センサーないんだから」

 ユキは悪くないのに、自分の口調はまるで責めているようだった。裏切られた気がした。ずっと一緒にいたことも。自分の気持ちにも。なにもかも。
 アンドロイドは嘘をつかない。だけど、真実をいわないことはできる。なのに、それが許せなかった。

「離婚が決まった時に母親が、自棄になって慰謝料使って買ったんだろ。けど、注文してから家に届くまでの一か月の間に新しい恋人ができたからお払い箱になった。カスタムアンドロイドはキャンセルが利かなくて下取りも出せない。迷ってるうちに、俺が懐いたから捨て辛くなった。……そう、日記に書いてあった」
「……ごめんなさい」

 いつもの口癖で、困ったように笑う。

「和希は、ユキのこと、嫌いになった?」
「嫌いに、なれるわけないだろ……っ」
「やさしいもんね、和希は」
「違う、やさしくなんかないよ俺は」

 焼けつくような焦燥感と、痛みと、苦しさ。セクサロイドと知る前から、ずっと抑えこんでいた醜い感情。膨れ上がった風船に、セクサロイドという針が刺さってしまったら、もう、割れてしまうしかなかった。

「セクサロイドだったら、俺ともセックスできんのかよ」
「まぁ、できますよ」
「同性なのに?」
「セクサロイドに性別は関係ないですよ。人間には色んな嗜好があるので」

 人間とか嗜好とか。ありきたりな言葉が、俺とユキをむやみに隔てる。……俺の感情を、そんな言葉でひとくくりにしないでくれ。

「もし俺が今ここでデニム脱いで、銜えろっていったら、お前はできんのかよ」
「できますよ。ねぇ、お願いだから、そんな泣きそうな顔で言わないで」

 自分が一体、どんな顔をしているのかなんてわからなかった。

「じゃあっ、俺を抱いてくれよ、早く。命令なんだから言うこと聞けよ!!」
「命令されたらね、アンドロイドはなんでもしますよ。……でも、和希はそれでいいの?」

 じくじくと、傷が痛む。指先でひっかいていたら、ユキの手がそれを制した。おもむろに手を持ち上げられて、絆創膏が剥がされる。ぺりり、と聞こえた音は、傷口が開いた音かもしれない。だって指先が痛いんだ。お前に触られたそこが、まるで心臓みたいにどくどくするんだ。
 ユキは、赤い血に目を細めた。その視線は、責めているようでも憐れんでいるようでもあった。

「ずっと、家庭用アンドロイドに憧れてました。和希が好きだから、少しでもあなたの役に立ちたかった」

 お前の『好き』が、ただマスターへの忠誠心だってこともわかってる。命令されて、拒絶できないこともわかってる。俺は、卑怯だ。

「……ねぇ、ユキは、ようやくあなたの役に立てるのかな」

 痛む指が、唇に食まれてさらに中へ。温度ないやわらかいものが、傷口に触れる。くちゅり、と濡れてぬめった感触。アンドロイドの癖にどうして、と思ったけど、セクサロイドは、口のなかに潤滑剤を出す機能があるとどこかで聞いたことがある。舌が、指のあいだのうすい皮膚を舐る。そして、開いてしまった傷口。隠していたのに。血が、溢れてしまう。俺の中から、溢れてしまう。泣きそうな気持ちと一緒に。

「……ごめんなさい。キス、しますね?」

 喉が震えて、声が出せない。だから、ゆっくりと、頷いた。
 だめだってことくらい、分かっていた。アンドロイドに恋をしている自分を認めたくなかった。だからユキにつらく当たってしまうこともあった。ワザと機械の部分を見て、何度も自分を冷静にさせようともした。だけど無理だった。好きなんだ。好きなんだユキが。

 顎を持ち上げられて呼吸を塞がれる。慣れた仕草に、また胸が痛くなった。初めてのキスは、アンドロイドとしているのに、血の味がした。角度を変えて触れるユキの唇が冷たくて、もう秋だね、なんて間抜けなユキの言葉を、こんな形で実感してしまった。冷たさをひそませた風が身体を震わせる。目の前の体に腕を伸ばしたけれど、温かさはなくて、すこしだけ涙がにじんだ。それが、哀しさなのか嬉しさなのかはわからなかった。

イブキサトウ
12
グッジョブ
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碧暗い水 15/10/23 20:54

残念なイケメンアンドロイド、ナイスです!
キカイゆえ、不具合も愛嬌ですね。

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